夢を見た、もう死んでしまったエリオットの夢だった。

 

 

(いつもの夢だ)

 

 

ぼんやりとした冷静さでリーオはその光景を観測した。

 

暗闇の中でエリオットは無言で立っている、その表情は凪いでいて穏やかだ。

そして何も言わないで対峙しているリーオを見つめている。

 

そして感情的な泣き声が響いた。リーオが振り返れば、それはもう一人のリーオのものだった。

もう一人の自分はエリオットの姿に謝罪し続けている。

 

 

『ごめん、ごめん、僕のせいで君は死んだ』

 

 

誰かに相談すればよかった、悪夢だと片付けなかれば良かった。

ああしていれば、こうしていれば。そうれば君は死なないですんだのに。

 

取り返しがつかないのに、何度も何度も謝罪を繰り返していた。

冷静な自分はそれをみて、随分自分も落ち着いたものだと感じた。

 

以前はエリオットの姿を見るなり逃げ出したり、すがり付いて叫んだり、空中から取り出した銃で頭を打ちぬいたりした。

だが、今はせめて言葉をかけようとしている。言葉で伝えようとしている。

 

 

(全部、僕の妄想の夢の中の出来事だけど)

 

 

でも今は喚くだけじゃなくて――何かを伝えようとしている。

 

それでももう一人の自分は哀願した、もう一度会いたい。

会いたい、会いたい。――その叫びは観測しているリーオにも共鳴した。

 

 

 

(もう一度エリオットに会いたくてたまらない)

 

 

 

でも自分は冷静なほうのリーオだから分かる、エリオットは死んだから二度と会えない。

冷静じゃないほうは叫び続けた。もう一度会って、夢の中じゃなく本当に謝りたい。

 

その先は最近と同じ。

だからもう一度会って、お願いだ。そのためなら命なんて、いらない。今すぐ君に会いに――。

 

 

(……?)

 

 

しかし今日は珍しく、そこで感情的なリーオは感情を抑えた。

 

 

『……エリオット、聞いていいかな?』

 

『…………』

 

『僕はね、君にもう一度会いたい。でもその為には僕は死なないといけない。

死んだってあの世があるかも分からないし、君の魂は百の巡りに紛れて永遠に見つからないかもしれないけど――僕はバスカヴィルの長の魂を持っているからもしかしたら魂だけになって君を探す事ができるかもしれない』

 

『…………』

 

 

無論エリオットは答えるはずがない、これはただの夢だ。

でも、不思議な事に――エリオットに先ほどの凪いだ様子はない。砂浜の潮風から砂漠の乾いた風のような雰囲気に変化する。

何かを責めるように、痛むように……悲しむように。

 

 

『でもね、最近思ってるんだ……もう少し、もう少しだけ生きてみようかなって』

 

『…………』

 

『きっと君の面影ばっかり追って、全てから逃げて、何も成し遂げられない傍迷惑で無意味で無駄な人生だろうけど』

 

『…………』

 

『今生きているこの現実の先には何もないだろうけど……それでも』

 

『…………』

 

『それでもただ君の事を引きずっているだけの人生でも、それだけでも君がいた証の一つにはなるんじゃないかって、思うんだ』

 

 

エリオットは答えない。

ただ今は少し驚いたような空気が伝わった気がした。

 

 

『君がいなくて辛い悲しい苦しいって嘆くだけの人生でも、君がいた確かな証拠になるかもしれないって……そんなバカなことを思ってしまうんだ』

 

『…………』

 

『エリオットはさ、そんな僕を……』

 

 

――許してくれる?

 

冷静なはずのリーオも気がつけば同じ言葉を口にしていた。

そんなこと許されるはずがない。彼はリーオを恨むか、もしくはもっと前を向いて生きろと言うはずだ。

 

 

(なんでこんなこと言ってるんだ?)

