「 お兄さんはお隣さんにお悩み 5 」






 ミルク色の霧が地平線を覆いつくし世界はごちゃごちゃで乱雑なものから平等で無個性なものになった。支配者たる霧は濃く、俺は何も出来ずその白く美しい世界をクラゲのように頼りなく漂っていた。

(・・・・・・あれ?ここどこ、つーかなにこれ?)

 ドイツと一緒に車の旅のはずだったのに、いつの間にか異世界に迷い込んでいる。

 ここにいる経緯も謎だ、思考さえも霧と同じで曖昧に流れ纏まらない。白く塗りつぶされた世界、誰もがこんな風なら誰もお互いの差異など見分けられず、それに争うことなく穏やかに暮らせるだろうと夢想がささやく。

 ここは天国だろうか、それにしては孤独な場所だ。ふとどこに立っていいか分からず足元を見るが何もない、俺の影さえない。

 驚いて足下を踏みしめるとあっという間にミルク色の世界は滅び、全ては砕け散り、無惨に闇に落ちる。赤い光が射すと血のようにどす黒く、一瞬で世界は焼け落ちた。まるで花を火に投げ込んだように生命の気配がくしゃんと呑まれた火で焼け砕ける。全てはあっという間だった。

 あっけないにもほどがあると冗談を言おうとして光とともに大気すら失せて声がでない。それに恐怖が内側から破裂した。こんな暗い、色や光のない世界はイヤだ。わずかに残る光を探すと足が動かない。叫ぶが声も出ない。

(痛い、苦しい、いやだ、誰か助けてくれ)

 プライドもなにもなく哀願した、すると光が視界の端に確かに映る。

(これは誰の声だ・・・・・・イギリス?)

 こんなところまで追ってきたのか?執念深すぎるだろ、いや待てその前に状況おかしいだろう?と振り返る。

 そこにはイギリスはいなかった、無くしたはずの影がいた。合成革のような濃い質感にぽかんと口を開けて眺めてしまうーーそれがいけなかったのか、次の瞬間俺は真っ黒な影に首を絞められた。






 ーーという最悪な夢を見て、俺は派手にベッドから落ちたのだった。

 あまりのショックで跳ね起きる。急激な慣性で頭痛がして、寝汗でシャツが重い。酷い寝覚めにソファーの上で体育座りになり、ぜえはあと喉元を押さえる。

(何だ今の)

 幻のような夢だったのに気道を押しつぶされた感触だけがいやにリアルだった。

「起きたのか、何事だ?」

 と、ポロシャツにスラックスという身軽で新しい格好のドイツが不思議そうにぐったりした俺に話しかけた。ソファーと枕で作った簡易ベッドで爆睡している間に着替えたのだろう。

「・・・・・・なんか、すっごいやな夢見ちまった」
「大丈夫か?顔色が悪いぞ」

 悪夢の中で得体の知れない存在に為すすべもなく首を閉められた、今でも身が震える。誤魔化すように愛想笑いをするが救急箱を取り出されてしまう。全く真面目な男だ、だからこそ鼻につくし気に入っているのだけど。

「大丈夫、おはよー・・・・・・えっとここどこだっけ?」
「やはり大丈夫じゃないじゃないか」

 ようやく定まった視界に映るのは見上げる空間はベージュの壁紙とグリーンのカーテンのリビングだった。ドイツの愛用だろう、観葉植物が窓辺で元気そうにしている。

 ヴェネチアの騒動から二日が経過していた。ここは高速道路アウトバーンのから離れたドイツの仕事用の仮の拠点の一つ。ようやく二日間の自動車生活から解放されて見たのが悪夢とは、思ったより疲れているのかもしれない。

「覚えてるって、ここはードイツのお仕事の拠点のいっこー。ソファを占拠しててごめんなー」
「歌うな、お前は本当は俺が寝た客室で寝る予定だったんだがな。ほら、ハーブティーだ。ベルリンまでもう少しかかる、体力は付けておけ」
「ありがとー。あったけー、さすが健康志向の国」
「それは褒めているのか?」
「もっちろん~・・・・・・ていうか俺、行き先もよくわからないままドイツに運転・滞在先・食事、あげくに茶まで淹れてもらってるけど、どこに向かってるの?」

 勝手知ったるヨーロッパの庭といえど行き先が見えなければ不安になる。

(イタリアたちといいこいつといい、みんな妙に優しいよな、なんで?)

