【仏誕遅刻】 風邪ひき兄ちゃん、紅茶紳士看病される





ある晴れた日のフランスの誕生日のこと。イギリスは足早に石畳の道を歩いていた。

「あーのーばーかー」

なんで誕生日パーティーに主役が遅刻してんだよ!

誕生日パーティーはささやかなものだ。

元々メインの式典の終わった化身たちだけの打ち上げのようなものだ。ヨーロッパメンバーと縁の深い国が身内感覚でワインとつまみでワイワイ。それが慣例だ。
イギリスとしては、フランスのワインを飲むのは毎年気が進まない。けれど独立記念日が過ぎても落ち込んでると思われるのがイヤでだいたい出席はしていた。

けれどフランスはいつまでも会場に来なかった。誰からの電話にもメールにもチャットサービスにも反応しない。

イギリスはどうせセーヌ川でも眺めて遅刻しているんだろうと放置を推奨した。最初はみんな賛同していたのに、暇だし菓子でも作ってやると言うと全員から「主役がいないとはとんでもない! 早く迎えに行ってくれ!」と会場を追い出された。
新しいレシピを試したかったのに。まあ火炎放射機が無いと火力が足りないだろうから、レシピ通りの硬さにはならないだろうが。

(やっぱ南の方の空の色は違うな)

パリは憎たらしいほど快晴。抜けるような空の色に思わず見とれてしまう。

てくてくと辿り着くあの場所。街角を曲がれば、見慣れた一軒家に薔薇が美しい。けどあいつがあの薔薇をろくな場所に飾らないから褒めたことはない。そこにはパンツでも履けばいいだろう、人前で全裸になるとは信じられない奴だ。

そしてイギリスは必要以上に踏ん反り返ると、勝手知ったる隣人の家の扉を蹴りあけた。

「おい、馬鹿髭! テメーの誕生日パーティーを忘れるとはいい度胸して……!」

むぎゅ。ぐげぇ。
不気味な音が足元で聞こえた。

恐る恐る足元に目をやる……不吉な感触はフランスの頭だった。玄関のトリコロールカラーの玄関マットにうつ伏せで倒れている。

「ちょ、フランス……お、おい?」
「……きゅう」

恐る恐る足を上げるとさらさらのブロンドにくっきり足跡。うんともすんとも言わない。意識がないのだろうか……?

目を回した顔に近寄り、額に触れると酷い熱だった。




なんだか優しい歌が聞こえる。

(天使みたいな声だ)

瞼が重くて何も見えない。だから初めに目覚めたのは触覚。全身が包まれているのは干したばかりのシーツのシャンとした肌触り。

(気持ちがいいな)

リラックスすると視覚と聴覚が復活する。穏やかな声と柔らかな微笑みの似合うその姿は。

「坊ちゃん?」
「ん、起きたのか?」

眉毛の隣人だった……前言撤回。常識派ぶりたがるくせにいつもズレた隣国は歌を続けて、によによ包丁を操っている。

「坊ちゃん……なにしてんの?」
「風邪ひいてるみたいだから、りんご剥いてやってんだよ」

なんだその新大陸用お節介。そういうのはアメリカにくれてやれ……と抗議すらできない。

(しかし、酷い気分だ)

見れば自室のベッドの上だった。トリコロールカラーの原色をできるだけシックに揃えたいる。そんなインテリアは昔イギリスに「うわ派手」と言われたムカつく記憶がある。そのムカつく男は紺の布張りの椅子に赤と白の幾何学模様のクッションを敷いて、すぐ横にいた。

庭仕事になれた手はサイドテーブルの上の皿に上手く皮を落とそうとリンゴにナイフを向けていた。しかしその持ち方絶対おかしい……クマと戦うつもりか?

