まあ魔王のような存在なのだし、悪の道を突き進むのもいいだろう。




「 リーオはちょっと旅行中です 3 ~決別~ 」







 リーオは人から遠ざけられる寂しい少年だった。

 仕方のないこと。彼は何もない宙をじっと見つめ、聞こえない声を聞く奇妙な少年。その奇妙さは不気味さになり、自然と緩やかな排除の波に晒された。

ーー(きっとあの少年はよくないものだ)ーー

 最終的に母親ともども町外れにこっそり人目を避けて暮らしていた。
 自分さえいなければ母は町で堂々と暮らせることをリーオはよく知っていた。ただ自分を捨ててとは言えなかっただけで。

 他人の顔も見たくない程人間が大嫌いではない。けれど人がそこまで嫌い、怯えるなら話かけようとは思わなかった。自然とリーオも人を避けるようになった。

 黙々と唯一彼を遠ざけない母の手伝いだけをする日々が続いた。そうしていく内に人なんて自分とは関係のない存在だと感じるようになった。自分の死も他人の死もどうでもいい。

 しかし、ある日母が死んだ。黒いもやが胸の内に広がったが、母の死を無視するように日々の生活を続けた。そしてパンドラへ連行され、孤児院に入った。
 本やピアノと出会い、思わぬ穏やかな日々。集団生活にもなんとかなじめた頃、それは訪れた。

 エリオットが現れたのだ。





 海の波の音を思わせる賑わいの中、リーオは宿代を財布から出していた。

「あれ?お客さん、一週間のお泊まりでは?」
「すみません、急用ができて。明日の分まで出しますから」

 酒場の喧噪は小うるさいが、人の行き交いの暖かさもあった。海辺の潮騒をいつまでも聞いても飽きないように。

 昨日聞こえていたピアノの旋律は今日はまだ聞こえない。時計は五時少し前、演奏にはいささか早いか。
 こっそり五日分とお詫び代を払ったのに従者にバレバレなくらい女将の顔は明るくなった。紙幣を持つ手をがしいと細腕らしからぬ腕力で押さえ込まれる。

「あらら、こんなにいいんですか」
「マスター、まだ四日しか滞在してません!せめて今晩まで泊まっていきましょうよ」

 追いついてきた、予定より出発が早いことに従者は不満らしい。五分前に不意打ちで出発を告げたというのに・・・・・・その割にカタログから抜け出たようなパーフェクトな旅装だ。主人は三十分も前からこそこそ準備していても適当な服装だというのに、完璧主義で要領がいいというのも考え物だ。

「なんでもう出発なんですか?もうすぐ夕方ですよ」
「仕事がないのにいても仕方ないだろう・・・・・・手紙、お願いできますか」
「明日配達人が来るから、渡すだけでよければ」
「ほらほら、明日直接配達人に渡せばいいじゃないですか」

 なにがほらほらなのやら。営業スマイルの女将と口うるさい従者に挟まれてどちらに返事をすればいいのか。とりあえず宿の女将にいくらか握らせて「急いでないので」と封筒を握らせた。金額にびっくりした女将は律儀そうに手紙を引き出しにしまう。

「ほら日が傾いてます、明日でいいじゃないですか。世界も明日の出発を望んでます」
「まだ出発する馬車があるでしょ、いいかげんしつこいよ」
「マスターも相当しつこいです、はちみつ練り菓子並にねばついてます」
「あーもう!」

 出発前からがくりと疲れて出口に向かう。このままではちみつ菓子になって引き留められそうだ。

 と、平和な海の中に人が突っ込んだようなざわめきが耳に入る。酒場の騒ぎに何事かと振り返る。足を止めた途端ぱあっと目が輝かせたヴィンセントに違うと目配せした。

 騒ぎはピアノの演奏者を中心に起こっているようだった。

「どうした?」「なんでも、ピアノ弾きが指を怪我したらしくて」「えー、弾けないの?」「おい、さっさとしろよ。こっちは待たされてんだぞ」

 演奏者は中年の女性だった。女性だが酒場のピアノに座る様子は似合っていた、慣れているのだろう。黒と金の衣装に柳のような物腰。酔っぱらった客のブーイングに耐える姿はなかなか可哀想だった。