 政治やらが関係していない状況でここまでしてくれるイタリアたちや目の前で観葉植物に水をやるドイツに害意があるとは思っていない。だがその分気が引ける、何の利益も返せないのに世話を焼いてくれると何かしないといけない焦りがでる。

「とりあえずベルリンの向こうまで送ろうかと思っている、そこから先は自分で行き先を決めろ。そうだ、さっきお前の滞在先についてあちこちに電話をしたらロシアが「面白そうだからうちに送ってよ」と言っていた。だからプランがないなら国境付近まで行けばモスクワまでつれていってもらえるぞ」
「ロシアか、そこまでいくと本当遠くまで行ったって感じだ・・・・・・なーんかみんないつになく優しいよな、俺そんなに金持っていないんだけど?」
「金とは関係ないから気にするな、イタリアからの頼みだ。後日あいつに絵画の描き方でも教えてもらう」
「あ~、イタリアか、あいつに教わると結構スパルタだぞ?あいつの職人気質たるや、いやほんと・・・・・・ていうか、プロイセンといいスペインといい、お前もイタリアもなんでそんな親切でさ、どうしたの?」
「失礼な元々俺たちは親切で優しいだろう?そう思わねば欧州ではやっていけん」
「あっはははは、言えてる。性善説ばんざい」
「そんなに気になるなら後日ガソリン代請求書を送るが?」
「えーと、わ、割引きくかな?」

 シャンゼリゼで大量に買い物をしたことが悔やまれる。せめてジャケットの袖に仕込んだバラでも取り出して、軽い手品で彼を驚かせるべきかと考えたが、よく考えればイギリスのせいで川に落ちたのでそのジャケット自体がない。

 俺は今はモノクロのカットソーとパンツにパーカーというラフすぎる格好になっていた。あの野郎、あのジャケット高かったんし気に入ってたんだぞ、と脳内で金色毛虫の頬を引っ張ってやろうかと思ったのだが吐血の気配を感じ止める。あいつ元気かなあ、元気だろうなあ。

(俺の苦悩はつくづく謎だ)

 せめてばーかと胸中で罵る。

「・・・・・・まあ、俺に限って言えば利益がないわけではないんだが」
「ん?何か言ったか?」
「いやなんでもない、ほらもっと茶を飲め、たんと飲め。ほらほらほら、5リットルくらいならあるぞ」
「?そんなにはいらないよ~・・・・・・あー、おいしい」

 ミントティーのつんとした香りが胃のむかつきを和らげる、さっき失った水分も気力も幾分戻ってきた。あまりに出来がいい若者なので余計なことをいってしまう。

「ドイツ、お前若いくせになんで仕事できて気がつくの?そんなんだとお兄さんお前の将来が心配だよ」
「俺たちに年齢は関係ないだろう」
「そういうところがさー、ほにゃららっていうかー」

 真面目なあまり正義に飲まれるよ?とは言わない、代わりに革命の直後を思い起こす。肉体からわき出す自由の概念にあの頃は臓器がひっくり返って大変だった。まだまだあやふやなその理念を追い求めギロチンに送られた彼らはあれで幸福だったのだろうか?

 さっと深緑のカーテンが開かれると明け方だった。ここに来たときは夕方だったから半日にぐっすり眠っていた計算になる。ドイツの淡いブルーの瞳が朝焼けを反射して光り、淡々を装って彼は尋ねてくる。

「意味がわからんが、ブルストはお前もいるか?」
「作ってくれんの?食べる食べる、車でのパン生活に飽きてたんだよ、メルシーボクゥ!ダンケシェーン!」
「ん、お前にしては発音が少し惜しいな。疲れが抜けていないんだろう、横になってろ」

 全くの子供扱い、片手でソファに突っ返される。欧州の住人に甘やかされると落ち着かない。毛布に埋まると背の高い青年がキッチンへ立つ姿が見える、朝食を作るつもりらしい。自国とはいえ運転して一国を横断する彼の方が疲労も大きいだろうに、実に勤勉だ。

「イタリアは、お前になんの話をしたんだ?」
「・・・・・・んーと、あいつが考えてくれた、俺のイギリスアレルギー対策が頓挫しそうだってこと」

 困ったようなドイツの顔に曖昧に笑う。しかし俺やイタリアとて困惑しているのだ。

 イギリスが鉄壁の包囲網を突破して俺を追っかけてるらしいと知らせた電話の向こうのイタリアの声にはくらりとした。が、イタリアはすぐ話を戻してくれた。そしてこう告げた。

