※流血表現注意※







「 お兄さんはお隣さんにお悩み 3 」





 数十年前の事だったと思う。少なくとも、百年以上前じゃない。
 ある晴れた昼下がり、俺は生まれついての腐れ縁のイギリスとヨーロッパのどこかの町を歩いていた。

 そしてそれは突然起きた。

「おい、伏せろ!」
「は?ぼっちゃ」

 坊ちゃん何だよ?と振り返った時にその事件は半分終わっていた。がんっ!と乾いた音が響くと隣のイギリスは倒れた。

「・・・・・・イギリス?」

 そのまま何発か銃声とともに赤色が飛び散って、イギリスはぴくりとも動かなくなる。

 建物の色は鮮やかで青空によく映えて、石畳の石一つ一つがぴっちりと整えられいた。その上でイギリスは数発の銃弾を受けて血だまりが広がった。淡い色の石畳に飛び散った血がいやに鮮やかで他のすべてがモノクロフィルムの様に色が消えていく・・・・・・イギリスは俺の目の前でどうしようもないほど死んでいた。

(冗談だろ、おい?)

 だってさっきまで生きて隣でくっだらない文句ばっかり言っていたのだ。それなのに今は脈も呼吸もない、即死だった。

 庇われたと気がついたのは彼の焦点の定まらないグリーンアイが虚ろに開いている姿をじっと見た時、彼の下には俺が食っていたクレープが潰れている気がつく。一口寄越せと言っていたのは一分も前じゃなかった。

 理解できた事はさっきまで俺が立っていた場所でイギリスは俺を突き飛ばして、射殺されたこと。一発で頭を撃ち抜いたというのにご丁寧に他の急所にも数発の弾丸が撃ち込まれていた。

(誰が、どうして、よくもこんな)

 頭の中で感情と単語がごちゃんごちゃと錯綜したが、現実は指一本動かせない。彼をこんな目に遭わせたやつを殺してやりたい。こんな風に倒れていつも嫌みばっかり言っているのになんで俺を庇ったりすんだ。道ばたで寝てないで動けよ、この大バカ野郎。

 そんな風に憎しみと悲しみのままに動けない俺はイギリスを撃ったやつらにはさぞいい次の標的だったんだろう。膝を突いて彼に手を伸ばすと右腕を銃弾が掠った。

(ーーいってえ)

 二発目は右肩を撃ち抜いた。血と痛みがあふれ、石畳の彼の血と混ざり会う。このままなら殺されるだろう。

 イギリスの行動の意をくむなら俺は逃げるべきだ。彼は俺と助けた。それに俺たちは人間とは違う、彼だってきっと時間がたてばまた会えるはずだ。

 それでも俺は聞き分けなく逃げられず、ただ彼の遺体を寝起きを起こすように揺さぶった。べしゃりと腕が真っ赤に染まる。ああ、こんなに温度が抜け落ちてしまってーー。

(仕方のないイングランド坊ちゃん、変なところ衝動的でいつまでも子供だなーー庇われたのがシャクだから今は一緒に死んでやるよ)

 俺たちは人間じゃなく概念だから、きっとすぐにまた会える。小さくて冷たいイギリスの肩を胸に抱いて俺は死を待った。次会ったらその時どんな憎まれ口をきいてやろうか、そんな風に涙を彼の鑞のように白くなった頬にこぼしたーー涙をこぼした?





 どぷんという水の音が聞こえた。ゆらり体が浮かんでいる、ここはどこだろう?しかし瞼は重くて開かない。
 昔の夢を見るなんて久しい、母の胎内のように穏やかな波のせいで微睡んでいたようだ。そして水泡のように湧いたのは疑問だった。

(あれ、あの時俺泣いたっけ?)

