「 お兄さんはお隣さんにお悩み 6 」










 ベルリン近郊道路。誰もいない早朝のアスファルトの道を俺とドイツを乗せた車がぽつんと走っていた。

「兄さん!大丈夫なのか!?・・・・・・え、俺は今運転中だが、そんなことよりイギリスとの交戦はどうなっているんだ?
 あいつを説得か拘束できたのか?・・・・・・え、ニンジャ?カトンの術?」
「イギリスがごめんね、ドイツ。いや本当ごめんって」
「お前は幻覚みたんだから寝てろ!」

 せっかく謝ったのにフォルクスワーゲンの助手席に叩き返された。う、裏拳に近かったぞ、今の!ホントに病人労ってるの!?・・・・・・ていうかお前、運転中に電話とか、そんなに兄ちゃんが心配かよ。

 微笑ましく眺める。さすがに車のスマートフォン専用スタンドに本機は置き、両手はハンドルだ。その向こうにドイツの森が黒々と茂っている。あ、リスがいた。

「兄貴・・・・・・兄さん?応答しろ、してください・・・・・・分身の術?火を吹いた?天井に貼り付いて移動した?・・・・・・な、何を言っているんだ!?日本はニンジャは既に滅んだと言っていた!しかもイギリスはヨーロッパで・・・・・・まさか百年前の同盟時に忍術を!?」
「・・・・・・ぐーぐー」

 とんでもないやりとりをしている気がしたが、大人しく寝る。すると幻聴が聞こえた。

「はぁーいっ!お待たせ!ダサいものを全部スマートにしちゃう世界のフランスお兄さんだよ~!」
「・・・・・・ぐぬぬ」

 空中に俺そっくりな存在が浮いていた。幻覚なのだろう。百キロは出ているのにフロントガラスの前で腰掛けているのに髪の毛一つ揺れない。俺のパリにあるはずのお気に入りのスーツもはためきもいない。セーヌ川の横を散歩する時のようにそよ風に揺れているだけ。

 このドッペルゲンガーは昨日から俺に付いて回っている。

「おやおや、寝たんじゃなかったの?狸寝入りなんてスマートじゃないよ~」
「ぐーぐー!」

 もう一人の自分に話しかけられる幻覚。仮に俺はドッペルと呼んでいた(心の中でだけだ!)。こんな幻聴まで伴ってるなんて俺はとても疲れている。

 この三ヶ月イギリスのせいであまりよく眠れていなかった。食事もなかなかとれなった。その上にパリからヴェネチア、今はベルリンに向かっている。予定にない長旅だ。

「まったくもっともっと、世の中スマートになってよ!あと俺への愛が足りないよ~!」

 以上の根拠で目の前でふよふよ浮いている俺そっくりのドッペルゲンガーを無視する。この野郎、フロントグラスの上でへらへら笑いやがって。
 俺はそんな薄っぺらく笑ってない!もっと上品だ!運転中のドイツの前で踊るな!・・・・・・いけない、幻覚を真に受けている。

「くそっ!また切れた!・・・・・・忍術だと?日本が滅んだと言っていたのは嘘だったのか?なぜだ・・・・・・なぜそんな嘘を?映画に出演してほしいといっただけではないか、なぜだ日本!?」
「ドイツお前最近どんなエロ本読んでるの~?なんなら俺がおすすめ教えてやるから、もっと俺を敬い愛せよ~」
「・・・・・・ぐー」
「なぜだニンジャ・・・・・・ぐす。ごほん・・・・・・フランス、来月の会議の議題についてだが」

 ドッペルゲンガーは大げさに嘆きつつ運転しているライトブルーの瞳の前で手をひらひらさせていた。重力も慣性も無視した動きでドイツの周りを三周ほど泳ぐ。水槽の金魚かよ。
 スルーしてドイツだけに目を合わせる。くそ、俺の寝たフリはなんだったんだ。

