『 超高校級の幸× 』 22 後編




《ある少年と少女の話》2




●少女の独白4



狛枝クンが目を覚ました時私はとても嬉しく、そして恐ろしかった。


(私は決めなきゃならない、彼を希望構成プログラムとして導くか、修学旅行の仲間として楽園ゲームの中に取り込むか)

壊れかけの私にも良心はあった。彼は覚醒後の世界に耐えられない。時間の落差、誰も知る人残っていない世界、彼の価値観、希望への信奉――きっと生きていけない。
ならゲームに取り込んで、最後に彼の価値観自体を「なかったことにしてしまえばいい」――思い出せば、とんだ良心だと失笑してしまう。

メインシステムを掌握した私には日向クンが封印した記憶に干渉するテクノロジーすら手にすることができた。
――だんだんとメインシステムの最終防衛システムに浸食されていくことも、分かっていたけれど、かまいません。


(どうせ、私は死ぬ――巻き添えにして、ごめんねウサミちゃん)


ウサミちゃんが目覚めたとき、私は彼女に何をいわれるかとらしくなく足を震えさせていました。
しかし、彼女は私のすることにおろおろして、次は狛枝クンをみておろおろとしていて――最後は黙認して私に協力してくれました。

私もウサミちゃんも分かっていたのです。最後の一人である彼を失ったら、本当に全てが終わってしまう。修学旅行が終わってしまう――私たちの生まれた理由は、生きてきた意味は、選んだ目的は、ここで終わる。


(もう終わらせないと)


だからせめて終わり方くらい、選びたい。

私は完成していた楽園ゲームの最終チェックを進めながら、目覚めた彼に真実を悟られまいとウサミちゃんにお願いしました。希望構成プログラムを通して楽園ゲームに誘導することを勘づかれないでと。

それを伝えると電子の海で南国の美しい空と海の青を再構成しながら、私は長年の疲れから解放されたように――一息ついて現実の灰色の空をカメラから眺めました。


(これで狛枝クンを閉じこめて、私たちは、私はシステムと心中しておしまい――これが私の絶望の終わらせ方)


あとは私の袋小路の絶望を終わらせるだけ――なのにそれ以外にも意外なことがたくさんありました。

百年ぶりに再会した狛枝クンに、私はとても驚いた。


(変わってないなあ)


希望を求めて、それでいて目の前の安息をうまく甘受できない。甘受して希望とやらを求めればいいのにと変わらず感じた。


(こんなところがあったんだ)


最初の裁判、ウサミちゃんとの仲良し生活、一緒に銅像を作ったりとまだ知らなかった彼を知ることができました。

特に私が一言だけは言ってやりたかった「勝手に君を殺させて、私がどういう気持ちになるか考えたことがあるのか」という言葉にあんなに殊勝になってしまうとは思っていませんでした。
それに狛枝クンは傷つけること、傷つけられることに人とはズレがあるけど、確かに私の気持ちが届いた。――彼に今の彼を忘れさせる計画なのに、それが間違っているのではと錯覚するほどそれは意外でした。

私は彼とまた会って話をして変わっていないところやまだ知らない彼と出会えて――百年後の覚醒は終焉の恐怖だけでなく、彼との新しい日々の再会であることを思い出せた。
その生活は短いものだった、彼らしい波乱もあった、彼を欺く嘘の檻の中だった。

けど、私は楽しかった。


(嬉しかった)


私たちの、私の死出の旅を、こんな風に美しく飾ってくれるなんて思わなかった。
だから日向クンにもう一度会ってみたい、と言ってくれた狛枝クンが心底嬉しくて、私はやはり彼の記憶を一緒に連れていくことに決めました。


(これで私たちは卒業、あなたはもう一度やり直して)


だから私の知っている君は一緒に青い海の泡になって――砂浜みたいに真っ白になるあなたは未来に真っ白に生きて。
その心に迷いがなかったとは、思わないけれど。日向クンのノートを置いてしまったけど。

でも、そのつもりだった。
そのはずだったのに――どうしてこうなったのかな。



「狛枝クンは、いっつも計算外で――やになっちゃうよ」



電子の海底で、喜びとも失望ともつかぬ声で独り言が泡になって零れて消えた。




◆浜辺を歩く少年の三年目の記憶



三年目ももう終わろうとしている日々、ボクは毎日のように海に潜る。

汚染された海も百年も経つとしっかりボンベをつければ海底にも潜れる。近隣の海底に目当てのものはもう六ヶ所は見つけていた。


(日向クンの隠し地図によると、このくらいで最後だと思うけど)


