よう、俺はイギリスだ。正式にはグレートブリテン、及び・・・・・・はあ、長いって? なんだよ気の短い奴だな。

 まあいいや、忌々しい隣人について少し語ろうと思う。
 名前はフランス。いつもおちゃらけたワイン野郎だ。
 あいつの周りはいつも賑やかだ。国にも人にも囲まれてワイワイ楽しそうにやっている。脳天気な笑みでいつも浮かれ騒いでいるラテン気質。

 でも半分は作っているだけの姿だ。
 俺はあいつが心から脳天気だと思ったことはない。笑顔の半分は社交性だ。本当は心配性でリアリスト、諦観だって半端じゃない。そのくせそれを見せることを恥じて必要以上にヘラヘラしている。

 ヨーロッパ内なら見抜いているやつらも多いと思うが、本人は気が知る由もないだろう。悩みやすくて、心配性で、傷つきやすい本心を貝のように殻を閉じて心を守っている。

 だからあいつの性質を化身たちの中で一番人間らしく感じていた。
 そして哲学的な質問をして、酷い目にあった。あげく無視されて、勝手に旅に出ていかれて追いかける羽目になった。途中でいろんな事があった、でもこっちを振り向くことはなかった。

(まあでもーー海峡で待ってたら来てくれたけどな) 

 長くなったが、それでは最終章だ。




「 お兄さんはお隣さんにお悩み 13 (最終回) 」






サイド・魔法が解けた風景



 ほんの三ヶ月と二週間前の記憶。
 二人がただの帰り道で終わっていたと記憶した風景。
 魔法が解け、真相がイギリスとフランスの記憶に上書きされていく。

「どうして俺たち、人の形なんてしてるんだろうな」

 深い意味の独り言、夕闇が誘う哲学的な疑問だったのかもしれない。イギリス自身もそんな自分に戸惑っている様子だった。夕日の当たる横顔が弱々しい。

(嘘だ、坊ちゃんはライバルにはそんな顔見せないはず)

 しかし現実は違った。好敵手に傷つきやすい側面を見せて・・・・・・まるで人間のように儚げに。

「なら、お前は一度もそう考えたことがないほど、賢明だったのか?」
「・・・・・・もう帰ろう」

 苛つき自体を必死に隠して、はぐらかすフランスはさっさと道を急がせた。なのに、イギリスはとびきりの笑顔で最悪なことを言い出した。

「フランス、俺はさ・・・・・・お前が横にいてあーだこーだやってきたから今までそんなに悩まなくすんだのかもな」

 親しげな微笑みと声が心の殻を破壊した。

「ーーお前がそんな奴だとは思わなかった!」
「・・・・・・はあ?」

 それからフランスは酷いことをたくさん言った。どの言葉も最低だった。
 無邪気な子供が虫の羽根を毟るようにありったけの嫌悪の言葉を投げた。そしていつも通りフランスに失望するイギリスを期待していた。

「・・・・・・俺は、ただお前にちょっと悩みを言っただけじゃないか!」
「そんなことを言うお前なんか俺の知ってるイギリスじゃない! 顔も見たくない、消え失せろ!」
「そこまで言われること、俺は言ってねえ!」
「そんな弱みを見せるフリをしてなんの企みだ?」

 本心は策略という期待は裏切られた。幻想の中にいつまでもフランスを嫌い憎むイギリスを現実のイギリスが否定した。

「この百年でちょっとは友達になれたと思ったのに!」
「・・・・・・おまえが、ともだち?」

 その言葉は酷い裏切りのようで、全身を怒りの熱が灼いた。

「お前なんか友達なわけあるか! こんなことなら一人で帰ればよかった・・・・・・この十分間の記憶自体忌々しい。
 お前が本当に魔法なんて使えるなら今すぐ消してほしいくらいだよ!」

 イギリスは傷ついた表情からきっと睨み返し「じゃあ、お望み通りしてやるよ!」と両手から星屑をたくさんまき散らせた・・・・・・。

 そして魔法は二人分の記憶を世界の裏側へしまいこんだ。





サイド・イギリス



 魔法が解けて記憶が書き換わっていく。俺の頭は二日酔いのような痛みにおそわれた。しかもそれが自分の仕業だと知って頭がくらりとした。
 そしてフランスにたくさん傷つくことを言われたことを思いだし、再び頭痛がした。

「イギリス、俺、酷いことを言っちまった」

 ぼろぼろぼろ。そんな形容がふさわしいくらいフランスは泣きだして、今度はぐらりと頭痛がした。

「・・・・・・いーよ、今更」

 時刻・夜九時、場所・ドーバー海峡上の船。状態・二人ともずぶ濡れの上助けてくれた人間を待たせっぱなし。
 ーー大人二人してみっともない話だ。

「許さなくていい、でも謝らせてくれ」
「うるさいぞ! 別にあんなこと・・・・・・今までもっと憎みあったことだってあっただろう」

 しかし、フランスはやめない。

「ごめん。
 ごねん、すまない、悪かった、俺が悪かった、謝罪させてくれ、酷いことを言った、自分でもいやになる。
 ごめんよ、俺と友達になってくれ、イギリス」
「・・・・・・まだそんな事言ってんのか」
「ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん」
「あー、うるさい!」

 口を手でふさいでやる。それでもバスタオル三枚にくるまれたフランスは口をふさがれてもごめんとうるさい。

「謝るから、もう一度友達になって坊ちゃん」
「もっかいとかごめんだ・・・・・・ちなみに友達の定義は?」
「仲良くなること、悩みを打ち明けること、楽しい時間を共有すること」
「じゃあ尚更お断りだ、ばーか」

 そんな恥ずかしいことと振り払う。しかしフランスは縋るように俺のバスタオルを二枚掴んできた、いつもように、誰にでもそうするように脱がす意図がないと分かるのでかえって混乱する。
 蹴飛ばしにくいじゃないか。