ーー「んー、元気なイギリスみてるとやっぱり俺の時とは状況違うかなって。だから俺から助言できることはもうないんだけど」
「そ、そっか・・・・・・」
「だからさ~一番まずいと思うことをしていればいいよ~」
「えーなにそれ?」
「何が一番辛いことか、何が一番自分がこれだけはしたらまずいこと。これをやっちゃえば後は怖くないよ~」
「強引すぎるだろ」
「フランス兄ちゃんだから~、きっと狭き門より入れるよ~」

 そんな破滅嗜好じみた教訓を囁きながら、死ぬとはどういうことだと思うと暗喩めいたことをのほほんと聞いてくる。

「幽霊っていると思う?いいや、こうかな・・・・・・人々の今と昔でできている俺たちと幽霊の違いってなんだと思う?」
「幽霊ねえ・・・・・・幽霊にしては俺たちは世俗的すぎるかな?」
「実はこの世界って幽霊だらけだと思うんだ。だって俺らはとっくの昔に死んじゃったピタゴラスの定理を、二千年後も彼の名を呼びながら使っているもん。俺は彼を知ってるけど、知らない人たちの方が多い。そうすると死ぬって区切りはいつなんだろうね?どうして死ぬことや死なれることは人の悩みの種なんだろう・・・・・・長く何かが残っていることは、それだけで幽霊に似てるなーってパスタ茹でてる時に思ったんだけど」

 さらりと小難しいことを言っている、そしてもう一度どうしてイギリスが死ぬかと思うと悲しいのかと尋ねられた。電話越しだというのに厳粛な祭壇の前で司祭に懺悔を求められている心境だ。

「それが分かったら、こんなことになってないさ」
「いいや、それが間違いだよ。どうして悲しいのか理解できれば悲しみが解消されることなんてない」

 だからね兄ちゃん、とイタリアは強く電話口で告げた。

「ずっと逃げちゃえばいいよ、逃げるのが辛くて耐えられないって思うまで。それがいい遠回りなんだと思う、死ぬほど苦しめば後は意外と自由だよ。
 俺は最初は兄ちゃんに・・・・・・」ーー


 曰く、イタリアは悩める俺にアルプスの自前のアトリエに来てもらいそこで絵を描いてもらうつもりだったらしい。そして描きあげるまで誰にも、特に悩みの種たるイギリスには決して会わずにいてもらうというもの。

(それを昔、お前はやったのか、イタリア)

 失いたくない誰かを、失う痛みと向き合うためにキャンバスに彼はなにを描いたのだろう。大切な誰か?悲しみの心象の抽象画?思い出の風景だろうか。余人の踏み込んでいい領域ではないが・・・・・・誰だろうと胸にもういない国々の面影が去来しては霧と消えた。あの夢のように白い風景に現れては赤く燃え落ちる・・・・・・今は考えるまい。

 しかしイギリスはあっさり俺の前に現れたので、イタリアは諦めて別の案を出した。俺とイタリアの気質も状況も違う。イギリスもいつまた俺のところにやってくるか分からないからと、再度の連絡を約束して電話を切った。

 聞いた後では、それも悪くない気がしてきた。結局俺の収まりのつかない感情の整理だ。芸術は感情の昇華だ。絵画でも銅像でも形にすれば、イギリスを見るときに内蔵をかき回される気持ちを処理できるかもしれない。

(今、俺が絵を描くなら、イギリスを描くのかな)

 脳内に浮かんだのはイギリスがバーカと偉そうにげらげら笑っているところだった。すごく腹立つ、こんなムカつく奴全然描く気になれない。
 あいつだけは絶対にやめようと決意する。ふっと気が抜け、ドイツに話しかける。

「なー、ドイツ、なに作ってんの?」
「起きるな。ヴァイスブルストにプレッツェルだ、白ビールもある」
「バイエルン風?とっくに過ぎたのに、さては食べたかったのに我慢してたのか?」
「・・・・・・別にお前が一晩も爆睡しているから材料を買ってみただけだ。これは作ると保存がきかんから、たまにはだな」
「まーたまた、正直に食べたいって言えよ・・・・・・ほら手伝うって、湯で温めるだけだろ?俺あれの皮むくの得意なんだよ・・・・・・」

 によによと笑みが浮かぶ。堅物の彼が無関心を装っている姿は楽しい。ハーブ味の子牛肉のうま味を思い出しつつ、キッチンに立つドイツを突っつこう、じゃなくて手伝おうとベッドから立ち上がる。

 瞬間、信じられないことが起きた。天井しか見えていなかった空間にインクを溶かしたように影が現れた。ぎょっとして見つめると空中に人の指先が生えた。

(・・・・・・え?)