 

 

こんなもの、ただの夢なのに。

このエリオットだってただの夢の産物でしかない。そんなことに返事をされたって、自分の願望を写す回答を返すだけだ。

 

でも、

 

 

『……まってんだろ』

 

『……え……?』

 

 

その時《エリオット》が僕に返事をした。確かにそう感じた。

 

 

『――いいに決まってんだろ…バーカ』

 

 

その時、初めて夢の中でエリオットは笑って――そして――。

 

 

――そして――。

 

 

 

 

……………………

……………………

……………………

 

 

「……みぃ」

 

 

あたたかい、なんだろう?

 

 

「……シロ?」

 

「みゃあ、みゃあ」

 

 

ざらざらとした温かい感触が目元と頬を撫でている。

目を開くと、三ヶ月前に拾った猫のシロが一心にリーオの頬をなめていた。

 

 

「……ずっとそこにいたの?」

 

「みゃあ」

 

 

その毛並みは白金、その瞳は晴れた空のブルーアイ。

エリオットを連想させるものばっかりだ。でもシロを見ていると不思議にとても落ち着いた。

 

見た目よりもずっと賢い猫なのだ、機敏で木登りだって得意だ。

高い木で昼寝しているところをヴィンセントがため息混じりに回収しにいって、手を伸ばしたとたんあっさり一人で降りたのはつい先日の事だ。

 

そしてこうやって一心に目覚めたリーオの顔を舐めている時は――うなされて泣いている時。

 

 

「みい、みい」

 

 

必死で起き上がったリーオの肩の爪を立てて頬から離れまいとする。

 

 

「……お前は優しい子だね」

 

 

抱き上げて額に軽くキスをする、すると泣き止んだと判断したようでシロは頬にこだわるのは止めた。

 

 

「……エリオット」

 

「みい」

 

 

夢のことを思い出す、あまり覚えていないけど――、一つだけ覚えていることがある。

 

 

(エリオット、笑ってた)

 

 

そう思うと、なんだかリーオまで笑えてきた――その時ふいにまったく別のことを思い出す。

 

昔、エリオットが言っていた言葉、表情、そして今日の日時。

関連がなさそうなピースがぱちぱちと頭の中ではまっていく……目の奥の方で何かが光った。

 

 

「……あ」

 

 

そして回路が完成するとばちんと電気が走り、ある思い出の映像と記憶が脳裏に写し上げられた。

 

 

「来週、ヴィンセントの誕生日だ……」

 

 

今思い出したから何も用意してないや、どうしよう?とシロにたずねると珍しく難しそうな顔をした。

 

 

 

 

【 気まずい誕生日の過ごし方 】

 

 

 

 

朝食の席、開口一番リーオはヴィンセントに尋ねた。

 

 

「ヴィンセント、お前最近何かに困ってない?」

 

「いえ、これといって不自由はしていません。快適そのものの生活です」

 

 

快適そのものは言いすぎだろ、ここは人がろくに来ない山奥の山小屋だ。

 

だからリーオは一人でここに暮らそうと思ったのだ――いつの間にかヴィンセントとシロが増えて三人になっているけれど(リーオの感覚では猫は一匹ではなく一人換算だった)。

 

 

(ヴィンセントが来て、もうすぐ一年だな……)

 

 

全く実の兄のところから家出して、帰りたくないからと居座っている。

 

追い返しきらなかったリーオも悪いのだと思う。

だけど町に出て一服盛って爆睡させて馬車で運び、彼の兄の家に置いてきたのに翌日扉の前で寝袋に包まっているような男を、好きにさせる以外にどうすればよかったのだろう。

 

 

(そろそろまた実家に帰させる案を考えないとな)

 

 

たまにここまでこっそり来ている彼の兄・ギルバートはその度に草葉の影で弟を眺めている。

しかし、彼は弟に気がつかれて逃げられを繰り返しして、泣く泣く手作りの弁当だけをリーオに置いていく――不毛なループだ。

しかし、いい加減なにか次の打開策を考えないとならない。色々試して実家に帰そうとしているのだが、この男は思った以上に頑固だ。

 

頑固なヴィンセントは卵の殻を砕いて肥料用に瓶に入れながら、いつもの調子で答える。

 

 

「欲しいといえば、マスターがもう少し健康的な暮らしと冬への備蓄をしていただければと」

 