「俺も魔法が溶けて思い出した。お前の言葉を真に受けて魔法で記憶を封じるなんて・・・・・・だからこそお前なんかもう他人だ、むしろ誰だお前!」
「不安なんだ。ヨーロッパは、世界はこれからどうなるんだ」
「なんだよ、話は一つ一つ整理してから言え」
「今、とても幸せなんだ。この幸せの先に恐ろしいことが待っているんじゃないかと思うと不安なんだ。
 お前にいつか悲劇が訪れたら俺は耐えられない」
「・・・・・・まだ泣いてんのか?」

 こくりと頷くーーあまり素直で調子が狂う。
 神に許しを請うように膝を突かれて、俺はの驚きは天井知らずだ。しかもフランスは口からだらだらと血を流していた。
 俺が原因かと慌ててぺいっとはがせば甲板に血が飛び、チクリと胸を刺した。・・・・・・いつものこいつと違いすぎで俺までおかしくなってしまいそうだ。

「ーーどうして俺? 誰だっていつか死ぬのは同じだ」
「みんな俺を置いていく。けどお前はそれを忘れさせてくれた。無意識の安全基地だったんだ。
 それなのにーー思い出してしまったんだ」
「・・・・・・「どうして人の形をしてるんだろう」のことか?」

 小さく頷かれると戸惑いの声が漏れる。

「どうして、よりによって俺だけなんだ」
「俺にとって一番強い存在から」

 そんなこと俺だって一緒だーーだからその強さに無意識に縋っていた。

(俺が弱さを見せたから、こんなに落ち込んじまったのか)

 勝手な男だ、それでも罪悪感があるのはどうしてだろう。幼い子供が母親を求めるようにフランスは右手をつかみ、助けを求めた。

「助けて、なんでもするからーーそりゃ国家機密とかは勘弁してほしいけど」
「あのー・・・・・・お邪魔じゃろうか」

 俺はすがりつくフランスを甲板に放り投げた。

「違うぞ!? 俺はこいつ友達なんかじゃ」

 昔の釣り仲間、トマスだった。今回船から落ちた大馬鹿者を助けた馬鹿者(俺だ)を助けてくれた神の使いのような存在でもある。手にした着替えと毛布が用事を物語っていた。

「外に出たままで寒くないかなーと・・・・・・もしかして歴史的な取引でも? 国家機密とか流血沙汰とか」
「大丈夫、俺たち意外と蚊帳の外だから! 使い走りはしてても決定権ないから!
 ほら、俺たち世界に三百人くらいしかいないからさ。ちょっと体調不良の相談を・・・・・・・いやいやいや、とにかく毛布ありがとうな!」
「まさか・・・・・・戦争とか」
「ないないないないないない!」

 俺は破壊された蛇口の吹き出す水のように喋ったーーフランスが無理をしていつもの笑顔を作る前に。

「寒いからこんなこんな髭のおっさんとくっつく羽目になっただけだ!」
「フランスさんがが泣いている姿を見て勘違いしたよーーははは、元気そうだね、イギリス」

 泣いていたとバレた恥ずかしいフランスはタオルに隠れて体調の悪いフリをした。
 トマスの不安は晴れたらしく、昔の少年の笑顔だ。そして身体を温めるブランデーを一杯取りに船上キッチンへ消えた。

 トマスが離れるとフランスは頭を小突いてきた。

「なに俺を背にかばってんの」
「お前は誰かが不安そうにしていたら、無理矢理笑うだろ」
「だからってフォローされるなんて・・・・・・坊ちゃんも大人になっちまったんだな」
「・・・・・・お前は上辺を繕うのがうますぎるんだよ」
「ねえ・・・・・・本当は俺は自分がそんなに好きじゃないのかもしれない。人間とはほど遠いし、本当は割り切れてない」
「知ってるよ」
「でもお前が居たら、居たから、きっと自分が大好きだった」

 弱々しくだがはっきりと語る。イギリスと一緒にいるときの自分が一番好きだった、だから離れれば自分に好意を抱けなくなった、と。・・・・・・どういう顔をすればいいのだ、こんなの。

「・・・・・・俺の偉大さわかって、自己分析が出来ててよかったな、クソ髭」
「うん、俺の幸せは全部坊ちゃんのおかげだよ」
「なんだよ・・・・・・いつもみたいにからかえよ」

 他人行儀で寂しいと視線で言うとスミレ色の瞳には寂しさと苦しさ、そして安堵が光っていた。そしてぽつりと残る涙を拭う。

 空には満天の星がきらきらと瞬いていた。

「ミスター・フランス、大丈夫ですか?」

 そして帰ってきた老人の隣には美しい女性がいた。ブルネットの髪を綺麗にまとめ、真っ黒なダイバースーツを着ていた。じっと見下ろす瞳は草原を連想させる鮮やかな緑。
 クールな雰囲気なのに笑うと幼い少女のようだ。

「よかった、気がついたんですね。目を覚まさないから心配していたんです。二人ともドーバー海峡から浮かんでこないまま長い時間がたちましたから」
「君は・・・・・・?」

 尋ねる前にその顔見知りの女を紹介してやった。

「俺の家の自慢の国民だ、どーだ才媛でうらやましいだろ」
「エマといいます。フランスさんの家出身の、ロンドンへ移住したものです。ちなみにここは私所有の漁船の上です」

 エマはトマスの娘だった。なんでも俺に船を貸したものの、一週間も借りっぱなしなのを心配をして様子を見に来たとか。・・・・・・エマは金のことになると怖いから覚悟していなければ。

「わしが戻ったときに丁度二人が飛び降りたので仰天した。その時ちょうど娘が二台目のクルーザーでやってきてね。娘は賢くて美人で自慢で、そして金持ちなんじゃ」
「こっちの船は漁船よ。まったく父さんもイギリスさんもとんでもないわ。夜の海に落ちたら普通みつけることなんてできないのに」
「そこでエマが魚用の網で二人を引っ張りあげたというわけじゃ。
 まあイギリスさんはあんまり泳ぐのが得意ではないので、網にひっかけないとまとめて沈んでいたかもしれんがの」
「かなりしっかりフランスさんを掴んでいたから、網がなければ水圧で潰れてしまったかもね」
「そーゆーのはいわなくていい!」

