「あら、あなたは……ジャック、かしら?ずいぶん久しぶりね」

「やあレイシー!久しぶり、八年ぶりだね、君にはお礼を言わないと。・・・・・・君には感謝してるんだ、私が路上から貴族の一員になれたのは君のお陰だ!
 君と別れて、あれから人を殺めることも騙すことも、沢山あった。身を売ったし、盗みも殺しもしたさ。けどある程度まで行けば私の手を汚すこともなくなった。ここまでくれば、後は私の手を汚すまでもない。
 でも君が自分の手を汚してでも人は生きていけるって教えてくれたことが全ての始まりだった。ありがとう、今度富豪の令嬢と結婚するんだ。私は君のおかげでやっと金持ちになれて幸せになれるよ、ありがとう!」

「・・・・・・すっかり、可愛くなくなったわね」


 そのジャックの姿にがっかりもしたが、それ以上に私はほっとしていた。





【 レイシーの悩み事 1 】




 ・・・・・・という夢を見た。
 夢分析というものがあるが、これはどういうものに分類されるのだろう?

 天候は穏やか、けれど風は少し冷たい。
 そんな日にジャックが訪れると自然と小さめの客間に案内することになる。カーテンが鮮やかな緑で樫の木の家具一式でまとめられた内装は森の中のようだ。天気自体はいいのでピクニックをしている気分だけ味わえる。

「レイシーは今日も綺麗だね」

 いつものように満点の笑顔でそう言われる、いつものことなので適当に返事をする。

「ジャックに言われても、あまり嬉しくないわ。良い意味でも悪い意味でも社交辞令でしょう」
「私は君にお世辞を言うつもりはないよ、本当に綺麗だと思ってる」
「そうでしょうね、でも相手に興味があってもなくてもあなたはそう言うわ」

 だから無意味だと告げるとジャックは首を傾げた、彼こそ美しい男だ。
 だから出会った頃に路傍で飢えて死ぬくらいなら身売りした方がいいと示したことを思い出す。華奢な首など私が力を入れればばっきりいけそうで・・・・・・。


(私、ジャックを殺しておいた方がいいかしら?)


 そして自然にそう思った、なにしろもうすぐ私は死ぬのだ。そして彼は私を世界の全てだという、他の全てものは二の次だと。

 なら私がいなくなったその時にジャックが兄やバスカヴィルに仇なさないとどうして言える?災いの芽は小さい内に摘まないと取り返しのつかないことになりかねない。
 十五歳のあの時から彼は私を求めるあまり余人の立ち入らないバスカヴィルに入った挙句深入りしすぎている。勘がいい彼が知られてはまずいことを勘づいていないとは言えない。

(グレンが出入りを許すから……今の内に殺すなら、私は適任よね。ジャックは抵抗しなさそうだし、してもチェインの前には大した脅威じゃない。・・・・・・ジャックからしても本望かもしれないし)


 愛だの恋だのの以前に、幼い憧憬と妄執の行き着く果てとしては妥当かもしれない。


(兄様にやらせるのは残酷よね、やっぱり私の蒔いた種だし・・・・・・彼を殺して後悔したとしても私は近々死ぬし)


 そう思い運ばれた紅茶を一口飲んだ。茶器は白に風景画が描かれた美しいものだった。高級品だろう、のぞき込むと旅をした気分になれる所が気に入ったかもしれない。
 もしかしたらジャックの贈り物だった気がする。彼からは大量にものが送られたので正直覚え切れている自信はない。

「ねえこのカップ、あなたがくれたものだったかしら?」
「うん?・・・・・・いや違うね、これはグレンが買ったものじゃないかな。前に見せてくれた気がする。きっとレイシーが気に入るって言ってた」
「・・・・・・なんだか叩き割りたくなってきたわ」
「ええ!?レイシーが火傷するのはイヤだよ。割るときは気をつけてね」

(まーた、そういうことを言い出す・・・・・・)


 そんな事を言う男だから暗殺計画など練らなければならないのだ。うんざりと肘を突いて窓の外を眺める。城内の森が美しい緑を湛えていた、散歩すれば楽しいだろう。

 だがそういう男だから死の危機も省みずバスカヴィルまで来て、私に会いに来たのだろう。夢の中の彼のようではなく、会う機会もなく私自身忘れたまま。だから矛盾しているのは私かもしれない。


(私が死ぬまで後一ヶ月くらいかしら)


 はっきりとした期限は教えられていない。それまでには決めておきたいところだが・・・・・・こうしてお茶なんかのんびり飲んでいると殺意が鈍る。いいえ、最初から殺意はない。彼はただ懐かしい友人で憎しみなどない。

 これはただの・・・・・・義務感みたいなものだ。


(そうね、今日はグレンも兄様もいないしちょっと考えてみようかしら)


 そう思って私はジャックに散歩でもいかないかと尋ねる。ジャックは私が風邪を引かないか心配だと上着を掛けてくれた。

 そうしてジャックは殺されることなど予想もしないで私とともに寒風の下に出た。知っていたとしても、変わらないことだったかもしれないけれど。




つづく



新年早々、何書いてるんだろう・・・・・・。


2014・1・3