カツノブ現パロクリスマス



※ぐだぐだ学園時空、みんな現代人です
※女の子の名前が信長でも、一人称がわしでも、現代なのに姉上母上父上呼びでも特に問題ない世界。気にしないでください。
※起業のためにさくっとアメリカ留学してる姉上。




 信長はキャリーバックを押しながら、スピーカーから流れるジングルベルのアレンジを聞いていた。

(クリスマスまであと三日か)

 空港のチェックインを終えるとすぐに手荷物検査をすませる。行き交う人の間を流れる音楽は英語のクリスマスソングばかりだ。搭乗口の前についてようやく信長はリラックスした。

 どうやら無事に日本に着けそうだ。今回は急に決めた帰郷だったからスケジュールが詰め気味だったのだ。

 ほっとした所でスマートフォンが着信音をならした。電話なんて珍しいと画面を見ると意外する人物が表示されていた。

「母上?」

 仲の悪い母だ。母はかなり保守的な人間でかなり型破りな信長とそりが合わない。だから電話、ましてや国際電話がかかってきたことなかったのだが……。

「もしもし、母上。一体なんで……」
「ああ、信長!? 信長なの!? 助けて、お願い助けて!!」

 やばい。直感的に分かる。これは緊急事態だ。強盗か、火事か。母は助けを求めて仲の悪い娘に電話をかけたのだ。

「母上! 落ち着いて、一体なにが……!」
「信勝が! 信勝が! う、うわあああああああ……!」

 泣き声で会話が途切れる。さあっと信長は青ざめた。信勝は二つ下の弟だ。強盗に刺された信勝と火災で火傷に倒れた信勝がという最悪の想像が浮かぶ。

「な、泣いていては分かりません! 信勝が一体どうしたって……」
「わ、私が悪いの! 私が反対したから……! でもあの子が突然、いやでも私が悪いの! うっうっ……」
「だからそれでは分かりません! 信勝になにがあったのですか!?」
「……信勝がいなくなったの」
「……え?」

 書き置き一つ残して。
 弟が消えてしまったことを姉は異国の地で知った。




秘密のメリークリスマス




 ことのあらましはこうだった。高校二年生の十二月に信勝は進路希望のプリントの学校に提出した。内容は「エジプトのカイロ大学にいきます、日本の大学は考えてません」とだけ書いてあった。真面目な優等生のあまりの突飛な返答に担任教師は生徒の自宅に電話した。

 結果、母と父は激怒して自宅で信勝に問いつめた。弟は真面目な性格で頭が良く、当然成績に見合った日本の大学に進むと思われていた。信長だってそう思っていた。

 両親はそんな極端な進路は許さない、どうしてなにも相談しなかったのだと夜遅くまで責めたらしい。信勝は笑いも泣きもせず、ただ静かに両親の話を聞き続け、日付をまたぐとその日は寝ることになった。

 そして朝になると「今までありがとうございました。アルバイトをして暮らすので心配しないでください。高校は辞めます、書類はこちらで出しておくので大丈夫です。お元気で」と書き置き一つ残して消えてしまったらしい。

「……なんじゃエジプトって」

 いつも一緒だったのにそんな話を聞いたのは初めてだった。ずっと黙っていたのだろうか、それとも信長がアメリカに行ってから関心を持ったのだろうか。

 信長は飛行機の中でスマートフォンを見ていた。窓側の席に備え付けの毛布を膝に掛けて座っている。窓の先に夜空の星がちらちら見える。幸い最近の飛行機はある程度軌道が安定すればネットにつなぐ時間がある。その間に一応伝えていたメールアドレスに母からのメールを受信することが出来た。

(強盗や火事ほど緊急ではないせよ……失踪か、いや家出か?)

 あの臆病な弟が進路に反対されて即座に家出なんて想像も出来なかった。慎重で怖がりな性格だったのに。強盗や火事よりはマシだが……十二月の寒空の下で凍えていないか心配ではある。

 空港の電話は「とにかく今から飛行機に乗って日本に向かうから、メールに切り替えてくれ」と伝えて母の電話を切った。母はまだ話したりないようだったが日本に来る飛行機の時間というところで納得してくれた。

 混乱した母のメールは支離滅裂で、趣旨がまとまっておらず、十通以上になっていた。

……「昨日、学校から電話がかかってきたの。息子さんの進路希望のことで相談があるのですがって。聞いたらあの子、エジプトのカイロ大学ってだけ書いたって」……

……「もちろん、驚いたし、あなたの影響かとも思ったわ。あなたがアメリカの大学へ行ったからそんなこと考えたに決まってるって」……

……「父さんとも相談して、その日の夜に問いつめたわ。どうしてこんな大切なことを勝手に決めたのかって。私も混乱して言い過ぎたし、父さんもきついことを言ったわ」……

……「こう言ってたわ。エジプトの大学にいってミイラの研究をするんだって。学費は今もしているアルバイトでなんとかするから心配しないでほしい、あっちにいったら二度と日本に帰らないから気にしないでほしいって……私はあの子がアルバイトしているなんて知らなかった。友達の家で勉強してるってずっと信じてて」……