 危なかった危なかったと目を合わせる親子。英仏のどちらにも所属を持つ親子はどちらにも遠慮がない。

「大変でしたよ、父さんもパニックになってるから全員私の漁船に乗せる羽目になるし」
「この網はもうだめかのう、保険はきくじゃろうか」
「う~、お前等ひどいぞ」

 運ばれたブランデーと毛布は二人分の身体を暖めてくれた。

 エマの前で着替えはできないから二人にしてほしいと頼むと親子そっくりの笑みで快諾された。さっさと仲直りしてこいということらしい。

「ねえ、フランスさん。あなた父から妙なことを聞かれませんでしたか? 自分はイギリスさんとフランスさんのどっちなんだろうとか」
「え・・・・・・ああ、そうだけど?」

 去り際にトマスに礼を言っていると、後ろでフランスとエマの話し声が聞こえた。

「私もたまに思うんですよ、育ったのはフランスで、大人になってからはイギリス。あなたと彼の狭間。これからももっと遠い場所に行くかもしれない。
 そんな時、ふと不安になるんです。私たちはどちらあなた達を知っている。でもいつか何者でもなくなって、あなたたちからも見えなくなるんじゃないかって」

 道しるべを探すようにエマは北極星を見つめていた。

「君はどこでも君で、俺とあいつのどちらでもあるんだよ」
「私はあなたを捨てたんでしょうか? 父はイギリスさんを捨てたんでしょうか?」
「自分たちの選択した人生そんな風に言わないで、マドモアゼル。泣いちゃうよ?」

 俺は人生の選択肢を個人に託した国の始まりなんだから、と浮かべた笑顔は聖母に似ていた。

「君は我が家からお隣の家に移った。そしてイギリスにとっては新しく入った。でもどっちかって訳じゃなく君は君だ。
 そこで見た風景を忘れてしまう訳じゃないだろう? 春の花を、夏の空を、秋の木々を、冬の冷たさを覚えているはずだ。記憶喪失になったって身体に刻まれているはずだ・・・・・・フランス料理は美味しかったかい?」
「ええ、とても」
「なら君はやっぱり世界のどこへ行っても君で地球の一部なのさ。俺とイギリスは、君の一部と言った方がいいかもしれない」

 いつでもその指先や心に俺が居るよ、という真剣な声にエマはきょとんとして、

「・・・・・・つまり、私と父はイギリスさんとフランスのさんの相の子ということですか」
「「それは違う!」」

 唱和して二人で反論すると、エマはガラスのベルのように笑った。

「お二人は海峡で繋がっているけれど、別々の二人で仲良しなんですね」





 二人きりに戻るとフランスはさっき泣いていた事に落ち込んでしまった・・・・・・結局身に染み着いているのはライバル意識らしい。

「ところでさ・・・・・・坊ちゃんはいつから俺を友達だと思ってくれてたの? いや、三ヶ月前の話。俺、断られちゃったから参考までに・・・・・・やっぱりこの百年?」
「千年前」
「は?」
「だから千年前からだ」

 呆然としていると俺は記憶がぼろぼろ抜け落ちている隣人に昔話を始めた。



ーーーー


 それは百年戦争を迎える前、俺がイングランドだったときのこと。

「・・・・・・坊ちゃん、もう帰れよ」
「なんで・・・・・・なんでだよ、フランス」

 隣でフランスが巨木の影で倒れていた。フランスは諦め顔で俺は泣き顔。一見、帰りを寂しがるみたいだった。

「どうして俺を・・・・・・かばったりしたんだ」

 けれど、周囲は一面の血の海だった。
 フランスの肩には大きな傷があった。それは身体が真っ二つなのではと錯覚させるほど深い。鮮血が緑の草原をじわじわと赤く広がっていく。身にまとう淡い青の服は見る影もない。

 飽きもせず俺はぼろぼろと涙をこぼしていた。無駄な止血の手を休めることなく、「どうして」を繰り返していた。

「ひっく、いつも馬鹿にするくせに、庇うなんて」
「うっせーな・・・・・・もう俺死ぬから、ほっといて。
 早く、坊ちゃんは、おうちに、か、帰れ・・・・・・ごほっ」

 血で喉が滑ってうまく喋れない。人間ならとっくに死んでいる出血だ。

「・・・・・・お前は俺を守りにきたんじゃないだろう、征服しにきたんだろう!?」
「うるさいよ、子供を守るのはお兄さんの役目だ。あれはただの強盗だから、政治とは関係ない」

 一時間前のこと。
 いつものようにくだらない口げんかをして、遊んでいた。
 けれど場所が悪かった。最近はよく遊んでいる森の近くに貧しい村が増えた。食い詰めも増えていた。

 そこに目立つ風貌をしたフランスがチュニックを翻らせていれば当然狙われた。襲撃した二人が人でないと気がつかないほど人々は疲弊していた。

 一人剣を持つものが居て、庇った華奢な肩はあっさり切断され、心臓が半ばまで貫かれたーーその状態で俺を掴んで、逃げられたのだから意志の力とは見上げたものだ。
 もう一度フランスは傷口を探る。やはり、これでは助からない。

「・・・・・・いいから、帰れって。今の俺、髪が乱れちゃって、みっともないの結構恥ずかしいんだから」
「そんなのどうでもいい! ・・・・・・嘘つき、フランスの嘘つき! 敵って言ったくせに!」

