家族とは何だろう?


血のつながり、過ごした時間の長さ、そのどれが家族を決定するものなのか。


未だに、分からない。













舟の上であなたの手を





















まだ子供だった頃、旅先から帰って久々に前と比べて随分大きくなった弟を待ってぽつんと部屋の真ん中に座っていたことがあった。

豪華だけどもの寂しい部屋の情景に、まだかなまだかなと待っていると後ろから物音がして振り返った。
コンラートは実は一人きりではなかった部屋に驚いて声をかけた。



「だれかいるのか?」

「・・・・・・だれ?」



カーテンの中からはねた金髪がのぞいている。よく見れば小さな白い手が赤く豪奢なカーテンを握りしめている。そして、コンラートの腰ほどの位置にはちょこんとのぞかせる顔には湖底の瞳がのぞいている。


「・・・・・・もしかして、ヴォルフラム?」

「え、う、うん・・・だあれ?」

「おれはコンラートだよ、分かるかな?その、お前が生まれたときやその後にも少しあったことがあるんだけど」

「こんらーと?・・・ははうえがいってた、とおくにたびにいってるあにうえ?ぼくのあにうえなの?」

「・・・・・・うん、そうだよ。お前の「兄上」だよ、ヴォルフラム。グウェンダルほど立派な兄上じゃないけどね。
久しぶりだね元気だったかい?ところで何で隠れていたりしたんだい?」

「あのね、ははうえがちいさいほうのあにうえがかえってくるからここで「かくれんぼ」してまってなさいっていってたの。ふたりっきりにしてあげるから、ちいさいあにうえを「ぼくこんなにおおきくなったんだよ」っておどろかしてあげなさいっていってたんだ」

「そうか、母上らしいな」


いたずらが好きなとまでは言わなかったが、コンラートは笑顔だった。家族に元に帰ってきた。その確信がはっきりとしたものなる。




「でも、カーテンのなかでかくれてたらねむっちゃって・・・・・・」

「そっか、ずっと待っててくれたのか・・・本当に大きくなったね、ヴォルフラム。前にあったときは本当に赤ちゃんだったのにもう小さな男の子だ」

「べ、べつにちいさくないです」

「っははは、ごめんね、立派な男の子になったね」

「・・・・・・どうせ、ぼくはもう6さいなのにちいさいです」

「それはヴォルフラムがそれだけ純粋な魔族だってことだろう?だからこそ成長も遅いんだ、悪いことじゃない」

「・・・・・・あ、あの」

「ん?なに、久しぶりにあったんだし何から話そうか?それとも遊ぶ?かくれんぼの続きでも・・・」

「あ、あのおじうえがいってました・・・あにうえは」

「え?」


「あにうえは・・・にんげんなんですか・・・?」





おどおどした碧の瞳ははっきりとした戸惑いを隠せていなかった。カーテンから半分だけ自分をみせて、それでも目をそらすことなく尋ねてくる。こんな状況にもかかわらず自分からさっさと目をそらされることの多いコンラートはそのことに少し感動していた。

コンラートは戸惑いを隠せないヴォルフラムの瞳をそらさずにそのまま自分の言葉を告げた。




「・・・・・・そうだよ、おれには人間の血が流れている。母上は魔族で魔王陛下だけど父上は人間の旅の剣士だ。だから、おれは魔族であり人間でもある」

「にんげん、なのにまぞくなんですか?」

「普通の魔族と違って魔力は全くないけれど、もう20とっくにを過ぎるのに人間で言うと12歳くらいの体だからね、その点からは人間じゃない。でも、おれ自身は魔族だと思っている。」

「・・・・・・ぼく、よくわかならない」



コンラートはヴォルフラムの碧色の瞳から目をそらさなかった。ヴォルフラムはじっと注意深くコンラートの話を聞いていた。コンラートもそれに真剣に答えようと、静かな声ではっきりとした事実を唇から紡いだ。



「おれは16歳の時に決めたんだ、人間側じゃなくて魔族として生きるって・・・でも、おれを魔族と思っていない人たちもたくさんいるかな」

「・・・・・・・・・」

「・・・もし、もしも、ヴォルフラムがいやなら、おれは」

「・・・あのね」

「?・・・なんだい?」

「ちっちゃいあにうえってよんでもいい?」




その伸ばされた小さな手は白くて小さくて、とても暖かくて・・・・・・



































(・・・・・・馬鹿な夢だ)



















ぱしゃん・・・!