 全然似ていない、けれど孤立した母を思いだした。

「・・・・・・ねえ、大丈夫ですか?」
「お客さん、すみません!指をピアノの蓋に挟んでしまって。・・・・・・ああ、どうしよう片手じゃ弾けないわ。もう呼んでもらえないかもしれない」

 だから声をかけてしまったのだろうか。坊やが待っているのに、咳がとらまないのにと小さな声が漏れた。ーー母と子の二人きりの家族なのか。
 瞬間、リーオは彼女の隣に立った。

「僕が片手分弾きます、タイミングが難しいですが何とかしましょう。席をそっちにずらして」
「え、お客さん・・・・・・でも」

 リーオの途中からない片方の腕が遠慮がちに見つめられた。

「大丈夫です・・・・・・とは言えませんが連弾の経験なら」

 言って愕然とした。この曲はダメだ。これはダメだ。絶対ダメだ。その様子に演奏者は首を横に振った。黒い瞳に諦めと感謝と悲しみが宿っていた。

「・・・・・・坊や、ごめんね。お母さんもうダメかもしれない」
  
 祈るような婦人の声に、半ば無意識に鍵盤に触れていた。深呼吸したリーオは自分に確認した。

(指が震えないか、呼吸はできるか。目の前が真っ暗にならないか、泣き出してしまわないか)

 視界はぼやけて暗かった、そんな中鍵盤の感触だけをアテに演奏などできるのか。客たちも騒ぎ始めている。

(僕がよかれと思ったことは、やっぱり裏目にでるのかなエリオット)

 覚悟して、リーオは最初の旋律を弾いた。







 リーオ=バスカヴィルは良きバスカヴィルの民の統率者だった。
 その評価は統べる民からも、陰から支える人間の組織からも変わらない。リーオがグレン=バスカヴィルだからあの混乱の後も平和が続いていると誰もが彼を讃えた。

ーー(彼は懸命だ、賢明だ、奢らない、すばらしい人物だ)ーー

 忌み嫌われた孤児は尊敬を集め、彼も役目のために身を削った。新たな試みを行う度に周囲に見捨てられることも考えたが、みんなよく耳を傾けてくれた。

 結果としてバスカヴィルも人間も、過ちなど起こさなかった。正しいかどうかはわからない。けれど人を笑顔にしたり穏やかにすることが増えていた。

 本人の気持ちの方といえば、自分の道が困難でも容易でもどちらでもよかったのだ。生涯をとしてグレンの責務をやり遂げると決めていた。悔いを両腕に抱えて消滅したオズや責務の重さに耐えきれず苦しんだオズワルドを見てきたことを無駄にしたくなかった。

ーー(そこには、君の死なない未来があったかもしれない)ーー

 あの時、エリオットの死をなかったことにできる可能性を取らなかった道を選んだ。そうしてまで選んだ世界を守ることは当然だ。確率は砂粒だとしてもゼロではなかった。それを捨てた罪は自分で決めた枷だ。

 償いは死ぬまで世界の平和を保つこと。魔王のようなグレン=バスカヴィルとしては似合わない穏やかな目的だ。けどこの重圧を抱えて、死ぬまで生き続けるつもりだった。

 バスカヴィルの民たちは奢らず、自分たちの役目をこなした。従うだけではない。共同統治者としてシャルロットとダグはリーオの良き相談相手だった。直属の従者のヴィンセントは気ままな傾向はあったが、アヴィスの核の交流者としては丁度良かった。

 つまりは全ては順調で、リーオは充実していた。・・・・・・けれど。







 夕闇に伸びる影の背が高くなる。オレンジ色の光の中でリーオはようやく従者の姿に気が付いた。

「・・・・・・マスター!待ってくださいよ!」
「え・・・・・・ヴィンセント?」

 驚いた、ゆっくり歩いているつもりだったのに。
 街道のはずれの道だった。ニレの木が乱立して、春の新緑が夕暮れに溶けている。寂れた場所にはリーオとヴィンセントだけがいた。

