世界崩壊事件から二年頃。
バスカヴィルに十二歳ほどの虚ろな目をした少年が入ってきた。一人で本ばかり読んで、他人が近づくと激しく拒絶した。
教育係のダグからその話を聞いて目が離せなかった。
他人に失望、自分に絶望、全てから心を閉ざしている。不幸な境遇にはありがちな性質なのに・・・・・・気に入らなくて、気に障って、気に病んだ。
(冷たくて、寂しい目・・・・・・僕もこんなだったのかな)
実物を見るとやっぱりかつての自分そっくりで、だから手を伸ばしてしまった。
(心を隠すな、他人を見限るな、世界の美しい所が見えなくなるぞ)
でなければ、自分を嫌ったままだぞ。
けれど、何と言っていいか分からない。
自分はどうやって世界に心を開いた? ーーそうだ、エリオットだ。
「ねえ君、そこで何してるの?」
「・・・・・・グレン様?」
最初の言葉はこれであっていただろうか。精一杯の真似は十の子供に引かれるほど無理があったらしい。
「その本面白い?」
「・・・・・・何のご用ですか? ああ、ここにいると邪魔ですね、失礼します」
話しかけると少年は本を閉じて逃げた。・・・・・・ますます気がかり。
めげずに話しかけ続けた。
おはよう、あの本読み終わった?。
本と顔が近すぎる、目が悪くなるぞ。
それは僕も読んだことがある。
あいたた、本を投げつけるなんて、ますます似てる。
・・・・・・。
二十五度目には逃げなかった。「しつこい人ですね・・・・・・一緒に読みますか?」と横に座ることを許しくれた。五十回目には友人になれた。
そうして少年は無口なままだが、徐々に変化していった。口は開かないけど、同じ境遇の仲間たちとよく過ごすようになった。だんだんと笑顔が増えていき、心が穏やかになっていった。
出会って一年後、少年は思った以上にバスカヴィルの主を慕ってくれた。
「グレン様、あの時声をかけて下さってありがとうございました」
「こっちこそ、君は僕よりずっと素直な子供だったよ」
たった六歳しか年上じゃないけど、成長した少年は笑った。作りものではない、心からの微笑み。その笑みはリーオの心の堅く冷たい部分が溶かした。
例え真似事でも、あの時自分が救われたように、誰かの力になることが出来た。
(誰かの助けになれることが嬉しいって知らなかった)
その夜は世界がひどく優しいものだと感じて机の引き出しに新しい日記帳を入れた。
第一日目「エリオットの真似ができた」。そして幸福に包まれて眠った。
でも、それが間違いだったのだろう。
白い猫が墓場を駆ける。一瞬で消えたエリオットらしき影に動揺したリーオは見失わないことで精一杯だった。
(シロはエリオットなのか? 僕の力がまた君の人生を弄んでしまった?)
そんな馬鹿なと思う一方で納得していた。ハンプティ・ダンプティはまさにそういう存在だった。能力は記憶操作と契約者を分散することでの負担を軽減する性質を持つ、・・・・・・けれど可能性は心の中で抹消し続けていた。
「たったったっ」と走るシロは距離をとりつつ、ある場所へ誘導しているようだった。こちらが足を止めれば向こうも止め、動き出すと走った。知性のある動きだ。
(あれ・・・・・・この風景、何かに似てる?)