「ああ、それは前に相談したとおりでいいから」
「そうか、では相談通りで進めておく」
「最近貿易赤字とか辛いよな~、風邪引くほどじゃないけど。基幹工事もしないとならないし世界一の観光地も辛いねえ。
 本当金のかかることばかり。世の中スマートじゃないよな、俺~?」
「・・・・・・」
「本当お金と人の問題はいつでも大問題だよ。俺んちも○○とか●●とか△△でさ~。×××とかもう最悪~」

 国家機密をべらべらと喋りまくる幻覚。

(しかもドイツの横じゃん!別の国の前で話すな!そもそも俺と一部しか知らないことをどうして知って・・・・・・いかん、当然だ。俺の幻覚なんだから)

「●●とかは結構△△でいい感じだったよな~。それで○●××△△~♪」
「フランス、車酔いはないか?」
「・・・・・・酔わない方だから」

 ドイツにはこいつは見えていない。だからこいつは幻覚だ、真面目にとらえたりしてはいけない。まして返事はしてはならない。それこそ病人だ。
 しかし国家機密を横でべらべら喋られるとうっかり返事をしそうで辛い。

「こうやって高速道路走ってるとドイツも悪くないな、俺はドイツの城好きだよ。お陰でなんだかんだ統一遅れたのかもしんないけど」
「・・・・・・ぐー」
「寝たのか?」

 頬をつつかれているのは、触覚を伴う幻だからだ。たとえば俺の美しいブロンドがいつの間にか二つ結びになったのはさっき間違えて一つと二つを間違えたんだろう。そもそも結んだ記憶はないがそうに決まってる。

「なんだその髪は?パリの流行か?」
「・・・・・・ぐー!」

 見られた!髪を解きつつ居眠りを続行する。ドッペルはハイテンションなままペラペラ喋り続ける。

「ぐーぐー」
「寝たフリをするな、ところでフランス」
「生まれたばっかりのドイツはちっこくてかわいくて・・・・・・お兄さんちょっと過ち犯してもいいかなって思ってたんだよ~」
「俺はそんなセクハラちっくこと言わない!」

 世話になってる相手に失礼な悪霊に返事をしてしまった。
 急ブレーキ。空中にツッコミをいれたことでフォルクスワーゲンが路肩に寄せられる。

(悪霊に返事をすればとりつかれるのは怪談の相場だってのに)

 無視を決めていたのに、泣きたくなってきた。くそ、これもドイツが妙に親切なせいだと恨めしく地面を見る。優しい相手には優しくしてないと後ろめたい。

 停車後に車の外へ連れ出される。徐行の後に前後左右を確認したドイツは無言で額に冷たいものを貼ってくる。濡れタオル?

「ひえぴた、だ。この前日本にもらった」
「冷たいし、落ちてこないから便利だな」
「お前のハラスメント行為はいつものことだろう、問題だが空中に説明しなくていい。車に酔ったんだろう、お前が生き甲斐のセクハラを否定するとは」
「そんな目で俺を見てたの!?」

 心当たりあるけど!心当たりしかないけど!

「幻覚幻聴は続いているようだな。心配ない、お前は自覚症状がちゃんとある。フロイトとユングを生んだ我が家にかかれば大丈夫だ」
「え、それはオーストリアじゃない?」

 しまった、どうやら禁句を言ったらしい。ベートヴェンの出身地でも大論争になったという話は二十世紀の医師たちにも適応されるらしい。

「イギリスの話だが・・・・・・結構近くまできているらしい」
「プロイセンに面倒かけていな、あとで菓子でも焼いて機嫌とるか」
「いやあれで全力で肉弾戦をできるのは喜んでいるのだが・・・・・・イギリスはあれでしぶといからな、いやニンジャは気のせいだろう」
「・・・・・・そだね」

 ドイツははっと目を見開いた。ドッペルの言う小さな子供のドイツのように、まん丸な目。初めて会ったのはウィーン会議の頃だっけ?
 森の背景にした彼はしっくりと馴染んでいた。彼の国土に彼が馴染むのは当たり前なのに、そんなドイツは俺はとても新鮮だった。