「余計なお世話、心配しなくても一人で生きるくらいはどうでもなるよ」

 

「ではマスターに健康になっていただけないのが、僕の不自由です」

 

「…………」

 

 

これはひどい、なんて予定調和な回答だ。全く面白くない男だとしげしげと眺める。

 

備蓄していたパンをかまどで温めて、ついでに余熱で目玉焼きを作っている。傍らには最近見つけたといっていた味のいい木の実(名前は知らない)が籠に積まれている。

 

 

(一年前はほとんどできなかったのに…手際がいい、良すぎる。メイドに転職した方がいいんじゃないか、こいつ)

 

 

あと数分で見栄えも栄養価も100点満点の朝食が出来上がるだろう、とため息をつくと膝の上のシロを撫でた。

ごろごろという声が、自然と口元をほころばせた――普段は笑うと自己嫌悪が出てくるのだがシロを相手にするとそれがない。自覚はしていないがリーオはシロを前にするとたまに笑顔になれた、だからこそ猫嫌いのヴィンセントはシロを邪険にできない事に自覚はないだろう。

 

 

「リーオ様、シロにエサをやりすぎないでくださいよ」

 

「はいはい」

 

 

せっせと台所に立つヴィンセントを観察する――ヴィンセント。

 

 

(誕生日に贈り物なんて、僕の柄じゃないんだけど――まあいいか)

 

 

夢から目覚めた後、リーオが思い出した記憶は『エリオットが義理の兄のヴィンセントに誕生日の贈り物をするために数日ああでもないこうでもないと悩む姿』だった。

 

 

(――エリオットがここにいなくて僕がいるなら、ヴィンセントに誕生日に何か贈ってみるのも僕が今生きている意味を少しマシなものにできるかもしれないよね?な、シロ?)

 

 

みぃみぃ、と膝の上のシロはリーオの指先を舐める。

そして目が合うと考えを肯定するように目を細めた――無論気のせいだろうが、シロは賢いから全くの的外れでもないのかもしれない。

 

 

(さて、単純に欲しいものを聞いてもやっぱりダメだ。ちょっと様子を見るか)

 

 

そして粗末な台所で洗い物をしている後姿をじっと見る。ヴィンセント。

 

今はヴィンセント=ナイトレイとは名乗っていない、ただのヴィンセント。二十代半ば、男、健康体。

見た目良いのでよく町でおまけにいいものをもらってくる、愛想は外面に特化しているから買い物は得意、悪知恵も働くから粗悪品はつかまされない、変態なところもあるけどそれを出すところを間違えない。

 

相当に頭はいい、何しろパンドラとバスカヴィルの二重スパイをしていた男だ。証拠を出さないところは出さない狡猾さと慎重さを持っているし、しらばっくれる時はそうする厚顔さと度胸がある。

 

ざっと従者を分析すると主人はため息をついた。

 

 

(これだけじゃ、何が欲しいかは分からないな)

 

 

もともとそういうことは苦手なのだ、なのにこんなことで悩ませてとヴィンセントを睨んだ。少し八つ当たり気味に眉間にしわを寄せて、ヴィンセントが嫌いないつもの「帰省のススメ」をあくび交じりに話をした。

 

 

「シロって、けっこうこの三ヶ月で大きくなったよね。その分この家も狭くなってきた気がするよ、そろそろお前の寝るところがなくなりそうだよ。だから実家に帰れよ、せめて三日帰って来い、この兄不幸者」

 

「心配には及びません、最近大斧の扱いにもなれたので隣に一軒くらいなら自力で建てられますから。……マスターのお手間はかけません、でもエサのやりすぎは注意してください」

 

「うわあ」

 

 

絶望して、天井を見上げる。恐ろしい事に居ついた頃はあったシミがない。古い板は真新しい板に所々変わっている…メイドじゃなくて林業でもやってろ、兄と一緒に。

 

 

(なんでそんなサバイバル術ばっかり向上してるんだ、こいつ……)

 

 

ため息をついて幸せが逃げる――家族は兄が一人、ヴィンセントがこの世で一番大切にしている。

 