場違いな思考。駆ける猫の絵。そうだ、エリオットの贈り物だ。皮の表紙に刻印されていた猫の姿。
ナイトレイに来たばかりのエリオットが従者の仕事の日誌用だとえらく豪勢な日誌をくれた。君が猫が好きなだけでしょ? と彼をからかった……それから「従者の義務」でエリオットの観察日誌をつけ続けた。
二年間で五冊。全て大切にしていた。あれはどうしたんだっけ? と意識のそれている数秒で走れなくなった。
リーオの心を痛みが現実に引き戻した。肉の裂ける音、血しぶきが灰色の空に舞う。全身、特に右足に激痛。
「ごほっ・・・・・・痛っ!?」
唇からこぼれ落ちる鮮血。倒れた芝生の匂いに鉄錆の香りが混じる。空は白っぽい灰から黒っぽい灰へと変化していた。雨が降るかもしれない。
冷静になって確認する・・・・・・四本の三メートルほどの黒い刃がリーオの体を空中で串刺しにしていた。
『やっぱり死ぬのが怖くなったんだ?』
「・・・・・・いきなりご挨拶だね」
刃の主は暗闇だった。それから伸びる影は黒い刃となり、的確に肺と心臓と下腹を串刺しにしていた。バスカヴィルはこの程度は死なないが少々痛い。暗闇はリーオととても似た声で警告した。
『忘れるな、いつでも殺せるんだ』
「無駄なことするな、また消耗するよ?」
続いて、背中、左腕、額と刃が降り注ぎ貫かれ、切り刻まれた。人間なら三回死んだろう。暗闇がと繋がったリーオの心臓もきりりと痛んだ。・・・・・・これはリーオの生命を吸って活動している。
・・・・・・シネシネシネシネシネ・・・・・・
・・・・・・カエセカエセカエセ・・・・・・
・・・・・・僕を忘れてしまうつもりなの?・・・・・・
リーオはごぼりと吐けるだけ血を吐くと地面から空へ視線を移した。
(立てない。再生が追いつかない・・・・・・力を吸われているから?)
たかが人として三、四回死んだくらいでバスカヴィルの主が弱くなったものだ。ざくりとまた黒い刃が肩から背中を一線した。五回かも。本来斬られた傷というのは熱く感じるけれど、この刃の傷は凍ったように冷たい。
暗闇はしびれを切らしてなにかを始めていた。黒い霧が人の形を取り始める。みしみしと空間を圧迫するとガラスに墨をこぼしたように、それはある形へと近づく。
「何をしている?」
『君が逃げないように、実体を作ってる』
冬の泉の氷を踏みつけて割るような音を鼓膜を震わせた。ーー灰色の空に氷のような十六歳の自分が出現した。半透明で質量はないのか空中に浮かんでいる。
ラトウィッジの学生服に伊達眼鏡、学生で貴族の使用人。エリオットのために死ぬことを厭わなかったリーオはその頃は無縁だった氷のような目をしていた。
その姿はリーオ、いやリーオ=バスカヴィルの心に何より突き刺さった。肉体的に五回死ぬことより余程。
「なにその姿・・・・・・はっ、力の差を分かってないの? 君から逃げたいなら、今すぐ直接心臓から引き抜いてるさ。僕の気持ち一つなんだから、信頼してよ」
『臆病だから、僕を自分の手で捨てることが出来ないだけだ・・・・・・猫なんてどうでもいいだろ』
過去の自分は辛辣だった。けれどその言葉より昔の姿で昔のような仕草をされることの方が胸に突き刺さった。
「シロはともかく・・・・・・・僕は今までエリオットの墓に来たこともないんだ」
数ヶ月前、風邪を引いたと思って倒れた二週間後のこと。
寝室で休んでいると暗闇が「死んでしまえ」と首を絞めてきた。弱くて、あっさりふりほどかれたそれは床で泣きじゃくった。
エリオットを忘れていく自分を殺すことが出来なかった、と消えつつある声で悲しんでいた。その声はとても自分に似ていて、でももう昔のものだった。
(ああ、こいつが僕を病にしたのか。やっぱり風邪じゃなかった・・・・・・今なんて言った? 僕がエリオットを忘れている?)