結構隠しストックだらけだもんなあ、この島。日向クンが覚醒後二十年目に裏日誌に書いていた「核が落ちることを前提に島の設備を整える」ってギャグじゃなかったんだね。

浜辺にあがると聞きなれた、電子音声がタオルを片手に迎えてくれる。


「狛枝クンー!酸素ヲ補給シマショウ!」

「もういいよ、モノミ。今日は潜水はおしまい、だいたいの目的は果たしたよ。重いもの持って何回も海に潜るのも疲れるし」


二年目の最初に出会ったロボットのモノミ、彼女(と便座的に呼んでいる)は、というか彼女たちモノミ型ロボットたちはメインシステムから独立した存在だったので生き延びていた。
歩いたりボクの潜水作業につき合えるのはこのモノミだけで、大半はあの爆発で焼けてしまったけど、予備機盤上に自我のみが残っていたモノミを入れると三体が生存していた。

この二年間は彼女たちに助けられっぱなしだった。特にこのモノミには感謝している。さすがに一人で毎日潜水作業をしている死ぬ可能性が高いので、こうして陸地に補助をしてくれる存在がいるととても助かった。


「デハ未来機関カラノメッセージニ返信オ願イシマス!一年無視シテイルノデ、ツイニ緊急通知メッセージデス。至急返答シテクダサイ、サモナクバモウ直接調査ニクルトノコトデス」

「あー、もうそろそろ隠れているのも限界かなあ」


もうすぐ未来機関がこの島に来る。救援だし、連れて行かれてしばらく病院だろうか。二人をまだ見つけていないのに間に合わないかもしれない。


「一度島を離れて、また探しにくるのも覚悟しないとな」


ため息をつきかけて、やめて空を見上げて深呼吸をする。この三年のボクの希望に繋がりそうな習慣だ。

珍しく、曇りじゃない。かすれているけれど、青い空が美しく海の向こうに広がっている。南国らしい風景に心が解れる。

(ボクにとっての希望は――きっと……うーん)


「まあいっか、大きな機械をもらったり、この島の修理をお願いすれば二人を捜すのに効率がいいし」

「狛枝クン、持チ逃ゲハヨクナイヨオモイマス!モノミカナシイ!」

「なんでボク=そういう発想なんだよ・・・・全くそんなところばっかりウサミとモノミと一緒でさ。ボクは何なの、ケチな小悪党か何かなの?」


言ってボクはモノミの持っている小型パソコン(発掘して修理した)のディスプレイをのぞく。

未来機関は数年に一度メッセージを送ることで、この島のチェックをしてる。ボクが根こそぎ破壊してしまった上にいくつか復旧したネットワーク端末に届いたメッセージもボクをずっと無視してきた。だってさすがに返信してしまえば、島全体の機械が壊れていることがバレる。

機械が全壊したた上に生存者の存在が判明すれば、救援を送ってくるだろうとは思っていたから無視していたけど・・・ここまで無反応だとさすがに直接肉眼で確認にくるか。


「メッセージをみる限り未来機関が三日後にはこの島にきそうだよ。生存者の有無を確認しにさ」

「狛枝クン、ドウシテ悲シソウ?」


だってまだ二人を見つけられていない。きっと未来機関はボクを島の外に連れていく。


「別に、諦めたわけじゃないから悲しくないよ」


そう答えたとき、未来機関のメッセージの映ったディスプレイの画面が消え、光の影が映った。


「え・・・・・・」


色を纏った影は――探し続けた彼女だった。


「七海、さん?」

「――久しぶり、だね」






『浜辺にて、少女と少年に再会する』




さざ波の音、葉ずれの音、微かな生き物の気配。
それをとても遠く、でもだんだんと近くに感じていた。

・・・・・・久しぶりの外の世界。
ディスプレイのカメラに映るのは、ちょっと成長して日焼けした狛枝クン。

泣いているようにも、いつもと変わらなく笑っているようにも見えた。


「七海さん、本物?ウイルス・・・・・・とかじゃないよね?」

「・・・・・・」


相変わらず、疑り深い。


「やあ・・・また会ったね。やっぱりボクは――ツイてる」

「・・・・・・狛枝クン」


なんと言うべきか、分からない。
あなたを精神的に消滅させようとしてすまないと謝罪すればいいのでしょうか、三年も孤独の中でこの島にい続けて探してくれてありがとうと言うべきなのでしょうか。
分かるのは狛枝クンの「ツイてる」という口癖が昔とぜんぜん変わっていないこと。


