カムクライズルのカケラ遊び 1

『 カムクライズルのささやかな願いの末路  』

 


真っ暗な夢だ、暗闇の海に明かりもつけずに航海に出ればこんな闇を見ることもあるだろうか。
いきなり真っ暗になった視界にキョロキョロとする。オレはその闇の海の上にたっていた。

ここはどこだ……ああ、夢か、と気がつくとふいに後ろから声が聞こえた。


「おめでとう、日向創」


そこにいたのはオレだった。
髪が長く、纏う空気は生まれつき特別な存在のものだった。

パチパチパチ、となぜか拍手としている・・・・・・誰を賛えているんだ?

高貴な雰囲気というものを目の当たりにして初めて理解する。この世に一目見ただけで特別な存在だとわかる人間がいるのだ。オレとは全く違う、生まれつきの特別な存在――。

それなのに、オレは確かにそれがオレであり、またオレでないと理解できてしまった。
だからオレではない名前を、呼ぶ。


「カムクラ、イズル」


パチパチパチ。

カムクラは俺と対照的な長い漆黒の髪を持っていた。切るのが面倒だったのか、手術の後遺症でそうだったのかそれはわからない。
でもたゆたう髪が肉体は全く同じのはずなのに、カムクラとオレを違う存在だと遠巻きに伝えるようだと胸が痛む。


オレは誰よりも平凡で、無個性で、特別という言葉とはかけ離れていると。
七海の言葉を聞いた今でも、一度刺さったガラス片が内側をひっかくように記憶がオレの嫉妬と妄執を痛めつける。


パチパチパチ、拍手は止まなかった。


「コングラッチュレイション、日向創。
あなたは見事僕の思惑を果たしてくれました、ツマラクナイ結末になり嬉しく思いますよ」

「……何の話だ」

「もちろん、貴方の思惑、ああ「未来」でしたっけ?……が叶ったことに対する賞賛です」


パチパチパチパチ、パチパチパチパチ。
拍手しながら無表情で嬉しいと伝えるカムクライズルからはまるで意図が読み取れなかった。


「……というか、ここどこだよ。なんでオレとお前が会話できるんだよ」

「おや、気がついていないのですか?これはあなたの夢に僕が直接干渉しているんですよ、後遺症などは残しませんからご心配なく。
僕は才能から愛されてますから、あなたの記憶から自分を抽出して脳内で会話する程度なら問題ありません。同じ脳を共有していますしね」

「夢の中って……夢だからって自分と会話できるもんなのか?
脳を共有しているからって……なんか怖いな、二重人格みたいなものか?」

「あなたと僕は全くの別人格ですよ。記憶を共有していないという意味では広義の二重人格というのは当たっているかと思います。
肉体は全く一緒ですが、二重人格と同様に使用する脳の海馬が異なる……まあ心配は不要です。そうですね、土壌の上に特別な苗を植えたからとと言って土壌と育った樹木が同じとは言えないでしょう?それと同じですよ」


だからいいんですよと切り捨てられる。さらにこんなツマラナイことを説明するのも面倒ですが、と冷ややかな目を向けられる。怯むと黒い海に爪先が沈んだ……怖い。

いつの間にか拍手は止んでいた、賞賛を送っていた両手は左は下ろされ右はオレへと向けられた。


「そんなツマラナイことを今更説明にしに来たのではありませんよ。もう一度言いますが、おめでとう、日向創。
あなたの「未来」とやらが僕の退屈ではなくて喜んでいます、予想がつかないことはツマラクナイ。無謀でバカバカしくて、だからこそ退屈の死から生き返るようです」

「だから、なんのこと……」

「もちろん、脳死状態の絶望の残党を2人目覚めさせることができたからに決まっているじゃないですか。あなたの言う「未来」の目的である第一歩が達成された。」


どくん、と心臓がはねる。夢の中のはずなのに、心臓に痛みを感じその言葉にびくりと肩が震えた。

澪田と小泉。

彼女たちがほとんど同時にプログラムの昏睡、脳死に近い状態から目を覚ました。
ようやく復旧できた希望更生プログラムはバーチャルな情報で生じた脳死をもう一度騙すことでなんとか脳死を「記憶からなかったことにする」ことで成功した。