 それが徐々に指先を作っていくーー最終的に宙からにゅうと腕が生えた。そしてじたばたと裸の腕が動き始める。
 目の前の光景が信じられず、その光景が目の錯覚として消滅するのを待った。けれどそれは急に近づき俺の頬をぞわりと撫でる、とより今度は腕の先からはっきりと人の形をとった。

「あーやっとでられた・・・・・・よう、少しは元気になったか?」
「・・・・・・な、なんだ、お前?どこから」

 本当におかしいのはそんなことでない。精霊のように宙にふよりと浮いて半透明なその男には見覚えがあった。

 セットされたブロンドに冷たい青い瞳の、その男は・・・・・・どうみても俺だった。俺、フランスだった。鏡でも見たことの無いような現実感に血の気が引く。ドッペルゲンガーを信じるわけではないが、普通ではないことが起きている・・・・・・。

「普通じゃない?俺たちは最初から普通じゃないさ。
 人間だけど人間じゃない。人で出来ているけど人になれない、強大で曖昧な。この世界の理不尽そのものさ」

 理屈に合わないことばかりで今まで辛かったろう?と頭を撫でられる。

「心配するな、神様はな、お前が思っているほど残酷じゃないんだ。お前に俺を遣わしてくれるほど慈悲深い」

 額を指先で弾かれる。接触した瞬間に悪寒でその場を飛び去り、飛び去った先で片膝をついてしまう。捕まってしまうと身構えるとそいつはそれ以上はなにもせず、ただニヤリと笑い、墨の水に溶かすように宙に消えた。

(神さま?・・・・・・なんだあれ?)

 俺とは少し違うアイスブルーの瞳から感情が全く読みとれずぞっとした。それだけでない、なんで瓜二つ?神が遣わした?じゃああいつは死に神で俺は死ぬのか?え、え、なんで?

「死ぬ?俺が?・・・・・・馬鹿馬鹿しい、国家も国民も安定してそんな時期じゃ。なんだあれ、夢の続きか・・・・・・なんだってんだ?」
「・・・・・・おい、大丈夫か?」

 見上げれば二つのトレイを持ったドイツが重病人を見るような目で俺を見ていた。






 絶句して宙を指さして何か出たと叫ぶ俺は錯乱していると判断された。

 明け方とともに食べるはずのヴァイスブルストは取り上げられ、パン粥が提供された。くそう、俺はあのブルストの皮をナイフとフォークで鮮やかに剥くのが得意でドイツに自慢してやろうと思ってたのに。

(なんだあの幻覚)

 疲れているんだろう。あの後鏡の位置を確認したが、リビングにもキッチン周辺には全くなかったので幻覚幻聴だろう。

「朝食程度でそんなにむくれるな、そういうところはイタリアと似ているな」
「はっはははは~、やっと町だ!保存食じゃない!町がドイツだ!ドイツ娘かわいい!・・・・・・むくれてないっての、このフランス兄さんがそんなスマートじゃないことしないって!」

 正午過ぎ、三時間のドライブを終え、俺はドイツと休憩がてら待ち歩きをしていた。にぎわう人々が楽しそうで、気分も和む。

「買い食いもほどほどにしろ、昨夜から顔色が悪い」
「えー朝鏡でチェックしたけどばっちり美しい俺だったよ?俺は屋台で山のようにお前の家のソーセージ食べたい気分なだけ」

 わざわざパン屋で買ってプレッツェルを渡してくれるドイツに口を尖らせることもないのだが、どうにも余裕のある態度がとれない。両手一杯の焼きブルストは正直食べきれる自信がない。でも朝見た顔色は本当にいつも通りだったのだ。堅物は心配性だ。

 ここはベルリンの手前の中規模程度の都市だった。適度に自然があり文化があり、中世風の町並みが歩いていて楽しい。だから別に朝食を病人食に変えられた仕返しに買い食いを始めたのなどではない、断じて。