 記憶がない、俺はイギリスと違ってあの時死ななかったのに。拳の背で額を叩くが思い出せない。まさかショックの思い出せないないのか?と頭を振ると他のことは思い出せた。

 結局俺が二発撃たれた段階でスナイパーは取り押さえられた。俺もイギリスも自国の人間に助け出され、それぞれ手当された。彼は死んでいたが、数日後には病室で会えた。
 それにしても、いやな夢だ。彼が死ぬところなんて、なにも今思い出さなくてもいいだろうに。

(どーせイギリスの死に怯えるんなら、あの時にしてればよかったのに。あの後ならイギリスにすがって抱きついてセクハラして、わんわん泣いても俺は悔しく・・・・・・はあったろうけどさ)

 でも彼がとっさに俺を庇って死んだ後に嘆いていればこんな袋小路に迷わないですんだろう。理由とか超分かりやすいし。まああいつは自分で言ったとおり「あっ」位の勢いで軽く俺を庇ったんだろうけどーーとにかくどうせ悲しいならあの時がよかった。

 そう確信して、うんうん頷くと木の板に頭を打ちつけたと様な音がした。どぷんとその拍子で船が沈んだ音がして隣で水が弾けた錯覚を覚える。あれ、ここはどこだっけ?
 ・・・・・・朧気な記憶だと俺はプロイセンとスペインとパリのカフェにいたような。それが今は水が流れている気配の錯覚までする、まるで船で川を下っているようだーー全く訳がわからない事ばかりだ。

「全く、だいたいなんでこんな夢を今更ーー」
「フランス兄ちゃん~、さっきから揺らすから舟に水が入っちゃう。目が覚めてるなら、もう起きてよ~」

 おっとりとした声が太陽の後光にして降ってくる。澄んだブラウンの髪と目。へらりとした笑顔で陽気な青年がカンカン帽と赤と白のボーダーの服装で俺を見下ろしていた。右手にはオールらしきものを持っている。
 オール?オールって、えっと、いやそれよりも・・・・・・予想外の展開に舌を噛んだ。

「い、いい、イタリアっ!?なんでここに?」
「え~フランス兄ちゃん寝ぼけてるの?さっき俺とドイツと兄ちゃんとここで合流したじゃない、六人で」
「・・・・・・わり、記憶飛んでる。ここはどこで、状況は何だっけ?」
「んーと、俺たち三人と兄ちゃんの家から来たスペイン兄ちゃんとプロイセンとフランス兄ちゃんで合流したんだ。ほら、俺んちだよ、思い出した?」
「・・・・・・思い出せない」

 澄んだブラウンの瞳が戸惑う、しかし彼はすぐいつものように笑った。

「兄ちゃん、本当に疲れてたんだねーーここはヴェネチアだよ」

 ほらと指さされた先には大きな運河、おそらくはカナル・グランデとリアルト橋が遠ざかっていく姿が見える。どうやらメインのヴェネチアの大動脈から脇道にそれた川に入っていく途中らしく、多くの船が行き交う風景はすぐに見えなくなる。
 そして自分の足下を見下ろすと赤い布張りのイスから俺はずり落ちていた、ゴンドラに乗っていたのだ。そしてイタリアはその舟の操守ゴンドリエーレ役らしい。

「えっとここはヴェネチアで、俺はなぜかお前の漕ぐゴンドラに乗ってるってこと?・・・・・・ごめん、本気で記憶ない」
「せっかく六人そろったんだから、ゴンドラで遊んでいこうって言ったじゃん。俺、兄ちゃんが色々悩んでると思ったから二人っきりにしてもらったのに~」
「・・・・・・そうか、悪かったよ」
「え、兄ちゃんが謝ってる!?うわーん、何かの予兆だ!やだやだ、俺まだ死にたくないよう!」
「お兄さんの謝罪はアンゴルモアの降臨なの!?」
「あ、よかった。元気になったね」
「・・・・・・」

 泣いたカラスがまた笑った、というにはその笑みは老獪すぎた・・・・・・もちろんいい意味で。左の胸をたたいて、誇るように左手を掲げ周囲の風景を示すイタリアは大理石の彫像のように見えた。

 落ち着いてもう一度周囲を伺うと確かにそこは水の都ヴェネチアだった。サン・マルコ広場やカナル・グランデのようなメインからは遠ざかっているが、石を積み上げた建物の間を水と人が行き交い何百年も変わらぬ石造りの建物の間を流れている光景は間違いない。

 メインストリート?から離れ、人気の少ない小さな運河に入っていく。巧みなオールさばきをするイタリアはどうやら弱っている俺に気を遣ってあまり人のいない方へ進んでいるらしい。いつもの彼に兄貴風を吹かせている身としては気恥ずかしく、席に戻らず川の水を人差し指ですくう。