「ほらやっぱり、ボクはツイるっていったでしょ?君とこうして再会できた。ボクも君も死ななかった、やっぱり運が良かったね」


その言い方は意外だった、運が良かったと言ったのに狛枝クンは付け加えて「このゴミみたいな才能」とは言わなかった。


(信じられないなあ)


こんな風に昨日平和に別れたみたいに、三年越しに私と当たり前に会話する狛枝クンは――やはり不思議な人だ。お互いに死んじゃうと思った別れだったのに。

私は確かに海底の予備電子基盤に凍結して生き延びていました。ウサミちゃんのことは分かりません。彼女は抵抗する私を凍結させることで手一杯でしたから――生きていない可能性が高い――。



「この調子なら、ウサミもそろそろ見つかるね!・・・三日後までに見つかればいいんだけど」


けろっと心を見透かすように笑った彼は・・・やはり底知れない。私に彼を騙すとことはやはり荷が重すぎたのかと内心で溜息をつきました。


(君がこのまま未来機関の迎えを無視するんじゃないか、心配だったんだよ――私たちを捜してまた一人になるなんて)


二度と姿を現すつもりなんてなかったのに。


「・・・・・・いいよ、ウサミちゃんはこれから私が探すから、狛枝クンは未来機関でちゃんと治療して、外の世界で自由に」

「酷いなあ。いい加減ボクでも傷つくよ、七海さん?」

「えっ・・・・・・?」


私ごときが彼を傷つけることができるのでしょうか?――しまった失礼なことを考えてしまいました。狛枝クンは、うん、神経が鉄筋コンクリートなだけです。ミサイルを撃たれれば傷つくこともあるでしょう。


「せっかく会えたのに、またさっさと追い出そうとするなんて――やっぱりボクが視界に入っているなんて暴力だってこと?」

「そんなことない!あるわけないでしょ!・・・私が、今までどんなに、会いたかったか、知らないくせに」

「あ、やっぱり、生きてた上にボクに接触できるって分かった上で今まで隠れてたんだ」


いきなり誘導尋問にひっかかりました――その通り。私は生きていて、彼にアクセスしようと思えばできたのにやらなかった。


「会わす顔があるないじゃない・・・私は君を、消そうとして」

「いいよ、ボクだって君を処刑させた――あいこにしてよ」


申し訳なさそうに笑う彼にキリキリと電子の心が罪悪感で痛みます。
でも彼がいいといってくれるなら、今は会話を続けるくらいだけいいのかも――というのは狛枝クンに毒されているのかな?


「ねえ、狛枝クン――聞いていいかな?」

「なにかな?ボクごときがお役に立てるなら、なんなりと」

「狛枝クンの、希望は――あれから見つかった?」


全てを安全を捨てて全ての希望を掴むと言って、私たちの手を離そうとしなかった。
その目的は――果たせたの?この三年間、私たちを捜す中で。


「いいや?全然だよ、全然絶対的な希望は見つからない」

「・・・・・・」


あっさりと言ってくれます、しかし彼は焦った様子はなくのんびりとしている。
椰子の木陰が似合いそうな穏やかな佇まい。目的が全然果たせないと言っているのにちくはぐでこっちが混乱する。


「でもね、全く成果が上がらなかったわけじゃないんだ」

「そうなの・・・・・・よか」

「まあやっぱりボクみたいなクズが絶対的な、超高校級の希望になれるのか凄く怪しいなっていう証拠探しが大半だけど」

「・・・・・・君はいつも君に酷いね」


そんなことで希望になれるのか、だんだんこっちが心配になってきました。


「希望に、しかも絶対的な希望になるのは人生の時間全てを掛けてもそうとう困難な道だと思うけど、こうしたらっていうのは色々考えついたんだ」

「・・・・・・どんなものか、聞かせてくれる?」


あなたの――生き続けたい理由は何だった?


「うん、いいよ」


相当の勇気で私が訪ねると、狛枝クンはおつかいにいくような気楽さで答えてくれる。


「ヒントはね、修学旅行や、戻った記憶の中、つまりボクの過去にあったんだ。もちろん君たちとの十日間も含めてね――でもボクはあえて修学旅行を焦点にこの三年間希望について考えたんだ。あそこでボクは自分の本当の望みに気づいたから」


遠い目をして、彼は空を仰ぐ。過去を見ているだろう彼の目線を私も追う。


「つまりボクは人を信じるって言う姿勢が足りてなかったんだよ」

「う、うん?」


狛枝クンらしくない言葉だ――失礼だけどそう思ってしまった。なんというか、今更な気がする。
横道にそれる思考を払って彼の見つめる先を追う。この三年で狛枝クンの見つけた、あの時に一番の望みだって言っていた希望ってなんだったの――?