……「夜遅くまでそんなことは許さないって言い続けたわ。二度と日本に帰らないなんて許さない、エジプトになんか行かせないって私は泣いたわ。今思えばあまりに責めるような態度だった。ただこれだけ言われれば信勝は泣くかも知れないけど、バカなことは考え直すって思ったわ」……

……「最後に「父上も母上も反対なんですね、分かりました」ってだけ言って寝室に帰った。もう遅かったから、私たちもそのまま寝た。そうしたら朝になったら机の上に手紙一つ残して消えてしまった」……

……「ああ、信長。あの子はあなたに一番懐いていたわ。多分私より……あなたにならあの子も連絡するかもしれないと思ったけれど、あなたもなにも知らないのね」……

……「信勝から連絡が入ったらどうか教えて」……

 もっと長く支離滅裂な文章だったが、かいつまむとそういう内容だった。

「連絡……入ってないし」

 じっとスマートフォンを見つめて、更新ボタンを押すがなにもない。信勝は母と違い、アメリカの大学にいってからも時折電話をしていたし、頻繁にメッセージや写真を送り合っていた。

 そう、自分たちは仲のよい姉弟だったのだ。

(姉弟……?)

 ある光景が蘇る。それは去年の今頃、アメリカの大学への進学が決まった信長のお祝いをかねたクリスマスパーティのことだった。母と仲が悪い信長は友人たちだけでパーティををした。

 ちょっぴりアルコールの入った飲み物で信長がうつらうつらとしていると「姉上?」と呼ばれた。信勝だった、また迎えにきたのだろう。しかし起きるのが億劫で無視をしていると唇に何かあたたかいものが触れた。信勝の唇だった。弟は眠っている(フリをしている)姉に触れるだけのキスをしていた。

 驚愕で動けないでいると信勝の方が退いた。ごめんなさいという小さな声と逃げていく足音。信長が起きあがったのは信勝が立ち去ってから随分経ってからだった。

(あれは……姉弟じゃマズいよな)

 なによりキスをされている時の自分の気持ちがマズかった。

 そのことを話すためにももう一度クリスマスに帰ってきたのだ。なのに信勝がいなくなるなんて。

(どこにいるんじゃ、信勝……母上にバラしたりしないからさっさと連絡しろ)

 十四時間のフライトの中、信長は一時も眠ることが出来なかった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 空港で荷物を受け取ると自宅へ直行するべく高速バスの乗り場を探す。長いフライトで疲れていたのでカフェで休みたかったがじっとしている気分でもない。キャリーバックと紙袋を持って空港を走る。

 せめて眠気覚ましの缶コーヒーを買い、から風の吹くバス乗り場に立った。寒い、信勝がこの寒さの中に放り出されているかと走り出したくなる。

(信勝、どこにおる……ああ、バスがさっさとこないものか)

 すると信長のスマートフォンがお気に入りのクラシックを鳴らした。この曲は特定の誰かの着信にしか鳴らない。まさかと通知を見ると「信勝」とあった。

「もしもし! 信勝か!? 一体今どこに……!」
「……もしもし、姉上ですか?」

 スマホから小さな声が漏れる。確かに信勝の声だ。無事だったのだと信長は安堵すると今度は怒りがこみ上げてきた。

「母上から事情は聞いた。一体どこにおるんじゃ、母上も心配して……ていうかミイラってなんじゃ!?」
「ああ、もうバレちゃったんですか。その……姉上がせっかく帰ってくるのに挨拶も出来ないので、せめて電話で一言だけでも伝えたくて」
「挨拶も出来ないって……わしに会わないつもりか?」
「はい」

 それは信長には信じがたいことだった。まさか自分から弟が離れようとするなんて。どんなに無理をしても信勝は自分のそばにいたがる、それは小さい頃も高校生になっても変わらないことだったのに。

「信勝、お前の進路のことは聞いた。わしは反対せん、ただ二度と日本に帰らないというなら直接話がしたい。お前のことだ、ちゃんと理由があるのだろう?」
「……姉上、もうすぐクリスマスですね」
「母上にもバラしたりせんから、今いる場所を教えろ。あの人がヒステリックすぎるのはわしも知っておる」
「せっかくニューヨークにいるのにこちらに帰ってきてよかったのですか? あちらにいい人はいないですか?」
「そんなこと今は関係ないであろう! 父上にもバラしたりせぬ、わしを信用してくれ! わしらは……仲のいい姉弟だったろう?」
「……姉弟」