 上司にもらった高価なハンカチを傷に当てる。さっきまで元気だった存在が自分のせいで失われていく事は耐え難かった。

「俺が弱くて貧しいから? だから国民にあんなことをさせてお前を死なせるのか?」

 フランスは最後の力で俺を平手打ちした。

「二度と自分と国民をそんな風に言うな・・・・・・まだ俺に征服されてないくせに自他を見限るんじゃない」
「でも・・・・・・それなら俺が斬られればよかった。それならあいつらも正気に返ったかも・・・・・・」

 もう命が短い、その前にと俺の手を血塗れの手が包み込む。

「化身は壊れれば死ぬのにすぐ自国で元通りになる・・・・・・それでも俺は目の前で誰かが死ぬのはいやなんだ。
 お前は死んでも取り返しがいくらでもつく。それなのにこんなにあったかくて、手は小さくて・・・・・・だからこれは俺のわがままだ」
「もとどおり・・・・・・なら、また会えるのか? 本当に死なないのか? 俺たちは人じゃないから?」

 フランスはそっと手を握ると小さな言葉を囁いた。

「ああ・・・・・・人じゃない俺たちには別れはないのさ。だから寂しがるな、すぐ会えるから、会いに・・・・・・来る。友達じゃないか。
 それに本当にいつか国として滅んでも・・・・・・思い出がある限り、いつでも会えるからまた喧嘩しような」

 それが俺が始めて目にした国の化身の死だった。


ーーーー


「って言ってたのに、お前やってることが違うじゃねーかあ!!」
「そんなこと言ったっけええええ!?」

 俺は横三十センチの顔を思いきり平手打ちをした。

「それによく考えるとお前ちらほら酷いこと言ってんじゃねーか!」
「しゅ、しゅみません・・・・・・子供だったもので」

 三連続の平手打ちをお見舞いされたフランスはちっとも思い出す様子がない。

「俺たちは死にそうになっても気にしなくていい。だって国がある限りすぐ戻るから、またすぐ会えるからって」
「あ、言われれば坊ちゃんが間抜けで死んだ記憶がぼんやりと」
「・・・・・・例え、国として消滅しても思い出があれば一緒だって、言われたから俺は」
「・・・・・・お前それを後生大事に覚えてたの?」
「悪いかよっ!? ・・・・・・だから、色々あったけど友達だと思ってたのに」

 命と引き替えだったんだ。

「そっか、だから友達と思っててくれてたんだね」

 ふわりと笑う様は儚く・・・・・・あの時のようだ。諦めと優
しさの権化。千年変わらないその姿はーー。

「それだけじゃねえよ、ばぁか」

 くれてた、なんて過去形を使うな。ああもう、意地を張っているこっちがバカみたいだ。







サイド・フランス


 ドーバーはまだ夜だった、時計はないがもう朝が近いだろう。

 長い旅だったが、まさかこの海峡がラストとは夢にも思わなかった。ドーバー海峡は深夜のさざ波の匂いがした。

(灯台元暗しってか、お兄さんも焼きが回ったのか)

 パリから、イタリア、ドイツ、ロシアといろんなやつらといろんな事を話した。けれど最後は最初と同じようにイギリスと二人でお互いの境界線上にいる。

 着替えて看板に寝転がる。並んで月が沈んだ夜空をぼんやりを見て、質問した。

「なあさっき百年前から友達と思ってたって何? 千年前からじゃないの?」
「うっせうっせ、恥ずかしいこと言うな! ーーずっと思ってたさ。でも百年前くらいまでかなり激しく対立してただろ。消極的か積極的か、みたいな意味合いだ」
「ふーん、一途なことで・・・・・・」

 頬が熱い。こいつはなんで俺とは違うベクトルでどこまでも恥ずかしい奴なんだろう。

「フランス・・・・・・俺たちって何で人の姿をしていると思う?」
「本当は船だよ」
「へ?」
「政府はマストで、国民は風、時代は海ってドイツのカールさんが言ってたじゃん。
 たくさんの人たちが一度しかない時代を生きるからなんとか海を渡ることのできる船・・・・・・の形の方がお兄さん的には人の形よりしっくりくるなあ・・・・・・って、坊ちゃん痛い痛い痛い!!?」

 本気で髭が抜ける!

「てめー、なんであの時にそれを言わなかったんだよ! そういってりゃ全て丸く収まったろうが!」
「違いますー! 俺はあの時それどころじゃなかったの。殺して死なない坊ちゃんが今にも死んじまいそうに見えて、俺がどんなにーーごほっ」
「うわあああ血だああああああ!?」」」

 足下に血の池が出来始める。実は今夜はこれで三度目だ。吐血の度にイギリスは離れようとしたが、俺はその度泣き喚いて止めたので、しぶしぶ止血に専念してくれる。

「タオルタオル、っこれ何リットル吐いたんだ? ・・・・・・だいたいお前はずっとそう思ってなかったくせに今更友達なんてなりたがるんだ。
 そう思ってないときから脱がそうとするわ、けつ触ってくるわ、なぜかベッドにやってくるわ、フリーダムだったろ。俺に限らず」
「それは、ほら、人類愛的な、誰でもそうするのが礼儀かなというか、とりあえず愛を振りまいとけっていうーー痛い痛い痛い! 髭を抜こうとしないで!」
「血を吐く友達なんているか、俺だって七月はアメリカを避けてるのに」
「それは困る・・・・・・今更だけど自分が大好きで馬鹿騒ぎしてる俺にはお前の嫌みったらしいツッコミが必要なんだ。だからその隣キープさせてって」

 突然イギリスは仁王立ちになった。

「いいか、お前なんて自分が嫌いで十分なんだよ。
 お前なんか、女好きで、男好きで、子供好きで、老人好きで、きれいなら何でもよくて、国民が好きで、料理が好きで、絵が好きで、大胸筋が好きで、踏まれるのが好きで、領土拡大が好きで、脱がすのが好きで、人間も世界も大好きだろ。
 自分くらい嫌いでいろ」