「具体的には……ボクは後悔している、もっと花村クンのアリバイ工作をボクはするべきだったんだよ。
日向クンに余計なヒントなんか与えないで、証拠を消して偽装工作をするべきだったんだ!」

「・・・・・・・・・・・・は?」



彼の言葉で目の前の全ての感情が真っ白に吹っ飛んだ。



「それだけじゃないよ!学級裁判の時も甘かった、一度花村クンの希望にかけたからにはちょっと頼りなく見えても、最後まで彼の勝ちにかければもっと素晴らしい希望が見えたかもしれなかったのに!自分のブレブレ具合が情けないよ!」

「・・・・・・えっと、狛枝クン、なに言ってるの?」

「だからなんだろうね、恰好のスケープゴートのボクが休館で転がってるのに九頭龍クンはボクを計画に組み込んでくれなかったんだよ。女の子二人分の手紙を偽装までしてるのに、ボクを利用してくれなかったんだ。
罪木さんはまあ置いといて、田中クンもあの状況ならボクを殺すべきだったと思うよ!むしろボクならもっとうまくやれたのに!
ボクも情けないけど、みんなもちょっと冷たいと思うよ!」


コロシアイから反省・・・…してない?全然意志を改めてない?
というかあれだけの過酷な三年を過ごしておいて、何も分かってし変わってない?
嘘でしょ……?


「・・・・・・・・・・・・本気?」

「当然でしょ!」


ぜんぜん反省してない。

あれだけの事をやりとおして、自分の意志を貫き通した狛枝クンなのに、一人で諦めず今日まで生き延びてきたのに――成長してない。

絶望的に成長していない。希望が見えない変わらなさ。


「・・・・・・信じられない」

「本当だよ!ボクは考えが足りなかった!希望をもっとちゃんと考えておくべきだった、それくらいできていなかったなんて入学前の十六年間の人生がゴミのようだよ」


頭が痛い、がんがん痛い。何言っているの考えてるの、彼は。自虐も全然治ってない。
私が今日までどれほど悩んできたと――彼って人は、本当にどれだけ。



「こ、ここっ、こまえだくっ――!」


「狛枝クンのバカあああっ――!!」



狛枝クンを私が怒鳴る前に、さっきまでロボットのモノミが狛枝クンに頭突きをして一緒に海に落ちた。


「うわあああん!狛枝クンのバカバカ、大バカ!先生の信じた狛枝クンに騙された!生徒さんに騙された!絶望でち絶望でち!もうモノクマになってやるうううう!」

「うわ、モノミ?・・・・・・いや、ウサミ、ウサミでしょっ!!?」

「わーん!この孤独な三年を乗り越えた結論がそれでちか!?大バカ野郎でち!ひどい!これはひどい!見守ってたのにいいいい!」

「ちょっと待って、七海さんもウサミも、このタイミングで現れるとか生きてたのに隠れてたの?冷たくない?やっぱりクズは一人で惨めに死ねってこと?」

「死んでやりまちゅ!もう狛枝クンを殺してあちしも死ぬううう!もう裏切られるなんていやでちいいいい!」

「あいたたたた!ちょっと砂浜で溺死なんてイヤだよ、間抜けすぎるでしょ!
――ボクを殺したら、ウサミだけじゃなくて七海さんまで爆弾の仕掛けで死んじゃうって!!」

「・・・・・・は?」


なにそのものすごく、聞き捨てならない言葉は?
いや、彼が海中の電脳を探して何度も海中を探索していたことは一応知っているんだけど・・・・・・まさか。


「ばく、だん?」

「うん、日向クンがぐちゃぐちゃ考えてたみたいだけどさあ、やっぱりボクも君たちは人間だと思うし――やっぱり希望のためにも人生のタイムリミットは必要だと思うんだ。
だからボクの脳と心臓にちょうどいい感じに死ぬような小型爆弾を開発して、半麻酔で開胸手術を――うん、あれは結構痛かったね――でこの島のすべての予備基盤らしい場所に同時爆破する爆弾を仕掛けた……というワケでボクが死ぬ瞬間に君たちも爆死してもらうことしたよ!」


