「うわっ!コンラート来るな!」

「え?」



ある晴れた日のこと。

いつものように寝起きの悪い弟を起こそうとして部屋に入ればいきなりそんな言葉が飛んできた。いつもは「ぐぐぴぐぐぴ」と二度寝している時間だというのにめずらしく起き上がってベッドの上でうずくまっている。



「どうしたんだ、こんな時間に起きているなんて珍しいな・・・何か持っているのか?何を」

「く、来るなって・・・うわーーーーーー!!」



ピシピシピシッ・・・・・・!




「何だ?何の音・・・?」

「あ、ああ・・・・・あああ〜」



次の瞬間。

ぴい!というかわいい声が聞こえるとヴォルフラムの腕から飛び出した影がコンラートに飛び付いた。
 











夫婦円満 (前編)














「これはいっちまんだーですね」

「いっちまんだー?」



手の平に小さな生き物(?)をのせたコンラートはいつもと変わらず自信満々なアニシナに疑問を返した。

ヴォルフラムの腕から出てきたのは手の平にちょうど乗るくらいの白い柔毛に覆われたつぶらな瞳の生き物だった。地球に行った経験のあるコンラートには新種のハムスターに見えなくもない。

ただし、とても普通の生き物には思えないのはその重さだった。いくら小さいとしても全く重さが感じられない。まるでタンポポの綿毛でものせているような、いつ風に吹き飛ばされてもおかしくない不思議な重さだった。



「いっちまんだーとは蓄積された風と地の要素が一時的に生き物の形をとる大変珍しいものです。人間の土地では精霊とでも呼ばれているようですが、これは要素がその土地に住むものたちを試すものだとも伝えられています」

「試す?」

「いっちまんだーを三日間卵を孵したものたちが大切に育てることによってその地が祝福を受けるという言い伝えです。記録ではいっちまんだーが正しく育てられた土地では豊作になるといわれています。
ただし、正しく育てないと三日間ももたずに消えてしまうと言われています。もちろん祝福も得られません。
ようするにこの小さな生き物を三日ほど大事に育ててやれるほどの度量のないものには用がないということです」

「へえ、そうなんだ」

「三日ほどすると自然に風と地と要素に戻るといいます。つまり三日ほどで消えてしまいます。
ちなみにいっちまんだーとは三日という育てていると情が移ってしまう期間で消えてしまうことに対する「行っちまんだー・・・・・・!」という育てたものの悲痛な叫びからとった名前です」

「なるほど・・・・・・しかし、アニシナ「正しく」育てるっていうのはどういう意味なんだ?大事に気持ちを込めて世話をするというようなことを指しているのかな?」



ぴいぴいという鳴き声を上げているそれをよしよしと撫でてやると指先に飛びついてきた。かわいいな、反応が小さいときのヴォルフラムと一緒だ。

コンラートの疑問に対してアニシナはびしりと指を指した。その瞬間手の平のいっちまんだーがビクッと強張ったのでコンラートは手の平で包み込むように抱きしめてアニシナから少し遠ざけた。



「正しく育てるとは・・・・・・すなわち卵を孵した二人が「夫婦円満」に三日間二人きりで世話をするということです!!」

「何だってーーーーーーーーーーー!?」



聞き捨てならないとばかりにさっきまでベッドで毛布をかぶって黙りこくっていたヴォルフラムが会話に乱入した。



「おや、ヴォルフラムいたのですか?
それにしてもあなたも運がいいですね、いっちまんだーは200年に一度出現するかという貴重なものなのにただ寝ていただけのあなたの元にたまたま卵が現れるなんて」

「目が覚めたら目の前に卵があっただけだ!
それよりもアニシナ今言ったことは本当なのか!?ぼ、ぼくがコンラートと・・・・・・」

「うん、俺とヴォルフラムが夫婦円満に三日間二人っきりでこの子を育てないといけないみたいだな」

「お前は黙ってろ!お前と夫婦なんて冗談じゃない!」

「だいたい二人で生み出しのですからもう夫婦のようなものでしょう、クマハチの時と同じです」

「全然ちがーう!!」

「まあ元々夫婦みたいに仲のいい兄弟を目指してるんだけどね」

「うるさーい!そんなことができるか、誰か別の仲のいい夫婦にでも世話を頼んで・・・・・・」

「それはできませんね。
いっちまんだーは卵を孵した二人にしか懐きませんし他のものが近寄り過ぎると怖がって消えてしまうのですから。そうでなければグウェンダルあたりが泣いて喜んで世話を始めるでしょうね。
ほら、今も私を見ておびえているでしょう?」