「お前、体調管理くらいちゃんとやれ」

非常識な持ち方の男はえらく常識的なことを言った。だいたいなんだその前衛的な切り口は、りんごに刃物を突き刺すオブジェ? なんでナイフが三本もあって、すでに一つ突き刺さってるの? というかほとんど芯になってじゃないかりんご。

リンゴの人権について苦情を言ってやろうとしたら、水音がしてひんやりと額に手の感触り。

「まだひでー熱だな、冷やしとけ」

サイドテーブルにはりんごらしきものと洗面器が置いてある。その上でしっかりとタオルを絞り、フランスの額に乗せる。

ひんやりとして、気持ちがいい。

「お前さあ、なんでここに……げほっ」
「タオルは丁度いいか? 冷たいか?」
「そんな事より、なんでここいて、りんごだの洗面器だの……げほっ、げほっ」
「馬鹿! 起き上がるな寝てろ!」

それが病人に対する対応か、という見事な張り手でフランスはベッドにに叩き戻された。そしてべしんとフランスのスマートフォンが軽く額に叩きつけられる。

「今日はお前の誕生日だろ、パーティーを忘れたから迎えに来てやった」

大量の着信履歴。そこに表示された沢山の名前。

「……」

思い出した。
というか忘れていたことなどない。フランスはパーティでこそ真価を発揮する男だ。三日前から服は仕立て直したし、靴は磨いてネクタイを買った。

だから熱が40度を超えようが悠々参加するつもりだったのだ。そして着飾って、鏡に向かって笑って、玄関で力尽きた。

「そしたら倒れてるから看病してやってるんだが」
「忘れてるわけ無いだろ……だから頑張って……行こうとしたのに」
「ばーか、 寝ろ」

イギリスは必死にポーカーフェイスを保った。頭を踏みつけたのは内緒だ。汗だくのスーツのままで倒れていた所を着替えさせる時に足跡は消している……はず。

「……俺は一人で、大丈夫だってのに」
「だったら電話かメールくらいしろ」
「だって……みんな来てんのに」

足跡のあたりを撫でるときまり悪げな声。

「ちなみに新聞とネットで確認した所お前の株価や政治に大きな変化はないぞ、単純に肉体的な風邪だろう。他に聞くべき事があるか?」

頭とか頭とか頭とか。内心冷や汗をかいているとブツブツ文句を言い出した。フランスはイギリスの百面相を見ているといつの間にか頭から痛みが消えていた。……やはり体調がおかしい。

ふと自分の着ているものに気がつく。グレーのコットンに妖精の刺繍。

「何……このパジャマ、どんだけクローゼットの奥から引っ張り出してきたの。ダッセェ」
「ほー、てめえが床で這いつくばってるから着替えさせてやった礼がそれか? あー、ヤダヤダ。おっさんはこれだから忘れっぽくって」
「俺はお兄さんだっつーの! ……なんで坊ちゃんに看病なんかされなきゃ……せっかくしまってたのに、クローゼットの闇の封印が……やっぱりダサい」
「このワイン野郎……」

ちなみにそれは数年前イギリスが贈ったものだった。クリスマスや誕生日のようなイベントではない、食事の礼程度のものだ。しかし刺繍は手作りだったから、貶されるとムカつく。

(簡単な邪気を払う呪いがかけてあるから着せてやったのに)

しかも、あくまで個人的にだが、フランスはそれ位シンプルな服のほうが似合っている。金髪のサラサラが映えていい、その髪だけは今も素直に羨ましいのだ。

「ダサい、俺は世界で一番美しいものを愛する国なのに隣の海賊紳士に無理やりこんな姿に」
「ダサくて悪かったな! そのコットンは丈夫で長持ちだったんだよ」
「ダサいよ」
「しつこいぞ! というか、大人しく看病され……フランス?」

元が短気なイギリスはキレた。しかし瞬間的に沸いた怒りは一瞬で冷えた。

「ダサいよ、みっともない、情けない……他人に弱味を見せるなんて。それもよりによって坊ちゃんに」

スミレ色の瞳が潤んでいた。いつものフランスからは考えられないガードの脆さだ。彼は一見誰とでも打ち解けているようで心のポーズを崩せないのに。

全ては風邪のせいだろう、ぼうっとした声で「おれはいつもかっこいいのに?」という意味不明の泣き声が聞こえる。

「かっこわるいのやだー……俺はいつも美しい……きゅう」
「熱上がってんぞ……ほら、りんご食え」

脇に挟んだ体温計を取り外すとまだ40度。これはまだまだ動けまい。

「イギリスの馬鹿、眉毛ハゲろ」
「ハゲるか、お前がハゲろ」
「かっこ悪いって嘲笑ってるんだろう、俺はいつもセンスに溢れて世界で一番かっこいいのに」
「俺の歴史にそんな奇怪な情報は無いな」