青空の似合う笑顔で、爆弾を落としてきた。


「それがボクの考えた君たちの寿命。ま、ボクは命だけは助かるのが取り柄だから、許してくれると嬉しいなあ。
ちなみにボクが死んだら君たちの電脳らしき機械基盤も爆発するけど、君たちが死んでもボクは地球の裏側にいても爆発して死ぬよ。これぞ運命共同体だね!・・・・・・う、運命っていうとちょっと照れくさいね」


本気で頬を染めて、理解できない優先順位で照れて頭を掻いている狛枝クンはあまりにいつも通りで、あまりに異常な言葉を連発した。


「なんで?・・・・・・なんてバカなことを!」

「やめてくだちゃい!と、取り外して!いやもう自分でやるでち!」

「あ、外しても爆発して死ぬよ?ボク、結構グロい死体になると思うよ、何せ頭部と胸部が同時に血と肉を撒きちら・・・」

「いやああああ!そんな話聞きたくありまちぇん!うわああああん!どうしてこうなったんでちか神様あああ!?」

「ところでウサミ、生きててくれたのはありがたいけど、そのモノミの体はロボモノミにあとで返してくれないかな?結構ボクも彼女に愛着が沸いてきててさ」


わんわん泣くウサミちゃんを彼はあやすように、抱き上げて背中をさすりました。その背中の向こうに戦慄を覚える。

――あの中に、私たちと一緒に死ぬための爆弾がある。
――そんな。


「私たちの、為に?」

「いいや、ボクの自己満足さ」


その時は彼はいつものように笑っておらず、ただ満たされて穏やか。
凪いだ海の風景に、心を預けたように満ち足りて――幸せそうだった。


「ボクが死んだら君たちは死ぬし、君たちが死んだらボクも死ぬ」


だからさ、生きるときは一緒か保証できないけど――死ぬときだけは一緒だ。

なんだか楽しそう、恐ろしいことを言うときの狛枝クンはいつも楽しそう。


「図々しい考えかもしれないけど、ボクの生死が君たちに直結している以上幸運は君たちの命も守るかなって、ボクの才能も利用方法があるってコロシアイで分かったしね。希望になるためなら、どんな才能も活かして踏み台にしないと。
だからさ――命が繋がってて、死ぬときが絶対一緒なら、もう家族みたいなものかなって」


ちょっと図々しいかな?でもそれこそが、絶対的な希望の礎の一つになると確信しているんだ。

そんなことを言ってた――まだ言っていた。
いいえ、きっと死ぬまで彼はきっと言い続ける。


(きっと死ぬまで懲りないで言い続けるんだね)


死ぬところだけは見なくていいように、なったけど。
そんなこと――胸が痛くて、頭が痛くて。

たまらなく嬉しくて、安心して泣きたい気持ちになるに決まってる。ここがディスプレイの中でよかった。そうじゃないなら、浜辺が満潮になるまで泣いてしまっただろう。


「――狛枝クン、一言いい?」

「何言でも良いよ、ボクは超高校級の希望になるから」

「今度は君を殺してでも、狛枝クンの好きにはさせないから――肝に銘じててね」

「・・・えっと、目が本気なんだけど」

「別に私は刺し違えても良いし――そっかまたウサミちゃん巻き込んじゃうんだね、ごめん」

「ほわわわわわ!?な、七海さん早まっちゃだめでち!!確かに狛枝クンは大バカでちが殺人はよくないでち!!」

「別に今の話じゃないよ」

「近未来の殺人予告!?」

「・・・あっはは、さすが七海さん、殺意高いなあ」


なにを朗らかに笑ってるの、狛枝クンは――狛枝クンは・・・・・・なんでなんで。


(やっぱり、いつまでも、君は狛枝クンなんだね)


だから死んでも守りたかったし、記憶だけでも連れていきたかったんだけど。


(君の平和なだけの、危険性を排除したアバターを作っても全然連れていくなんて思えなかった)


だって私は知っている――本物はこんな人じゃないと、もうインプットされている。


(・・・刷り込みみたいな、ものなのかな?)