それはアニシナの声が大きいからじゃないかなぁと思ったがコンラートは口には出さなかった。



「そんな・・・・・・じゃあぼく一人で育てる!コンラートに手伝ってもらう必要はない!」

「それはひどいな。俺の子でもあるんだから」

「うるさい!べ、別にコンラートに手伝ってもらう必要は・・・・・・だいたい」

「だいたい?」

「・・・・・・覚えてないのか?」

「え?何?」

「べ、別に何でもない!!」

「えー」

「どちらにしろ無理ですよ。言ったでしょう?二人きりで夫婦円満にと」

「そんな・・・」



言葉を失ったヴォルフラムが床に座り込んだ。全くそれは気にもとめずアニシナは「それでは私はグウェンダルのところに行きます」とさっさと去っていった。たぶんまた実験だろう。

コンラートはとりあえず手の平の上で「ぴいぴい」とかわいらしく鳴く我が子?に「三日間だけどよろしくな」と挨拶した。









ぴいぴいぴい。

かわいらしい鳴き声の響くヴォルフラムの私室の中で、いつまでも床の上から立ち上がらない弟にコンラートは苦笑すると声をかけた。



「・・・・・・そんなに落ち込むなよ、ちょっと傷ついたぞ。
まあ、いいじゃないか今は陛下がいない俺もお前も結構暇だし、眞魔国に祝福がもたらされるなんてすばらしいことじゃないか」

「・・・・・・うるさい、お前なんかにぼくの気持ちがわかるか」

「ほらほら、ぴいもこんなに両親のことを求めているんだし」

「は?ぴい?なんだそれは!?勝手に名前をつけるな!!」

「そんなことを言ったって、三日間とはいえ親になるんだから子供に名前がないと不便だろう」



そういいながらもコンラートはどことなく嬉しそうだった。その態度に「第二の名付け親のポジションに心惹かれている!」と判断したヴォルフラムは早速抗議した。



「ふざけるな!その子はぼくが暖めて孵した子だから、名前をつける権利はぼくにある!ぴいなどと言ういい加減な名前にされてたまるか!」

「そうかな、名は体を表すって言うジャパンのことわざもあることだし。いい名前だと思うけど」



ヴォルフラムは一瞬押し黙った。確かにこの一見完璧に見えるらしいが幼少時からの経験で兄の恐るべきネーミングセンスにしてはかなりまともな分類に入る名前であることはわかった。案外そのままつける名前が一番まともかもしれない(実例:ユーリ)。いや、でもだからって・・・・・・

自分のつけた名前をかなり気に入ったコンラートは手の平の”ぴい”に話しかけた。



「ぴいーぴいーぴいー!」

「ほら、こいつもこんなに喜んでいるぞ。ぴいでいいじゃないか」

「ぴい!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「ぴぴぴー」

「すごいな、ぴいはもう自分の名前がわかるんだ。賢い子だな」

「・・・・・・ふん、お前が何回もそう呼ぶせいでその子が自分の名前をぴいだと思ってしまったようだな。
仕方ないから、その名前にしてやる」

「ぴいー!」

「それはよかった、ほらヴォルフもこの子をもっと側で見てやれよ」

「ああ、そうだな。
・・・・・・よしよし、心配するな、不本意ながらコンラートとお前の両親になってしまったがしっかりお前を育てあげてみせるぞ・・・・・・うん、お前はふんわりしていて柔らかいな、よし!ぼくも抱き上げて・・・・・・ってなにをしているんだ、コンラート!?」

「何って夫婦円満に世話するんだから、仲良くしている仕草をしようと」

「だからって腰に手を回すな!////////」










こうして、コンラートとヴォルフラムの二人っきりの子育ての日々は始まった。



































あとがき


いっちまんだー・・・・・・もちろんナナカマドの捏造です。本編にはどこにもいません。

何か一万打に則したものを出したいなーと思っていたら、こんな生き物を出してみました。