満月の夜は嫌いだ。



何も見えないはずの夜の闇を明るく照らしてしまう。



満月の夜は嫌いだ。



月明かりは隠している何かを暴いてしまう。

















あなたへの月 2
















ヴォルフラムは寝付きの良い彼には大変珍しく夜半過ぎているのにまだ目を覚ましていた。

寝台の上で膝を抱きかかえ、ユーリ陛下の言うところの「体育座り」で満月の見える大きな窓から180度反対の壁の方を向いている。
何が何でも窓の方を見ない、といった風でご丁寧に頭の上からシーツまでかぶっている念の入りようだった。これではヴォルフラムには月明かりの欠片も届かない。

完全な闇ではないが、明かりがよく入ってくるように計算されて作られた部屋の中でヴォルフラムはかなり暗いであろう場所でぼんやりとしていた。特に何をするわけではなく部屋の隅に残る月明かりに浸食されていない薄い闇を静かに見ていた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



どうしたのだろう。ヴォルフラムは考えた。どうして眠れないのだろう。
確かにここは最近はすっかり寝床となっているユーリの寝室ではなく、血盟城の外れにある一室だ。でもヴォルフラムは元々寝付きの良い方で貴族育ちであるにもかかわらずどんな場所でもぐっすり眠れた。ましてやここは幼少時から住み慣れた血盟城で部屋も貴族が使うには差し支えないだけのものがそろっている。眠れない理由はない気がする。別に起きていようとか考えていたわけでもないのに。

ふとここにいる理由を思い出して「怒りで眠れないのか?」とも考えたが今の心中がそれとはかけ離れたものであることはすぐに分かり余計に分からなくなった。
気分はどちらかというと落ち着いていた・・・というかどことなく夢うつつのような状態だった。眠気はないのに何も考えられない。張り詰めているような、焦っているような感情だけが胸の中を満たしていた。
そして、その状態のまま夜半を過ぎてしまった。



「・・・・・・・・・・・・・」



溜息が漏れた。この調子では今日は・・・。



「どうしたんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・ひっ!?」



いきなり話しかけられてヴォルフラムは息を漏らした。
慌てて振り返ると、2番目の兄ウェラー卿コンラートがここにいるのが当然とばかりに心配そうにヴォルフラムを見下ろしている。いつの間にやってきたのか、気配も悟らせず寝台の上に両手両足をついてヴォルフラムの背後から顔をのぞき込んでいる。



「どうしたんだ、明かりもつけないで」

「お、お前いつの間に!?」

「眠れないのか?ヴォルフが珍しいな・・・でも眠れないからって頭からシーツを被らなくても」

「質問に答えろ!何でお前がここにいるんだ!?」



本当にいつやってきたんだ!?全く気配を感じなかったぞ!!?

後退りするヴォルフラムにコンラートはさらに距離を詰めてきた。



「何時ってさっきからいたぞ。隠れていたわけでもないのに気付かなかったのか?いくら気配を消していたとはいえ」

「隠れる気がないなら気配を消すな!勝手に入ってくるな!すぐに出ていけ!!」

「ちゃんとノックしたよ。返事がないからドアを開けて様子をうかがっていたらシーツを被ったおばけみたいにベットの中でうずくまってるから何事かと思って声をかけたんだけど」

「ノックなんて聞こえていない!それに返事も無しに入ってくるな!」

「ごめんごめん、慣れない部屋で寂しがっているんじゃないかと思って心配で」

「ぼくをいくつとおもっているんだ!寂しがるわけがあるか!!」



「悪い悪い」と言葉だけの謝罪をコンラートがするとヴォルフラムは怒りが増していくのを感じた。コンラートは剣こそ持ってきたようだが(寝台に立てかけてある)、寝間着を着ていてその思惑はすぐに分かった。

コンラートはヴォルフラムがユーリの寝台で眠るようになってから時々「護衛」と称してヴォルフラムの言うところの「婚約者としてのこみゅにけーしょん」を邪魔しにきていた。護衛と称しているくせに外には他の護衛がいてコンラートは広い魔王の寝台の上でユーリとヴォルフラムの三人で寝ようとした。ヴォルフラムは大いに文句を言ったがユーリは「いいよー泊まってけば」とあっさり了承したのでなし崩しに三人で寝た。