 思ったより澄んでいる水面にはいくつもの観光用ゴンドラが浮かんでいる。俺の視界にはぼんやりと他の二艘が映る。しかも見覚えのある連中がいるような。

「あいつらは?」
「ヴェー、ドイツはプロイセンにお説教があるんだってさ、ちょっとむきむきで怖かった~。ドイツは俺んちに何度も観光にくるからせっかくなんでゴンドラ漕ぎを教えてたらマスターしちゃったんだ。んでたまにバイトしてもらってるんだ、だからあそこ」
「ドイツ、ゴンドラ漕ぎのバイトしてんのか、つーかさせてんの?」
「ドイツはいっつもうちに観光にくるから、来てるときにたまに俺が舟漕ぎを教えてたんだ。百年はやってるかな、兄ちゃんと俺の次にベテランかも、それでたまにバイト~」
「なんというか、あいつもたいがいイタリアマスターだね・・・・・・」

 新事実に驚いて指さした先に視線をやると川の流れに二つのゴンドラ。スペインはロマーノと、プロイセンはドイツとゴンドラに乗っている。確かにプロイセンが青い顔で体育座りのまま、操守席のドイツを見上げている。説教されているのか、何をしたんだろう?ピントの調整中の視界には背を向けたドイツの様子はうかがえない。ロマーノとスペインの方を見れば、ロマーノがイタリアと同じようにゴンドリエーレの服を着ていて舟を操っていること以外はいつものように彼らはにぎやかだ。

「スペイン兄ちゃんが絶対一緒がいいって言うから仕方なく~って文句は言ってたけど兄ちゃんも楽しそうだね」
「そっか、あいつららしい」
「思い出してきた?」
「うん、ちょっとずつ」
「そっか、よかった。フランス兄ちゃん、ユーロスターから降りたときは二人に担がれてきたから・・・・・・本当に忘れちゃったのかと思っていたよ」

 ほっとしてヴェネチアまで来たいきさつを思い出した。イタリアとロマーノと待ち合わせの約束をしているというスペインにヴェネチアまでついてきたら、サンタルチア駅で待ちかまえていたイタリア兄弟とドイツに会ったのだ。
 ドイツは兄貴のプロイセンになにやら説教を始め、それを宥めたいのか遊びたいのかイタリアが「ヴェネチアに来たんだから、ゴンドラで遊んでいこうよ~。割り引きするからさ☆」と明るく笑った。
 そして三十分後赤いボーダーの服に着替えたイタリア兄弟と一緒に三つのゴンドラに六人仲良くに乗ることになったのだ(もちろん有料で)。

 変な夢を見たせいで、記憶が混乱している。そう結論づけるとイタリアがずれたカンカン帽をなおしながら、いつもの調子で喋り始めた。

「ここに来てから兄ちゃんずーっとぼうっとしてたんだ、ゴンドラ乗ったら疲れたから寝るって言ったらすぐ魘されてし」
「魘されてたのかよ・・・・・・起こしてくれればいいじゃないの」

 一応俺が兄ちゃんと呼ばれているのだけど、年下がすねるような口調になってしまう。

「起きて起きて~って言ったんだけど起きないんだもん。オールでツツくわけにもいかないからどうしようかと」
「それは確かにイヤだけどさ・・・・・・」
「魘されるどころか、辛いのかがんがん舟に頭を打ちつけ始めるし・・・・・・フランス兄ちゃん、イギリスにフられてやけになっちゃったの?」
「イタリアお前もか!違うっつーに・・・・・ちなみにその噂どれだけ広がってる?」
「えーと、最近の欧州のみんなの挨拶くらいかなあ?チャオ~、またフランス兄ちゃんとイギリスがさ~・・・・・・みたいな?あ、兄ちゃんとイギリスは除くけど」
「うわああーんこの暇人どもおおおっ!・・・・・・ちなみにどんな内容なんだ?」
「ドラマ二シーズン分くらいになっちゃうけど、聞く?」
「・・・・・・落ち込みそうだから、やめるわ」