「・・・・・・?」



魚でもはねたのだろうか?
微睡みから水音に目を覚まされたコンラートが川面に目をやると、流れの緩やかな川は水輪だけを残していた。

済んだ水面を赤い魚が二匹よぎった気もしたが、もうすでにそこにはだた水面だけが広がっているだけだ。しんとした水の冷たさは生き物の気配をすぐに隠してしまう。魚たちはいたのか、いなかったのか。
気にするほどのことではないのに、わざわざちょっとだけ小舟から身を乗り出して湖面をのぞき込む。そこにはとっくに成人して100もとうに超えた茶髪茶眼の魔族の男の顔が映っていた。もっとも魔族にしては、少し地味な外見だが。

やはり水面には自分の顔が映っているだけだった。ちょうどコンラートが寝転ぶともう誰も入れなくなるほどの小さな小舟はコンラートが身を乗り出したせいで少し傾いた。しかし、転倒するほどではない、気にせずにもう少しだけあの魚を捜してみる。顔だけではなく、身をのりだして・・・・・・。



「そんなことをすると、またおぼれる羽目になるぞ」



そんな声が一人きりだったコンラートを水面から呼び戻した。聞き慣れた、その声変わりまで聞いてきた美しいアルト。低くなりきれない自分の声を彼は少し不満そうだったがいつもその声を聞けばコンラートは彼の存在が感じられることが、とても好きだった。



「ヴォルフラム?」

「何をしているんだ、こんなところで。泳げもしないくせに舟遊びとはのんきなことだな」

「それは子供の頃のことだよ、もう泳げる」

「・・・・・・ふん!ぼくの目の前で船から落ちておぼれたくせに」

「ああ、昔この川でヴォルフと遊ぼうと思って、舟遊びに誘ったんだよな。お前は船酔いだし、舟から下りようとして落ちかけたお前を助けて俺は溺れたし、お互い散々だったな」

「だったら、そこから出て城に戻ったらどうだ」

「城?」




ここは血盟城から少し離れた小さな川の川べりだった。コンラートは一週間ほど前にその川のすぐ側に生える木に縄をくくりつけて小舟に繋いだ。そして、その小舟の上でコンラートは何日かを過ごしていた。何をするわけでもなく、ただ、川の流れをその背に感じてまどろんでいた。




「聞いたぞコンラート、お前兵たちの練兵を断ったそうだな。それでしていることはのんきに昼寝か?」

「昼寝だけじゃないよ、釣りをしたり魚を眺めたり・・・・・・」




そして、馬鹿な夢を見たりしていた。

コンラートがさっき見た夢。物心ついたばかりのヴォルフラムとの初めての対面の記憶、だいたいは過去に本当にあったことだ。一人で待っていた部屋、カーテンから現れたヴォルフラム。かくれんぼをして待っているという母らしいいたずらっぽい提案。すべて事実だ。久しぶりにあった弟は赤ん坊からすっかり大きくなっていて、ヴォルフラムがちょっと照れて「ちっちゃいあにうえってよんでもいい?」と言ったことも。


しかし、その直前はすべて嘘だ。ヴォルフラムはコンラートが人間の血を引いていることなど全く知らなかった。ただ、久しぶりに会う見知らぬ兄に「ちっちゃいあにうえってよんでもいい?」と聞いただけだ。現実のそのときのコンラートはすぐに快諾し、ヴォルフラムとかくれんぼの続きをしよう誘った。かなりリアリティのある夢だっただけに一瞬どっちが現実か分からなくなったが。