 その言葉に信勝の声がさらに小さくなった。弟の電話越しに電車の音や人の喧噪など位置が特定できる音が聞こえないか探ったがなにも聞こえない。

「姉上、もうお会いすることもないかもしれませんが、僕はずっと姉上を応援しています。いつか姉上が作る会社のことも遠くから必ず見ていますから。昔、言ったでしょう、僕は世界の誰よりも姉上のファンなんです」
「信勝!」
「姉上のベッドの下に僕からのクリスマスプレゼントが置いてあります。よかったら受け取ってくださいね……母上にはこうお伝えください、落ち着くところが見つかるまで友達の家に泊まるので心配しないでくださいと」
「待て! 切るな!」
「さようなら、姉上。信勝はずっと姉上が……大好きです」

 ぶつっと電話が切れた。これがさようなら? 信じられるか。

 何度もかけ直すが出ない。五度目の電話拒否で信長はようやく諦め、代わりにラインを立ち上げて「話がしたい」「こんな形で別れは認めぬ」「とにかく一度会おう」とメッセージを送る。しかし既読すらつかない。

「……なんじゃ、さよならって」

 信長の全身から力が抜け、とさっと鮮やかなクリスマスカラーの紙袋が冬の冷たいアスファルトの上に落ちた。信長には珍しく選ぶのに時間がかかった信勝へのクリスマスプレゼントだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 どこへいけばいいのかわからない。他にあてもなく信長は自宅へ帰った。スマホを何度も確認したが既読はついていなかった。

「おかえりなさい」

 母は泣いており、父も沈痛な面もちをしていたが両親はおおむねあたたかく迎えてくれた。珍しい母の手作りのホットココアと「よく帰ったな」という父の言葉はあたたかい。

……「おかえりなさい、姉上」……

 けれど信長には信勝のいない実家はどうしても色あせて見えた。

 少し迷ったが信勝の電話のことはぼかして両親に伝えた。電話があったこと、友達の家にいるから心配しないでといっていたことだけを伝える。無論、その程度で父と母の心労が和らぐわけではなく、母はさらに泣いてしまった。

(……友達とかいたのか、あいつ)

 いつも人は苦手、姉上がいいとか言ってたくせに。

 疲れたろうと両親は自室に荷物を運んでくれた。一人でゆっくりできるらしい。弟の不在はおもわぬ形で母の態度を軟化させた。

 ありがとうと両親に手を振って、信長はコートを脱いでベッドに寝転がった。十時間を超えるフライトで一睡も出来ず、空港で休むことなく移動した。実際全身は冷えて疲れ切っていた。

「……見てないし」

 ラインの既読はついていない。すぐに返信しなくていいからせめてみてほしい。信長はもう一度「会って話がしたい」とメッセージを送った。


……「姉上!」……


 この部屋にいるといやでも弟のことを思い出す。性格は正反対なのに姉弟はいつも一緒だった。特に信勝はいつでも姉といたがり、いれば距離ゼロでくっついてきた。時々それをうざったく思ったが、いやだとは思わなかった。大切な弟だった。

「……ベッドの下とか言ってたな」

 起きあがってベッドの下をのぞき込む。よく見えない。ベッドの下に手を突っ込むとかさりと紙の音がした。

 それは有名ブランドの紙袋だった。中を見るとサンタが微笑んでいるクリスマスカードと濃い緑の包み紙と鮮やかな赤いリボンに包まれた長方形の小さな箱が入っていた。

 これが弟からのクリスマスプレゼントらしい。信長は迷うことなくリボンを解き、包み紙をはずした。すると弟が買うには高価すぎる有名ブランドの名前が印字された白い箱がでてくる。中をあけるとプラチナのネックレスだった。鎖の先に小さな宝石がついており、透明なそれはなんとイミテーションではなく本物のダイヤモンドだった。あのお年玉をもらうと少し悩んですべて貯金してしまう弟から高額すぎるプレゼントをもらう日が来るとは。

(これからアルバイトして暮らしていくとか言ってたらしいが、これもアルバイトで買ったのか?)

 今度はクリスマスカードを手に取る。そこにはこう書いてあった。

……『

 姉上へ、メリークリスマス
 寒い日が続いていますが風邪など引いてませんか?