 そんなに俺を理解してくれて、好きになるなんて・・・・・・こいつっはバカだなあ。

「じゃあ俺これから一生自分が嫌いままなの?」
「・・・・・・くそっ!」

 本気で涙目で見上げるとたじろいだ。ちょろい。

「血を吐くのは我慢するから、ね?」
「さっきからできてねーだろ。それに言われてみれば人より船だと思うし、船は友達なんていらないしな。お前が自分が嫌いなのも自業自得だと思うし」
「せっかく答えたのに! それなら「私が去ろうとも国家は残る」的な先人たちの想いの残滓説を」
「ーー友達なんて思い入れが強い方が、いつかの別れが悲しいのは本当だしな」

 まあ俺の方が長生きするけどな、とグリーンアイが決意の光を灯し始めて、両手を使って違う違うと否定した。

「俺さ・・・・・・吐血に加えて、理由は分からないけど百年分くらいの風邪引いたみたい。
 だからいかないで、看病してよ。自己嫌悪の海に一人にしないで」
「また泣き落としかよ! お前は昔から本当に手段を選ばないな」
「お前の助けが必要なんだーー苦しいから見捨てないでよ」
「・・・・・・ばかぁ」

 五分もたたず俺は熱を出して苦しみ始めた。引き留めたので肩にもたれた頭は振り払われなかった。あげく膝に乗せて介抱してくれる。
 ーーいつもこれくらい優しくしてくれればいいのに。

「全く・・・・・・世話のかかるおっさんだな。これじゃ俺がいじめてるみたいじゃないか」
「苦いものを沢山飲み干したみたいだ・・・・・・本当になんだこれ? 未来の分までの苦しみがまとめてきたみたいだ」

 海底の底から自分の声が聞こえた気がした。そんなチャンスは今しかないかもしれないんだ。

(メメントモリ、死を忘れるな。国の化身だからこそ、いつかの死が辛くとも、後悔しないように生きるために忘れるな)

 生も死も一度しかないんだと水底から厳しい言葉が頭に響き、げほげほと甲板に血が数滴に散らばる。イギリスは喧嘩相手がそうなっていることが辛い、そういう目をしていた。

「俺は・・・・・・誰より長く生きたいけど、死んじまうときは死んじまうだろうな」

 ぽつりと申し訳なさそうな声。そんなこと知っているけど口には出さないでほしい。ほら余計に血塗れで二人とも血塗れだ。

「泣くな」
「・・・・・・泣くわけないでしょ、好敵手の前で」
「言ってろ」

 イギリスは救急箱から三枚目のガーゼを取り出して俺の口元に当てた。するとすぐ真っ赤になる。ついでにハンカチで頬を拭う。

「じゃあこれは海水か?」
「そうだよ、海水。さっき海に落ちたでしょ。・・・・・・俺は泣くとかそういうキャラじゃないの。シリアスすぎず、感情を出しすぎず陽気で、それが愛するフランスだろ?」
「はっ、それは自信過剰だ」
「・・・・・・」
「みんなお前がただの見栄っ張りだって知ってる」
「どうして人の心なんてあるんだ・・・・・・どうして人の理とは断絶されているのに人と同じように悲しいんだ」

 すがりつくとイギリスは動けなかった。溺れた人間が必死につかむ木片のように彼に頼られる日が来るなんて考えたこともなかった。

「・・・・・・なにか、俺に出来ることはあるかワイン野郎」
「友達になるって言ってくれて、ずっと傍にいてくれればいい」
「でも血塗れになってくぞ」
「いいさ・・・・・・なあ、どうして俺たちは人の形をしているんだと思う?」
「俺の質問だぞ、それ」
「おまえがどう思うか、知りたい」
「・・・・・・島と大陸のまんまだと、こうやって泣いてるお前を慰められないから」

 ぽんぽんと背を撫でながら、真剣な緑の瞳に俺が映っていた。

「だって、ただの歴史なら本に記せばいい。風景なら絵画や写真に収めればいい。
 人の形をしてるなら、慰めたり、殴りあったり、話したりするためだろ」

 けろっとした声。

「そっか」

 そんな一言でぴたりと泣き止んだ。おろおろしたイギリスはちゃんと最後まで抱えてくれた。

「ーーよかった、ちゃんと意味あったんだ」
「・・・・・・変なところで素直な奴」
「ねえ、坊ちゃん・・・・・・友達はやっぱりだめ?」
「言っただろ・・・・・・血を吐く奴を友達にはできない」

 水掛け論も潮時か。

「じゃあ、俺の心の中でだけ、一方的にそういうことにしておくよ」
「そんなに友達なんて、今更宣言してなりたかったのかよ」
「うん、俺はさっき生まれ変わったからやり直したいんだ」
「・・・・・・おい、フランス」
「まあ今は仕方ないよね、血も止まらないし。ーーねえイギリス、帰ったらさ」
「ーーじゃあ、これで友達だ!」

 次の瞬間、俺は全力で蹴り飛ばされた。

 がんがんがんと跳ね返って、最終的に俺は甲板で目を回していた。視界が星でいっぱいだ。イギリスの野郎全力で蹴りやがって・・・・・・ふと彼が青あざだらけなことに気がついた。

(さっきはずいぶん殴っちまったな・・・・・・傷つくこいつをみて苦しいか?)