(馬鹿な夢だ)




弟が最初から自分に流れる血のことを知っていたら・・・・・どうだったというのだ?拒絶されたかもしれない。そのままコンラートとヴォルフラムの人生は交わることなく、血が繋がっただけの兄弟として遠くから眺めるだけの存在だったのかもしれない。彼の叔父は人間嫌いでヴォルフラムはその叔父をとても慕っていた。

それを考えるとさっきの夢はいかにもありえない。まだ幼いヴォルフラムが人間という「恐ろしいもの」を兄と呼んでもいいかという夢なんて、現実味がない。第一・・・自分は隠したかったのだ。人間の血を引いていることを、無邪気な弟に知ってほしくはなかった。自分が他のみんなと「ちがう」ことを。

実際そのせいで事実を知ったヴォルフラムから「もう兄とは思わない」と言われているのに、さっきまではあの夢が現実だと小舟に揺られていた。そんな願望があったのか、俺は?はじめから知っていればお互いに掛け値なしに兄弟として過ごせると?馬鹿馬鹿しい、過去は過去だ。もう取り返しが付かない。それなのにさっきの夢ときたら・・・今思い出すと笑いがこみ上げてきた。自分を嘲笑う笑いが。

くっくっと忍び笑いを始めたコンラートにヴォルフラムは怒りを露わにした。




「何を笑っているんだ!・・・・・・だいたい、最近どうしたんだ、ユーリがいないときは城にも寄りつかないで」

「仕方ないだろう、大シマロンから帰ってきた「裏切り者」がまた血盟城に入れることだけでも特別な措置なんだから。あげくに陛下の身辺の護衛まで続けてね」

「だからといってここで川遊びなんてしなくていいだろう、ユーリがいないときでもお前の剣の腕なら練兵でも何でもいくらでもするべきことがあるだろう?それが城にも帰らないで・・・」

「練兵なら俺じゃなくてもできるやつはたくさんいるよ。それに夜は帰ってる、ここ何日かはここで野宿することも多いけど」

「だから!なんでだ、大シマロンに渡ったからか?それなら、眞魔国のためだったのだろう?ユーリのためだったのだろう?それを知っているから、兄上もギュンターもお前が以前と変わらないで血盟城で過ごすように取りはからったんだ。城のものたちだって知っている。お前も知っているだろう?」

「だとしても、俺は敵国に渡ってのこのこ帰ってきた身なんだから甘えるわけにもいかないさ。俺のごく個人的なわがままで陛下の身辺警護だけはさせてもらっているけれど、それだって本当はむちゃくちゃな要求だ」

「だからといって・・・・・・だいたい!何でだ!」

「だから俺は「裏切り者」だから・・・」

「違う、お前ぼくを避けているだろう」




身体は意に反してぎくりと震えたりしなかった。ただ、平静に見せかけた目でヴォルフラムを見返した。白い頬は怒りで朱色に染まっている。




「ヴォルフ、お前も俺にあまり近づかない方がいい。「裏切り者」は俺でたくさんだ」

「「裏切り者」と言っているのはお前だけだ・・・確かにお前の行動に疑念を挟むものたちもいる。しかし、それも少数派だ。叔父上でさえお前の行動に「裏切り者」といっていなかった」




ヴァルトラーナが?それはとても意外だ。敵意むき出しの彼からは考えにくい。グウェンダルたちが相当の説得を行ったのだろうか?




「ユーリがいるときだって、お前はどこか上の空じゃないか・・・護衛として失格だ」

「上の空なんて、そんな。ユーリの護衛だけは細心の注意を払ってやってるよ」

「護衛はな・・・しかし「きゃっちぼーる」もしないし、茶の席にも同席しないし、朝起こしにも来ないじゃないか」

「そりゃ、いくら何でもそこまでは」

「前はしてただろう!?いい加減にしろコンラート!それにぼくには目も合わせない、返事もしない!そう言うのをチキュウでは「いじめかっこわるい」というんだぞ!」



ヴォルフラムはつかつかとコンラートの小舟の側までより、びしりと指さした。そのときコンラートの心に浮かんだものがあった。ヴォルフラム。俺たちは一体何なんだろうな?兄弟?最初から嘘で始めてしまったのに?