だから助けてしまった。力はいくらでもやるから消えないでくれ、と。
罵られても大切に感じられて、条件付きで殺されると約束した。だから死んでもおかしくないくらい大量のバスカヴィルの力を注いだ。
今にも散りそうな十六歳の少年がいつまでも消えないように。
今や、この暗闇は平均的なチェインより強くなった。
そしてリーオ、リーオ=バスカヴィルの前に「十六歳のリーオ」としてはっきり存在している。
「花を手向けるまで殺すのは待ってって言ったでしょ」
『無意味だ、花を手向ければ死人が生き返るとでも?』
「墓に行けなかったのはエリオットの為じゃない、僕の弱さだ・・・・・・死ぬ前に花だけは手向けたい。許されなくて、聞こえなくても、自分で言わなきゃ・・・・・・僕が弱くてごめんって」
半透明だが限りなく実体に近づいた「十六歳のリーオ」は幽霊じみていた。そして少年の瞳のまま「二十一歳のリーオ=バスカヴィル」を探るように見た。
『約束通りなら好きにしろ。けど一つ質問がある・・・・・・今までなぜ生きてきたんだ』
「役目があったから、僕がバスカヴィルを新しい形にすることは新しい世界に必要だった。この世は滑稽じゃないって・・・・・・放っておくことは出来なかった」
『グレンの使命のせいにして僕のことを忘れるんだ』
出発点に誤解がある。凛とした声は自分と同じものとは思えない澄んだ響きだった。
「逆だ。
世界は尊いなんて証明しようとしたのはエリオットがそれを僕に教えたからだ」
『でももう、エリオットの為に生きられない?』
「・・・・・・これからエリオットの為に死ぬんだよ」
酷い嘘をつく。いっそもっと罵ってほしい。質問なんかやめてくれ。シネシネシネシネシネと囁き続けた暗闇だったのに。
「僕はね、今までだって使命のために無理矢理生きてきて辛かった。
レヴィやジーリィの言葉が許せなくて、オズ君や百年前の奴らの無念が目に焼き付いて離れないから、やってきただけだ。
何よりエリオットを死なせた原因の一つ・・・・・・僕がさっさと死んで楽になるなんておかしいでしょ。苦しい苦しい、もういやだ助けてくれって生きて、罰を受けるべきだと思ってた。
心はずっとエリオットがいない悲しみで一杯で、辛くて苦しくて、辛苦そのものだった。早く死にたかった。使命と罪があるからいやいや耐えてきただけだよ。
それが「リーオ」ってやつだろう?」
『本当に?』
頷く。改めて「十六歳のリーオ」の姿をじっと見つめた。そしてびっくりした。こんなにかつての自分は弱くて、こんなに精一杯生きようとあがいていたのか。
『でも、ならもう充分でしょ?』
その通り、変化は起こした。それを継ぐ人々も育てた。ずっと苦しかった。ヒネた孤児にはできすぎたくらいだ。
「うん、死んじゃうにはもう十分だね」
『新しい生き甲斐を見つけて、もう昔のことなんて忘れたんじゃないの?』
リーオ=バスカヴィルが死んでもバスカヴィルは新しい道を行く。新しい道を創ることに成功した。誇っていい、安心していい、好きにしていい。
「忘れるわけない、丁度いい時期に死に場所を教えてもらえて僕はついてたよ」
・・・・・・なら証明してみろ!・・・・・・
思念に直接響く声。力を持つ声は墓場の大気はガラスをたたき壊すように震わせた。まるで子供の悲鳴。その音に耐え続けると静かな囁きが舞い降りる。
『・・・・・・再生が終わったらいけよ』
ようやく刃の猛攻が終わり、五分再生に徹する。血だらけでぼろぼろの上着を脱いでリーオ=バスカヴィルは血を吐き出して立ち上がった。
花束。白に青のスターチスを散りばめたそれは五メートル先に何事もなかったようにふんわりと佇んでいた。
なんだお前も墓へ行かせたいんじゃないか、と苦笑して空を見上げると「リーオ」でない黒い影が浮かんでいた。
それはあの日サブリエとユラの屋敷で見たもの。
「ハンプティ・ダンプティ・・・・・・!?」
口元を押さえて浮かぶ二回分のエリオットの死の映像を脳内から遮断した。球体におぞましい口、そびえる牙・・・・・・レヴィの肉体から生まれた、エリオットを殺したチェイン。
それはリーオ=バスカヴィルの前方二メートルの空中に唐突に現れた。