ああああ、でももう彼ときたら――なんだったんだろう、色々と。
だいたい私たちと心中する運命、いや爆弾?全く全く全く、彼ときたら――また私に死をくれるなんて。

それで私を絶望から救ってくれるなんて――とんでもない人。

でもあんまりに予想を超えていて、なんだか百年間が今この時だけ真っ白になって、今だけしか見えない。
本当に久しぶりに、何も決まっていない真っ白な未来だけが見える気がした。


「はい、七海さん、再会の握手」

「ディスプレイと握手はできないよ・・・・・・え?」

「じゃーん、左右田クンの走り書きからマウスを進化させて触覚と連動したプログラムを組んだ手袋だよ。二年も繰り返せれば凡人にもできるんだねえ」

「・・・・・・ふーん」


ふざけないでほしい、こんな無茶苦茶な君みたいな人が世界のほとんどを占めていたら世界はとっくに滅亡している。
でも・・・・・・握手は嬉しかったから応じる、本当に狛枝クンの動きと連動して「握手」ができた。


「・・・・・・狛枝クンは変わらないね」


それが君の強さなのかな。私と君の違いなのかな。


「ん?そうかな、結構変わっちゃったと思ってるんだけど」

「全然変わってないよ、だいたい爆弾ってなんで」

「だって終わりがないことに悩んでたみたいだし」

「・・・・・・ねえ狛枝クン、また二つほど言いたいことがあるんだ」

「ん、なにかな?ご飯の話?」


狛枝クンは変わらず、晴れ渡った南国の空のように明るい笑顔。


「・・・・・・ありがとう」


生きててくれて、諦めないでくれて――私を必要としてくれて。
生きるなら、あの修学旅行のみんなと一緒でという私の気持ちを否定しないでくれて・・・ありがとう。


「え?なんのこと?」

「なんでもないよ・・・・・・後ね、こっちが重要だからスピーカーに耳を近づけて」


珍しく素直に耳を近づけてくれたので、私は音量を最大にして、満面の笑顔で言った。


「狛枝クンなんて大っ嫌い」


・・・・・・狛枝クン以外なら、一発でばれそうな嘘だからついてやった。
あ、半分は本音だよ?だってこれひどすぎないかな?私たちの意見なんてぜんぜん無視でさ。


「あははは、な、七海さん・・・・・・君はやっぱりただ者じゃないね」

「ほわわわわ!?狛枝クン、海水から顔を上げてくだちゃい!千秋ちゃんも何でそんな嘘を!?」

「あはははは、ウサミ何いってるの?ボクは大丈夫だよ、この上もなく健康で血圧も正常だよ――なんなら手首切って証明するよ、あははははっは!」

「いやあああああ!七海さん、狛枝クンにムカつくのはよく分かりまちけどおおおお!」


……やっぱり私より二人の方が仲良しだ。何度見てもやっぱり悔しい。


(バカな人)


でもきっとそれくらいバカなら、無謀なら――未来をもう一度見るのも悪くないかもしれないな。
そんなことだけ、空を舞う海鳥に心で囁く。その先に見える青空に映える雲がとても美しく見えて――久しぶりに未来が不安に覆われたものでなく、ただ真っ白な美しいものだと感じた。

いつの間にか、海から砂浜に帰ってきた狛枝クンは半泣きだった。


「ま、よかった――島にいつ帰ってこれるか分からなかったから、これで遠慮なく島を出られるよ」

「ふえ?狛枝クン……?」

「……帰ってこないの?」


予想はしていたのに、私もウサミちゃんもその言葉にびくりと緊張が走る。


「ある程度は帰ってくるつもりだけど――前に言ったでしょ、ボクは超高校級の希望になりたい。もし島の外でその手掛かりだけでも見つけたら――見つけるまで帰ってこないよ」


死ぬときだけは一緒、生きる時はとは彼は言わなかった。狛枝クンは人を騙すのは得意なくせに、嘘は滅多に言わない。
希望のために一生を捧げると決めたなら、私たちとの繋がりは死の瞬間だけかもしれない。


「君たちもさ、いい加減ボクたち絶望の残党以外に目を向けるべきだと思うよ。未来機関に過去の暴走具合はなんとか誤魔化しておくから、君たちも偽装をお願い。
まあだいたい吹っ飛んでるのが幸いしたから大丈夫と思うけど……外部とのネットワークを復旧したら七海さんとウサミこそもうこの島に囚われなくていいんだよ、君たちは絶望ばっかりに付き合いすぎだ」