「俺ってば世界の都会代表に住んでるから、たまにこのあたりのジャカイモ風料理が食べたくなる発作がさ~」
「ほう、それではうちが田舎ということか?ガソリンの請求書は割増で届けた方が良さそうだな」
「ちょっと!?ごめんごめん、悪かったって、えっとうち以外は田舎とかそういう意味じゃないから!」
「五割増にしておく・・・・・・電話だ、しばらく待て」

 誰だろう、邪魔にならないように電話中ののドイツの前で行儀よく立ち食いして待っている。素揚げのジャガイモをこれ見よがしに半分に割り鮮やかな断面をみせ、ソーセージも同様にきれいな音を立てて二つに割りいい匂いを充満させる。

 そしてそのまま食べるとドイツの目に殺意がのぞいた気がする・・・・・・まあ優しくされすぎると居心地が悪いのだ。あー、小腹がすいた若者の前のソーセージおいしー。

「兄貴、だから何の用だ!・・・・・・は?昨日ホテルに拘束していたイギリスが逃げて、今は戦闘中!?あなたともあろうと人がなにをやっているんですか!?・・・・・・ここはベルリン近くですが、あなたは今どこですか?・・・・・・え、まきびし?手裏剣!?なにを言っているんだ兄さんっ!?」
「・・・・・・あー、本当にごめん・・・・・・本当にあの海賊紳士暴れるとバカ強いししつこいから」

 脳内で箒を持ったイギリスとちりとり二刀流のプロイセンが戦い始めた。こうじゃないと思うが、こんな感じだろうか・・・・・・まだ追いかけられているらしい。本当にしつこいし強情だ、初めて会った頃から本質は変わらない。生き延びる資質を持っている。

 群衆に注目されるのも気にせずドイツはスマートフォンに大声をあげて、最後はうなだれた。ごめんなプロイセン。

「くそ切れた!・・・・・・そんな風に落ち込むな、お前らしくない。みんなの道楽のような面もある、お前は気にして顔色をそれ以上悪くするな」
「えー?俺フツーだよ。道楽ねえ、俺としては俺とイギリスの最近の噂とやらが道楽になってたことが気になるけど」
「俺はお前たちの噂話には参加していないからな」
「へーあらましとかしらない?なんかドラマ2シーズン分って聞いたんだけど」

 世間話のつもりだったのが、うなだれてスマートフォンを見ていたドイツはさっと顔色を変えた。ちょっと頬が赤い。

「は、破廉恥な話をするな!」
「え?ちょ、何噂してたんだよマジで。なんかちょっと興奮してきたから、言ってみなさいよドイツ~」
「俺は何も聞いていない、俺は何も聞いていない」
「何も知らない子はそんなこと言わない!どのレベルの破廉恥さまでいっちゃったの!?」

 おちょくったつもりはなかったんだが、食べ物の恨みが炸裂した。

「俺が電話している間に目の前で一人でブルスト食べ始めるやつの質問になど答えん!」
「げ、今更それ!?わ、悪かったって、ほらほら~ドイツ~、まだたくさんあるよ~」

 ずんずん歩くドイツは結構本気ですねているようだ。機嫌取りに屋台の戦利品を機嫌取りに渡そうとする。食い意地で感情を露わにするなんて可愛いところもある。

 雑踏に三歩ほど先ゆく一番暖かい焼きブルストの包みを掲げ、おーいと笑って手渡すーー。

「あ、これうまいな」

 つもりだったのだが、宙から生えた腕がひょいと包みを奪われた。見覚えのある顔が包みの中身をばくばくと食べ始めた。

「そんな風に子供扱いしたら余計に怒るって、分かんないかな~?若造の気持ちってのが」
「な・・・・・・な」

 早朝現れたドッペルゲンガー?だった。変わらず俺と同じ姿をしているが、服装だけは俺が着替える前の服装だ。神の遣いを自称していた割にブルストを三本平らげるとそいつは俺の顔の前で手のひらをひらひらと振る。

 恐れから俺はそいつの腕を掴んで引き倒そうとした。しかし屋台の包みは持てるはずのそいつの腕は振れると幻のようにすり抜ける。
 ごうと耳元で風が空を切った。そいつは包み紙を持ったまま俺の肩に飛び乗った。重さはまるで感じない、食べたはずのものの重さもなにも。

