めえ・でぃ (後編)


















「よく考えてみればさ〜」



ユーリは誰ともない空間に説明した。



「人間の血とかいったけど、おれになついた時点でそれはないんだよな〜」



うっかり忘れていた。元々、人間の血、魔族の血といっても地球産だから忘れていた。



「そもそもヴォルフがそんなに人間ていうのは口だけでそんなに誰かを嫌っていることないもんな。
ヨザックにどうこう言ったこともないし、グレタのことは可愛がっているわけだし、人間人間ていうのはコンラッドに対してだけで・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」



マ、マズイ。

机の横に体育座りでうつろな目をして虚空を見ているコンラートの空気が一層暗くなるのを感じた。

慌てた。人間の血を引くということを気にする必要はないとフォローしようと思ったのに。さっきまでこなごなに砕けていたコンラートをどうにかなだめたり慰めたりしてやっと再生させたというのに・・・・・・思い返すも恐ろしい惨事だった。

これ以上の惨事を見たくないユーリは何とかフォローしようと思いつくことをまくし立てる。



「い、いやさ!つまりヴォルフが人間人間いうのは、あれだ、口実なわけで」

「口実・・・・・・ですか。俺を嫌うための・・・・・・」

「そうじゃなくて!照れ隠しだよ照れ隠し!ヴォルフもなんだかんだと素直になれない年頃・・・・・・いや、82か」

「・・・・・・グウェンにはこの上なく素直ですけどね」

「何にせよ!ヴォルフがコンラッド嫌いだなんてあり得ないから!」

「・・・・・・・・・・・・」

「絶対ないって!!」



ちょっと強引に結論づけるとユーリは机にだん!と手と付いた。しかしコンラートはユーリのほうを振り返ることなく膝と膝の間に顔をうずめた。 暗い。これからが昼だというのにコンラートの周りだけ夕暮れのように暗い(気がする)。何となくだが人魂が見えるのは気のせいだろうか。

ユーリは「あ〜」と溜息をついて未署名の書類に顔を埋めた。風の吹く草原のようなさわやかさがウリだったというのに、これでは今のコンラートに似合うのは打ち棄てられた墓場だ。
しかし、コンラートの気持ちも分からなくはなかった。もしユーリだってヴォルフラムにあれだけピンポイントで拒絶されたらものすごく傷つくだろう。ヴォルフラムがコンラートに日頃「嫌いだ!」といっているのはちょっと意地を張っているが愛情表現の一種だというのはヴォルフラム以外は誰だって、コンラートだって知っている。

しかし、ネコになってからのヴォルフラムのコンラートへの拒絶は明らかに意地を張ってとかいうものではないのはユーリにも分かった。だからこそ、わけがわからないわけで・・・・・・

悩むユーリの耳にちょっと汁っぽい声が近づいてきた。



「あー!もう!ヴォルフラムときたら!あんなにしつこくじゃれてくるから花粉症の季節でもないのにこんなにもったいないほどの汁が。ああ〜!ここにもまだ毛が!」

「あ、ギュンター、汁止めの薬は飲んできた?でもすげーよな〜、アニシナさん。ギュン汁止めの薬を持ってるなんてさ」

「グウェンダルが連行されていたからもにたあにならないですんだようなものの・・・・・・まあ、そうでなかったら私も汁が多めになったからといってアニシナの実験室になど行きはしないのですが」

「グウェン、ヴォルフにメロメロになちゃって仕事どころじゃなかったもんな〜。書類がでちゅね口調になってたし」

「だからアニシナに「それが仕事をする態度ですか!だらしのない、これだから男というものは!」といわれて自主的にアニシナの実験室に連行されてのでしょう・・・・・・私なら考えるだけでも恐ろしいことですが」

「いつもなら逃げ回った後強制連行させられるのに今日は任意同行だったぐらいだから、グウェンも仕事が手に付かなかったの気にしてたんだろうな。すっごい神妙な顔して連行されていったっけ」

「妙なくらい静かでしたからね。その割にはコンラートのことをやたらと気づかったりして・・・・・・べぶじっ!」

「ギュンター!また汁が再発して・・・そっかさっきまでこの机の上でヴォルフが遊んでたから沢山のネコっ毛が」

「ば、ばったぐっ、ヴォルフラムどぎだら(ちーん!)・・・・・・失礼しました。あんなにじゃれついてくるから私の髪の中にも毛が沢山からまってとるのが大変でしたよ!!よせというのに後ろからも抱きついてきてただでさえ毛は長いのに・・・・・・あ〜私の書類の上にもまだ毛が!!」