希望更生プログラムにはまだウサミしかいなかったが、いつかは七海にも再会できるかもしれない。

そして、オレとみんな、左右田、ソニア、終里、九頭龍は泣いて手を取って喜んだんだ。
オレたちは出来たんだったって、絶望なんかする必要はもうないんだって。

でも……。


「まあ、予想通りの展開です。得難い生を手に入れたのに、いっそ死んでいたかった、なんてベタなセリフを言い出すなんて。
あなただって予想していたでしょう?絶望の残党が虐殺を行ったこととは、コロシアイとはいえルールで守られてた修学旅行ですら落差が激しいでしょうから」


オレたちができたのは脳死の原因となった「直前の死の記憶」を喪失させ、脳死状態を克服すること。
コロシアイ修学旅行のバーチャルな記憶が強烈なあまり脳が死を錯覚しならば、コロシアイ修学旅行の死の直前の記憶だけを記憶を喪失させることで、極力負荷のかかっている脳に影響を与えず脳死を「なかったことなのでなかったことする」ことだった。

結果から言うと、オレたちは未来機関に監視されながらも、苗木たちの尽力のおかげで眠っているみんなの記憶に潜り、それを消すことに成功した。ただほんの数分程度しか脳を騙せないのからか目が覚めたのは十人中二人だけだった。


「そんな、簡単な問題じゃないんだ!澪田も小泉もそれぞれ違うことに苦しんでる!
澪田は江ノ島に歌を利用されて、音楽で人を大量に自殺させたことで音楽を捨てようとしている。
小泉は九頭龍の顔を見たとたん「私が花瓶の写真を撮ったから、九頭龍は人を殺した。そして皆絶望になってしまったんだ」と死のうとした……それを止めた九頭龍も妹と小泉のことでまた苦しんで、二人共セラピーの名目で未来機関にまた記憶を探られる……」


二人だけでも嬉しかったに決まっている、他のみんなもいつかはと希望を持てた。
でも、絶望としての記憶ともう一度高校生を始めた頃の記憶で二人は混乱し、ようやく落ち着いたと思うと過去と現実に絶望した。

自分たちの手がどれほど血塗られていたのか、その記憶の強烈さはコロシアイ修学旅行よりもより残酷で生々しかった。
たくさんの人を死と絶望に追いやった記憶―――でも。

 

「それくらいなんですか。そういうのは生きているからできること、でしょう?」


あなたが望んだんじゃないですか、どんなに現実が苦しくても未来を創るんだと。それはそういうことでしょう、とカムクラはやれやれと肩をすくめた。

オレだってそんなことは分かっていた……絶望時代の記憶は強制シャットダウンされたプログラムの記憶よりも鮮明で、コロシアイ修学旅行が平穏に見えるほど血塗られたものだった……らしい。

オレはカムクラの言うとおり記憶を共有できないので記録と仲間の言葉の端からしか知らない。それでも気が遠くなるほどの悲惨な過去だった。


(こんなオレたちが七海の願いの上に生きていく価値はあるのか、意味のある未来なんか残せるのか?)


そんな風に考えて……そうだ思い出した。
今日は澪田、小泉、九頭龍が未来機関に連れて行かれるのを見送ったのだ。そして泣くソニアと激昂する終里をなんとか寝かしつけて、部屋から出てこなくなった左右田の無事を見届けてから死んだようにベッドに倒れこんだのだ。

そして、今カムクラと夢を見ている。


「しかし、3年と待たずに2人も目を覚ましたのはなかなか奇跡的ですね。「脳死状態になった人間を10人全員目覚めさせる」……計算するのもバカバカしい確率の低さですがあなたはその最初の一歩を順調に踏み出した」


面白い、しかしあなたにはイマイチだったようですねと、ため息をつかれる。
オレはちっとも面白くなんかない、この先どんなことが待っているのか。他のみんなは起きるのか、起きたとしてもそれは苦しませるだけなのか、意味はあるのか、と……。


「意味なんかないですよ、意味を考えるなんてツマラナイ。そうは思いませんか?」

「ふざけるな!澪田なんかはまた昏睡状態になりつつある、あんなふうに苦しんで!」

「もともと世間で言う「大罪人」でしょう。まあ苦しんでいるならそれはもう絶望に犯されていないということでめでたいことじゃないですか。そんな痛みを感じる心だって失ってこその超高校級の絶望なんですから」

「お前は!お前が!あんなことしなければ!」


ばしゃん!
オレはいつの間にか黒い海に足元まで使っていた、その水を蹴る。触れたことなどないはずなのに、海の感触はカムクラの髪に似ている気がした。ずぶりと重く足が沈む。