リーオ=バスカヴィルが言葉を失っていると「リーオ」は悲鳴を上げた。「あいつがエリオットを刺したんだ! 殺したんだ!」。落ち着け落ち着け、パニックになることだけはダメだ。
「・・・・・・ハンプティ・ダンプティ、どうして現れた? 僕、グレンをまた探していたのか?」
ナイトレイの鍵の柄を握り、五年で身につけた契約していないチェインを支配する術を操る。チェインであればグレンに干渉できない存在はいない。鍵を媒介にアヴィスの力に干渉するーーハンプティはわざわざグレンを探して守護しようとするチェインだ。
グレンには支配すれば、従うはず。そのはずなのに。
「なぜ、拒絶する? ・・・・・・やっぱりお前はエリオットの、シロの」
白い毛並みは彼のプラチナブロンドに似ていた、晴れた空の色の瞳もそっくりだった。グレンの支配に抵抗できるなら契約者がいるはずーー呆然とすれば、気がつけばハンプティの影は「リーオ」まで一メートルもない近くに飛んでいた。
『来るなああああああっ!』
そしてそれは「リーオ」の胴体に喰らいつく、白い学制服が半ばまで切断された。
「やめろぉっ!」
ナイトレイの鍵を抜こうとする。けれど小さな体温が手に噛みついた。振り返る間もなく、白い影はハンプティに飛びかかった。
「しゃーっ!」
シロがリーオ=バスカヴィルの前に立った。瞬間、ハンプティ・ダンプティは動きを止め、ぼとりと一緒に学制服の少年と落ちた。それをじっと見ているシロの背中ーー目立たないが拾った頃は大きな傷があった。
今でも傷跡が残っている。もしかして、出会う前にシロは死にかけていたのかもしれない。チェインとの契約には致命傷を回復させる効力がある。
(・・・・・・それなら子猫の頃死にかけて、シロはハンプティの血を飲んで契約をしたのかーー?)
「どけっ!」
再び「リーオ」に牙をむこうとするハンプティをドードー鳥の前足で真っ二つにした。ナイトレイの鍵を抜き、警戒を解かず周囲を確認する。
案の定ハンプティは一つだけではないようだった。いくつも墓場に浮かんでいる。舌打ちすると「リーオ」を振り返った。彼は何もできず呆然とハンプティを指さしては譫言を繰り返していた。
リーオ=バスカヴィルは黒き刃に力を乗せて、一番「リーオ」に近い個体を真っ二つにする。もう一振りで数体ハンプティを打ち落とすと「リーオ」に駆け寄った。
胴体は半分喰いちぎられていた。力を送って回復を促しても泣いて立ち上がることすらできない。あまりに弱々しい様子にリーオ=バスカヴィルの癇癪持ちの部分に着火した。
「泣くな、すぐ治る」
「・・・・・・あいつが、エリオットを殺した。それなのに僕は何もできなかった」
「しっかりしろ! ・・・・・・僕を殺すんだろう? あんな奴に殺されるな!」
平手打ちに「リーオ」はぴくりと動いた。そばに寄ってきたハンプティを梟を呼んで撃ち落とす・・・・・・並より強いが、バスカヴィルの長の敵ではないようだ。
ハンプティ・ダンプティはどんどん増えていた。そして全員「リーオ」を殺そうとしていた・・・・・・死ぬ向かうリーオ=バスカヴィルの命を守るために。
(守らなきゃ)
梟を呼んで五体を撃ち落とす。するといやな声が聞こえた。ハンプティは「リーオ」が吸った力から過去の一部を喰っていたらしい
浮かぶ球体を破壊するとぼろぼろと過去がこぼれた。
……「僕が君に何か言うのは、君が分かっていないときだけだからさ」……
「うるさい!」
……「たまたま出会っただけの何が悪いんだよ!」
「俺は会えてよかったから! だから出会わなければよかったなんてそんなのはいやなんだ!」
「今のリーオを見たら、エリオットなら一発ぶん殴る!」……
「そんなこと知ってるよっ、黙れ!」
オズには無理難題を言ってしまったのに謝れなかった。すぐ愛する人々のために消えてしまった。自分の友人はろくな目に合わない。
