六月の半ば、やっと学校にも慣れてきた頃のことだったと思う。


「「あ」」


学園を貫く中央の道、そこでケータイをいじって歩いていたボクは誰かにぶつかってしまった。

幸いお互いに転ぶほどの速度で歩いていたわけでなくよろけただけだったけど、その拍子にボクと彼のケータイが同時に石畳の上でかしゃんと軽い音を重ねて落ちた。


「ご、ごごごごめん・・・なさい!!」


慌てて石畳にしゃがみ込む。奇遇にも両方とも黒い折り畳み式のケータイだ。
その両方のケータイを拾い、その人を見上げた。見覚えがない、上級生だろうか。さあと血の気の引く音が耳元で聞こえる。


「ごめんなさい、先輩にぶつかっちゃって!」

「いやいや、いいよ。ボクこそよそ見してたんだし、悪かったよ。ああ、いいってそんなハンカチでふきまでしなくても」

「でも、先輩に対して、本当にごめんなさい」


優しい人なんだろう、ボクに目線を会わせるため屈んでくれた。うわ、屈んでも明らかにボクよりかなり背が高い・・・・・・ちょっとうらやましい。

その人は冗談のようににこにこしていた。笑っている、優しくというかなにかとても楽しいことがあったように空恐ろしいほど澄んだ笑顔だ。


「・・・・・・えっと、君は?
 おかしいな学校の人はみんな覚えているつもりだったんだけど、ボクのリサーチが足りないんだね・・・・・・君のすばらしい才能は何だっけ?」


みんな覚えてるって・・・変な言い方をする人だなあ。


「えっと、ボクは一年生の苗木誠です、四月に入ったばかりなので知らないのが普通ですよ。ボクは超高校級の・・・こ、幸運です」


ボクには特別な才能なんかない、ただ抽選で選ばれただけ。

クラスのみんなにはもう引け目をもろに感じることはなくなっていけれど、胸をはって堂々というにはボクは少し噛んで自分の才能を名も知らぬ先輩に告げた。


「・・・・・・は?」


瞬間、ぱしんとボクの手から片方のケータイが奪われた。

さっきまでニコニコしていた笑顔はみじんと残っておらず、完全な無表情。
なんだか哀れみの目線を投げられる気さえしてきた・・・えっと、どうしたんだろう。


「・・・・・・幸運?
 超高校級の幸運って、あの抽選で選ばれるだけの、あれ?」

「・・・・・・う、そうです」


しまった、この先輩は十神クンタイプだろうか。

いや十神クンは態度は最初から「自分以外の才能の持ち主はおまけのようなもの」くらいのスタンスだけど、ボクの才能を聞いて「ただの凡人か」と席を立たれたことならある(そして朝比奈さんが怒っていた)。

十神クンほどでなくても、ボクの才能とはいえない才能を聞くと眉をしかめたり珍獣でも見るような人も多い。
この先輩も運が良かっただけのボクにあきれるんだろうか、ただくじ引きを引き当てただけの、みんなとは違う存在ーーそんな引け目はボクにもある。


(この先輩、いい人そうだったのに・・・残念だなあ)


いい先輩に出会えたと思ったんだけど。


「可哀想に」

「え?」

「可哀想に・・・光輝く才能たちの中で、こんなゴミみたいな才能で混じるなんて・・・さぞ肩身が狭いだろうね」


同情するよ。
そういって名も知らぬ先輩は去っていった。

・・・・・・・・・えっと?


「ゴミみたいって・・・え、こんな才能?」


その言い方ってもしかして・・・・・・と思うとボクはもう一つの異変に気が付いた。


「って!?このケータイ、ボクのじゃない!!
先輩!ちょっと待ってくださいよ、先輩!それはボクのケータイでこっちが先輩の・・・・・・!!」


その後、二時間近く探したのにその背の高い先輩は雲のように消えてしまい、ボクは先輩のケータイと共に寮に帰ることになってしまった。





「 超高校級の幸運 ×2 」





「苗木クン、もうすぐ本格的に秋だねえ」

「そうだね、そろそろジャケットとコートを出したほうがいいかも」



九月の終わり、ボクは六月に出会った先輩とランチパック(玉子とツナ)を食べていた。広場のベンチの木枯らしが手に滲みたせいで、一緒に買った缶コーヒーが温かい。

ボクも先輩も授業が早く終わり、早い放課後をたまたま一人で持て余していたところに出会い、茶飲み話の代わりに落葉を眺めながらの軽食を取っていた。

こうして話すのは五回目くらいだろうか。なんとなくあいた時間をどうしたものかと歩くと狛枝クンも同じようにしているところに出会い、なんとなく雑談をして、別れるというあっさりした交流を持っていた。