いつかのメインシステムのようなことを狛枝クンに真顔で言われる。でもあの時と同じ真っ黒な気持ちにはなりませんでした。


「狛枝クン、ばっかでちねー!」


満面の笑顔でウサミちゃんが大笑いする、私もにやにやしながらそれに習う。


「な、なんで笑うのさ?君たちもいい加減に自由に、ボクら以外の人間や世界に」

「はー、狛枝クンはやっぱり残念さんでちた……知っていても悲しいものでち。ねー?」

「うんうん、この後に及んで理解してないなんて狛枝クンはやっぱり希望にはまだまだ遠いねー」

「ちょっと、まじめに聞いてよ!君らはボクらのために作られただけで、それも終わったんだ。だから……!」


ウサミちゃんがまた頭突きで狛枝クンを海に沈めます、どぼーんという音ともにきゃいきゃいとじゃれる彼らを見て笑いました。


「ほんっと、日向クンも、他のみんなも、狛枝クンも同じことばっかり言いまちゅから、いい加減訂正するのが面倒でち」

「はあ?ちょっと、服で君の顔を拭くのやめてくれる!?」

「なんでわかんないかなあ……私たちは君たちが大好きだからやってるんだよ」


それをみんなして、私たちがいやいや強制されてるみたいに……自惚れないでほしい。あなた達には、私達にとってそれだけの価値があるのだ。


「え…ええ?いや、心底嫌ならやめてると思ってはいたけど……え?」

「おばかさんでち!」

「私たちは、君たち絶望の残党が世界で一番大好きなの――外の世界なんて散々見てきたよ、でも君たちが一番好きだった」


それだけの事だよ?と告げると狛枝クンはしばらく不可解そうにしていたけれど、君たちの希望がそうならいいんだけどさとかぶつぶつ言っている。


「とにかく――七海さん、ボクは君に負けないよ」

「まだ戦ってないよ?いつかはそうなりそうだけど、そうだねこれからは狛枝クンが無茶やらかしたら邪魔しに行くことも必要かもね」

「三つばかり探知機埋め込みまちゅか?罪木さんや花村クンや田中クンのときみたいに」

「百年間みんなで何やってたの!?」

「爆弾が埋まってるんだからそれくらいいいでしょ?全く常識人みたいな顔して、狛枝クンのそういうところが私は――」


好きだよという言葉を飲み込んで、心配だよと告げて私は君に笑った。

本当に久しぶりに笑って、笑って、泣き笑いをした。
狛枝クンの未来は、希望に満ち溢れたものか分からない。むしろまだまだ絶望しそうだし、世界に混乱をもたらすような気もする。不安でいっぱいだ。

でも――本来未来ってそういうものだ、どうなるか全然分からない。
むしろうまくいく保証のあることの方がおかしいのだ、だから私は未来がだんだんと嫌になった。また苦しみを連れてくるんだと怯えていたから、未来を捨てた。まさか狛枝クンに捨てた命を拾われるとは思わなかったから、本気で未来は分からない。

だからなのか、私は未来の真っ白な色が嫌に感じなくなった。やればできるとはなかなか思えないけれど――思いがけない良い事もあるかもねと砂浜を見下ろす。綺麗な南の島の砂――白い粒が波に合わせて寄せては返す。さっきまでと同じようで、白い砂粒たちは二度と同じ場所には戻らない。

そんな未来が、不安でなく、夢を叶えてくれるものでもなく――ただ今の先に何かの結果が待っていることが嫌でない。そんな自分の変化がくすぐったいほど穏やかだ。


(狛枝クンがいつまでたっても変なことばっかりいうのが原因っていうのが複雑だけど)


それでも笑みがこぼれて、ついでに記憶のメモリの約束もこぼれた。


「あ、そうだ、狛枝クン。――日向クンからのプレゼントがあるから、あげるね。未来機関にいったらプリントアウトしてお守りに持っててね」

「えっ・・・・・・日向クンからの?」


嫌そうな嬉しそうな複雑な表情を浮かべる彼の前の、手書きの文字の映像を映す。告げたパスワードを入れれば彼への伝言は完了だ。


「知ってるかもしれないけど、みんな超高校級の才能を捨てた人が多くて――それからどうすればいいか分からない人が多かった。
才能があるとそればっかりが人生でなくすとどうしたらいいか分からない仲間が多いから、考えた日向クンのアイデアの一つだよ。これが新しい人生における狛枝クンの新しい才能」