「……お前は何が目的だったんだ?何のために希望更生プログラムに江ノ島のウイルスを仕掛けたんだ?」


それは謎のままだった。

オレの覚えているカムクライズルの記憶は希望更生プログラムに向かう狛枝との船室での会話のみある。カムクライズルはそこで懐の下に江ノ島のウイルスを持っていると狛枝に告げていた、今度は江ノ島が自分を利用する番だと。

なら、カムクラは江ノ島の洗脳でウイルスを侵入させたのではない。
しかし、その理由は不明のままだった。カムクラはアバターすらあの世界には存在しなかったというのに。


「そんなものツマラナクて、僕という人格が死にかけていただけですよ。だから僕は一考して江ノ島盾子の死を機に元の鞘に戻ろうと思っただけです」

「言っている意味がわからない」

「結果から見れば僕が得たものなんて、明らかでしょう?
日向創、僕はあなたをこの肉体に復活させたかったんですよ」

「え……?」


ぐらり、と。

世界が反転した、オレの足元にあったはずの暗い海はいつの間にか消えて、代わりに美しい星空が広がっている。輝く星を踏みつける形でオレは立っていた。

それがあなたがした事です、あなたの妄信した才能をたくさん踏みつけることで平凡なあなたは精神の死から帰ってくることができた―――。


「僕はね、あなたみたいなその意味も考えないで才能とかいうものを盲信して、そのくせ平凡で不幸ぶったな大衆が嫌いです。
そしてあなたは才能を得られる夢を見たところで何も知らず満足して消え、僕はツマラナイ世界で生まれて何をする意義を見いだせず精神が死ぬところでした。
だから考えました、このツマラナイ世界をツマラナイあなたに返そう。そしてそれは成功しました」


初めて無表情なカムクラが面白そうに足元の星を見下ろした。僕はあそこの星を全て集められて作られたんですよ、凝った演出でしょう?と笑っていくつかの星を踏みつけた。


「そしてもしかしたら平凡なくせに極端な選択をしたあなたです、僕にツマラナクナイものを見せるかと物見遊山であなたを通じて僕は全てを見ていまいた。
結果はこちらも成功です、無謀で無知なあなたはちっとも賢い選択をしない。結果が見えない、それが僕のツマラナクナイ基準です。だからあなたがしていることはオモシロイ」

「オレをとり戻すために、修学旅行をコロシアイにしたって言うのかよ……?」

「僕は2つ賭けをした、1つは日向創にこの肉体を取り戻させるために希望更生プログラムを利用すること、そしてその為のバグです。
僕も「幸運」ですからね。あの「コマエダナギト」という終わった人間よりもずっと振り幅が調整されて、結果の反動が少ないようになっています。公算はあった。
もう一つは、あなたという人間が何をするか才能に愛された僕には理解のできない行動を観測すこと。才能とかいうツマラナイものに執着して、騙されて、自分をごまかして、魂を売り渡した平凡で愚かな人間そのもののあなたがどんな予想がつかないことをなそうとするのか、それが見たかった。
そうすれば僕はこのツマラナイ退屈から解放される――」


もともとあなたが僕に押し付けたんだからいいでしょう?
そして償いをしてください、このツマラナイ世界に僕を生み出した償いを、贖ってください――。


「これは賭けでした、才能に愛されていないあなたがこのツマラナイ世界で何を為すのか。
 それが僕の考えた「ツマラクナイモノ」、あなたの今後の活躍に期待します。あなたはあなたで復活できて、これからは未知の世界で好きなようにする。大円団というやつです」

「ふざけんな!お前が江ノ島を持ち込んだからみんなが……!」

「持ち込まなかったら、あなたはここにいなかったかも知らない。いいえ、退屈な確率計算をしましょう。バグがあったからこそ消滅したはずの日向創がアバターとして再生した確率は高い」

「……っ!」


それなのに、僕を憎むのですか?
今怒りを感じているあなたは存在する余地がなくなるかもしれないのに?

憎い、消えてしまえ、そう反論できなかった。
オレだってオレのアバターが出現したこと自体奇跡だって理解している。
何度もプログラムを見直したがバーチャルセラピーのプログラムに別人格を復活させる様なものはない。あれはあくまで記憶に関する領域のプログラムで、別の人格を復元する機能はないはずだった。


「江ノ島盾子のアルターエゴは最初に彼女の人格の複製を圧縮データから行いました、その人格再現処理があなたに作用した可能性はあります。
希望更生プログラムも最初はあなたのアバターが出現したことに驚いたはずです、あなたは記録も抹消された存在だったから当然ですね」

