嫉妬はもと軍国を狂わせる

 ロシアとプロイセンは友人である。その先の予定は特にない。そこがゴールだと思っている。

 ロシアは友人が増えたことを素直に喜んでいた。喜びのあまり先日は徹夜でFPSに熱中し、プロイセンのスコアを塗り替えて絶望させるほどの舞い上がりっぷり。

(やっぱり友達っていいなあ、やっとドイツ騎士団君と友達になれた)

 プロイセンはまだ照れが残っていたがゲームや思い出話を間に挟むと素直に友情を楽しめるようになっていった。同時に元々の性格であれこれ世話を焼くのが楽しくなってきて戸惑っていた。

(こいつ危なっかしい、俺様がついててやらねーとガキンチョはダメだな……それにしてもなんか最近調子悪い)

 そんな二人だがこのたび初めて、友達と日帰り旅行にいくことになった。



【悪友の場合】


「あれ、ロシアとプーちゃんちゃう?」

 フランスと並んで歩くスペインは向かいの通りを指さした。パリの夏の日差しの中、マフラーが暑そうなロシアと地図を片手になにか解説しているプロイセンが並んで歩いていた。二人ともジーンズに色違いの半袖シャツでのんびりと話をしてる。

「本当だ、二人ともお兄さんに来るなら言ってくれればいいのに……おやまあプロイセンたら」
「プーちゃん、めっちゃ笑顔やな。うまいもんでもくったんかな?」

 ロシアはいつも通りにこにこと笑っている、いつもより嬉しそうだがいつもとさして違うわけではない。しかしプロイセンの笑顔はかつてないほど輝いていた。目尻と頬がゆるみきっており、足下もスキップしていた。いつもの悪巧みをしたり、いたずらっぽい気配もない。初めてともいえる油断しきった笑みだ。

「ははーん、あれはデキてんな。プーちゃんたら柄になく頭が天国みたいだね、まあデートにお兄さんちを選んだのはセンスあるから、ここはそっとしてやろうぜ、すぺ……」
「ロシアー、プーちゃんー! 俺らもおるでー!」

 スペインがぶんぶんと手を振るとロシアは振り返って手を振り替えした。あちゃーとフランスがプロイセンに視線をやると硬直した。七年戦争やワーテルローの戦い、その時と同じ列強軍国時の殺気がプー太郎になったはずのプロイセンからオーラのように立ち上っていた。



 歴史の偉人曰く、嫉妬は人を狂わせるとか。

「フランス君のおうちはやっぱりあついね~」
「お兄さんは……寒気」
「え? 風邪引いちゃったの、株価下がってたっけ?」
「いや、冷や汗が……ひっ」
「……」

 なにせ隣できゅっきゅと無言でナイフを磨く男が歩いている。自称「リンゴが食べたくなった時の携帯品」の折りたたみ果物ナイフ。満面の笑みと打って変わって冷酷無比な表情、ダダ漏れの「去れ」オーラ。

「わあ、お友達がたくさんできたみたい」
「なぁにいっとるん、俺らは昔から友達やろ。アミーゴや!」
「ほ、本当? スペイン君のおうちあったかっくて僕好きだったんだあ」
「国境線も境界線も友人には大切やんな!」

 結局、ロシアはいつものお友達至上主義で四人で連れ立って、カフェへ行くことになった。どうやらもともとお互いを行き先は同じだったらしいが……カフェへの道中で「イマスグココカラサレ」という視線にさらされてフランスは危機を感じていた。

「……おい、スペイン……別行動にしようって……」
「んー? フランス風邪なん? 声小さくてきこえんで、もっと大きく」
「お前、そんなだからロマーノからそっぽ向かれるんだからな!」

 この鈍感野郎、隣からあふれる殺気とポケットから折りたたみナイフをちらつかせる元軍国の姿が見えないのか! ただ友人と名物を食べようとしてなぜ命を狙われているんだ。

「えー、親分いつでもロマーノと仲良しやで。なあロシア?」
「ロマーノ君? 確かに君たちよく一緒にいるよね」
「ほら、ロシアもこう言うとるやん」
「あああああ隣から瘴気がああああ!」