物言わぬコンラートにヴォルフラムは余計にいらついたらしく、今度は足を伸ばしてきた。蹴飛ばされるのか?とコンラートがその足を眺めていると、ヴォルフラムは川べりの地面を蹴って小舟に飛び込んだ。

当然激しく舟は揺らいだ。



「うわあっ!?」



当然飛び乗ったままの体勢でヴォルフラムはバランスを崩した。伸ばした足の軸にして、川面に落ちる・・・。

その前にコンラートはヴォルフラムの手首をつかむと思いっきり引いた。倒れる方向を急に転向され、強かに木の板の上に膝を打つ。ヴォルフラムはその痛みに顔しかめたが、弟以上にコンラートは顔色を青くしていた。ヴォルフラムをつかんだ腕が過刻みに震えている。そのことに気が付いたヴォルフラムは転落しかけたショックも忘れて、怪訝そうな顔した。


( どうしたんだ、川に落ちそうになっただけだ? )


そう言われている気がした。


コンラートは落ち着けと自分に言い聞かせた。水の上であると言うことしか共通項はない。それでももう見たくなかった。水の上、船の上で倒れ伏すヴォルフラムを。

ここは眞魔国で小シマロンではない。弟の胸に矢が刺さっているわけでもない。だいたいあの時はヴォルフラムは大きな軍艦に乗っていて、水面に落ちるようなことはなかった。船に着いた火が激しくなり始めた頃は自分で舟から飛び降りて、泳いで「うみのおともだち」号に助けられている。

それでも、コンラートの脳裏にはあの時の光景が蘇ってしまった。視力の良さがあだになり別の船の甲板からでも、はっきり弟が水色のマントをかぶり、そして心臓めがけて矢を射られ、倒れ伏したときの恐怖をありありと思い出す。

あまりにいきなりに何かを奪われた、その恐怖が心臓に絡みついたときのことを。



「・・・コンラート?」

「気をつけろ、浅い川だが流れは遅くない」

「・・・・分かった、気をつける・・・ありがとう」

「?随分素直だな?」



「うるさい」とか「余計なことをして」とか言われると思っていたのだが、そんなことを考えているコンラートにヴォルフラムは静かに、しかしきっと視線を向けた。



「お前はいつもうそうやって話をそらすからな、ぼくはよく知っている。
反省したし謝ったぞ。さあ、さっきの質問に答えろ。何故ぼくを避ける」

「・・・・・・大人になったし、賢くなったな、ヴォルフも。
理由はさっき言っただろう、お前が俺にかまえばお前だってやりにくいから」

「嘘だ、そんなことぼくは気にしない。ぼくが気になっているのはお前だ、コンラート」



「コンラート」。その名を碧色の瞳言われろともう一つな呼び名を思い出す。



「「ちっちゃいあにうえ」って呼ばないのか?」

「なっ!い、今更そんな子供の頃のこと!」



やっぱり怒りを我慢していたらしい弟はあっさり怒りを露わにした。確かになと水面を見つめる。赤い魚たちはやっぱりいない、二匹は親子だったのだろうか?兄弟だったのだろうか?それとも、ただの通りすがりの二匹だったのか。家族ではなく、ただの二匹。そこにはどんなつながりがあるのだろう?

怒りを露わにした弟だったが、はっと気付くと再び冷静な表情に戻った。どうやら、本気らしい。コンラートが納得させるまでこの弟はてこでも動かないだろう。

その事実にコンラートは観念した。そして、確かめたいことがあった。なあ、ヴォルフラム。兄弟って家族って、一体何なんだろうな?