・・・・・・「リーオ様、ちょっとくらい遊んでくださいよ。兄さんが最近仲良くしようってしつこくって疲れてるんです」「リーオ、無理はしていないか。その、オズワルドさまが消えたことは体調に影響していないか?」「リーオ様、やっぱり人間どもの交渉にはこれくらい華やかな衣装が必要だと思うんです!」「・・・・・・リーオ様、書類まとめた・・・・・・新しい子のことは任せて、休んでください・・・・・・」「リーオ様ただいまー、レイムの奴あれもこれも持たせてうるさかったんだぞ! えーと、今回の人間とバスカヴィルのの関わりに報告書はこれだぞ」「リーオ、あなたは本当は普通の若者なのよ、できないことがある方が普通だって自覚なさい・・・・・・あなたは十分よくやったわ」「グレン様、はじめまして、僕は今まで自分がバスカヴィルって知らなくって・・・・・・」「グレン様、あの時声をかけてくださってありがとうございます」・・・・・・
耐えられない。
「やめてくれ、消えろっ!」
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
異変はすでに隠せないレベルのものになっていた。
「あの曲は俺が作った、タイトルはレイシー」
聞かなかったことにするには衝撃が大きすぎた。自分に嘘すらつけなくなり始めていた。
「あれは僕が作った曲じゃないか」
「何言ってんだ、お前?」
僕の勘違いならいい、勘違いのはずだ、勘違いであってくれお願いだから。僕の方がおかしいはずだ、いつもそうだった、あんなのただの悪夢なんだ。
でも、もし万が一・・・・・・。
「リーオ、どうかしたのか?」
「ううん・・・・・・なんでもないよ」
だったら何だっていうんだ。今、このなんでもない幸福な時が確かにあるじゃないか。
今の幸せな自分に誓おう。この先何があっても「リーオ」はエリオットを・・・・・・。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
「ジャバウォック! 梟! ドードー鳥!」
助けてくれ、と呼んだ。ジャバウォックはまだ回復しきっていないのに。
しかし忠実な彼らは残響を消す・・・・・・目に見える範囲のハンプティは数体を残していなくなっていた。
ようやくヒステリーが去る感覚にリーオ=バスカヴィルはひたすら心拍を落ち着けた。胴体がさっきより繋がっている「リーオ」はなんとか生きていた。
「おい、何くたばってるんだ・・・・・・僕を殺すんだろう?」
『エリオット・・・・・・僕は自分が許せない、僕も未来の僕も・・・・・・だから殺す』
「行くぞ」
リーオ=バスカヴィルは「リーオ」を担いで走ったーーおそらくシロがエリオットなら必ず行くであろう場所へ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
死ぬことを一度も迷わなかった訳ではない。むしろ旅にでてからずっと迷っていた。アンノウンとレヴィが指摘した通り、望めばいつでも「リーオ」を殺すことができた。
けれど旅を続ける程、心臓に張った根を引き抜くことを躊躇った。
ラトウィッジはまだよかった。図書館にいれば呼吸は荒く、苦しみを感じることができた。帰ろうかと思ったほどだ。
けれど最後の引継だと仕事をした宿で暇を持て余すともう駄目だった。シロの疑惑が深くなり、散歩に出た先の本屋に入ることができてしまった。小さな詩集を手にとって購入し、その晩で読むことができた。最悪だ。
そして、宿を出るときにピアノを弾いた。五曲も、鮮やかに。もう戻ることはできないと確信したからヴィンセントと決別した。
思えばその前から兆候はあった。
兄弟喧嘩の仲裁に入ったり、ヴィンセントの誕生日を祝ったり、悪夢のはずが笑っていたり・・・・・・そうシロが現れてからだ。
エリオットそっくりの瞳の色の存在を身近におけるように変化した時点でこの結末は決まっていた。
だから、死ぬしかない。けれどその前に・・・・・・。
あとがき
「ゴーストルール」と「蜘蛛糸モノポリー」をBGMにして書きました。
来週の日曜に続きを更新します。
リーオの誓いの回想の前の回想台詞は「ヴィンセント→ギルバート→ロッティ→ダグ→リリィ→ミセス・フィン(クリスマス参照)→新人バスカヴィルっこ→冒頭のバスカヴィルの子供」の順番になってます。
2016/07/10