 さっきまでいた宿はどこだろう。夕暮れに陰る道の真ん中で荷物を肩にかけた従者がぜえぜえ肩で呼吸をしていた。
 走っていたのか、なら自分を追って走っていたのだろう。けれどまるで覚えていない。

「どうしたんですか、ピアノが終わった途端宿を飛び出して。マスターのピアノなんて初めて聞きました、盛況でしたよ」
「・・・・・・ごめん、ぼうっとしてた。本当に気が付いていなかった・・・・・・いい演奏ができたんだ」
「あんな全力疾走しておいて、ぼうっとしていたはないでしょう?・・・・・・さっきのピアノのことですか?」

 なにから話せばいいのか、なにを黙っていた方がいいのか。整理のつかないまま言葉だけが肺からせり上がってきた。

「記憶にない素晴らしい演奏か、あの女の人が気にしてなければいいんだけど」
「客にもうけていましたし、五曲完走に彼女も感謝していましたよ。・・・・・・ピアノくらい、弾くというなら助けますよ」
「へえ・・・・・・五曲完走か」

 あれは初めてエリオットが教えてくれた曲だった。だから二度と弾く気はなかった。いや、ピアノ自体もう触れるつもりはなかった。

(僕は未来のために生きるつもりだった)

 けれどそれは過去を失っていく、ということでもあるのか?

「・・・・・・昔のことを思い出していたんだ。五年前オズワルドに乗っ取られた時のことを」

 どこから意識がはっきりとしていたのだろう?・・・・・・ギルバートにオズを撃たせた記憶はない。初期は記憶が混乱し、目も耳も塞いで世界から自分を閉ざしていた。

 けれどジーリィによる世界の真相、ザークシーズ=ブレイクに切り落とされた腕、もう死しか救いがないと言ったヴィンセント。その辺りから記憶が鮮明になる。

(今でも、この世界が滑稽とは思わないな)

 リーオにとっては世界はまだまだ未知の領域の多い不思議なものだ。彼らは今も監視をしているのだろう、基本関わりがないが偶に薄気味悪く思う。

「あの頃ですか・・・・・・あいたっ!?」
「にゃー!」
「ああ、シロ。籠からでちゃったんだ」

 そういえば首輪と紐を買ってやったばかりだ。ブルーアイの美しい白猫は張り付いていたヴィンセントの背を登り、リーオの腕に飛び込んだ。オフホワイトの毛並みに紺色の首輪と紐がよく映えていた。

 その愛らしさに微笑みの形を作って愛猫を撫でる。ただリーオの瞳に感情は浮かんでいない。従者と猫に聞かせるように話は続いた。

「あの時、僕はいろんなものを見て色々なことを考えた・・・・・・本当にね、オズワルドの影でいろんな風景を見ていたんだ」

 オズワルド、レヴィ、ジャック=ベザリウス、レイシー。みんな身勝手で、自分が分からないという顔をしていた。
 その面影すべてにリーオは昔の自分の影を感じずにはいられなかった。エリオットと出会う前、世界は明日滅ぶと宣告されてもどうでもいいと思っていた頃。

「ジャック=ベザリウス」

 ヴィンセントの呼吸が数秒止まった。

「ジャックは僕にとってショッキングな人物だった。あれだけ自他共に冷徹になれて、世界を滅亡させてもけろっとしてる。きっと世界で一番強い人で、僕には理解不能な人物だと思った。
 でも見ているうちに僕は彼の気持ちが理解できた。・・・・・・何のために生きているのかも分からないときに、かまわれて会話して嬉しくて、そしてその相手が世界の全てになった」

 自分も世界もどうでもよかった。楽しいと思う時間ができて、心を開く喜びを気付かされるまでは。・・・・・・つまり大差ない人間だったのだ。

「ジャックは馬鹿だよね。寂しいって一言も言えないから、世界を滅ぼすなんて」
「・・・・・・ジャックは、ただ滅びを願ったわけでは」
「そうだね、滅ぼすかどうかはどうでもよさそうだった。ジャックはレイシーに尽くすことで正気を保っていた生き方を変えられなかっただけだ。・・・・・・妹を殺して、時間を歪めようとしたオズワルドと一緒だ」

