ぐらぐら橋の上で








心理学にいわく、つり橋の上で出会った男女は、皆、恋に落ちるそうです。これは、恐怖による「どきどき」を恋愛による「どきどき」だと脳が錯覚するからだそうです。そんな理屈はともかく、ここ眞魔国には、こんな伝説のあるつり橋がございました・・・

その日、眞王廟からの連絡で、魔王陛下側近4人衆は王都からだいぶ離れた渓谷に来ていた。久々に魔王陛下が異世界からの移動に失敗し、王都から離れた山奥の渓流に現れそうだ、というのだ。どうやら一緒に居た大賢者が、水に入る瞬間にくしゃみをかましたのが原因らしい。

「それにしても、詳しい場所が分からんとは面倒だな」                                                                     「陛下と猊下の御身に何かあっては大変です!」                                                                        「とにかく、手分けして捜そう」                                                                                   「この辺りは谷川が多いからな。流されてしまわなければ良いが」                                                              「まあ、ユーリは水の要素とは相性が良いからな。おぼれることはないだろう」

なんだかんだと言い合いながら山道を進んでいくと、渓谷に一本の古いつり橋が架かっていた。                                              「古いが、頑丈な造りの様だ。渡ろう」                                                                              皆でつり橋を渡り始めた。そして、ちょうどつり橋の真ん中ごろに差し掛かったとき。

ぐらぐらぐらっ!                                                                                           「「「「★@$¥◎∞≧÷◆∴〜!!!」」」」 

急に橋が大揺れに揺れたかと思うと、4人は絶叫と共に谷川へ真っ逆さまに落ちてしまった。

「げほっ、ごほっ・・・」                                                                                       「おい、皆無事か?」                                                                                        「俺は無事だ。・・・大丈夫か、ヴォルフラム」                                                                          「だ、大丈夫に決まっている!」                                                                                  何とか皆、川から這い上がることができた。ちょうど橋の下は水深があったので、誰も怪我1つなく無事なようだ。とにかくびしょ濡れの体を川から引き上げて、元の橋のたもとまで戻ってみた。

「おい、よく見るとここに注意書きがあるぞ」                                                                           よく見れば橋のたもとに古い木の立て札が立っていた。

<ぐらぐら橋の伝説>                                                                                       昔、自分の心に素直になれないひとりの少女がおりました。そのために失恋してしまった少女は、この橋から身を投げたということです。以来、このつり橋を渡る者があると、この橋はぐらぐらと激しく揺れるようになりました。そしてその時、人は自分が最も心の支えとしている人の名を素直に叫んでしまうといわれています。なお、この橋は1人ずつゆっくりとお渡りください。一度に複数名で渡ると、激しく揺れすぎて、転落の危険があります。

橋から落ちるとき・・・

誰かが叫んだ。                                                                                           「アニシナ〜」                                                                       「ヨザック〜」                                                                        「ちっちゃいあにうえ〜」                                                                「ギーゼラ〜」

橋から落ちるとき、人は最も心の支えとしている・・・!?

「違う!断じて違うぞ!!これは危険な目に会った時の条件反射だ!!!」                                     「筋肉だ!筋肉に助けを求めただけなんだ!!!」                                                 「何も言っていない!僕は断じて何も言っていないぞ!!!」                                             「わたくしはっ!皆の為に医療班を呼んだんです!それだけですっ!!!」

4人が橋のたもとで身悶えていると・・・

「おーい、みんな〜!そこにいるの〜?」                                                                            橋の向こうからユーリの声がした。

「ユーリ!」                                                                                             「陛下!」                                                                                              「この橋はあぶなっ・・・」

危ないつり橋を渡ろうとする魔王陛下。止めようと声を上げる臣下たち・・・のはずが、彼らの心にふと浮かんだ疑問。

ユーリは誰の名を叫ぶだろうか・・・?

(それは当然、名付け親で保護者でそれ以上の俺の名に違いない・・・)                                                           (結局、小僧が一番頼りにしているのは私なのではないか?)                                                                 (僕はユーリが崖から落ちそうになったところを助けたことがあるぞ!きっとユーリは・・・)                                                 (恥ずかしがりやの陛下は、いつもは口に出して下さいませんが、きっと心の中では私の事を・・・)

「「「「ゆっくり渡って来てください(来い)」」」」

ゆっくりとつり橋を渡り始めるユーリ。そして、ちょうど真ん中ごろに差し掛かったとき・・・

ぐらぐらぐらっ!                                                                                            「うわあっ、ひい、とぉさ〜ん!」

「あー、ビックリした!何なんだよ、このつり橋・・・どうかした?」                                                               揺れの収まったつり橋を渡りきって臣下と合流した魔王陛下。なんだか無表情な臣下たちに疑問符を浮かべている。                                  「なあ、このつり橋、なんか危なくねえ?・・・あれ、ちゃんと注意書きが・・・・!!」                                                    立て札に気付いたユーリはそれを読むと、慌てて臣下たちを問い詰めた。 

「なあ!俺、なんか叫んじゃった気がするんだけど!何て言ってた!?」                                                           「あー、いえ、日本語でしたが・・・多分、ご家族の事ではないかと」                                                              「ふん!ユーリもまだまだ子どもだな!」                                                                            「えっ、何だよ、はっきり言ってくれよ!家族って、まさか『かあさーん』とか?『ママー』じゃねえよな!?」                                        「・・・いえ。それは違いますが」                                                                                 とたんにユーリが青ざめた。                                                                                    「まさか、まさか・・・・。『お兄ちゃん』・・・?」                                                                          どうやら父・勝馬はまさかの可能性すら考えてもらえないらしい。現代日本の家庭事情はかくのごとく父親に厳しい。

「ははぁ、面白いことになってるねえ」                                                                               「あっ、村田!お前ずるいぞ!!どさくさにまぎれて渡りやがったな!」                                                           皆がユーリの発言に気を取られているうちに村田がつり橋を渡ってきたらしい。当然、村田が何を叫んだか聞いた者は居なかった。                          「まあまあ。本心なんて、自分でもなかなか分からないものなのさ。・・・さあ、早く行こうよ」

いろいろ心に引っかかるものを残しつつも帰路につく一同。                                                                  村田だけが魔王陛下のお心に住まう人物を正確に理解していた。

「とうさん」、じゃなくって「いとうさん」なんだよね。                                                                        




















前壁さまのサイト「真昼の夢」の5000HITフリーSSでした。

誰が誰のことを一番頼っているか、前壁さんはよく知っているなあと思わされた作品です。

みんな頼りにしているんですよね、心の奥深くでは・・・。