「すまない」
「へ?何が」
「イギリスのことで悩んでるお前にそんな話をすべきではなかった」

 彼は誤解をしているのかもしれない。俺は数十年前イギリスと歩いているところを狙撃され、俺は軽傷、イギリスは急所を二カ所撃ち抜かれて死んだ。その話をしたせいで俺が悩んでいる原因はその事件のせいと思ったのかもしれない。というかその方が自然だ。

(いや、その事件に関係ないと思う方が不自然だよな。単純にいつか死ぬんだと思ったら吐血したとかの方が意味不明だ)

 ドイツの解釈は当然だろう。大人しく手当を受けているとドイツから少年の面影が消えた。急に老成した眼差しが妙な錯覚。

「フランス、俺たちにとって死ぬことは辛いことだろうか?」
「は?そりゃ、いやだろ」

 国の化身だって死ぬのはイヤに決まってる。

「そうか・・・・・・そうだな」

 そういったドイツはどこか迷子のようだった。背後の森に飲み込まれたように頼りない。さっきのリスみたいだ。








 ベルリンの街は整備され、洗練され、まあドイツっぽかった。真面目で優秀で・・・・・・まだまだ二十世紀の気配を感じる。進歩と過去の爪痕の気配だ。

(そしてドイツがその気配を消したいのも伝わってくる)

 いつの時代も同じだろう。真の元凶などいない。誰のせいと誰かを責められるなら、もっと争いは長引かなかっただろう。当然俺も無関係じゃない。数十年前勝った側の俺を責めるものもいれば、負けた側のドイツを責めるものもいる。それが正常な反応だ。

 生真面目な中央通りで俺はカリーブルストをかじってドイツを待っていた。色々言い訳していたが、プロイセンが心配なんだろう。三十分後に集合ということでそのまま突っ立っている。もっとゆっくり電話くらいかければいいのに。

 ベルリンは街ゆく人は忙しいそうで洗練されていた。沢山の種類の人々が現れては消える。中には可愛い少女や美しい女性、円熟したマダムまでよりどりみどりだ。

「この調子じゃなけりゃ、声くらいかけるのに・・・・・・」
「はぁ~い、そこ行く麗しのお姉さん!このバラを受け取ってくれない?この花は君に捧げられる為に生まれてきたと思うんだ」
「だああああっ!」

 空気を読まずナンパしているドッペルを女性から引き剥がす。といっても触れられないので俺自身が横十メートルほど移動する。するとドッペルは俺の移動とともに十メートル移動する。

(行動半径は、俺の五メートル程度だな)

 さっき返事をしたことで幻覚とのコンタクトを避けることは諦めた。病だとしたら悪化しているのだろうが、気になって仕方ない。なので行動範囲くらいは把握したのだ。

 人気の少ない通りに引き込んでやる。これでナンパできまい、ふははは。

「なんだよ~、愛がないなお前。美しい女性はいつでも美しい花を捧げられるべきなのに。ヴェネチアでイタリアに何を教わったの?」
「へっ、ざまみろ」
「・・・・・・ふふん、普通に会話してくれるとは俺を認めたな?」
「ぐ、ぐぬぬ」

 めげていないらしい。ーー万が一、誕生メカニズムが謎の俺たち化身たちのバグかもしれない。そう思って幻覚から、バグに格上げしてやったのにドッペルは偉そうだ。

「で、お前は何者だ?」
「俺はフランスだって言ったでしょ?・・・・・・いや、こう聞くべきかな。お前はそれでもフランスか?」
「はあ?見れば分かるだろう」

 アイスブルーの瞳がうっすらと光る。俺とドッペルの外見の違いはその瞳の色だけだった。その目がまるで引っ越し前の整理すべき家具として俺を見ているようだ。冷酷な眼差しがひやりとお気楽な雰囲気を消す。