「そうだよな、何か全体的に毛が長い感じだよな。もともと人間サイズ・・・・・・いや魔族の成人サイズなわけだからネコの毛も長くて当たり前なんだけど」



ユーリはいいながらテラスの外を見た。グレタがヴォルフラムと楽しそうに遊んでいる。それ自体はいつもの光景だが、少し違うのは今日はヴォルフラムがネコになっているからだろう。そのせいかグレタはネコじゃらしやボールを持っている。あ、ボール投げた。「とってきてー!」・・・・・・グレタ、それは犬の遊びじゃ。



「ヴォルフラムはテラスとはいえまだ執務室にいたのですか。まったく、庭ででも遊んでいればいいものを・・・・・・これでは掃除しても掃除しても陛下の執務室がネコの毛だらけになってしまいます。またさっきみたいにじゃれつかれたときと同じ状態に・・・・・・!」

「いいよな・・・・・・ギュンターはじゃれつかれて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」



地を這うようなコンラートの声が響いた。



「・・・・・・・・・(こそ)陛下、そのコンラートはまだ?」

「まだっていうか・・・おれもどうすればいいのか」

「しかし、どうしてでしょうね。アニシナにでさえあんなになついたのに」

「ヴォルフがコンラッド嫌いなわけないんだけどな〜・・・・・・」



どうしてか分からない。2人で首をひねったが答えが降ってくるわけでもなく沈黙が降りる。
と、可愛らしい声が沈黙を破る。



「ユーリ〜!」

「グレタ?どうしたんだ、遊ぶのつかれちゃったか?」

「ううん、でも昨日までずっと旅だったからそろそろお風呂に入ろうと思って。ヴォルフと一緒に」

「そっか・・・・・・あれヴォルフは?何でテラスの窓のところで隠れてるの?」

「うん、何かコンラッドがいるから入りたくないみたい」




ビッシイィッ!・・・・・・コンラートに再びヒビがはいる音が聞こえた。




「グ、グレタ・・・・・・」

「なんかね、ヴォルフラム遊んでる間ずっとこっちの方気にしてたみたい。コンラッドがこないかどうか」



背後でずーんと空気が重く沈み込む気配がした。ユーリは恐ろしくてコンラートのほうを振り返ることが出来ず、グレタに耳打ちした。



「グレタ、出来ればそういうことはコンラッドには聞こえないようにいってくれないかな・・・・・・」

「あ、うん・・・・・・でもねヴォルフはコンラッドのこと嫌いじゃないよ」

「うん、それはそうなんだけどネコになちゃってからは・・・・・・」

「そうじゃなくて、ネコちゃんになってからもヴォルフはコンラッドのこと嫌いじゃないと思うよ」

「え?」

「だって、なんだかたまに悲しそうにコンラッドのほうを見てるもん。その後もなんだか辛そうにしてるし」

「本当!?そっか、そうだよなヴォルフがコンラッド嫌いなわけないよな。コンラッド、やっぱヴォルフがあんたを嫌いなわけな・・・・・・ってコンラッド!!?」

「コンラート!?」

「コンラッド、泣いてるの?大丈夫だよ!ヴォルフはコンラッドのこと嫌いじゃないよ。きっと何か訳があるんだよ」

「い、いや、すまない、グレタ・・・・・・なんか目が痛くて」

「コンラッド・・・・・・」

「いや、陛下そんな顔しないでください、ほんとに目が痛くて・・・・・・」

「コンラート・・・・・・」

「ギュンターまで・・・・・・」

「大丈夫!ヴォルフはコンラッドのこと嫌いじゃないよ、大好きだよ。だから、だから・・・!」

「グレタ」



そうなのだろうか。
コンラーとはちょうどテラスから死角になっている机の陰から顔を出し、テラスのガラス戸の陰でこちらをうかがっているヴォルフラムへと視線をむけた。

ヴォルフラムはびくぅっ!としっぽを逆立てると全力で目をそらした。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