邪魔者め。だいたいユーリがいないのにまだ押しかけてくるとはどこまで図々しいんだ。
コンラートはヴォルフラムのどんどん険しくなる視線もどこ吹く風で弟の頭を撫でながら言った。手を振り払われながらもめげない。



「お前も災難だな。城の中でも一番外れの部屋に追い出されて」

「ふん!全くだ!それもこれもギュンターが・・・!」



魔王ユーリはつい最近まで眞魔国に滞在していた。今回の滞在は今までになく4ヶ月に及び、その間に砂熊に襲われたり娘ができたりと色々あった。その『色々』の中にはヴォルフラムが婚約者であるユーリの部屋に寝泊まりすることも含まれていた。

王佐であるギュンターは当初から「なんちゃって婚約所の分際で陛下の褥に押しかけるなんて!!」と猛烈に反対していたが「婚約者なのだから当然!!」という理論のヴォルフラムとはいつでも平行線だったので最終的にはヴォルフラムが押し切るといういつもの形に収まり、ギュンターの嘆きが血盟城にこだまするというところで終わっていた。

だがユーリがチキュウに帰った後も魔王の寝室に寝泊まりしようとするヴォルフラムの行動を阻止するためギュンターは言葉で制するのではなくからめ手に出た。

4ヶ月の間にユーリの側近たちには自然とチキュウに関する知識が増えた。特にギュンターは知識あさりに熱心で、せっせと覚えた言葉の中には「りふぉうむ」という言葉があった。

「元々あるものをよりよいものにするとはなんという素晴らしいお考え!」とユーリがチキュウに帰ったことを契機に眞魔国中からありとあらゆる名のある名品を集めて魔王の寝室の「りふぉうむ」を始めてしまった。そのことは部屋に住み着いていたヴォルフラムを追い出すことにもつながった。

ヴォルフラムが血盟城で元々使っていた部屋もあったがユーリが何かにつけて部屋に帰れと言うのにかちんときたヴォルフラムが部屋を引き払い、魔王の寝室に荷物ごと押しかけてきたのだ。引き払われた部屋は今は魔王の愛娘となったグレタが帰ってきたときのために作り直してしまったため戻ることもできず、ヴォルフラムは急遽たまたま空いていた部屋をあてがわれることになった。

結局、急に行き場をなくしたヴォルフラムはギュンターに外れの部屋に追い出された形となった。



「まあ、怒るのも分かるけど・・・」

「当たり前だ!ギュンターのやつ、よりによってこんな外れの部屋に・・・」

「まあ、ギュンターは凝り性だから「りふぉうむ」は初めは口実だったんだろうけどだんだん本気になってきたみたいだから。きっとユーリの部屋は見違えるように良くなるよ」

「ふん、どうだか!ギュンターのユーリにための詩でも壁に書き連ねるだけかもしれないぞ」



コンラートは一瞬素直に納得してしまい、うーんとうなった。有りそう、すごく。少なくとも見えないところにいくつかは書いてそうだ。見えるところには・・・ギュンターの理性に期待・・・できないかな。



「聞いているのかコンラート!」

「はいはい、聞いてるよ」

「どこがだ!!」



ヴォルフラムに噛みつかれながらコンラートは改めて顔を紅潮させていつものように怒っている弟をこっそり観察した。いつもと同じ様子。さっきまで月に背を向けて顔を青ざめさせていた彼の面影はなくほっとした。

さっきまでは、まるで人形のように生気がなかった。

しかし、月明かりの見せたほんの一瞬の幻だったのだろう。
安心するとコンラートは今度はヴォルフラムの可愛い怒りを収めるように行動した。

具体的に言うとヴォルフラムに抱きついて、金色の髪を一層強く撫でてその感触を楽しんだ。怒りを消すということには成功したらしく、いきなりのスキンシップにヴォルフラムは別の意味で頬を高調させ混乱した。ユーリが来て以来少しでも油断するとスキンシップの絶えない兄だったがいくらこんな幼い子供にするような真似をすることは皆無だった。背中と頭にいいようもなく優しいぬくもりが伝わってきてふりほどくことも思いつかず、意思に反して脱力してしまう。