 自分に尋ねるが心にノンと返される。これはいつものことだ。それが俺たちってもんだろ。

「へっ、蹴っ飛ばしたら少しすっきりした」
「お前なあ病人によくこんな野蛮なーーえ?」

 突然イギリスが俺を抱きしめたので、何もいえなくなった。

「おい、旅だ」
「・・・・・・は?」
「急に旅にでたくなった。星が見えるところがいい。
 その旅行の間は友達になってやる」

 目を丸くしていると、イギリスは真っ赤になって早口でまくしたてた。

「これから一年に一度、一緒に旅に出ろ。
 三年間お前が旅行費を全部払うなら、一年に一週間だけは友達にでいてやる」
「え? なにそれ?」
「だから! ・・・・・・一年にいっかい一緒に一週間旅にいってくれるならその間だけは友達でいてやるよってことだよ!
 ーーうん、一週間の旅行中の間なら友達だ」

 感謝しろよ、という声が信じられず確認しておく。

「い、いいの? というか一週間だけ友達って・・・・・・」
「俺は自分を曲げない主義だ、言ったことは貫く。だから別の形なら了解してやる」
「えっと・・・・・・三年だけもやだ」
「別に三年だけじゃねーよ、三年はおごってくれるの三年だけってことで・・・・・・あー三年後に教えてやるから安心しろ」
「えっ、え・・・・・・一週間フレンズ?」
「なんだそれ?」

 涙と血を振り払って俺はイギリスの両手をしっかりと握った。

「本当に? 友達、もう一度始めてくれるの?」
「ああもう、そんな風に・・・・・・お前がらしくないと俺だって調子狂うんだよ!」
「・・・・・・」

 手が握り返され、喜びで倒れてしまいそうだ」

「・・・・・・よし、じゃあその旅は明日から行こう! 明日からフレンズ!」
「は? いや無理だろ」
「お前が死んだときにそこに落ち込みにいくから、いい思い出をたくさん作ろうな」
「とことん失礼な奴だな! 俺の方が長生きだ! ・・・・・・ふん、ぜってえ無理だ、最低一ヶ月後で出発最速だろ、お前は二週間も姿くらましてたんだし上司にまず謝れ」
「俺はオーロラが見える場所へ行きたいんだ」
「オーロラ」

 その単語がトリガーになったらしい。説教を止めて乗り気になったところで、お兄さんの口八丁を発動する。

「カナダのイエローナイフか北欧のキルナにいこう。出発だけなら明日でもどっちか空いてるさ」
「へえ・・・・・・お前にしては趣味がいいな。よしお前のおごりでアイスホテルの一番高い部屋を借りろ」
「却下」
「絶交してやる」
「旅行の間しか友達じゃないしー」
「ぐぬぬ・・・・・・」

 素直じゃないイングランド。ひねくれ者のイギリス。結局何度でも立ち上がってくる俺の腐れ縁の喧嘩友だち。ーーそんな彼の隣なら心の殻を作らず、これから新しい形で自分を好きでいられるだろう。

(これから色々なものが変わっても、変わらないものを増やそう)

 時間が流れても、記憶が忘却に消えても、幸福な思い出は最後まで失わないはずだ。
 いつか時が流れてその記憶を失ったって心と身体は忘れないと信じたい。今なら国民が自分に刻まれるように世界に自分の想いが刻まれると信じられる。

 過去は大切で積み重なっていき、未来はあやふやで心惹かれる。
 だから思い出を有限の現在を使って増やしていこう。

「とりあえずロシアの助言に従って、オーロラは見よう」
「なんでそこでロシア?」

 だって夜空に赤や青の火が燃えるんだよ? 千年前に一緒に過ごした世界の終末みたいで最高じゃないか。

「吉兆の予兆とは昔言ってたけど・・・・・・あったかい所生まれのくせに寒い所へ行きたがるなんて変な奴だな。
 あ」

 指さされた先に鮮やかな太陽。ドーバー海峡に朝が来ていた。海底と心の奥の呪いが溶けていく。

 朝日が登っていく中、旅行の予定をあれこれ話し合う。不思議と昔からの友人のように話が弾む。

「坊ちゃん」
「なんだよ」

 千年前に征服しそこなった国をみた。イギリスは領土に下ることなく、ただ生き抜いてきた。そして今は俺は彼の肩にもたれて太陽を見ている。

「いや、お前がいて楽しいなと」
「本気で調子狂うからやめろ」

(きっとこれでよかったんだ)

 征服できなかったから、二つの国だから、こんな風になれた。

「旅行楽しみだなあ」
「ま、全部お前がうまくやったらの話だけどな」
「ごほっ。あー、また血が・・・・・・あれ?」

 口元に手をやるとこれが最後のように沢山の血が炸裂していたが、喉の奥にたまっていた鉄錆の香りが消えていた。

「ぎゃあ! 結構量多いぞこれ! タオルタオル、いやもう輸血しちまえ!」

 だらだら流れているのを隠していたはずなのに、胃の奥で焼けるようだった痛みが消えている。

「いや、違うんだ。血が止まってる」
「じっとしてろ、自分の止血なら七月は毎年だ。俺は止血のプロだ、俺の七月を見かねたナイチンゲールに習ったんだ」
「イギリス・・・・・・やっぱお前すごいかも」

 世界の終わりまでどうかこうして、こうやって一緒に健やかでいますように祈る。きっと未来にいいことがたくさんあると信じてみよう。

「お兄さん、国の化身に生まれてよかったよ」
「ばぁか」

 友達に頬を引っ張られて、長い夜のようなお兄さんの悩める巡礼の旅は朝日に溶けていった。




 おわり




 最終回です。メインは終わりです、旅行にてエピローグになります。

 「君の知らない物語」という曲をずっと聞きながら書きました・・・・・・ってこれ片想いの曲だぞ? いいのかカップリングじゃないぞ? まあいいや。

 あとにこにこ動画で「ひげろいどエンヴィー」と「世界の分裂→破壊→創造」を何回もみました。この話の兄ちゃんとは全然違う性格っぽいですが。

 一年半もこのお話をかけて、よかったです。ーー大変でもありましたが、うまく誰かに伝わったらいいなあと思います。



2016/08/28



おまけ小話→


「残されたもの」



スペインとプロイセン
「お前等ようやく仲直りできたのか、つーかまだやってたのかよ。ケセセ」
「なんか分からんけど良かったなあ、オリーブオイルジュース飲みーな」
「ま、俺様には蚊に刺され程度のイベントだったがな! いやイギリスのやつ、忍法式黒魔術とかよく分からん攻撃で」
「トマトにオリーブオイル、何本かける?」
「最終的にホテルでシーツ対シャワーカーテンになっちまったぜ、いやー従業員がどっちが勝つかオッズ争いになる熱戦だったぜ!・・・・・・という訳でなフランス、このホテル修繕費請求書を・・・・・・」
「あー、思い出した。親分からもフランスへプレゼントや! ほい、イギリスにヴェネチアで川に落とされたときのロマーノのスーツの弁償の請求書!」