「お前な、それで「フランス」のつもりなの?イギリスのことで悩んでこの三ヶ月、ナンパもしない、絵も描かない、笑ってうまく立ち回ることできない。そういう奴は「フランス」とは言えないんじゃないか?」
「貴様に関係ないだろう。俺にだってそういう時くらい・・・・・・」
「フランス国家が変化していないのに、お前が悩むのはオカシイだろう。お前がフランスらしくないなら、お前はフランスじゃない。鶏と卵が逆だ」
「言葉遊びをするつもりは」
「国の化身のくせにその国らしくない、つまりフランスらしくないお前は、間違っているーー実体のない概念が身の程知らずに一人の人間ぶるな」

 全身に鉛玉受けても数日で蘇るくせに、と囁かれ殴りかかる。空中を掴むだけだったが黙っていられない。大気相手に格闘しているとそいつはこともなげに言った。

「さっきの話、最終的に俺はお前と同化する」
「えっ・・・・・・はあっ!?」

 拳の勢いに振り回され勢いで転ぶ。それ以上の衝撃をその言葉から受けてしまう。膝をついているとそいつは俺の左の胸の方に手を延ばし、心臓のあたりを貫いた。実際にはすり抜けるだけだが、ぞっとする。

「こんな感じーー言ったろう。俺はお前を助けに来たんだ」
「助ける?・・・・・・何から」
「辛い感情から。故郷を離れて、ケリがつかない旅までして。そんなもん、ちゃんとデリートしてやる」
「・・・・・・感情を、デリートする?」
「そ、フランスらしくないお前はちゃんと修正してやる」

 ぽんとそいつに何かを投げられる。とっさに受け止めてしまうと、それは手のひら程度の小さな砂時計だった。きらきらしたガラスでできていて少し思い、ただし少し奇妙だ。

「なんだこれ、砂が入ってないじゃないか。上の方にゴミが入ってるし」
「それには少しずつ砂が増えていく。ただ変わっているのは本当だ。今は空に近いが砂は徐々に増えていく。そして下に溜まって、溜まりきると上に落ちる」

 なんだそのあべこべ時計?手のひらの砂時計をもう一度見るとそんな奇妙なものには見えない。きらりと光る光沢はクリスタルガラスを思わせるが普通の品に見える。重力に逆らう力は無いように見える。

 そしてふと気がつき、砂時計を指先で摘んで身体から遠ざける。

「まずい、ついに幻覚からものを受け取っちゃった!呪われる!」
「だから俺は幻じゃないって、それはちゃんと手に取れるだろ?」

 信じがたいが、幻覚から受け取ったそれは確かに手に取れた。しかたなく手のひらでしげしげと見つめる。安物にも高級品にも見える。目利きには自信があるつもりだが、全くその価値が計れない。その点だけは異常な砂時計だった。

 そして俺は砂時計をアスファルトに叩きつけた。悪魔からもらったアイテムなど身につけるべきではない、即破壊するべきだ。しかし、確かに力を込めたのに壊れない。

 舌打ちして踏み壊そうとして止める。そのまま砂時計を置いて走り去る。得体の知れないモノには関わらないのが一番ーーと百メートル走る。ようやく安心すると、白金砂時計いつの間にか手の中に戻っている。心なしか先ほどより砂が増えている。

「嘘だろ・・・・・・?」

 タイムリミットと逃げられないという言葉が頭の中をぐるぐるとかき回した。棒立ちになっていると悠々とそいつは追いついた。

「砂が溜まりきった時、俺はお前と同化する。コンピューター風にいうと俺はワクチンだ」
「ウイルスに感染した記憶はない」

 それ以前に俺は機械でも情報端末でもない。

「どうしようもないことで悩んでるじゃないか!世界のフランス兄さんらしくない!それは結構危ういことなんだ・・・・・・フランスっぽくないフランスなんてつまらないのジョークだろ?」
「やめろ、そんなやり方、まるで」