 スペインではらちがあかない。ここは長年のお兄さんとしてロシアに言い聞かせて別行動に戻って貰おう……とフランスがロシアの方に手を伸ばした瞬間。

「ぎゃああああああっ!?」
「フランス君どうしたの、まるで暴漢に道路に打ち付けられたみたいだよ?」

 フランスの手はロシアの肩に触れる直前にたたき落とされ、ついでに足払いからの背負い投げを食らった。プロイセンに抗議の声を上げる前に目の前にどすっとナイフが突き立てられる。本気の速度だったと頬を冷や汗が伝う。

「おっとわりぃ……さっきここにデスストーカーがいて、お前の身が危ないと思ってな」
「なんで北アフリカの致死毒持ち毒サソリがフランスにいるんだよ!?」
「さあ、旅でもしてんじゃねえか?」
「旅行してんのはお前の良心だよ!」

 きゅっきゅとナイフを磨くプロイセンには悪びれた様子もない。どちらかというと獲物を横取りされないよう警戒する狼だ。まずい……ちょっとしたことで××される。引退したとはいえ本質的には人間凶器なのに冗談じゃない。

「えっ、毒サソリ? ……刺されると死んじゃうやつ?」

 北国は寒く、サソリはいない。サソリの毒と無縁のロシアが少しおびえた。すると氷のようなプロイセンがあっという間に表情を変えた。

「いや、お前に危険なんかない! さっきはあれだ、目の錯覚だ。フランスに砂漠のデスストーカーがでるわけない。多分ゴキブリかなんかだ」
「……ほんと? 僕、毒って苦手なんだ。ぷちってできないし、心配でご飯がおいしくないし」
「ああ、毒サソリなんかお前に近づけさせねえぞ! だから安心しろ、ロシア」

 わたわたと感情を露わにして、全身から「俺がお前を守る」騎士オーラを放出しているプロイセン。さっきまでの氷の暗殺者オーラはみじんも残っていない。熱が入ってロシアの両手を握って「大丈夫大丈夫」と熱心になだめたかと思ったら、我に返ってわー! と顔を真っ赤にして手を離している。

「……なにこいつ……」

 怒りも忘れてフランスが呆れていると今度はスペインが口を開いた。珍しくとてもまじめな顔だ。

「でもわからんで、本当に毒サソリだったかもしれんやん。プーちゃんに限ってそうそう見間違えると思えへん……そうや、ロシアちょっとマフラーの下みせてえな。ひらひらしたものに隠れようとして、おったら大変やで」
「ええ!? そ、そんなとこにいるの!?」
「念のためや、そーっと、そっと……」

 マイペースな善意百パーセントのスペインと毒サソリにおびえるロシア。宣言通りスペインはそっとマフラーをめくってサソリがいないか確認する、シャツの下にはいっていないか念のためにロシアの背中に触れて……。

「危ない、スペインの顔にサソリが!」
「ふっそー!?」

 完璧な中国憲法の震脚を乗せた掌底を食らって、スペインは五メートル吹き飛んだ。

「ふそそそ……きゅう」
「お前の顔面にブラジリアン・イエロースコーピオンがいた。刺されたら死んでたな、いくらでも俺様に感謝していいぞ」
「……なんでブラジルの凶悪なサソリがお兄さんの家にいるのよ?」
「さあ、ペットで飼われた奴が脱走したんじゃないか? ……大丈夫か、ロシア?」

 ロシアはもともと白い顔を青くして、目に涙をためていた。マフラーをばさばさと降って周囲を伺っている。

「や、やっぱり毒サソリがいるんだ……しかも凶悪な奴が二匹も!」
「え?」
「しかもさっきは僕の足下、次はマフラーをチェックしてくれたスペインくんの顔に……ごめん、もう今日はモスクワに帰る……」
「なんでだよ!?」

 いやお前のせいだろとフランスは呆れつつ、目を回しているスペインを回収した。わりと気持ちよさそうに眠っていてむかつく。

「心配するな、アリゾナパーク・スコーピオンもファットテール・スコーピオンも俺が退治するから……か、帰るな。一緒にクレープシュゼット食おうぜ」
「熊とか狼の群は大丈夫なんだけど……南の毒性生物はダメなの! 一人なら悪いけど、せっかくだから君はフランス君とスペイン君と遊んでて」
「ま、待て、待ってくれ! これからプラネタリウムでサプライズが……!」
「またオンライン対戦でね!」