 どいつもこいつも、いっそ小説家か脚本家にでもなってくれってんだ。
 何となく近日中イギリスがぶち切れて俺の家に押し掛けることまで想像して頭痛がした。それにしても暑くて眩しい、イタリアの日差しが悩みに拍車をかけ脳内にわんわんと盛大な音を立てた。頭が痛いので船縁に腕を預け、イタリアの漕ぐオールの作り出す水紋を眺めた。
 無論というべきか、彼の舟漕ぎの腕は大したものだった。揺れず、早く、おだやかだった。さっきの母胎のような眠気は彼の腕もあるだろう、そういえばこんなによく眠ったのはいつぶりだろう。

 じいとオールさばきを見ているとイタリアはオールを握り直し、水面から放す。驚いているとオールで俺の真上の空間に弧を描いた。きらきらと円を描いてこぼれる水がとてもきれいで、ひんやりと気持ちがいい。
 パフォーマンスに意心を奪われたことを見透かしたように彼の声が聞こえた。

「んーと、じゃ、どういうこと?イギリスのことで悩んでるってスペイン兄ちゃんとプロイセンから聞いてるよ」
「・・・・・・もっともっとつまんなーいこと」
「夢を見て、血まで吐いてるのに?」
「え?・・・・・・あっ」

 あわてて口を拭うと何もない。見上げるといたずらな笑み。ゲーテの愛した目映い太陽が俺に降り注いでいた。唯一太陽を遮る存在はイタリアだけだったが、彼自身がある種の光を持っていたのであまり影にはなっていない。本人にはいいはしないが、彼はやはり光の下に生まれついたのだとこんな時は思い知る。

「どんな夢見てたの?」
「・・・・・・イギリスが死んだときの夢、何十年前かは忘れたけど」

 イタリアの声と顔に影が走った。声音が萎んでいく。

「・・・・・・フランス兄ちゃん、イギリスが死んじゃうところ見たことあるの?」
「ああ、撃たれてな。俺も危なかった。でもすぐ助けられてあいつにもすぐ再会できた。よくあることさ、そんな経験ならお前もあるだろ?」
「・・・・・・・・・うん、そうだね」

 分かっている、だからって俺たちが死ぬようなことまでなることは、滅多にない。あれは希な不運だった。だから、これはただの俺の強がりでイタリアはそれに気を遣ってくれたにすぎない。

 イタリアは何かを考え込むようにオールを漕ぐ手は止めず黙り込んだ。よく分からなかったが、俺は別のことを思いだしていた。さっきのイギリスが死んだ数十年前の出来事の詳細だ。


 そんな歴史的な出来事の最中ではなかった。それでも一つ肩の荷が降りる会談が終わった時だった。いつも憎たらしく思える仇敵とも、今日は同類として快く笑える。そんな風にどちらともなく散歩に誘った。

 そして直後に彼は俺の目の前で殺された。犯人は悲しいかな、俺の家とあいつの家の主勢力に対しての反勢力が手を組んでの犯行だった。俺たちを撃ったところで死なないので意味がないのだが、誰かと間違えたかそれとも俺たちを撃つ意味がないことをしらなかったのか、それは知らされていない。俺もイギリスもそれ以上身内に害された事実を追求したいとは思わなかった。

 そして数日後イギリスは頭に包帯を巻いてベッドの上でぼんやりしていた。見舞いに現れた俺に「よー、髭、生きてたのか?俺は一回死んじまったぞ」と洒落にならないことをけろっと言ってのけた。実際彼は人間で言えば二回死んでいたが、手当をされ病室で安静にされていれば一日で止まった心臓が動き、目を覚ました。

 国家の化身は一時的な肉体の死に追いやられても死なないのだ、概念としての国が終わらない限り蘇る。

「だいたい何であいつと俺で恋愛事情の連想がわくのか、俺分からないわ」
「ヴェ?それは、ほらフランス兄ちゃんだから」
「それじゃまるで大部分が俺のせいみたいじゃない!イギリスより俺が原因ぽいじゃん!」
「え、そうでしょ?」
「ちーがーうー!ちーがーうのー!・・・・・・俺はね、俺はね、ただあいつが・・・・・・」
「ずっと「いつか」イギリスが死んでしまう「かもしれない」恐怖は消えない?」