イタリア(ヴェネチアーノ)
「フランス兄ちゃん、色々あったけど元気になって良かった。イギリスと一緒でもトマトパスタみたいになってない兄ちゃん見るとほっとしたよ。
 今度俺のアトリエにきてよ、兄ちゃんなら描けるだろうけど俺の家の最新テクニック勉強して損はないよ。楽しみ~♪
 あ、これあげる。ゴンドラ利用料とイギリスが脱出の際に破壊した窓の修理費用の請求書!」

ドイツ
「ふん、ようやくか、全く手間をかけさせる年長者だな、おまえたちは。
 まあ良かったな・・・・・・フランス、今度相談したいことがあるのだが・・・・・・ああ、ありがとう。
 ところで宣言通り、きっちり半額ヴェネチアからベルリンへのガソリン代は請求しておく。はあ、飲食代と宿泊費? ・・・・・・結構だ。言っただろう、欧州では皆親切で優しいと思わねばやっていけんとな(澄んだ少年のほほえみ)」

オーストリア
「・・・・・・と、ドイツが言ったようですが全額請求しておきます。あと私の菓子の材料費とピアノの演奏料金をきっちりお支払いなさい」

ロシア
「フランスくん、雪みたいに真っ白だったの治って良かったねえ、ふふふ・・・・・・所で二人でオーロラ見に行くんだって? それ僕のアイデアだよねえ?
 いや全然パクリとか気にしてないよ・・・・・・はい、諸々の請求書。もちろん、う・け・と・っ・て・く・れ・る・よ・ね?」


「坊ちゃん友達だろ! 助けてくれええええええええ!」
「しらねーよ! 金の管理は自分でしろ!」
「半分はお前の破壊したもんだろう、絶交するぞ!?」
「俺の方が絶交してえよ! ・・・・・・ああ友達なんかなるんじゃなかった」


 そして請求書だけが残った。

 イギリスは自分の破壊分だけは払ってくれたので、フランス兄ちゃんは残った請求書をローン払いすることになりましたとさ。とほほ。





「イギリス人でフランス人」


 朝が来て、仮眠をとっていた親子は仲直りしたと小躍りで喜んでくれた。

「というわけで、俺の釣り友達のトマス。フランスでは食器の企業に所属していて、今は引退してる」
「娘のエマです、ビックマネーを動かしたくてロンドンのシティーで金融をしています」
「トマスは昔はパリで絵付けの職人をしていたが、エマは金融をやりたかったからロンドンのシティにきたんだ」
「エマちゃん、なんでうちからこんなやつの家にいっちゃったの? 金融や株ならうちの国でも」
「手っとり早く荒稼ぎしたかったので」
「正直ぃっ! でも納得しちゃう悔しい!」
「ちなみにお前を待ってたクルーザーの持ち主はエマだぞ、金持ちなんだ」
「イギリスさん、貸しはしますがレンタル代は払ってくださいね。あとこのデッキの中央に張ってある謎のテープ・・・・・・器物破損を見なします」
「こ、これはだな、国家の威信を懸けてうんたらかんだたら」
「請求書です」
「・・・・・・はい」

 落ち込むイギリスに親子は世間話を続けた。

「久しぶりだ、イギリスはどうだい?」
「景気がいまいち。フランスはどう?」
「景気がいまいちだ、そっちへいったほうがいいかのう」
「いいえ、五十歩百歩だと思うわ。アメリカに行った方がいいかしら?」

 グローバルで傷つく世間話を始めてしまった。
 イギリスもフランスも同じような顔をしていた。

「あいつら俺もお前も身内感覚だから、容赦とかないんだ・・・・・・」
「ははは、二人は俺たちのうちのどっちなんだろうな」
「どうだか・・・・・・もはやどちらでもないかもしれないぞ」
「グローバルって残酷だな・・・・・・まあ、エマちゃんはうちで生まれたんだから世界のどこにいてもお兄さんの一部だよ」
「気色悪いこと言うな! そんなこといったら例え永住するつもりでもトマスはうちの国民だ!」

 こんとそれぞれに軽くげんこつが降る。

「わしらの所有権を勝手に議論しないでほしいのう」
「時代を考えて下さい。飛行機が地球を一周するのにどの程度時間がかかるのか。イギリスからフランスへフェリーで日帰りする人がどれだけいるか」
「うわーん」
「イギリスさんは私の友達だが、永遠にイギリス人だからな! と言われるとなんか束縛感が強すぎるのでお断りじゃ」
「うわーん」
「あとイギリスさん、フランスさん、私のクルーザーに傷が付いているんですが。まるで乱闘でも起こったような」
「「すみませんんんんっ!」」

 イギリスとフランスは手を取り合って泣いた。多少のごまかしも込めて。

「そういう時代だよな・・・・・・ぐすっ」
「イギリスが産業革命起こしたせいだ」
「俺のせいにすんな!」

 ぎゃあぎゃあ。

「祖国たちは長生きなのにずっとこうなのかのう」
「どこへ行っても暮らしても、思い出のある国を忘れるわけないのにね」

 たまに悩むのも事実だけれど。

「・・・・・・なあ、イギリスさん。昔から聞いてみたかったのじゃが、私は今はあなたの一部なんだろうか。それとも彼の一部なんだろうか」
「俺は言ってるだろ、国は俺の家って。
 それがイギリスだ。家から出たり入ったりしても、本人はそのままだろ」

 苦笑いの視線の中頬の引っ張りあいを続ける・・・・・・時代は変わった、この親子には国境は俺たちほど大きな壁ではない。自分で生きる力のあるものたちは世界のどこへでも行ける時代になった。