「なんだかろくでもない予感がするけど・・・・・・開けなきゃだめ?」

「開けなかったら今の三倍嫌いになるよ?」


0に何を掛けても0なのに、狛枝クンはあわててパスワードを入れて中のメッセージを確認する。本当にずれた人だ。


「超高校級の・・・・・・幸、あれ?」

「日向クンが考えた、彼から見たその人の才能。性格っていってもいいかな?もしくはその人に必要な目標とか――狛枝クンのは多分後者かな?」


超高校級の幸福。
それが日向クンが考えた狛枝クンの新しい才能。

幸福なんて才能とはいえないし、はっきりと定義はできない。私も自分の幸せを見失ったから、彼にそうなってくれとはいえない。
でも分かってる、私も、みんなも、幸運なのに幸福にちっとも見えない狛枝クンにそれが欠けているとずっと思っていたから願ったのだ。

一文字違いなんだから少しくらい幸せになって、と。


「日向クンこれちゃんと考えたの?・・・言葉遊びじゃない?」

「絶対的な希望になるくらいなら、幸福くらい楽勝じゃないの?」

「・・・ふーん、日向クンが、ボクに幸福、ねえ。
なんだかこの才能よりも、下の凄く長い説明が気の方が気になるんだけど・・・いや、それより幸福の下のこの文字・・・明らかにイヤがらせなんじゃ」


ぶつくさ言ってたけど狛枝クンは結構嬉しそうでした。


「あー、七海さん、ウサミ・・・まあ回り回っちゃったけどさ」


狛枝クンが私とウサミちゃんに向き直ると、私たちは顔を見合わせました。今度は何を言ってくるやら、です。
改めて言うと照れるけど、と前置きして、彼はまっすぐに前を見ていた。


「ボクと三人で、十四人分の人生を積み上げた先に、この未来に――絶対的な希望を掴んでみない?」

「意外なことを言うね、自分がなりたいんでしょ?」

「もちろん、ボクがなりたいさ。でもどうしてもダメだったら、君たちがなってよ。そしてそれを見せて、悔し泣きしてるかもしれないけど」


念のため保険にさ、と悪びれず言う彼は――変わっていないようで、遠いところを見ている。きっと未来を。
そこには彼らしく極端な絶望と希望の混乱がありそうだけど、それをダメだと思ったら私が止めたらいい。

死ぬときは一緒だから、ある意味私も怖いものなしだ。うん、私の未来が狛枝クンのライバルというのも悪くないかもしれない、敵にまではあんまりなりたくないけど……狛枝クンだからなあ。


「一人より三人の方が確率が上がるから、一緒に超高校級の希望になってみてよ」


全く彼らしく、酷くて前向きな言葉。だから未来はきっと創り出せる、私たちと君とみんなが未来を生きたこの先で、ずっと今という時間を積み上げた先を歩ける。


「しょうがないなあ、私は狛枝クンにつきあうよ」

「先生は狛枝クンが少しはまじめに幸せになってくれるんならいいでちよ……あ、でも酷い事したらめっ!でちよ?」


だから私たちは、未来の先へ一歩だけ一緒に進んだ。
……すると、さっそく思いもよらない未来が訪れた。ディスプレイのカメラ画面が彼の両腕とウサミちゃんでいっぱいになる。


「ありがとう、また会えて本当に嬉しいよ。おかえり――ウサミ、七海さん。ボクはボクの家族が大好きだよ」








to be future...and エピローグ





あとがき


こうして狛枝はちょっぴり成長しましたとさ・・・いやしてますよ!?台無しなだけです!(台無し)


この物語は一人称の物語です、物語にはほかに三人称(いわゆる神の視点)というものがあります。
んじゃ、二人称の物語とはなんぞや?と思ってこんな最終回となりました。といってもこれはやっぱり一人称二人、という感じですが、隣合っても同じになれない「君とボク、私と君、の世界」の世界観だけは二人称ぽかったと勝手に思ってます。

では、この物語はここで終わりです。
おまけ設定はエピローグに付けて、今度こそおしまいの先の日でシーユーアゲインです。




おまけ


・家族について



「それにしても…狛枝クンの家族になれるのは嬉しいけど、狛枝クンは私たちをどういう立ち位置で見ているのかな?」

「先生はやはりママでちか!?」

「えー、自爆共同体とかじゃだめ?」

「却下」

「ボツでちゅ」

「えー?…うーん……うーん」

「……そわそわ(私がお姉ちゃんかな?それとも妹かな?)」

「……わくわく(ママがいいでち、おばあちゃんはちょっと)」

「ベタだけど、二人ともボクの娘かな!」

「……ベタじゃないでち、斜め上でち」

「……やっぱり狛枝クンて只者じゃないよね」

「ええ?なんだよ急に、褒めても何も出ないよ?」





褒めてない。

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