 まるで道具のような。俺という個人や記憶は、ただの余分なものような。

「とにかく俺と同化すれば、記憶の整理整頓が行われて、今の悩みはきれいに忘れる」
「・・・・・・冗談じゃない!」
「俺たちって存在が人格を保ちつつ、永遠に発狂しないのはこういう仕組みのおかげだ」
「そんなSFじみたこと信じられるわけ!」
「俺たち自体、すこしふしぎな存在だろ」

 空気を殴りつけるのも意外と疲労する。通行人に妙に思われることに気がつき、街路樹にもたれた。何かに縋らないと悪夢に飲み込れそうで・・・・・・怖い。

(それって、今の俺は死ぬってことか?)

「俺と同化すればこの三ヶ月の記憶は綺麗に消える、あとイギリスとの思い出もいくつか記憶の底に封じる・・・・・・デリートなんて物騒な言い方はよくないな。俺は悪夢を和らげるための睡眠薬程度のモノ」
「睡眠薬・・・・・・」
「お前はただフランスらしくいてくれればいい・・・・・・特異な存在として大変なことも多いだろう、貧しきものの寂しさも権力者の寂しさにも寄り添って見守ってきただろう。「お前たち」はそれで十分だ、余計なモノは見なくていい」

 ドッペルはヘたり込む俺を優しく抱きしめた。さっきまで空気としか思えなかった存在が不思議と暖かい。

「可哀想に、苦しかっただろう。もうすぐ助けるよーー元の朗らかで楽しいフランスに戻してやる」

 慈悲深い笑みに手を伸ばしかける。しかし砂時計が手からこぼれ落ち、がしゃんと音を立てる。警笛を鳴らしたような大きな音で正気に返った。

「余計な真似をするな。・・・・・・どうせお前は俺の幻覚だ。ただの悪夢なんだ。今の話だって昔見た映画か何かの引用だろう・・・・・・何を言われても次にぐっすり眠れれば見えなくなる」
「最後にぐっすり眠れたの、いつだっけ?」

 襟首を掴むが空気しか掴めない。

「俺たちは人じゃない、でも人に姿と心に影響を受けずにはいられない。俺はお前の心身の健康のために存在する」
「記憶をいじるのが、健康管理だって言うのかよ」
「肉体の一部がオカシくなって、切除しないとならないときもある。なあイングランドだった頃からあいつを知っているだろう?かつては争ったが今は休戦協定を経て、なかば同盟。人間ならあいつはお前にとって」

 その先は言うな。それこそ人ならざるものには関係のない感情で、俺以外は知らないことだ。

「うるさい、消えろ」
「いつも思ったより強くて、でも変なところで抜けてて、肝心なところでいれ込みすぎて、意外といい奴」
「言われなくても!」

 俺が一番知ってる。

「今更イギリスが死んだら悲しい?変だな、どうでもいいじゃないか。だっていつかは死ぬものだし、今までも沢山の国が生まれては消えた」
「そんな風に割り切れるか。お互いに国民の移動がどれだけあると思っているんだ。文化的な影響も大きい。急にイギリスが消えたらうちの国民だってどれだけ悲しむか」

 だから俺が悲しいのは当然なんだ!俺の心は国のみんなの副産物なんだから!

「急には死なないさ。あいつも強い、死ぬときは手順を踏んで消滅するさ。国のみんなもその手順と時間で納得してくれるーープロイセンみたいに」

 まああいつは妙な形で生かされているけどと曖昧に笑う。

「副産物という表現は正しい。だから国民のイメージにそぐわないお前は直してやる・・・・・・そうじゃないと辛いままだぞ?今でもみんなに助けられながらなんとか立っているだけじゃないか。そんな風に助けられて負い目を感じているくせに」