「・・・・・・いいぞ、じゃあこれからはヴォルフとはちゃんと目を合わせて会話する。避けたりもしない。
できるだけ今まで通りに過ごすように努力する。でも条件があるな」

「条件?」



怪訝な顔。そこにヴォルフラムの強がりのない素顔を見て、コンラートはヴォルフラムに言葉ではなく行為で問いをぶつけた。

言うが早いやコンラートは自身に伸ばされたヴォルフラムに手を伸ばすとその手首をつかみ、胸の中へと引きずり込んだ。目を点にしているヴォルフラムが舟の上で半ば倒れながらもコンラートの胸元に顔を埋めると小さな舟は二人だけでいっぱいになった。

そして、ヴォルフラムの怒りを聞く前につかさずコンラートは握ったままだったヴォルフラムの手を引き寄せると、華奢な首に手を回しそのまま唇を重ねた。

絶句するヴォルフラムから顔を離すとコンラートはヴォルフラムを抱き寄せた。暖かい日だまりの匂いがする。



「なに・・・?今何を?」

「口づけだよ、チキュウで言うところのキスかな」

「な、何でお前がそんなことを・・・・・・こんないきなり!」



弾けるように身を離し、戸惑いと驚きを怒りに変えて燃える弟の瞳にコンラートは静かな決意で答えた。



「お前と家族になりたいんだ、そしてそれが俺が元通りになる条件」

「何を言っている、ぼくとお前は・・・・・・そ、その、一応兄弟・・・・・・」

「そうだな、「一応」兄弟だ。嘘で始めた兄弟だ、本当の家族じゃない。だから今度こそ家族になろう、ヴォルフラム」

「何を言っているんだ・・・・・・ぼくたちは元々きょうだ」

「お前をだまして俺はお前の兄弟になったんだから、兄弟じゃない。
最初にはお前は俺が人間の血を引いていると知らなかったから、兄弟として過ごせた。母上だってグウェンだって知っていたのに、お前だけ知らなかった。
でも知っていたら、俺と兄弟として過ごすことなんてなかっただろう?知った時にお前だって俺を兄とは決して呼ばないと言っていただろう」

「それは」

「大シマロンに渡って、その離れていた時間で俺たちは何度もあったよな。眞魔国側と大シマロン側として。いってみれば敵同士だ。そして、俺はその中で余計に俺たちが一体何か、兄弟なのかそうじゃないのか分からなくなっていった。まあ、元々家族と思っていなかったお前からすればどうでもいい話だろうけど」

「・・・・・・それは!ぼくが!」」

「それでも俺はお前と家族になりたいと思った。そして元々家族じゃなかったものが、家族になる方法は1つしかない。分かるだろう?結婚するんだ」

「けっ・・・こん?」

「別に、急じゃなくていいんだ。でも、お前とこういう風に、別の形でまた家族を始めたい。兄弟で結婚がだめなら事実婚でも何でもいいし、とにかくお前ともう一度家族になりたいんだ」

「じじつこ・・・・・・コンラート、本気で言っているのか?」




ヴォルフラムは急に冷静な表情になった。よくて「ふざけるな」、最悪「汚らわしい」と言われることを覚悟していたコンラートは意外に思ってヴォルフラムを観察した、彼の表情を見分ける自信ならある。それでなくとも弟の嘘はすぐばれる・・・・・・

それなのに、コンラートはヴォルフラムの冷静さに拒絶や嫌悪感を隠したものを感じられなかった。



「お前がぼくの家族じゃない・・・か。ふん、ぼくはずっとお前からそう思われていると思っていた」

「え?」

「分かった、条件をのもう。でもぼくもその条件をのむ「条件」がある」

「・・・条件?」



まさかのんでくれると思わなかったコンラートは弟を見返した。半分だけ血の繋がった弟。血のつながりだけ考えれば、俺たちは兄弟だ。なのに、こんなことを望むのは何故だろうな?やはり、本当は「時間」や、それとも他の何かで家族になる信じているからだろうか?