「………オレが、オレを取り戻すために……そんなの、そんなの」


納得できない、でもそうでなければ掴むことが危うかったことも理解できる。
オレは超高校級の希望として生まれ変わるために手術を受け、その時点で日向創は人生を終えたのだ。それが魂を悪魔に売り渡した人間の末路だ。

それなのに、今自分の意思を持ってオレが何かをなせるのは―――こいつの行動の結果。

からからから、そんな風にカムクライズルは笑う。


「僕を恨みなさい、日向創。その恨みを持てる自分の意識自体が僕あってのものだと噛み締めて、絶望と希望の狭間で恨みなさい、悔やみなさい」


僕は江ノ島盾子とも苗木誠とも違うと、カムクラは初めて唇を歪めてにいと笑う。

希望を持ちながら絶望を抱き、最悪と最良の狭間の未来を進み続けろ―――カムクライズルが宣告したのはそんなことだった。
それなら、未来という未知のものなら、法則性を見つけるのもバカバカしい綺麗事の奇跡をツマラナクナイものとして日向創を通して観測できる。

未知のオモシロイものを観測していつか消える、それが望みだと。


「ならお前がオモシロクナイと思ったら、オレはお前に肉体を奪われるのか……?」

「奪われる?心外ですね、これは本来はもう僕の肉体なんですよ。
あなたの肉体は過去のあなたが所有権を放棄しています。あのまま予備学科だったなら、今頃あなたは江ノ島盾子の言うがまま自殺していたんじゃないですか?
どちらにせよ、今あなたが生きているのはあの絶望が世界を塗りつぶした時代に僕であったから生き延びられたというだけのことです」

「いつでも、お前の掌の上ってことかよ?」

「さすがにそこまでは全能ではないですね、こうしてあなたに肉体を譲っている時点で消滅する可能性は高いです。精神は肉体よりも高度な働きをしますが、肉体よりもはるかに曖昧で脆弱ですから。
実際最後までこのオモシロイ喜劇を見届けられるか不安なくらいです……ふふ、不安とは初めて味わいますがなかなか心地よいものですね」

「そんなに……オレたちはオモシロイのか?」


絶望と希望に押しつぶされそうな、七海の言葉だけでなんとか未来へ綱渡りでつないでいる毎日が?


「ええ、オモシロイ。何が先に起こるかわからないということはとてもオモシロイ」


そして、あなたがその結果に心を希望と絶望に動かす姿もオモシロイ―――僕にはそんなものありませんでしたから。

気がつけば、世界に黒い海も星もなくなっていた。ただ暗闇にオレとカムクラだけがいた。


「あなたがツマラクナイ限り、僕は貴方の味方ですよ」


心強いでしょう?超高校級の才能に愛された僕が相談にのってやるというは。
気まぐれにですが二人分の覚醒という初めの奇跡を起こしたあなたを賞賛して知恵を貸してやります。

きっとあなたの不可能な挑戦をマシなものにしてやれますよ、何しろあなたが目覚めさせ用とした者たちの才能の全てを僕は我が身として知っていますから―――そう言って、カムクライズルは闇の中に溶けて消えていった。

また、と言い残して―――そしてオレは夢の闇の更に奥で深い眠りに落ちた。

 

 

 

そして―――夜明けに目を覚ましたオレは、泣いた。
何に泣いたのかはわからない、何か夢を見ていたのだろうか?

澪田と小泉と九頭龍の夢を見たんだろうか?……覚えていない。

でもオレが今生きていること、日向創という人格が存在すること、心があることを強烈に自覚して、そのことにオレは揺さぶられて泣いた。

胸が痛い、手をあてるとオレの心臓が「生きているよ」と強く胸を打っていた。

 

 

終わり?


あとがき

なんとなく続けたら、いいな。こんな風に日向クンとカムクラさんを会話させるのが好きです。

カムクラはさんの目的は結局明かされなかったので、わたし的に結果から解釈してみました。あと何もかも予想できてツマラナイと言っていたので、予想のつかないことをやってのけようとしたら気に入るんじゃないかなと思ったので。

日向クンたちのその後もまあ妄想です。苗木くんがうまいこと言ったので、絶望の残党たちを洗脳から開放していく実験体みたいな位置づけでジャバウォック島の一部に自活しつつ監視されているような感じです。

澪田と小泉はほとんど意識しないまま死んだので、まあこの設定なら最初かなあという妄想でした。「死の記憶の帳消し」は江ノ島が言っていた現実の世界の肉体が受けている影響から対策としてはこんな感じかね?というので、あとはアイランドで上書きの上書きはさすが脳に悪いんじゃないかなあと思ったので。

 


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