 いつも手の掛かる弟のようなイタリアは、こんな時年上のようだ。

「・・・・・・ああ、バカみたいにね」

 厳密な年齢は俺たちにとってはあまり意味のないことだが、彼から遠い時代の匂いがした。数百年変わらない風景を湛えるヴェネチアの都の水の匂いように。
 ベテランの詩人の朗読のように、拙いカンツォーネのように、イタリアは話を始めた。

「単刀直入に訊くけど、フランス兄ちゃんにとってイギリスって何?」
「・・・・・・生意気で大嘘つきなくせに、見栄っ張りなアホ眉毛」
「イギリスがいなくなったら、どうして悲しいの?」
「その質問はさすがに意地悪じゃない?」
「意地悪じゃなくて・・・・・・えっと、ごめんね?俺なりに兄ちゃんの悩みを軽くできないかと思ってるんだけど」

 俺を、心配しているのだ。ゴンドラに乗る前スペインとプロイセンがイタリアに色々話していた。おそらく俺の相談に乗ろうとしていたからだろう、ややこしい事情でもーーないけれど、まあ一応。とにかくイタリアは俺がイギリスの件で参っている(こう書くと本当に恋愛相談みたいだ)ということで話を聞こうとしている。そしてそれが俺たちという特殊な存在の死というややこしいことだと知っている。

 鮮明な赤の記憶に頭痛がひどくなるが、水の飛沫が頬を冷やし悪夢を遠ざけた。見上げるとイタリアがオールを水平にもって操守の立ち位置で困ったように笑っていた。

 オールが止まり、ゴンドラは慣性の法則で流されている。イタリアは何も言わなかったし、急かしたりしなかった。ただ舟と川とともに、一緒に流れていく。だからなのか、俺はぼそぼそとこの三ヶ月の情けない事情を自分の視点で説明した。

「ということだ、笑ってもいいよ」
「んー、つまり・・・・・・フランス兄ちゃんは、イギリスがいつか死ぬんだいやだこわい、だから今は血まで吐いちゃうし会いたくないって気持ちが三ヶ月全然消えていないってこと?」
「ざっんねんながらねー」

 皮肉を流され居心地の悪さをうまく吐き捨てきらず、指先で水面を弄ぶ。船の推進と一緒に指先で小さな波が起きる姿が心を慰めた。

「けど早くなんとかしないといけない、このままじゃいけないって思ってるんでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
「フランス兄ちゃんだから」

 答えになっていないーーそう言おうとして止める、彼の言うとおり長いつきあいだ。俺以上に俺を知っている部分もあるのかもしれない。

「なあイタリア、俺どうすればいいと思う?」
「イギリスが死んじゃうのが悲しくて辛いのはフランス兄ちゃんなら当然だよね、それ自体はどうしようもない。でもきっと俺やドイツや兄ちゃんたちでもそれは一緒だよね、今までそういう気持ちになったときはある?」

 的確な医者のような指示に面食らいながら、あるかもしれない、けれどあまり覚えていないと返答する。記憶が長すぎて維持仕切れていないところはある、けれどこんな重傷になったらさすがに忘れるとは思えなかったのでここまでは初めてだろう。

「兄ちゃんに告白があるんだけど」
「え、ま、まさかお前もお兄さんが・・・・・・」
「ヴェー?あははははっ、それはないよ~」
「そこはノれよ、ツッコめよ!」
「え~・・・・・・んとね、俺もあるんだ、人じゃなくて俺たちみたいな存在が死んでしまったらどうしようってん眠れなくて食べられなくて、かわいい女の子の姿も見えなくなって、なにも手につかないほど苦しかった時が」
「アモーレ、マンジャーレ、カンターレのお前がか?」
「そうそう恋して食べて歌って、ができなくなったんだ。兄ちゃんもそうでしょ?だからさ、俺の経験が役に立つかな~って」

 脳天気な表情でイタリアはドイツとプロイセンのゴンドラをちらと見た。ドイツ兄弟をひどく懐かしそうに、恋しそうに・・・・・・もう戻らない何かを、今思い出し、心に再現しているように見つめ、俺に振り返る。