コンラートが立ち上がると、今度は怯えてテラスの開き窓の上によじ登ろうとした。



「・・・・・・・・・・・・ヴォルフラム、そこまで」

「コンラッド!いや今はなんか理由があるんだって、コンラッドのそばに絶対いたくない理由が」

「どうしても俺のそばにいたくない理由ということは、それは嫌われているということでは・・・・・・?」

「違うって・・・・・・た、たぶん」



その時、執務室の扉が派手な音をたてて開かれた。驚いて振り返るとヨザックがキックのポーズで立っている。
どうやら蹴り開けたらしい。



「あらら、皆さんお揃いで隊長をかこんで何やってんですか?」

「ヨザック!何をしているのですか執務室の扉は蹴って開けるのではありませんよ」

「すんません、でも両手がふさがっていたので仕方なく」

「うわヨザックそれ何?両手にいっぱいに・・・・・・草?」

「あ、ヴォルフがヨザックのほうすごく見てる!」

「いえね、せっかくフォンビーレフェルト卿がネコになったんだからこれはネコぶりを存分に発揮していただこうと思ってひとっ走り城下に行ってありったけのマタタビを買ってきたんです」

「ネコぶりって・・・うわ、ヴォルフすげえそわそわしてるし」

「やっぱりネコといえばこれですね〜・・・・・・なんですか隊長、恨めしげに俺を見て」

「・・・・・・・・・・・・別に何でもない」

「コンラッド、まだヴォルフと仲良くできなくて落ち込んでたんだよ。だからみんなでヴォルフに嫌われてるわけないっていってたの」

「あら〜隊長ったらまだフォンビーレフェルト卿にまだいやがられてたんですか?」

「(ぐさっ)・・・・・・余計なお世話だ」

「どうせまた無意識にセクハラでもしたんじゃないですか?」

「・・・・・・そんなわけがあるか、大体何なんだ無意識って」

「隊長のなんか言っては陛下やフォンビーレフェルト卿にべたべた触る癖のことですが・・・・・・それで落ち込んでたんなら、これで試して見せます?」

「え?」

「ヨザック、せっかく買ってきたマタタビ、コンラッドにあげちゃうの?」

「ええ、打ちひしがれてる隊長のためにもわざわざ買いに走ったんですから」

「え、コンラッドのためにマタタビ買ってきてくれたんだ!?」

「いや、面白そうだからとも思ったんですが・・・・・・隊長そんな顔ばっかされるとこっちは調子が狂いますからね」

「ヨザック・・・・・・」

「マタタビはネコにとっては酒みたいなもんですから。いい気分になれば弟さんも隊長の日頃のセクハラ行為のこと許してくれますって」



言ってヨザックはコンラートにマタタビを渡した。多少引っかかる言い方だったがコンラーとはそれを黙って受取った。かなりの量があり両手がいっぱいになる。



「コンラッド、行って来いよ」

「でも・・・・・・いいんでしょうか?ヴォルフラムは嫌がっているのに」

「ヨザックがせっかく買ってきてくれたんだから、もしそれでだめならまた考えればいいって。もしかしたらヴォルフがネコになってまでコンラッドに意地張ってる確率もあるわけだし。いつもみたいにコンラッドがヴォルフをなでたりすればうまくいくかもしれないし」

「そうでしょうか・・・でも、そうなら」




コンラートは両手にしっかりとマタタビを抱えるとヴォルフラムに向きなおった。すると今度はヴォルフラムは顔をそむけたものの逃げることはなくコンラートの腕の中のマタタビにちらちらと目をやっていた。

これはいけるかもしれない。コンラートがヴォルフラムのほうへ歩き出すとヴォルフラムはおろおろしたようにコンラートとマタタビをみくらべた。その場から離れることはマタタビの魔力からはできないようだ、が同時にコンラートからも逃れようと窓をよじ登って必死に逃げようとする。

その様子を見てコンラーとは少し胸が痛んだ。こんな風に無理に近づくことをして悪いとは思っている。が・・・・・・一度だけそう一度だけ頭をなでたら、それでまたいやがられたらもう近づいたりしないから。