 アヴィスの意志を生み出したレヴィもレイシーも同じようなものだろう・・・・・・リーオもそうだ。生き方は価値観だ、簡単に変わるなら誰も人生に悩みは抱くまい。

「彼らを勝手だと思った、そして弱い人間に見えた。僕もそうだったからかな」
「マスターは強い人ですよ、自覚がないだけで」
「お前ってさ、僕が不幸っぽいとかまいたくなるの?」
「・・・・・・はい」
「言いたいことは分かるよ、誰しも身近な人間には不幸になってほしくないもんさ」

 孤児院の兄弟たちを思い出す。彼らだって泣いていれば声をかけた、笑っていれば安堵した。今はフィアナの家は解体され、生き残った子供たちは方々の施設へ行っていた。リーオがそうさせた。

「そうですね、マスターが不幸だとイライラします・・・・・・そうでないなら多少は気分がましになります」

 ヴィンセントは必死だった。この旅にでてから、いやあのひどい風邪を引いた日からリーオは明るくなった。けれどその明るさは影も濃く、死を予感させた。燃え尽きる寸前のろうそくが最後に吐く火が苛烈なように。・・・・・・到底安心できるものではなかった。

(ギル、エイダ・ベザリウス・・・・・・簡単に希望だ幸福だと、一瞬だけでも相手を思わせる力を貸して)

 脳天気に見えるほど未来を信じるのその信念を、今だけでいいから。

「僕はきっとあなたに幸せなんて教えられません。生きていて良かったともきっと・・・・・・でもあなたの願いを叶えるためには何かできます」
「いや、結構お前と一緒いて楽しかったよ」

 彼は幸せになるだ不幸になるだ、そういうことを言うのが大嫌いな類の人間だ。食べて生きて死ぬだけの乾いた人生が真実だと言いたいタイプだ。
 ここまでそれを言い続けることにいっそ感心していた。その背後にあるのがリーオの生み出した不安だと知っていても。

「不幸にならないでくださいーーどんなことでもいいです、願いを叶える手伝いをさせてください。明日を惜しんでください、そうでなければ、きっとあなたは」
「ーー死んじゃいそう?」

 頷くヴィンセントは真剣で深刻だった・・・・・・ああ、本当に気に食わない。

「でも僕はね、幸せには死んでもなりたくないんだ・・・・・・いっそ死にたい。ユラの屋敷で死ねていたらよかったのにね」
「マスター!」

 従者から主人へ平手打ちが炸裂した。

 しかしヴィンセントの腕はリーオの頬どころか頭蓋骨を突き抜けて、夕方の風だけを叩いた。
 それどころかリーオの姿自体、風に舞う砂のように消えていた。それどころかさっきまであった小さな道すらなく、夕暮れの光もなく・・・・・・霧に世界は閉ざされていた。

「幻・・・・・・!?」

 ただの街道から足下以外全て白い世界に変化する。尋常ではないことが起きている。

「これは・・・・・・チェイン?」
「ドードー鳥は優秀だよね、幻覚によっては相手をショック死させることも可能だっけ?そんな至近距離で会話していてばれないとはねえ」

 巨大な飛べない鳥の背に腰掛けたバスカヴィルの主は十メートルは離れた場所にいた。霧の中、主だけがはっきりと見える。その肩にいるはずのシロの姿はない。

「マスター、なんのつもりですか!」
「僕はね、口ではオズワルドの生き方を否定しているけどやってることは同じだった。多分ジャックともね」

 リーオはチェインの行使を滅多に行わない。理由は二つ、一つはそんな非常事態が起きない。もう一つは使えば容易に相手を殺しかねない。

「ヴィンセント、ここでさよならだ」
「承諾できません!」

 なら争うしかない。リーオが目を伏せた瞬間、ヴィンセントの周囲に懐かしい風景が広がった。一気に五感が支配される。

(あれ?・・・・・・僕はどうしてここにいるんだっけ?)

