ちびノブの話  そもそも論






 ツッコミどこがありすぎて突っ込んでこなかったことに不意にツッコミたくなる時は突然やってくる。

「冷静に考えるとなんなんじゃ貴様?」
「ノブ?」

 見下ろして尋ねた信長の言葉にノーマルタイプのちびノブは可愛らしく小首を傾げた。




 五分前。食堂の前の廊下。信長は三時のおやつのレモンパイを食べ終えて、帰るところだった。

「あ、やべ」

 そして食堂の出口の直前で横切ってきたものを歩く勢いで蹴ってしまった。まずいと咄嗟に力を弱めたが信長の膝ほどしかない小さなそれはポーンと吹き飛んでいった。

「ノッブー!?」

 思い切り食堂の外まで吹き飛んでいくそれはちびノブだった。ノーマルタイプで信長の服装と大差ないタイプだ。ノーマルタイプ? いや、あんなのは自分とはなんの関係もないイキモノだが。

「って貴様かい?」
「ノブノブ!」

 ちびノブは即座に立ち上がり、信長に食ってかかった。

「猫でも蹴ってしまったのかと慌てたわい。貴様ならかえってよかった……なんじゃ? 一丁前に怒っておるのか?」
「ノブノーブ!」

 一部のタイプを除くと基本的にちびノブは喋れない。代わりにちびノブはプラカードを信長にペチペチとぶつけた。そこには「慰謝料払え」と書いてある(いつ書いたのだ)。

「ええい、うっとうしい。わしみたいなこと言いおって……って違う。わしはそんなケチじゃない。じゃが、確かにただで帰すとわしの沽券に関わるし……わしは貴様がわしだとか認めたわけじゃないんだからね」
「ノッブ!(賠償金!賠償金!)」

 追求がうざくてしっしと追い払おうとする。まだプラカードを振りかざしてくるので走り去ろうとするが不意に足が止まる。じっとちびノブのデフォルメされた我が顔を見て信長は我に帰ってしまった。

「冷静に考えるとなんなんじゃ貴様?」
「ノッブ?(金払う?)」
「払わん。そうじゃなくて……貴様はわしなの? なんか関係する生き物なの? なんで毎年新タイプ増えてるの? 著作権とか主張したいんじゃが」
「ノッブ〜(知らね〜、どうでもいいわ)」
「くっ、意味が分かるのがムカつく……ならば貴様を分解して確かめていいのじゃな?」
「ノブノブ〜!(きゃああああえっち!)」
「えっち言うな! なんで通じておるんじゃ!」

 信長が銀色のメスを構えるとちびノブは亜音速で逃げ出した。あまりのスピードに第六天魔王すら追いつけない。しばらく追い回した信長だが見失い、だが冷静に呟く。

「気になってしまったんじゃが……だがいい、こうなったら他の心当たりを当たるまでよ」

 小さくて自分に関連しているらしい謎生物・ちびノブ。
 その正体を追いかけたくなった信長であった(自分なのに)。







「姉上、ようこそいらっしゃいませ! ささ、汚い部屋ですがどうぞ!」
「近い近い」

 信勝の部屋を訪ねると亜音速で距離を詰めてきた。慣れた様子で顔を十センチくらいまで寄せてくる弟を引き剥がし、姉はさっさと椅子に座った。几帳面な弟らしく部屋自体は片付いていてこざっぱりとしていた。

「どうぞこちら粗茶ですが! ポテチはコンソメとのり塩のどちらがいいですか?」
「茶ってかコーヒーじゃし。なんで最近のわしのマイブームの味、お前知ってるの?」
「そりゃ最愛の姉上ですから! 聞き込みですよ! それと監視カメラのハッキングを!」
「うわあ」

 相変わらずストーカーの弟である。だが弟には甘い姉は弟のストーカー行為の違法性には慣れて、つい流してしまう。あとでダヴィンチに報告しておこう。

「それでどうしたんですか? 僕なんかの部屋に御用なんて」
「てか、信勝も座れ。お前に聞きたいことがあってな。いつもつるんどるお前なら分かるのではと思ってな」
「つるんでる? 僕は大体一人ですが……?」