そのくせに今の兄は昔と違うとか思春期の女子みたいな事を言って家出してリーオの家に強制的に居候している(なにせ冬の馬小屋に半月も居座られて、放っておいたら凍死してしまったからだ)。

 

そして――リーオの従者でもある。そしてそれはヴィンセントがここに留まっている口実だ。

 

ただリーオは、今はヴィンセントを従者とは思っていない。

あれはもともとヴィンセントが生涯をかけて叶えたい望みと引き換えの主従契約だ。それが破綻した今ただの知人でしかないが家出先に困ってここにいる、それがリーオの認識だ。

 

 

(まあ、こいつなりに寂しいとか、感じなくもないんだろうけど)

 

 

しかしそれならなおさら、兄の元へ返すべきだ。……いつ帰れなくなるか分からないのだ、いつ居なくなるかなんて分からない。

 

それに、リーオにはよーく分かっている。今でもヴィンセントは性懲りもなく実に兄のギルバートを心底慕っている。

世界の中心は兄、リーオにとってのエリオットと一緒だ。

 

だったらさっさと帰れよ、と今すぐ言いたいところだが言い争いは今は休戦中だ。

 

 

(さて、もう少し整理しよう)

 

 

今ずらずらと頭の中で客観的な《ヴィンセント》の情報を並べた。そしてその一つ一つをパズルのピースのように組み替えてみる。――そんなヴィンセントが欲しがる物って何だ?

 

 

(とりあえず、何が欲しいって聞いたら「何も欲しくはありません」って言うんだろうな。ボクがエリオットにそう言われたらそう言ってたみたいに…物欲がないところは似たものなのかな?)

 

 

予想がつきすぎて、何事も率直直情遠慮なしに行動するリーオでも口にしない。面倒くさい男だ、ああ本当に面倒くさい――シロを抱き上げて頬ずりをする、寄り添ってこようとする肉球の感触が鎖骨の辺りに心地いい。

 

しかし、ピースはうまく繋がらない。なにかいい方法は――そうだ。

 

エリオットに昔言われた言葉、フィアナの家の兄弟たちに買う土産を悩んでいたところで言われた言葉。

 

 

――『お前がほしい物を考えれば、分かるんじゃないか?』。

 

 

相手の立場にたてということだ、一理ある。ただ相手がヴィンセントだと少々自信がないが――仕方ない、お互いの共通点を探してみよう。

 

リーオは並べられる皿とそれを眺める従者を見比べて、記憶から情報を追加する。

 

 

(性格)

 

 

ブラコン、変態、疑り深い、自分が嫌い、一度人に懐くと死ぬまでなつく、にんじん嫌い……あまり共通点がない。前にあまりにリーオの山暮らしを快適にするために頑張るので、冗談で頭をなでてやったら普通に喜ばれたが、さすがにそれは贈り物とはいえないだろう。強いて言えば自分があまり好きでない気持ちは分かるが、プレゼントの選択には役立たない。

 

 

(最近の暮らし)

 

 

冬には薪を割っていた、春にはウサギを仕留めてシチューにしていた、夏は川で網漁に挑戦してその干したものがまだ備蓄してある、秋に入るときのこの採集に余念がない――ヴィンセントはリーオの生活に必要な技能をリーオの倍のペースで修得している。おかげでこんなに快適に暮らすつもりはなかったのに、結構優雅に暮らせている。魚を焼いた料理はリーオの好みだった。

 

 

(趣味)

 

 

人形をハサミで切る、悪巧み、チェスはリーオと互角程度…不本意だがチェスをするのは結構楽しい。

最近は野草の新しい調理法やイノシシの解体の効率化に凝ってる。

 

 

(んー、女の趣味…ちょっと分からないな、ノイズ?ミス・エイダ?)