 思考に靄がかかるーー何をしていたっけ?あの山小屋、その自分の寝室ーーそこを心地よいものにしようと一年間試行錯誤を繰り返しきた。主の寝室を心地よくするのに、まずは自分の部屋から改造して・・・・・・ああそういえば、一日の仕事を終えて帰ってきたのだっけ?

(・・・・・・さっきまで夢を見ていたのかな。マスターと旅をするなんて・・・・・・馬鹿馬鹿しい、いつものように薪を割って狩りをして料理をして、今日ももう夜)

 ならここでぐっすり休むことになんの間違いもある、はずがない・・・・・・?

(・・・・・・支配されちゃいけない!)

「死刑執行人!」

 宙に出現させた死神の大鎌があたたかな寝台をまっぷたつにした。同時に自分の寝室は黒い靄となりかき消えた。

「ドードー鳥の幻覚を退けるとは死刑執行人もたいしたものだね」

 黒翼を使うたび相手を殺さないため、リーオは所有する三翼を殺傷能力の低いものを選んだ。最初に契約したジャバウォック、現実並の幻覚を見せるドードー鳥、五感を闇に閉ざす梟。傷つけずに相手を拘束できるチェインーーヴィンセントは十秒で十手対抗策を考えた。しかし何をしても敗北のイメージしか浮かばない。

「ポーンとナイトだけのヴィンセントで、クイーンばっかりの僕とのチェスには勝てる道理がないーーおとなしく眠って」
「質問に答えてください、死ぬつもりなんですか!?」
「・・・・・・わからない」
「そんな答えじゃ納得できません!」
「警告はしてきたつもりだよ、僕にとってお前は捨てようと思えば捨てられるものだ」

 選ぶ相手を間違えない方がいい、そう忠告した。

 不幸になってほしくないとしても是が非とまでではない。それがリーオの従者に対する結論だった。これでも最後は彼をあっさり見捨てると通告してきたつもりだったが、甘かったのだろうか?・・・・・・まあそうだろう、リーオは寂しさには弱かった。

「お前が僕になにかしらのやりがいを感じてくれているのは知っている。けどさ、所詮僕はエリオットの方が大事なんだよ。お前が僕なしで不幸になるとしても、僕は自分の意地の方が大切なんだ」

 霧の空間を破壊しようした死刑執行人の体がジャバウォックの前腕で首から上が吹き飛んだ。眠りネズミは戦闘が始まれば無力だ。
 リーオは一抱え程の黒き梟を呼び、ヴィンセントの周辺を闇に閉ざした。幻と闇、今度こそ一ヶ月ほど眠ってもらえるだろう。

「戦うなんてやめときなよ、僕と戦いになる戦闘能力はこの世界にほとんどない。君のお兄さんくらいじゃないかな・・・・・・契約直後の僕ならいざしらず、操ろうと思えば四翼支配下におけるんだよ?」
「僕に勝手に死ぬなって言いましたよね!?そのあなたが勝手に死ぬつもりなんですか!」