何故か皮の方が分厚いリンゴを口元にやると、なんだかんだ齧ってくる。そしてがくりと項垂れる。皮の部分を食べながら、イギリスはなぜか幼い頃のアメリカが寝込んでいる姿を思い出す。

「……俺をみっともないと思ってるんだろ」
「今更思わねえ、ガキじゃないんだから早く食え……ところでどうしてもっと早くみんなに連絡しなかったんだ? それならもっと早く看病してもらえだろうに」

別にイギリスに頼れと言っているのではない。大陸のお馴染みのメンバーや隣の老夫婦に頼ればいい。モナコだってスペインだってドイツだってイタリアだって、それなりに看病してくれるだろう。

「やだよ、今の俺美しくないもん」

きっぱりと、しかし真剣そのもので言う。……ばかだなあ。

「俺は美しくてヨーロッパのファッションシンボルである事がアイデンティティなのに……こんな姿……みんなに幻滅される」

確かに鼻をたらして、熱であちこち腫れぼったくて、声も枯れている。

「お前だって、いつもは素晴らしく美しい俺とはかけ離れてると思ってるだろう?」
「真顔で何言ってんだ。変わんねえよ」

けれどイギリスにはいつもの男にしかな見えない。見栄っ張りで傲慢でよく気の回る、人と楽しく過ごすことが何より大好きなフランスだ。

「というか、もうお前の病気の事は連絡したからもうすぐみんな来るぞ」
「ええ?!? ひどい! イギリス酷い! 鬼!」
「黙れ! ……イタリアがメシ作ってくれるってよ、良かったな」
「こんなとこ見せなくない!」

シーツをかぶって籠城して、べそべそと泣く姿は子供。この態度の方が風邪よりよほどみっともない。

彼が弱さを露わにするのは珍しい。普段おちゃらけているが本当はとても見栄っ張りで弱みを見せるのが下手くそな男なのだ。イギリスより余程人に頼れない。

そしてりんごの作業に戻る。しゃりしゃりと食べる音と皮を剥く音が重なる。

「……お前は、笑わないんだな」
「なんだ笑って欲しいのか」
「だって、お兄さん朝起きたら最悪な姿になってて、服もマトモに着れないし、あちこちぐちゃぐちゃだし」
「いつもと一緒だ」
「そんなことないでしょ」
「関係ない、お前はそのままで充分だ」

冷静になると酷く恥ずかしいことを言った。おっさんに近い男に何を言ってるんだ。

(けど、しょうがないじゃないか。
馬鹿で、世話焼きで、傲慢で、冷酷で、料理上手で、お人好しで、パーティ好きで、計算高くて、賢くて、ずっと傍にいた隣人が。
……こんな風に自分をみっともないって言うと……腹立つ)

「……変な坊ちゃん」

フランスは急に静かになり、リンゴをよく噛んで食べ、横になった。

安心して、キッチンへ移動する為に廊下に出るときに小さな声が聞こえた気がした。

「……センキュー」

……幻聴ということにしておいてやろう。






十五分後、どっと押し寄せた国の化身たちにフランスはまた恥ずかしいと連発した。彼等はいつもと変わらないと言い返したり、あるいは慰めたり、スルーした。

そして彼らは微笑ましく彼を囲んでパーティを始めた。ちっともみっともないと言わないみんなを不思議そうに眺めるフランスを見て、イギリスはそらみたことかと微笑んだ。



おわり


仏誕に間に合わなかったのですが、ジャンプラの兄ちゃんが衝撃で……(°_°)。あんなに俺が引き留めたのに……。



2016/07/26


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