六月にあった頃はもう話もできないか、いやでもケータイは何とか返さないと・・・・・・と彼に再会するに当たって結構暗い気持ちだったのだが、なぜかこんな風に何度か会話する先輩後輩に収まった。不思議だ。

だたし狛枝・・・クンを先輩として扱った時に、凍るような声で「凡人同士にどっちの生まれが早いか遅いかなんてどうでもいいでしょ、敬語はやめてくれないかな」と絶対命令を受けたのでタメ口である。心の中ではつい先輩と言ってしまうけど。


「苗木クンはそうしてるの?制服だから上着は着るけど、ボクは年中同じ格好だからよくわからないな」

「・・・コートくらい出さないとしないと、風邪引いちゃいますよ」


マフラー巻くから平気だよ、でもいるのかな、なら買わないとねえとマイペースな先輩はランチパックの袋をなぜか凝視していた・・・色々意外なこともあったけれど狛枝クンは最初の「ものすごくマイペースな先輩」という印象は変化しないから苦笑する。

先輩は小学生の頃から両親がいない、らしい。冗談めかしていたけれど、なんというか家族の香りのする習慣が全くないのできっと本当なのだと思う。


「しかし狛枝クンと会ってもう三ヶ月だね、最初はケータイを間違えてそれをどう返そうかで頭がいっぱいだったけどこうやって話す機会がもてるきっかけだったと思うとあれも運が良かったのかな」

「はあ?なんでボクと話すことが幸運なのか理解しかねるよ・・・別にケータイなんて気にしなくてよかったのに。だいたいボクが先に間違えたんだしさ。なんなら個人情報ごと闇に売り払ってくれてても別によかったんだけど」

「そんな闇ルートに繋がりはありません!・・・いやでもあれがなかったらこうして話してなかったと思うし、やっぱりラッキーだったんじゃ」

「ボクのケータイは簡単に遠隔操作できるようにしてるし、アドレス帳にもなにも登録していないから誰にも迷惑かからなかったのになあ。売られたところですぐ探知機で特定して闇業者が一つこの世界から摘発されるだけだったのに」

「なんて改造してるんですか!?」

「えー、じゃあ制裁?」

「警察に任せましょう!なんか洒落にならない!」


やっぱり恐ろしい人だ、不二咲さんと組んだらすっごいものが作れるんじゃだろうか。いや余計に恐ろしいものが開発されそうで怖い。


(超高校級の幸運って言ってもやっぱり全然違うんだなあ)


学園に同じ才能をもつ人はあまりいない、そんなに被る才能を学園は選ばないのかもしれない。でも「幸運枠」だけは例外で毎年必ず選出される。
だから、入学当初もボク以外の幸運はどんな人だろう、案外にてたりするのかなと思っていたけど全然違ったーー個人的に身長は狛枝クンに似たかっただけど。

因みにクラスメイトとのメールのやりとりはどうしているのかを尋ねたところ「ボクごときがメールするなんて畏れ多いけど、連絡網あるからね。クラスメイトの電話番号とメアドくらいなら一発で暗記できるでしょ?」と空恐ろしいことを言われたーー霧切さんみたいな人だ。


「いやでも、狛枝クンってボクと才能が一緒じゃない。やっぱりそういう人と話せる機会があるの嬉しい・・・よ?」


しまった、つい疑問系に。

先輩はため息を付いた、ボクといるとしょっちゅう先輩はため息を付く。失礼をしているならボクも控えるんだけど、どうもボクには思いも寄らないポイントで引っかかるらしく予防策は未だとれない。


「はあ?君は幸運だのラッキーだのの基準がわからない。そういう基準がボクと違ってなにを言ってるか理解できないよ」


そういう所も慣れたけどと先輩は今度は缶コーヒーのラベルを凝視しだした。産地偽装でも特定しているのだろうか狛枝クンは真剣で、最初に会ったときの愛想の良さはかけらもない。


(でも不思議と、そうして無愛想な方が狛枝クンって素の空気がするから落ち着くんだよなあ)


いつも他の学校の人たちに対しては、嘘ではないもののいつも何かを気をつけて、一線を引いて明るく愛想良く笑って見える。
そのつもりはないのだろうが、やはり一度気が付くと気詰まりだ。だから今の方がボクとしては気楽だと思う。

ちょっとした沈黙が続く。偶然会って、少しだけ話をして別れるだけのボクらにはこういう時間も多い。気詰まりではないのでいつの間にか地面のアリの行列を凝視している狛枝クンに倣って、ボクは空を見上げてみる。あ、うろこ雲だ。

沈黙が特に苦にならない、きっとボクと狛枝クンはその程度には親しいのだろう。
友人と言うには素っ気なさすぎるし、知人と言うには気を緩めがちなボクたちはきっと才能が一緒の先輩後輩というあたりの関係だろうか。