 サソリが怖いロシアはそのまま急ぎ足で帰ってしまった。追いかけたもののかなり俊足でプロイセンはすぐに捲かれてしまった。そんな……今日は本場のクレープシュゼットを食べて、星座からそれにまつわるプレゼントをするはずだったのに。帰りだって一緒に空港まで次の予定をゆっくり話そうと思っていた……。

(せっかく友達になれて、初めての二人きりの遠出だったのに……)

 矛盾に満ちた思考に気がつかず、とぼとぼと鞄を投げ捨てた場所へ戻る。頭には何故という言葉が飛び交っていた。
 なぜか楽しい一日が台無しだ。これではまるで罰が当たったようではないか。なにも悪いことなどしていないのに……。

「主よ……何故です?」

 いきなり両手を組んで、突然信徒に戻った者に神は特に返答しなかった。特に打撃を受けていないくせにぼろぼろになってプロイセンが元の場所に戻ると二つの人影が待っていた。腕を組んだスペインの隣でフランスがプロイセンの鞄を抱えている。

(しまった、仕返しに財布を奪われたか……せめて星座のブレスレットだけでも取り返さないと)

 せっかくオリオン座を再現した純銀性なのだ。しかし頭にこぶができたフランスとスペインは妙に哀れんだような目をして鞄を普通に返してきた。そしてぽんと肩に二つの手が乗る。

「フラレちまったな……嘘はつくもんじゃないな」
「なんで頭が痛いかわからへんけど、プーちゃんロシアにホれとったんやなあ。もう終わったみたいやけど」
「ちげーよ! あいつはただの友達……ごふー!?」
「あ、ごめーん。顔にタランチュラがいたんで」
「パリって危険やな、ロマーノに行かないようにいっとかんと」

 そのままプロイセンは悪友二人にクレープシュゼットのカフェに連行され、失恋祝いだ食えと五枚もクレープを食べさせられる羽目になった。チキンにツナにサラダにバナナにクリーム……もう食べられませんと降参する羽目になる。殴ったことは謝ったが、なぜ殴ったかと問いつめられると言葉に詰まってしまう。

「自覚ねえって大変だねえ」
「ちげーよ、あいつは最近ダチになっただけで……」
「えー、親分もうだいぶ昔からロシアと友達やで」
「スペイン理論だと人類は皆友人だけど、プーちゃんはちがうんだもんなー?」
「……知らねえよ」

 他の友人とは違う「友情」を感じている戸惑いをかくして食べるチョコレート・クレープはほろ苦かかった。




 帰宅するとスマートフォンにロシアからのメッセージがやってきた。今夜はゲームができなくてごめんとか、サソリは大丈夫? とか文字列のくせに胸が妙にこそばゆい。

(最近、俺さま変だ)

 最近プロイセンは不可思議な感情に振り回されていた。ロシアを見ていると胸が苦しく、いなくなればさらに苦しい。そのくせ微笑まれれば全てどうでもよくなり、悲しんでいるとその元凶を射殺してやりたくなる。

 ゲームを立ち上げてロシアのハンドルネームがオフラインになっていることを確認して電源を切る。ふとベランダにでると夜空を見上げる。夏にはオリオン座は見えない。

(あいつって、俺様をどう思ってんのかな)

 そもそも友達もよくわからない。
 群青の空を駆け抜ける流れ星。軍国、この感情を名をまだ知らず。





あとがき


 プロイセンのブレスレットは手作り(自分で打った)です。友情が重い。

 兄アポロンにだまされて恋人を射殺してしまったアルテミスが、主神ゼウスに頼んで「オリオンを星座にしてください、そうすれば空をみれば会えるから」と星座にして貰ったというのがオリオン座の逸話だそうです。その絆っぽいもいに兄さんは感銘を受けたらしい。
 別説だとオリオンが女神ヘラにサソリを投げつけられ、その毒で死んだとか(これはサソリ座)。ギリシャ神話の神が殺人を悪いことと思ってないのはいつものこと。

 ちなみに十二星座で一番逸話が可哀想なのは蟹座(主観)。なぜこの逸話に絡めたのか小一時間問いつめたい。山羊座もなんか他になかったの……?

 ここであげたサソリのみなさんは結構肉厚でえぐい外見してるんで、そういうの苦手な人は検索しないことを推奨。

 設定の余談。オンラインゲームのプロイセンとロシアのハンドルネームは「俺様@かっこいい」と「イヴァン@領土拡大なう」。突如コンビを組んでFPSの世界を荒らし回り、恐れられている。


2018/07/11