 痛いところを付いてくれる。質問に答えず、返した。

「僕はグレンとしての責務を果たした。後はただのいじけた孤児でたった一人の友達を死なせた罪人だ・・・・・・自分なりに好きにするさ」

 大人って責務を果たした後は結構自由だねと嘯く。

「マスター・・・・・・リーオっ!」
「ヴィンセント、ここまで付き合ってくれてありがとう。さよなら、おやすみ」

 梟の闇を五感全てに対応させる。幻の中からは誰も逃れられない。・・・・・・山小屋の自室、ナイトレイの自室、果ては百年前に兄と過ごした部屋の幻が取り囲む。

 ヴィンセントは拳銃を抜いて打ち抜こうとする。しかし・・・・・・兄と過ごした部屋だけを打ち抜くことができない。チェックメイトだ。

「みゃー!」
「・・・・・・シロ」

 懐に入れていたシロが頬をひっかいた。一筋の鮮やかな赤が頬からこぼれる。首根っこをつかみ、エリオットと同じ色の瞳とリーオはにらみ合う。

 と。前ぶれなく、ヴィンセントを囲む幻覚と闇の檻が消滅した。

「っ!本当に・・・・・・きちゃったか」

 予想はしていた。けれど冷や汗は止められない。

 膝を突いているヴィンセントはぜえはあと呼吸で精一杯のようだった・・・・・・その傍らに守護者のように五歳ほどの子供が立っていた。

 黄色の強いハニーブロンドにエメラルドグリーンの瞳、まとっているのはパステルカラーの子供服だった。リーオにとっては懐かしい友人のオズの姿ーーいささか幼いが。

「・・・・・・グレン」
「・・・・・・やあ、アヴィスの核」

 鈴を鳴らすような美しい声に、不安そうな色。

「役職名じゃなくて、いつもみたいに呼んで」
「アンノウン・・・・・・そんなにいい名前じゃないけどね」

 かつての友人にそっくりの影。未知や未確認という曖昧な名前しか考えてあげられなかった。
 アヴィスの底にいけば十五歳のオズそのままの姿だが、こちらとわずかな交流を持つようになって飛ばしてくる影はもっと幼いものだった。

 そちらの方が楽だから、という言だったがリーオの考えは違う。彼の思考の幼さはこの外見の方が近い。

 幼き万能の支配者は、おどおどとしょっちゅうやってくるヴィンセントとたまにやってくるリーオを見比べた。人見知りな表情ではっきりと宣言した。

「ヴィンセントが困ってる。そ、そのいじめちゃだめだよ、本にもそう書いてあった」
「そうだね。できれば困る前に眠らせたいんだけど」

 冷や汗を隠す。ヴィンセントを遠ざけるに当たって最大の伏兵はアヴィスの核だった。それはたった一人の相談相手をとても大切にしている。
 この世界ではリーオに戦闘でかなうものはいないが、彼が別だった。

「さて、どうしようか・・・・・・?」
「にゃー」

 霧の中、シロの鳴く声だけが責めるようにに響いた。



あとがき


※この世界線ではリーオはあれからピアノを一度も弾いてないことにしておいてください。


 お久しぶりになり、すみません。ちょっとオフラインでパンドラしてました。

 昔好きなマンガで天才ピアニストがピアノをやめると決意したときに、ピアノの蓋で利き腕の指ををおもいっきり叩きつぶしたというエピソードを聞いたとき「ピアノの蓋ってこええ」と思いました。

 物語は完成させようとしていけない、解放させなければならないという格言を思い出しつつ、続きます。



キャラ設定


ロッティ
 リーオの右腕、良き助言者にして現場監督者。
 オズワルドの二の舞は作るまいとしたリーオの方向性に大賛同した。
 ジーリィの真相を幹部で真っ先にリーオから教えられたのでバスカヴィルの民であることに不安を覚えることもあるが、よく働いて未来をよいものにしようとしている。オズワルドの苦悩について相談相手になれなかったことをリーオの相談者になることで帳尻を合わせようとした。・・・・・・が右腕になってしまったので、性に合わない書類仕事に最初は難儀した。


ダグ
 リーオの左腕、寡黙ながら良き相談役にして技術開発者。ロッティとは違う視点でリーオを支えた。
 左腕にギルバートを据える案もあったのだが、アヴィスの意志の交流者ヴィンセントが暴走することがあったので没となった。またギルバートとしてはグレンに仕えるということ自体に抵抗があるらしく、遠い場所を調査することを希望することが多かった。
 面倒見がよいので、新参のバスカヴィルの教育係でもある。

リリィ
 レイムの養女。バスカヴィルより人間っぽく暮らしている。
 レイムの案で人と交わって暮らしている。バスカヴィルとして生まれた者が普通の人間の中に交われるか、その試みの結果はまだ出ていない。本人はバスカヴィルよりの人間組織のご飯がおいしいので満足。




2015/10/10