この三ヶ月狛枝クンと色々な話をした。互いに言葉数が多くはなかったけど、周りの才能豊かなクラスメイトに気後れしているという点では一致していたので意外と話題はあった。

もっとも狛枝クンほど強い信奉を持っているわけでなく、どちらかというとボクは親しいと思っていたクラスメイトが時々とても遠く感じるという感覚の違いがあるけれど。

それだけでなく狛枝クンは極端な人だった。曰く自分は最低最悪な人物だ、幸運なんてつまらないゴミみたいな才能だ、クラスメイトは世界の希望そのものだから邪魔になってないか気が気でない・・・などなど。

ボクとしては今のクラスメイトたちは一生の友人になれそうな人たちがいると思っているのでなんだか彼はもったいないことをしている気がするのだけど、きっと言ったらこうして話すことも無くなりそうだから言っていない。

そして、彼がボクと強く違う思ったことがあった。


ーー「ボクはね、自分の運のせいで人が死んだとしか思えないことがあったんだ」ーー


それを聞いてから、やはりボクは何も言えなくなってしまった。

狛枝クンはとても幸運に、自分の才能に冷たい。けれどそれが人の生死に関わる経験があったなら、それは簡単に触れていい話題じゃないーー彼の幸運のせいでそんな事が起きたなんて思えないけど、そう思うことがあったなら狛枝クンにとっては変わらないだろう。
だからボクはそれ以上踏み込むのはやめて、ただこの風変わりな先輩と世間話をするだけにしていた。

空の雲の形が変わって、視線を先輩に戻す。狛枝クンはランチパックの余りをスズメにちぎって与えていた。


(こういう時、すごく普通の優しい人に見える)


逆に血も凍るほど恐ろしい顔をするときもあるのに。

でも、だからきっともっと話したいという気持ちが抜けないんだろう。じいとそれを見ていると、先輩ははっとこっちに気がついて振り返り憮然とした表情を向けられる。


「スズメは秋に蓄えないと冬死ぬんだよ、寒空でゴミを漁るなんて惨めでしょ」


そんなこと言わなくても別に笑ったりしないよーーと言おうとしたときに狛枝クンのケータイが軽やかな電子音を奏でた。ずっと鳴り続ける所からメールでなく電話らしい。

電話に出ると狛枝クンは困ったように何かを断り、それから猛烈な勢いで怒られた。そして何回かの問答の末、頭を縦に振った。ーー誰か知らないけど、狛枝クンを言い任すなんてすごいなあ。

すごくうなだれて電話を切った狛枝クンは、今日はこれでと言った。


「狛枝クン、行くの?」

「ちょっとみんなに呼ばれててさ、おこがましいけど小泉さんは全員集合が望ましいと思っているみたいだし・・・ああああ、やっぱり図々しい」

「いやあ、そこは一人足りない方が寂しいよ。この学校結構一クラスの人数少ないし」

「・・・・・・苗木クンは良いよね、希望あふれるクラスメイトの空気を悪くすることなく何とか仲良くできるんだから」

「え、なんですか急に?」


思わず敬語に戻ってしまった。


「君がさ、クラスで楽しくしている話をしていると才能なんてないも同然なのに図々しいなあとも思うけど、素晴らしいとも思うんだ。だってそれはみんなの役に、希望溢れるクラスメイトが楽しく生活する役に立っているんだから。
君が彼らといて光栄で嬉しいのは当然だけど向こうからもそう思われるなんて、それはーー君の人徳なんだと思うよ」

「ほ、褒めても何も出ないよ?」

「褒めたくもなるよ・・・・・・ああああ、きっとまたボクがいるせいでなにかまずい空気になったり、最悪事故が起きるんだ・・・・・・いっそ君がいけばいいのに。そしたら何もかも丸く収まる気がする」

「それは違うよ」

「・・・・・・は?なんだって?」

「77期生のクラスメイトは狛枝クンでボクじゃないでしょ、ボクが行っても知らない後輩が混じってそれこそ微妙な空気になるだけだよ」

「・・・・・・そんなの分かってるよ!・・・・・・ああああ、やっぱりボクが行くしかないのか・・・・・・ダンプでも飛び出してこないかな」

「うわあ、そんな鬱オーラ出さなくても・・・・・・先輩、じゃなくて狛枝クン。ちょっと一言余計な事言っていいかな?」

「なんだい」


意外に素直で、子供のように首を傾げる。きっとこの人は分かっているようで、分かってない。


「クラスメイトに距離置かれると寂しいですよ」

「苗木クンはやっぱり変なことばっかり言うね」


そうして秋の初めにボクたちは手を振って、また機会があったらと手を振った。

そして、それが希望ヶ峰学園での、ボクと狛枝クンの最後の会話になった。


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