 時に寂しいけれど、でも。

「そんだけ、いろんな形で幸せになれる奴がいるから・・・・・・俺たちには肯定しかできないけどな」
「人間が幸せなら、お兄さんたちはなにも言えないね」

 そう言って、珍しく仲良く笑い合った。



 そして請求書だけがn(ry)

 トマスは五十歳後半、エマは三十歳くらいのイメージで書いてます。国が近いので機会があればあっさり移住してしまうヨーロッパ人はそういう意味で羨ましいところもあります。

 一度書きたかった移住ネタ。出身がどっちかでどっちかに移住したら、どっちなんだろうなーって。たしか国籍は変えなくてもパスポートだけで結構暮らせる程度にはヨーロッパは緩いです(というか日本がその辺平均値より堅いです)。

 トマスとエマという名前は英仏の男女の人気の名前ランキングから。




「間違ってるかもしれない豆知識」

ドーバーの歴史

フランスのふんわりした歴史(間違っている可能性があります)

【短く】

フランス

ブルボン家の頃が一番イギリスとボコスカしてたかも。この頃ヨーロッパより文化の中心(イメージ)になったのかも。
正直大陸でスペインとドイツに挟まれて気苦労が絶えない(イタリアは?)。

ブルボン家が革命で潰れたら、ナポレオン→ナポレオン帝政→王政→共和制→なんがまだ色々あったがプロイセンが来てそれどころじゃなくなった。ドイツ怖い!でも戦っちゃう!

二十世紀も色々あったけど、今はファッションと農業に励むよ!
ちなみにファッションはブルボン家がやってた宮廷カーストの名残だよ!革命中も万博(の前のやつ)はやってたんだ!

イギリスにはやたら偉い人が亡命する(というか、ヨーロッパの偉い人あるある)





【長く】


フランス


西ローマ帝国が解体して以来ヨーロッパはカオスだった。マジでヒャッハーが爆走する世紀末だった。

紀元前にこの技術(橋とか水とか)とかもはやオーパーツじゃね?なローマ帝国の文明と技術の面影はない。ヨーロッパは文明の面影の残る蛮族の地スレスレだった。

そしてそのカオスをなんとかフランク王国のカール大帝がまとめてた(宗教面ではローマ教会が頑張った)。この偉業を祝してか、フランスではカール大帝をシャルルマーニュと呼ぶ。

んで、フランク王国はフランス王国、神聖ローマ帝国(あとでオーストリアと分裂する)と別れる。といってもフランスも前より世紀末じゃなくなっただけでなにも纏まってなくてバラバラ。百年戦争でボコスカしてた頃はフランスというより、大きな貴族みたいなのが勢力争いしてるだけでした。どちらかというと百年戦争でイングランドと散々殴り合ってまとまったから今の国境になったような。

メイン王家はカトリックとプロテスタントの争いの頃にヴァロア家からブルボン家に移ります。この頃からの方が現在のフランスのイメージになっていく気がする。この宗教戦争は悲惨でアンリ4世の人生には結構同情してしまいます(結婚式で虐殺が起きる上に、プロテスタントを無理やりカトリックにされたのに結局暗殺されちゃうあたりが……)。

そんな風にカオスなフランスを物理で殴る方針でもう一度纏めたのがルイ十三世でした。

そして父親に嫌気がさしてた息子のルイ十四世。彼は息子想いの母と優秀な宰相である父親代わりのマゼランがいましたので、割とチートでした。あれこれしてしヴェルサイユ宮殿をつくり、そこに全ての貴族を招きました。
わー気前いい!と思ったのもつかの間、そこにはスクールカーストならぬ宮廷カーストの世界で、そこで貴族たちはカースト闘争に夢中になりました。こうして舞踏会に着る服代は上昇し、反乱費用がなくなりました(計画通り、あと繊維工業が発展した)。

ちなみにこの頃スペインはどさくさでハプスブルク家からブルボン家に王家が変わりました(フランスの仕業)。
それなりに検閲が緩かった?のでヴォルテールやルソーみたいな王に媚びてない人も本を出せて、後世に影響したよ。

ルイ15世は、戦争より文化と女の子がジャスティスだったので公式愛妾のポンパドール夫人がチートしてた。愛妾がマリアテレジアやエリザベート一世とプロイセン包囲するくらいチートだった。
しかし、ルイ16世の頃になるといい加減カーストも限界でさらに戦争費用がなくなった。アメリカ独立戦争フォローしたら革命起きた。おかげでナポレオントルネードである。

ナポレオンがいなくなったら、プロイセンが強かったのでイギリスとも仲良くし始めました。二十世紀ドイツマジ強い。

今はEUで離脱したイギリスの庭仕事邪魔してる。



イギリスはエピローグで書けたら。



「政府はマスト、国民は風」
 ドイツのカール・マルセルという方の言葉ではないかというのが有力説だそうです。それを採用させていただきました。


「私は去ろうともあなたは残る」

 ルイ十四世の言葉のアレンジ版かな。
 死ぬ前に「私は死ぬ、けれど国家は残る」っていう。
 ルイ十四世は太陽王の異名を持つ、ベルサイユ宮殿を建てた人物です。フランスが文化で抜きんでたイメージを持つのはこの人がスタート地点な気がします。
 ちなみルイとつく王様の中では一番食事好きだったとか。

「イエローナイフとキルナ」

 どちらも旅行地で有名なオーロラの産地?です。
 イエローナイフは年間を通してとてもオーロラが発生する場所で、キルナはオーロラのほかにアイスホテルが有名です。
 アイスホテルは氷のホテルで、世界のアーティストが精魂込めて氷の像を色々作るのでとてもきれいです(画像検索するときれいです)。
 なので、イギリスが言ったみたいにフランスに良い部屋を一週間もキープさせたら、お兄さん(また)ぶっ倒れると思います(金銭的な意味で・・・・・・いやすでにそうか)。