「辛くて辛くて、どうしようもなくてさ。人よりずっと長生きなこの身を恨んだりもしたよ」
「そんなに長くか・・・・・・悪い、気がついてやれなかった」

 彼は静かに首を横に振った。時間にすると大した時間ではなかったと告げ、それでも苦しい時間は酷く長く感じ、今でも記憶に焼き付いているという。
 何を言えばいいかと躊躇していると、不思議なことを言われた。きょとんとした目線を返す。

「ねえ兄ちゃんは死んだら俺たち国の化身は天国にいけると思う?」
「天国?・・・・・・うーん、なんとかここまで生き延びている奴はだいたい地獄行きじゃないか?」
「そうかな~、頑張って生き延びるのにそれがダメなのかな?」

 生きる延びることはきれいごとじゃない。けれどそれが罪なら、どうすればいいのか。イタリアは語る、辛かったときに死について考えた、そしてこう思った。

「俺たちって存在の死ってなんだと思う?」
「・・・・・・どこから来てどこへ行くのか、は人間と同じく、自分では分からない」
「俺たち、結構長生きだよね。死んじゃった人たちはもちろん、同じ国のみんなも見送ってきた」
「そうだな・・・・・・でも不思議と死んじまったやつらをそこまで哀れには思っていないな、心残りはみんなあったろうけど、思い出す俺がああなりたくないとは思っていない」
「死んでも消えきれないところもあるしね。俺の結論としては、まあやっぱりもう話しもできなくなることかな・・・・・・でもやっぱり俺たちも人間も死んだからって全てが消えたりしないよ。死んだって誰かが思い出す限り、ううん誰も思い出せなくなっても、誰かのしたことが未来の誰かの選択に関わる。そういう意味では死なんて存在しないんだと思う」
「哲学的だな」
「誰もがいつかは死んじゃうとか、死んだら悲しいけどどうしようもないとか、そういうお話は突き詰めると哲学的になりがちかもね」

 そういうのはギリシャがやったらいいだろ、とイタリアの頭を撫でる仕草をするとうちにも色々いるよ~と明るい返答。

「死ねばそこで終わり、それが真実。
 でもね矛盾しているけど別の真実も成り立つと思っている。死んだら誰かの心に残るから死んでない。俺はこれはちゃんと両方成立していると思うんだ。
 死んだらもう会えない、でも死んでも何も失ったりしない。死んでも誰かがそれを覚えている限り、それを元に生きていく。だから死者は死んでいるけど死んでいない・・・・・・これは両方成り立つって信じてる」
「ポジティブかネガティブか、判断が難しいな」
「そんな二者択一で、世界や物事を切り分けないのがフランス兄ちゃんでしょ?」
「・・・・・・そうだな、俺は全てを愛で包むフランスお兄さんだからな」
「あはは、それでこそフランス兄ちゃんだ」

 似ている部分を笑い会う。地中海の力かな、いやいやアドリア海だよと軽口を叩き合う。・・・・・・今までドイツ兄弟やイタリア兄弟の兄弟関係を面倒くさそうに思っていたが、兄ちゃんと俺を呼ぶイタリアを見ていると兄弟も悪くない。

(イングランド兄弟もそうなのかな、仲悪いけど)

 俺がどんなにへこませても泣かないイングランドを、ちょちょいっと半泣きにさせられるのは確かに不仲な兄たちの方だった。アメリカといいイギリスは兄弟に激弱で俺は国内に兄弟いなくてよかったとか反面教師にしていたのだけど。

 息を弾ませてイタリアは言葉を早めた、俺に何かを伝えようとしているのだとどきりとするほど真剣だ。

「だから兄ちゃんの役に立つかは分からないけど、俺が苦しくなくなったきっかけを・・・・・・」
「どうかしたのか、イタリ・・・・・・」

 突然イタリアがある一点を見て、顔を青くして硬直した。爆弾でも降ってきたのかと冗談のように視線を追うと俺も絶句した。

 俺たちの三艘のゴンドラは小さな運河にいた。ヴェネチアの運河はほとんどは建物と建物の間を流れて、両側にはまっすぐに建物の壁と窓がある。中には当然橋の架かっている場所もあり、ここもそうだった。当然目線をあげていくと橋と空が見えるはずでーーそしてその有名な橋のアーチ上でふんぞり返っている人物を見て愕然とした。