 

 

リーオは恋愛には縁がないのであまり分からない、でも誕生日に恋人を箱に入れて贈るわけには行かないからそれは別にいいのかもしれない。

 

 

「……はー」

 

「マスター、何か悩みでもおありですか?」

 

 

目玉焼きを並べるヴィンセントが見上げてくる。背が高い男の上目遣いに、またため息……どうしてこの男はそんなに従者でいようとするのだろう。もうなんの利害関係もないはずなのに。

 

 

「んー?別に、悩みって程じゃないかな」

 

「僕でよければ、いつでもお話ください」

 

「ないって、ある時はシロに言うよ」

 

「……ちっ、この猫風情が」

 

「ん?なんか言った?」

 

「いいえ」

 

「しゃー!」

 

 

急にシロが騒ぎ出して、リーオは不思議そうにその頭を撫でた。ヴィンセントの笑みがどこなく引きつっている気がする、どうかしただろうか?シロをじっと見ているが、撫でたいのだろうか?

 

 

「……なあ、ヴィンセント」

 

「はっ!?…はい、マスター」

 

「どうしてお前は僕を主人として扱うんだ?帰りたくないってのは、勝手だと思うけどなんとなく分かるよ、でもどうして僕の所に来てまた僕を主人扱いすうるのさ?僕とお前はバスカヴィルのことが終わればただの他人だろう?」

 

「……リーオ様が僕のマスターだからです」

 

「意味わかんないよ」

 

 

パンに手を伸ばすとヴィンセントが傍らに控えたまま、リーオは少し悩んだ…これだけ一緒に住んでいるのにヴィンセントはリーオと一緒にほとんど食事をしない。傍らに控えてあれこれ世話を焼いて、食べたら片づけをさっさとすませてしまう。

 

それをやめるようにいっても何度も何度もヴィンセントは断った、だからシロが来るまでリーオは二人でいても一人で食事をしていた。

 

それを寂しいと思うほど心の潤いのある人間ではないとリーオは自分を規定していた。…しかし、今は少しだけ前言撤回している…横に誰かいるのに一人で食べているのは少し味気なく、寂しい気がする。

 

 

 

「ヴィンセントも、食べろよ。ほらそこに座れ」

 

「マスターと同席など、従者には出来ませんよ」

 

 

完璧な笑顔でいつものように言われる――いつもの事、何度も繰り返されてきた会話。

 

 

(あれ……?)

 

 

どうしてか、少し目の奥が熱を持っている。そしてイライラしてきた。

 

なんで従者従者とうるさいのだろう、そりゃ自分もエリオットに使えていたから理解できる部分がなくはないけど。

でもエリオットとは一緒に食事くらいはしたし、お茶だって飲んだし、本も読んで、休日にはピアノを弾いて本の感想を――そして。

 

 

「退屈なんだよ、一緒に食事くらいしろ」

 

 

毎日作ってるだろ。でも食べるところをほとんど見たことがない。

 

 

「退屈でしたら、お話くらいならできますよ」

 

 

また拒否、それでも従者かと胸中で毒づく。この冬が終わる頃までに追い返してやる……それまで一緒に何も食べることなく、帰ればいい。

 

あのキッチンにもうこのやっかいな従者がいなくなっても、リーオは構いなどしない――。

 

 

「マ、マママママママ、マスター!?どうして泣くんですか?」

 

「え?」

 

 

――でも、少し心残りかもしれない。寂しいと感じるのは久々だった、感覚が麻痺していたのに……。

 

気がついていなかった、一線涙が頬を伝っている。拭おうとすると「みぃ!」とシロがリーオの寂しさを舐めとった。それを埋めるように何度も何度も。

 

 

(本当に…こんな変な二人組にもったいない猫だよ、お前は)

 

 

「ま、また夢を見たんですか!?それとも腹痛ですか!?この猫が引っかいたんですか!?」

 

「シロがそんなことするわけないだろ……お前のせいだよ」

 

「ぼ、ぼぼぼぼぼ、僕が!?…なにをですか?」

 

 

本気で小首をかしげて不思議がっている従者、そんなどうしようもない従者を持った主人は差し出されたハンカチを珍しく素直に受け取ると目元を拭った。

 

 

「来週がお前の誕生日だって、昔エリオットが言ってた夢を見たんだ」

 

「やっぱりエリオットですか!?」

 

 

なんでそこで叫ぶんだよ?わけが分からないことばっかりして、とリーオはヴィンセントの頬をつねった。

 