 そのくせ存在感は人間や国より、はっきりしている。

「無駄無駄、俺は捕まえられないよ」

 そのまま肩を蹴られ、そいつは群衆の中の越え、飛び去ったまま宙に浮いた。3メートル程度だろうか、そこでぴたりと止まる。

「まあ、そう邪険にすんなって。俺とお前の仲だろう?」
「仲?・・・・・・見たことも、ないっての」
「鏡で毎朝見てるだろ?いやだねえ、身だしなみの一つもできない位参ってるの?」
「・・・・・・まるで、見てたみたいに」
「見てたよ、髪のセットがなかなかうまくいかなかったよな?・・・・・・あ、今朝は首締めてごめんな?俺にも事情が」

 意味不明な言葉にかっとして、宙を掴もうとする。そこでドイツに肩を掴まれた。心配そうな顔だ。

「どうした、何もないところに話しかけて」
「何もないって」
「幻覚か、やはり休んでいた方がいいな。来い」
「ちょっと待てよ!・・・・・・ドイツ、お前あいつが見えてないの!?」
「はあ?・・・・・・何の話だ」

 俺の指さす先を数秒凝視した後、そんなことを言う。本気の目だ、あんなにはっきりと俺を嘲笑しているのに?
 ドッペルゲンガーはけらけらけらとそんな俺の様子を楽しそうに笑っていた。ーー今度は今朝と違い消えてくれないらしい。

 ドイツに車まで引きずられる俺は文句一ついえなかった。だって「そいつ」は空を飛んだと思えば、俺が移動すると同時についてきた。何度か人にぶつかるが、幽霊のようにすり抜ける。さっきまで食べていたものはなんだったんだ。

 そしてだんだんと近寄ってくる。俺は逃げようとしたがどこに逃げればいいのかわからず(そもそも首根っこを押さえられている)、接近を許してしまう。

 じいと睨むとそいつは天使のように微笑んだ、悪魔のようにかもしれないが。そして俺の後ろに回ってくると、あろうことかぎゅーっと俺の胴体に抱きついた。高級の羽毛が抱きついたらこんな感じだろうか、夢見心地な感触だ。そして後ろにいるはずのドイツは当然のように気がつかず、そいつ自体ドイツをすり抜けていた。

(幽霊?)

 この世は幽霊の巣窟だと言ったイタリアの言葉を思い出したわけではないが、幽霊という表現がぴたりとはまる存在だ。この二十一世紀に・・・・・・ふざけている。

「ごめんごめん、脅かしすぎたな」
「・・・・・・何のつもりだ、お前は誰だ」
「俺は「フランス」だよ?」
「それは、俺だろう」

 それも間違いではないとそいつは俺から離れて、至近距離にぴたりと浮いて自分の唇に人差し指を当てた。秘密とでも言いたげに。

「むかつく隣人のことで悩みがあるんだろう?俺が助けてやるよ」

 言葉の気軽さに反して、アイスブルーの瞳が冷たい光で宣告した。





つづく






あとがき

 メシテロ目指していたけど、いろいろ失敗した感が否めない。



ドイツご飯豆知識(ことりっぷとネットの知識です、間違ってたらごめんね!)

ヴァイスブルスト(白ソーセージ):
昼の鐘までに食べろというバイエルン地方のドイツ料理、これとプレッツェルと白ビールがミュンヘンの王道朝食の一つ。保存が利かないので昼までに食べろというらしく、現在では冷蔵庫で数日は持つらしいが地元っこからすると邪道らしい。朝からビールとは、さすがドイツ・・・・・・。
作り方が焼くでも茹でるでもなく、お湯につけておくという変わったもの。あっさりめでハーブの味がよくきいている。皮をむいて食べるのですが、端っこを切って中を啜るやり方とナイフでうまく切って取り出す食べ方があるそうです。ぶつ切りにしても食べられますがそれも地元っこからすると邪道らしい。

焼きソーセージ:
ドイツの屋台でメジャーな軽食、長いものから短いものまで多様だそう。ググって画像検索すると・・・・・・とてもソーセージです・・・・・・。


なんか豆知識

お兄さんの革命:
革命とナポさんが有名ですが、革命からナポさん登場するまでのギロチンの嵐とナポさんが去った後の王政→共和制→王政→共和制・・・・・・の流れもなかなかカオスです。自由や平等は難しいですね。



2015/06/17

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