「イギ・・・・・・リス?」
「ヴェー!?なんでー?・・・・・・イギリス、そこのぼっちゃだめだよ!」

 イギリスは丁度俺たちのゴンドラの速度なら十秒後に真上になるだろう場所で仁王立ちをしていた。無駄に元気に高笑いが聞こえる。

「ははははー!てめえ、髭野郎!よくも俺をあんな目に遭わせてくれたな!」
「ちょ、お前何いって、なにそんなとこいるんだよ・・・・・・バカ動くな、落ちたらどうすんだ!?」
「俺が落ちるかばーか、そこで首洗って待ってろ・・・こ、怖くない・・・とうっ!」
「ヴェ?・・・・・・イギリスーーー!?」

 信じられないことだったが・・・・・・イギリスは橋から運河に飛び降りた。五メートル以上はあった、俺は頭が真っ白になる。
 しかしイギリスはむかつくくらい安定して落ちてきた。空中回転までして、俺とイタリアのゴンドラに降り立つ。当然激しく揺れ、転覆するかと思ったがイタリアはなんとかゴンドラを傾けないようオールをあやつる。おかげで俺は尻もち、イギリスはこけかけるだけとなった。

 俺が体勢を立て直す頃にはイギリスは仁王立ちになり、俺をびしりと指さしてえらっそーに宣言した・・・・・・その姿に俺は頭の仲で何かがはじけた。

「ここで会ったが百年目!てめえの挙動不審の理由をはいてもらうぜ!・・・・・・は?てめなんだこら?」
「イギリス、何しに来た」
「そんなもんお前が変だから探しにきただけだろうが、今度どは逃げないように監視と計画をくりかえしだな。まあお前には俺の緻密な計画は理解できないだろうがこうやって」

 俺は無言で、無意味に危険を犯したイギリスの横っ面をばちーんとひっぱたいた。彼はまったく予想していなかったようでひっぱたかれて横を向いたまま、ぽかんとした。

 心底腹が立つ。

「このバカ、死んだらどうすんだ」

 そして、俺はそのまま胸を押さえて膝から崩れ落ちた。イタリアの悲鳴が、意識の向こうで聞こえた気がした。












後書き

せっかくイタちゃんだすなら、ヴェネチアでゴンドラ乗りたい!という欲望のせいでえらいながくなっちゃった!自業自得!資料がたくさんで読み切れず嬉しい悲鳴がでたよ!(泣)

イタちゃんは、私の中では、みんなの一番根っこにいる人だと思っています。あとこれゴンドラ転覆するだろ!ってのは小説って事で見逃してください・・・・・・き、きっと彼らの不思議な力で大丈夫なはず・・・・・・。

「ドーヴァーからツンデレとからかいとったらどうなるん?」→「ツーカー以外残らないじゃない!」というジレンマ。




おまけ:無駄に調べたヴェネチアトリビア→



基本ウィキと立ち読み知識です

・サンマルコ広場とカナルグランデ+リアルト橋は一番有名なはず。ヴェネチアでググと画像がすぐでてくるあれです。どっかで写真を見た人もおおいはず。
・ボーダーとカンカン帽はゴンドラ載りスタイルらしい。イタちゃんは本家様でもみたことあるかも、かっこいいもんね。
・ゴンドラ漕ぎことゴンドリエーレは結構選ばれし職業。
・ヴェネチアは自動車どころか自転車も運転禁止。
・ヴェネチアのピークは1500年くらいまで?新大陸や喜望峰の発見で影響力が低下した。その対策でレース工業とビーズ制作が盛んに。
・歴史の印象は「汝の敵と戦った後は戦いをやめ、札束で殴りあえ」な感じ(偏見です)。
・ニコニ○百科の「複雑すぎて地元住民でも把握していない、観光客には初見ごろしの町」にえらく納得した。
・移動手段のメインは水上バス(ヴァポレット)と水上タクシー、観光のゴンドラは高め(一回80~100ユーロプラスアルファくらい、別料金で歌や音楽もつきます)。
・イギリス落下地点はため息の橋っぽいどこかのイメージです。のっちゃだめ。
・逃げて逃げて砂州の上に作った町なのだが大砲の進化のせいでピンチになったり、なんだかヒトゴトに思えない。
・最近は温暖化のせいか、アクア・アルタがやばい。




トップへ