「ココ、コン、ラート、何の真似、だ」

「何って部屋を追い出された可哀相なヴォルフラムを慰めようと思って」

「べ、べべ別に、慰めなくていい・・・」

「遠慮するなよ。昔は一緒に眠った仲だろう?」

「そんなことをしたおぼえはない!」



ああ、また怒らせてしまった。それでも直ぐには振り解かれないことが嬉しい。
嬉しいと、昔の思い出が記憶の引き出しからこぼれてきて、コンラートの口を動かした。



「それにしてもひどいな。『こんな部屋』だなんて。・・・懐かしいな、昔は一度お前も泊まっただろう?」

「・・・・・・?何の話だ、そんな記憶はない」

「・・・おぼえていないのか?昔この部屋でみんなに内緒で眠っただろう?」

「そんなことをした記憶はない。そっちの思い違いだろう」

「そう・・・か、忘れてしまったのか・・・・・・そうか、そうだな昔の話だしな」



口では軽く言ったがコンラートは少なからずともショックを受けた。

幼くはなかったがまだ今より弱かったとき、一生懸命まだ幼い足で追いかけてきてくれたヴォルフラムはコンラートの中で大切な思い出だった。弟から引き離されても仕方がないかもしれない現実から足早に逃げ出した自分を追いかけてきてくれた存在がどんなに・・・。

しかし、甘い思い出に冷や水のような出来事が次に思い出された。
その直後にコンラートは自らヴォルフラムから離れた。いや、逃げたのだ。

ヴォルフラムにはずっと混血であることを黙っていて突然だまし討ちのように真実を告げた俺に泣いたり怒ったりする権利があったと思う。それにもかかわらず一方的に別れを告げて、逃げたのだ。

あの後、母上やグウェンダルがしきりに「謝って仲直りをしろ」と怒られたり泣かれたしたがそういうことはできなかった。当事者でない彼らには理解しにくかったかもしれないが、あの頃のヴォルフラムと俺は互いを傷つけるようなことは考えられない関係だったのだ。

しかし、結局俺は誰かにヴォルフラムを引き離されることを拒んで自分で何も知らないヴォルフラムを傷つけた。それだけでも裏切り以外のなにものでもないのに、挙句逃げたのだ。謝れるはずも、許される道理もない。


次に出会った時彼ははっきりと自分を『人間』と呼び目を合わせようとはしなかった・・・。


肌寒さを感じてコンラートはヴォルフラムにより強く抱きついた、いや縋り付いた。
ヴォルフラムは少し身じろぎしたが、かえって抱き直される形になった。文句を言いたげにしていたが諦めたようにコンラートの言葉に耳を傾けた。



「・・・そうだな、憶えている必要なんてないかもな」

「・・・憶えているも何も、なかったことを思い出せるはずがない」

「うん、そうだな」

「この部屋で寝たことなんてないし、お前と一緒だったはずもない」

「ああ、本当に・・・そうだ」



憶えている必要なんて、全くない話だ。本当に。

苦笑して、金色の髪に頬を埋める。さすがに顔を背けられたが以前よりずいぶん態度は柔らかくなった。
ユーリが眞魔国に来てから、ヴォルフラムがユーリの婚約者となってコンラートと関わる機会が増えると以前にどちらからでもなくとっていた距離はあっけないほど急激に埋まった。以前ほど近くはないが、ヴォルフラムが真っ直ぐにコンラートを見るようになっただけでもかなりの進歩だった。
縮まった距離と喪失した日々を思ってコンラートは今の関係が愛おしくもあり切なくもあった。

それで、それだからこそコンラートはヴォルフラムにひとつの告白をした。



「ここはね、俺が育てられた部屋なんだ」


























変なとこで切ってすいません・・・・。

コンが何であんな外れにいたのかをこの回で説明したかったのですが、長くなってしまったので切りました。

一応最後の台詞が理由の半分になるのかな・・・。


コンラートがユーリとヴォルフのベットに押しかけてくるというのは本編でもありそうな話かなと思いますがどうざんしょ?

まあ、うちのコンラートはヴォルフだけでもやってきますが。
ヴォルフ、もっとおにーちゃんを警戒しましょう。コンラートはユーリだって可愛いけど、ヴォルフも可愛いんだよ。