 不思議そうに信勝は信長の向かいに座る。自分の分のコーヒーは淹れないし、ポテトチップスには手をつけない。どうせあとで自分が淹れる羽目になるのだろうと流した。

「いやつるんどるじゃろ。その辺にも普通におるし」
「ノブ?」

 ビシッと指差す先には銀のちびノブが四匹ほどノブノブと話していた。信長の足元にも金のちびノブがぼんやりとしている。信勝の部屋は片付いているがいつも無数のちびノブが常駐している。

 信勝はいつもたくさんのちびノブに囲まれている。というか戦闘で自爆ボタンまで押している。時々「メンテナンス」と言ってメカ系のちびノブのネジを外している姿を見たこともある。

 そう、信勝はカルデアで最もちびノブに詳しい一人のはずなのだ。

「ああ、こいつらのことですか? 姉上が気にするなんて珍しい」
「気にせん方がおかしくないか? なんか全体的にわしのコピーくさいし。いや、似てないけど、劣化コピーくさいというか」

 姉を崇拝している割に「こいつら」呼ばわりである。どうやら弟の中で「最愛の信長」と「ちびノブ」は完全に別個の存在らしい。

「改めて見るとこいつらがなんなのか気になってな。お前、なんか知らんの?」
「こいつらのことですか? ちびノブはなんか自然と周りにいたので深く考えたことがなかったのですが……あ、こら、僕の分はいらないんだ」
「ノッブ!(ガキ! 小さいんだからもっと食え!)」

 どこからか金のちびノブがやってきて信勝にホットコーヒーとポテトチップスを渡して去っていく。その姿に自分が同じことをしようとした信長は不思議な気持ちになる。

「こいつら、気がつくと一緒にいるし、たまにベッドで一緒に寝てるんですよね。どこからともなく湧いてきて時々僕の世話みたいなことをするんです。夜に部屋の隅で自爆してる時はうるさいです。まあ、戦闘ではかなり助けられてるんですが……すみません、弱くて」
「別にお前が助けられてるのは知っとる。じゃが、お前、時々、あいつらのネジとか外しとるじゃろ? こう、中身とか見てるんじゃないのか?」

 ちびノブの中身は歯車なのか、それとも亜空間に繋がっているのか。それだけでもかなり興味深い話だ。信勝はさっぱり理解できなくて口元に手を当てて頭を左右に振った。

「不思議です。姉上がそんなことを気にするなんて。もちろん僕風情には偉大な姉上のお考えは分からないのですが……」
「そういうのええから。ほら、あいつらの生態とか知っとるじゃろ。何を食べているとか、何が好きとか、最終学歴とか」
「あいつらのこと……あ、そうだ! 姉上、見てください。こうして同じのを三つ重ねると……」
「うむ」

 信勝は銀のちびノブを三人(三匹?)捕まえて脇を抱えて三体重ねた。同じ色三つ重なった姿に「ぷよぷよ」というパズルを信長は思い出す。

「ノブー?」

 重なった銀のちびノブが三体とも同じ角度で首を傾げる。不覚にもちょっと可愛い……とそこで三体のちびノブは光を放ち、ぐにゃりと融合して目玉付きの銀色のスライムになる。

 そして次の瞬間、爆発した。

「ぎゃあああ! わしが爆発四散した!?」

 劣化コピーでもない自分亜種と思っていても砕け散る姿を見るとなんとなく体に痛みを感じる。信勝はなぜか得意そうに爆発したちびノブたちがいた場所を指差す。

 弟が指差した場所には虹色のホログラムの入った銀色の紙吹雪が舞っていた。えっへんという声と共に可愛い笑顔で信勝は爆死風景を指差した。

「このように同じもので重ねると爆発して、そのちびノブと同じ色の紙吹雪が出るんです。綺麗でしょう?」
「おのれは何してくれとんじゃあ!!?」

 軽い気持ちで爆死させた弟を姉は締め上げた。最愛の姉とはなんだったのだ。

「お前ね、なんでそういうことするの? これ、わしじゃないけどわしじゃからね? 多少は敬意とか遠慮とかそういうの持って?」
「姉上、どうして怒るのですか? 金色の紙吹雪の方がよかったですか?」
「色の問題じゃない! お前、いつもこういうことしてるの? さっき言ったじゃろ、わしが最愛とか。それなのに扱いこれ!?」
「姉上……謝るのは全然いいのですが、何に怒っているのか僕は全く心当たりがなくて」