一度だけでいい。ヴォルフラムの上っている窓の前までくるとコンラートは静かにヴォルフラムに手を伸ばした。背後でユーリたちが緊張する気配が伝わってくる。

出来るだけ穏やかに名を呼ぶ。



「ヴォルフ」

「めえ・・・・・・」



呼ぶと窓の上に登ろうとしていたヴォルフラムがぴたりととまった。



「ごめんな、でも一回だけ」

「めえ〜!」

「・・・・・・っ!」



その時コンラートは見た。ヴォルフラムが泣きそうになっているのを。



「ヴォルフラム・・・・・・悪かったよ」

「めえ・・・・・・」

「もう近付かないから、本当にごめんな・・・・・・」

「めえ・・・・・・!!」



コンラートがヴォルフラムから離れようとしたその時だった。



がったん。



「めえ?」



ヴォルフラムがよじ登っている開き窓がヴォルフラムの重さに耐えきれず大きく傾いた。たまらず体が宙に投げ出される。



「ヴォルフ!」

「ヴォルフ、危ない!」

「ヴォルフラム!」

「隊長、窓が!」



ユーリたちの悲鳴が響いた。傾いたガラス扉が窓枠から外れヴォルフラムに叩きつけられそうに倒れる。





「めえ・・・・・・っ!」



「ヴォルフラム!!」






硬いテラスの石床に叩きつけられる寸前にコンラートがヴォルフラムを抱きとめた。そのままヴォルフラムをかばうように体を覆いかぶせる。

がっしゃーんとという音をたててガラス扉がコンラートの上に叩きつけられた。ガラスが粉々に砕け、破片が飛び散った。



「コンラッド!」



ユーリが立ち上がって駆け寄ってくる気配がした。コンラートは身を固くしたままもう衝撃が来ないことを確認すると胸の中にかばったヴォルフラムのふわりとした感触に気づいた。
とてもやわらい。




「・・・・・・・・・・ヴォルフラム、大丈夫か」

「めえっ・・・・・・!」

「どこが怪我はないか?ガラスでどこか切ったりは・・・・・・」

「めえっめえっ」



言いながらヴォルフラムに傷がないことを確認する。特に怪我がないことにホッとする



「よかった、無事で」

「めえ・・・・・・」

「本当に悪かった、お前は嫌がっていたのに俺が無理に近づいたりしたから危ない目に・・・・・・ヴォルフラム?」

「めえ」



コンラートは驚いた。ガラス片で切った手の傷をヴォルフラムがなめている。
一心に傷口をなめているヴォルフラムに逃げるそぶりはみじんもなかった。



「大丈夫かよコンラッド!」

「陛下、破片が飛び散っていて危険ですから私がやります」

「俺がやりますよ、フォンクライスト卿。すいません隊長こんなことになるとは思ってなかったんで」

「これぐらいはおれでも出来るって・・・コンラッドしっかり」

「大丈夫です、陛下・・・・・・床にたたきつけられた時にマタタビがクッションになってくれたらしくあまり痛くはありませんでした」

「めえ!」

「コンラッド、怪我してるよ!あちこち血が出てる」

「ああ、ガラスで切っただけだから。大した怪我じゃ・・・・・うわ、ヴォルフ」

「めえ〜」

「おや、隊長がフォンビーレフェルト卿になめられてる」

「ヴォ、ヴォルフ、くすぐったいから・・・・・・」

「なんだよ、ヴォルフ・・・やっぱりコンラッドのこと嫌じゃなかったんだな」

「よかった〜。ね、いった通りだったでしょ、ヴォルフはコンラッドのこと嫌いなわけないって」

「ヴォルフ、もうわかったから。大丈夫だから、もうなめなくていいから、いいからって・・・・・・・・・う」

「まったく、ヴォルフラムは人騒がせですね・・・・・コンラート?」

「?隊長、どうかして・・・」

「いや・・・・・・えくしっ」

「え、コンラッド?」

「いや、ちょっとくしゃみが・・・っくし」

「!!・・・めえ!」

「あれ、ヴォルフどうしたんだいきなりコンラッドから飛びのいたりして」

「へっくしゅ、ヴォルフどうし・・・へくし!っくし!」

「めえ〜〜〜〜〜!」

「また逃げちゃったし。どうしたんだよ、二人とも・・・うわコンラッド全然くしゃみが止まらないし・・・・・・・っておい、コンラッド涙がめちゃくちゃ出てる!?」

「コンラッド、どこ痛いの?怪我してたの?」

「ちが・・・っくしゅ!えっくし!へくしょっ!とまらな、っくっしょん!!」

「何なんだよ、いったい・・・・・・」



ユーリはもうわけがわからなかった。





















長くなりすぎたのでここで切ります。続きは下の「NEXT」から↓。