 イヤな幻覚だ。殴れない、口は減らない。イギリスより最悪だ。あいつとなら喧嘩くらいなら出来るのに。

「顔も見れないから、今は出来ないだろ?」

 心が丸見えなんて悪夢だ、こいつは悪魔だ。悪魔はピエロのようにおどけた。芝居がかった仕草で大げさに肩をすくめる。

「だって今更あいつが良き友人の一人だって気がついたんだから」
「黙れ!」

 悪魔は沈黙しない。天使のように優しく俺を撫でると宙に消えた。










 呆然と待ち合わせ場所に戻る。時計を持っていないので、待ち合わせに遅れていないだろうか。
 ドイツはどこだろう?誰でもいいから国の化身に会いたい・・・・・・いた。

「ドイツ」

 百メートル先ほどの場所。そこにドイツは立っていた。なにかをぼんやりと見ている、地面?

(あ)

 話しかけてはいけない気がして呼吸を忘れる。ドイツが見ていたのはベルリンの壁の跡だった。場所によってはアートや記念館になっているが、そこには白線しかかつての壁を示すものはない。


 そんな場所で涙を溜めているなんて。


「ドイ・・・・・・」
「ドイツ、なーに泣いちゃってんの!?」


 突如出現したドッペルゲンガーは俺を追い越してドイツに走っていく。止める間もなく彼らの距離は0になる。


(馬鹿馬鹿しい、ドイツには、俺以外にはお前は見えないーー!)

「なんだ、フランス?いつの間に」


 ドイツは俺を見ていなかった。ドッペルをフランスと呼んでいた。視界が真っ白になる・・・・・・そこから三十秒は記憶にない。

 気がつけばドイツの顔を殴っていた。

「ふざけるなよ!ふざけるなよ!俺はここ!ここにいるだろう!」

 まだ消えていない!と呆然とした青年の襟首を掴んで地面に引き倒していた。ライトブルーの瞳がただただ驚き、戸惑っていた。

「フランス落ち着け、お前はここにいる」
「さっきのは俺じゃない!俺は、俺はーー」

 もう一度拳を振り上げた瞬間。真っ白になる視界、甘い匂い。気がつけば俺は地面に叩きつけられていた。

 アスファルトの固さが徐々に頭を冷やす。顔全体が痛い、何かものを叩きつけられたらしい。忌々しいことにドッペルは消えていた。

 誰がやった、ドイツ?・・・・・・彼は頬を腫らしたまま呆然と俺を見ている。なら無抵抗の青年を殴る理不尽を許さない正義感の強い市民だろうか。

(・・・・・・ていうか甘い?)

 ああ、なにも悪くないドイツを殴ってしまった。誰か知らないが、殴られていっそほっとする。でもこの甘いクリームのようなモノはなんだ?甘い制止だなんて斬新だ。

(まるでナッツとクリームみたいな、どこか覚えがあるような)

「年下相手に何をしているのですか、フランス」

 だから貴方はいつまでもお下品だとかおバカとか慣れた罵声で罵られる。視界を塞いでいたのは生クリーム付きのクーヘンだった。・・・・・・顔から生地を剥がすとオーストリアの澄んだ瞳が思いっきり俺を軽蔑していた。



つづく




間違っているかもしれない豆知識

 SF・・・・・・サイエンスフィクションの略称。が、初期の名称はサイエンティ・フィクションである。のちにスペキュティブ・フィクションとか他にもいわれれている。日本では空想科学小説、未来科学小説などと言われている。

 SFの定義は困難であり、サイエンス・フィクションはその時そう呼ばれていたもの、くらいアバウトで幅広いものだったりする。なのでいつがSFの始まり?と聞かれると謎な気もする。聖書や竹取物語もシェイクスピアのテンペストもよく考えれば入るんじゃね?とか言われているくらいだから、裏地球とか出てきたヘタリアも入ろうと思えば入れるかもしれない(そんな必要ないけど)。

 ほかにも様々な略称が存在するのは時代によって定義が異なる故ともいわれる。日本ではシャレで「すこしふしぎ」ならSFということもある。



2015/08/10








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