 さっぱり理解しない弟の態度は姉の怒りに油を注いだ。

「信勝、お前そういう奴じゃなかったじゃろ! その……子供の頃は蝶とか猫とか、大事にしておったではないか。わざわざ指の爪剥がして墓まで掘って……大人になっても老いた馬の世話をしておった。わしの弟は生き物の命を大切にする優しさを持っていた。それなのにちびノブはこの扱いなのか?」

 事実、信勝は捕まえた蝶が翌日死んでいるだけで三日は泣く子供だった。色々クレイジーなところもある弟だが小さな生き物には優しかったはずだ。それなのに遊びのように三体も生命を破壊した姿が信長には信じられない。

 実は殺した姉の事を恨んでいるのでは? 長年の想いから思考がそちら側になる姉の前で信勝は小首を傾げた。

「え……そもそも、これ生き物なんですか……?」
「そこから!?」
「え、え、え、嘘、どうしよう……生き物だったのか?」

 まさかそんな事を言われると思わなかった信勝は心底動揺した。信長の見立て通り、信勝は蝶や猫などの小さな生き物を大切にする性格である。まして殺して遊ぶなど考えられない性質であった。

「僕、暇な時に同じちびノブをよくくっつけて爆破して遊んでた……」
「そんなことしてたんかい!? だからあれもわしだからね!」
「そ、そんな、命だったなんて……」

 どうやら信勝はちびノブを生命認定していなかったようだ。

 信勝は真っ青になり、手足がわなわなと震え、己の罪を思い返した。なにせ気がつくと部屋の隅で分裂したり、アメーバーのように増えたり減ったりして、時には自爆して消える。そんな存在が子猫や子犬と同じたった一つの温かな生命だと夢にも思わなかった。

 信勝の頬に一筋の涙がつうっとこぼれ落ちた。

「あんなにたくさんの生き物を殺すなんて……僕は……僕は、なんて大罪を……!」

 信勝は立ち上がり、引き出しから登山ナイフを取り出した。上着をはだけると白いシャツの腹に刃を向ける。最後に姉に微笑みかけた。

「姉上、今までお世話になりました」
「ちょっと待ったーーーーー!!!!!!!!」

 呆然としていた信長は緊急事態に我に帰った。ナイフを掴んだ弟の右手を掴んでホールドする。

「何しとんじゃお前は! 死んでどうする!」
「離してください姉上! 僕は、僕は大量虐殺を!」
「ナイフを離せ! 話せばわかる、話し合おう!」
「だって暇つぶしに連鎖組んだりしてたんですよ! 色んな色の紙吹雪ミックスしようって気が向いたらたくさんたくさん! 僕は悪魔のような殺人者です!」
「ああもう! 誰かおらんのかー! ……って、あれ?」

 瞬間、信勝の手からナイフが叩き落とされる。はっと二人がそちらを振り向くとそこには五人(五匹?)のちびノブがいた。種類はバラバラだが全員が泣いている信勝を見ている。

「ノッブ!(ガキがいきがってんじゃねえ!)」
「ノッブノッブ!(余計なこというな! 連鎖はわしらのコミュニケーションだ!)」
「ノッブー!(自殺反対! ガキが死んだらわしらのメンテはどうなる!?)」

 全員様々なプラカードを掲げている。

 言語圧縮が凄まじい。
 その姿に信勝はまたジワリと目尻に涙を浮かべた。
 とりあえず信長は落ちた登山ナイフを懐にしまった。

「お、お前たち……ずっと僕はお前たちの命を弄んで……」
「ノッブ!(そういうの気にするな! わしらは普通の生き物ではない!)」
「まあ、確かに……普通ではないんじゃが。ってか信勝も今の分かったの? 客観的にはあいつらノブノブいってるだけなんじゃが」
「なんか今だけテレパシー的に分かりました。いつもは分かりません!」

 ちびノブたちが信勝を囲む。信勝は自分の罪を思い、へなへなと床に四つ這いになり、また一筋の涙を流した。ちびノブたちの視線はあくまで温かい。信長本人はなんとなく居場所がなかった。