 

「いた!?やめてくださいよ!それよりその事でまた貴方は……!」

 

「……ばーか」

 

 

予想以上に伸びた頬から手を放してリーオはハンカチを額に押し当てると、認めた。

 

やっぱり急にヴィンセントがいなくなったらリーオは寂しいと思うのだろう。もちろんそれ以上に帰さねばと注釈つきだったが……でもやっぱりもう少しここにいて欲しいとも思った。

 

 

(ヴィンセントが、急にいなくなったら寂しいよ)

 

 

だからせめて何か贈ってやりたかったのだ。

 

 

「僕はお前の誕生に何か贈ってやろうと思ってたんだ……ほらこの前貴族の家庭教師をしたから臨時収入があったんだよ」

 

「…………」

 

「だからお前が何なら欲しいかあれこれ考えてる内に、何やっても喜びそうになくてだんだんイライラして涙が出てきたんだよ」

 

「僕に、マスターが誕生日の贈り物……?」

 

 

 

でもお前どうせ断るだろう?と寂しさは隠す……やっぱり帰してやるのが一番だというのは変わらない。

 

しかし、そう告げたリーオにヴィンセントが返した反応は……正直完全に予想外だった。

 

 

 

「マスター、僕、今とても欲しいものがあります」

 

 

 

 

 

……………………

……………………

……………………

……………………

 

 

 

 

 

数日後、ヴィンセントの誕生日に二人は麓の町にいた。

 

 

「いやー、本当にありがとうございます」

 

「…………」

 

「去年はあいつに苦渋を飲まされましてね、今年は罠も弓も上手くなったんですが、正直心許なくて」

 

「……………………」

 

「この一年麓の猟師と情報交換を繰り返していて分かったんですが、あいつはこの辺りの主らしいです。だから入念に準備をしていたんですが、やっぱり決め手が欲しかったんですよね」

 

「…………ふーん」

 

「猟をするときの基本的なルールはある程度マスターしましたよ、とりあえず子連れと腹の大きいやつは狙いません」

 

「………………………………………………………………で?」

 

 

ヴィンセントは本当に欲しいものをリーオに伝えて、リーオがそれを買いに一緒に街に降りてとても嬉しそうに誕生日プレゼントを受け取った。それは、願ってもない展開のはずだったのだが……リーオは地獄のマグマを凍らせるような目でヴィンセントの喜びようを見ていた。

 

 

「マスター、こんなに嬉しいプレゼントは初めてです」

 

「へー、それはよかった…………ね」

 

「はい!大切にしますね、この熊撃ち銃!!」

 

「山の主の熊との対決のため、ね…………」

 

 

 

最新型なんてありがとうございますー!と子供のように猟銃を嬉しそうに抱く様は、本当はエリオットの代わりに贈り物をしたリーオには予想以上の収穫のはずだったのだけど……。

 

 

「…………ヴィンセント」

 

「はいっ」

 

 

テンションの高い従者に遠い目をした主人は拳を久々にかたーく握った。

 

 

「もう実家とは言わないから野生に帰れええええええええええええええええええっ!!」

 

「なんで怒るんですかああああああっ!!?」

 

 

綺麗な左ストレートをヴィンセントに食らわせたリーオは覚悟した――やっぱりこのバカはこの冬までに実家に帰そう。

 

 

 

(じゃないと本気で山に居つくかもしれない…これからはヴィンセントに一層冷たくしよう)

 

 

 

誕生プレゼントを抱いたまま綺麗に放物線を描いて倒れたヴィンセントをシロがつんつんと前足でしばらくつつくと、肩を怒らせて歩くリーオの元へと走っていった。

 

 

 

 

 

つづく おあ 終わる

 

 

 

半年以上経過していますが、ヴィンセントの誕生日小説でした(白目)

あと行間を心もちあけてみました。

あとワードのHTML保存を利用してみたのですが、ちょっと改行が大きく反映されすぎるみたいですね、うーん・・・。HTML文法チェックにも引っかかりまくってるし・・・。

2014-5-11