ヴォルフラムは 未だ絡められているコンラートの手をはじき飛ばすと今度はコンラートの手首を強くつかんだ。薄茶に銀色を散らした瞳が驚きに見開かれ、その中にヴォルフラムの碧色の瞳が映っている。



「ぼくと結婚して家族になりたければ、ユーリからぼくを奪ってみろ」



決然としたその瞳には似合わない嘘やごまかしは微塵もない。



「それが条件だ、ユーリからぼくを奪えたら・・・すぐにでも事実婚でも何でもしてやる」

「・・・・・・本気か?」

「本気だ。もっともお前がユーリからぼくが奪えるとは思わないがな」

「ユーリから・・・お前を奪う、か・・・」



まだ婚約者なのに、随分な自信だ。しかしその自信がコンラートには理解できた。たとえユーリが未だにヴォルフラムとの婚約を認めていないとしても、ヴォルフラムの心はユーリを向いている。(もっともユーリの心の中でヴォルフラムが占める場所は多いから、いつどうなってもおかしくはないが。)

それを覆してみろ、ということか。コンラートはあごに手を当てて少しだけ悩むふりをした。



「うーん・・・それは難しいな。相当、難しい。全くかなえられる気がしない」

「その程度の決意なら、さっさと諦めろ」

「いっそ、俺は愛人ってことでもいいけど?」

「なっ!お、お前と来たら、どこまで不純な男なんだ。事実婚でいいと言うだけでも相当不純なのに、挙げ句の果てに愛人だと!?ぼくを馬鹿にしているのか、ぼくは浮気なんてしない!だいたい愛人は家族とは、少し違うんじゃないか!?」

「じゃあ、第二夫人とか」

「お前のどこが夫人だ!ふざけるのもいい加減にしろ!ぼくは真剣に・・・!」



真剣なヴォルフラムをコンラートはもう一度抱きしめた。そして、その耳元で「家族になれるように努力すると、誓うよ」と囁いた。今度は文句は言われなかったが、胸の中でそっぽを向かれた。もうしばらく口は聞いてもらえないかもしれないと思いながらも心は晴れやかだった。金髪から日溜まりの香りがこぼれている。

舟の上で二人抱き合って静かに揺れる。その視線の端にコンラートはさっきの赤い魚たちを見た。一匹にもう一匹がついて行っている。後ろの一匹が遠のくと前の一匹は少しだけ泳ぐ速度をゆるめる、そして後ろの一匹は速度を上げて追いついた。

お前も諦めるなよ、とコンラートが赤い魚に胸の内でささやく。

抱きしめたままのヴォルフラムが胸元で「・・・・・・もう、ぼくを避けるな」と言った。コンラートは少しいたずらっぽく「条件をのんでないのに?しょうがないな、前借りにしてあげる」と返すと「どこまでも意地汚い男だな・・・!」と怒りのこもった視線を向けられた。しょうがない、俺はヴォルフラムには意地汚い男だから。



「なあ、ヴォルフ。家族って何が決めると思う?血のつながりかな、時間かな?」

「はあ?急に何を言い出すんだ。そんなものは決まっている」



断言するヴォルフラムはコンラートと目を合わせるとはっきり「愛だ」と言った。その答えにコンラートは初めて答えを見つけた気がした。なぜこんなにヴォルフラムと「家族」になりたいのか、その理由を。

そして、思わず「愛してる」と囁いてヴォルフラムを別の意味で赤面させる羽目になった。




視界の端で、赤い魚がはねた。何者にも縛られないように、二匹で軽やかに。









 





FIN













後書き



久々のコンプ。いや自分でも更新していないと思っていたんですよ・・・。

やはりコンプはいいですね。大好きです。

そして、どうしても入れたかった描写・・・新刊のせいでヴォルフへの愛が次男から噴出したので、例のシーンを思い出すコンラートというのもやれました。船の出る話だったので、やはりそこは外したくないなと思っていました。よかった、よかった。

いや、相当ショックだったんでしょうね。きっと次男はサラの入った袋蹴ってると確信させられました。






2009/01/01