「ごめん、お前たち……僕はお前たちのことを生き物だと思っていなかった。パズルゲームで消すブロックくらいにしか思ってなかった。ビンゴゲームでカードに穴をあける程度にしか……でもそんなことないよな……お前たちだってたった一つの大切な命があるんだよな」
「結構ひどいな!? 何度も言うけど、あれわしじゃないけどわしじゃからね?」
「ノブノブ……」

 ちびノブたちは信勝を囲みポンポンとその肩を優しく叩いた。その数はどんどん増えていき、信長はなんとなく部屋の隅に追いやられた。

「ノブ!(わしらは普通の生き物ではない)」

 それはそう、と信長は小声で突っ込んだ。

「お前たち……?」
「ノッブ!(だから爆破しても殺しとしてはノーカン!)」
「ノブノブ!(だっていくらでも分裂して増えるし、爆発してもそのうちその辺で生えてるし)」
「ノッブー!(連鎖は殺しじゃないから気にせずこれからもしろ、あれはコミュニケーションだ)」
「自分で連鎖爆破推奨してるんかい……どんなコミュニケーションじゃ」

 信長は突っ込んだが信勝はちびノブしか目に入ってなかった。恐る恐る口を開く。

「僕は、お前たちを殺してきたんじゃないのか……? よく考えれば敵と一緒にバスターで爆破してるし、かなりの数が」
「ノブ!(それはまあバトルグラの演出上そうなんで)」
「ノブノブ(正直、殺人とか重く見られるとこっちも気まずいんでやめて)」
「ノッブ(これ芸風なんでマジレスされると寒いっつーか)」
「お前たち……! 今日は全員メンテナンスしてやるからな!」

 そうして信勝と多くのちびノブたち(いつの間にかかなりの数になっている)はひしと抱擁した。信勝の頬に一筋の涙が流れる。その感動のシーンを横目で見ていた信長はとりあえずこう言った。

「……なんでやねーん」

 結局、ちびノブの秘密を知ることはできなかった。








 その日の夜、ちびノブたちは集まっていた。信勝の部屋ではない。カルデアにこっそり作ったぐだぐだ異空間である。

「ノブノブ(今日はあの女がコソコソ嗅ぎ回っていたな)」
「ノッブ(ノブの秘密など我らも知らぬというのに)」
「ノブー!(メンテのガキが青ざめてえらいことだったぜ)」

 なぜか通じ合っているちびノブたち。毎年秋になると増えていくちびノブ。なぜかは本人たちも特に知らないし、興味もなかった。

 メカノブがビー! と鳴ると胸のモニターが起動した。そこには一匹のちびノブを抱いてベッドで眠る信勝の姿が映し出されたいた。

「ノブノブ(信勝のガキは落ち着いたようだな)」
「ノブ(全くえらい騒動を起こしてくれたぜ。信勝を支えるのが最近の俺たちの仕事でもあるのに)」

 ビー! とまたモニターから音がすると今度は信長が映し出される。信長は自室でベッドに腰掛けて首を傾げていた。

……「なんじゃったんじゃ……大体、なんであいつらは信勝構うんじゃ? ちょっと集まりすぎじゃない?」……

「「「ノブ!!(そりゃお前の本心だからだよ!!)」

 ちびノブたちの謎は深い。今度も解明されないほど深い。
 けれどちびノブたちはこれは分かっている。自分たちと信長は繋がっているのだ。大きな樹木が地面には多くの根を張っているように。完全ではないが信長とちびノブは無関係ではなく繋がっている。

 それは心もそうだった。信長と信勝は生前死に別れた。だから信長は信勝と接するときはどこか後ろめたさから逃れられない。子供の頃のようにストレートに接することができないのだ。

 だから心が繋がっているちびノブはそれを補うように信勝のそばにいた。戦闘をサポートして、何かと一緒にいる。いざという時は守るし、落ち込めば励ます。信長が本当はそうしてやりたいように。

「ノッブ(本当はお前がそうしてやれりゃいいだが、戦国時代ってやーね)」

 今日、信長にぶつかったちびノブがそう呟いた。







終わり


あとがき










いつか書きたかった「ノッブがちびノブにマジレスする話」です
今年の秋の新型も楽しみです

ちびノブ

どうやら爆発は死とかそういう重いジャンルの話ではないらいし