 僕からの最後のクリスマスプレゼントを置いていきます。僕なりに姉上に一番似合う物を考えて買いました。結構悩んで選んだので時々つけていただけると嬉しいです。

 僕のことは心配しないでください。姉上がよく仰っていたように僕も「自分の意志で自分の道を決めた」だけなのです。ただそれがちょっと突然だっただけです。

 僕はこれからも姉上が大好きです。姉上がいつか作る会社が活躍しないかいつも新聞を読むつもりです。世界のどこにいてもずっと応援してます。

 弟の信勝より

 P.S せっかくアメリカから帰ってきたのにびっくりさせたらごめんなさい

』……


「勝手に今生の別れにするな」

 思わず強い言葉が唇からこぼれた。なにが最後だ、好き勝手言ってくれる。だいたい……自分のせいなのだろうか。自分の意志で自分の道を選ぶことが一番大切とさんざん弟には言ってきた。

 その結果、信長の気持ちなど置き去りにして信勝はいなくなってしまった。自分の意志を大切にする姉なら分かってくれるに違いないとでも思ったのだろうか。

「……」

 信長はじっと箱の中のネックレスを見下ろすとそっと箱から取り外して自分の首につけた。姿見に自分を映すと確かに似合っていた。これだけシンプルだと似合わない方が難しい。白金の鎖に小さなダイヤモンドのついたネックレスはぴかぴかと心と裏腹に光っていた。本物の白金とダイヤモンドなら老人になってもこのままだろう。

(こんなものお前の代わりになるか)

 それから信長はカードと箱をきれいに紙袋にしまうとそれを枕の横に置いて寝た。ネックレスは外さないまま布団をかぶる。そして目を閉じるとすぐ深い眠りがやってきた。

「かならず……みつけだして、やる……」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 アルバイトから帰った信勝は疲れ果てていた。玄関のドアを閉めるとちゃぶ台の座布団に倒れ込む。

「つ、疲れた……」
「大丈夫ですか?」
「か、帰ってたのか!?」

 まだ午後四時なので油断した。友人の部活は休みだったのだろうか。

「前から聞きたかったのですが一体何のバイトをしているのですか? マズい仕事などしてませんよね?」
「ただの倉庫作業だよ、荷物運びさ。時間が変則的なだけで普通だよ」

 心配そうにのぞき込む友人ににへらとなんとか笑顔を浮かべる。信勝はなぜか姉弟で二人暮らしをしている友人の家に転がり込んでいた。転がり込むというか家を出た日の夜に一晩だけと頼んだらそのままいろと押し込まれた形だ。

 疲れてきった信勝に、友人・あだ名「カメくん」はどうしたものかと見下ろした。こういう時姉の卑弥呼ならどうするのだろう。

 とりあえずあたたかいほうじ茶を出す。急須から注ぐと大きく湯気が広がった。

「おかえりなさい」
「いいよ、お茶なんて……ありがとう、ただいま」

 友人には素直な信勝はほうじ茶を一気に飲み干した。熱くないのかと呆れたが本当に力仕事をして喉が乾いていたらしい。

「本当にご両親に連絡しないつもりですか?」
「う……またその話か。その、泊めてもらってすまない。もうちょっとしたら出て行くから、なんなら明日からネットカフェでも」
「いえいえ、うちは姉上がオーストラリアに留学して部屋は余っているのです。友人ならしばらく泊まっていってかまいません。ただご家族に心配をかけていないのかと」
「心配は……母上には心配をかけていると思う。でも来週にはちゃんと連絡するから。安いアパートが見つかりそうなんだ」

 すごい速度で家を出ようとする信勝をそのままいかせていいのか悩む友人は言葉を探した。

「そんなに反対されたんですか、エジプトでミイラ研究」
「絶対許さないってさ、まあそれは想像してたから大丈夫」

 友人は夏頃から信勝の進路の相談を受けていた。だから信勝にどれほど切実な想いがあるのか理解しているつもりだ。

 反対されたら家出というのも信勝ならありうる話だと予測して留学中の姉の部屋を掃除していたくらいだ。……一見分からないが信勝はかなり激しい気性の持ち主で放っておくとそのまま冬の公園で寝泊まりするくらいの決意をさくっとしてしまう。どこかで凍えているか気が気でないよりちゃんとあたたかい家にいる方が安心する。

「いつも話している信勝殿の姉上もアメリカから帰ってきたのではないのですか、まさか会わないつもりですか?」
「姉上は……こっちのたくさん友達がいるし僕にかまっている時間なんて元々ないさ。もうすぐクリスマスなんだ、仲間と楽しくすごすさ」
「……」

 友人は一度だけ信勝の姉を見たことがあるが弟を可愛がっているようにみえた。

「とにかく僕はすぐに出て行くから、心配するな。友達にたかるほど落ちぶれてないぞ。あ、これ昨日の食費な!」
「こちらこそ心配しないでください。姉上は春まで帰ってこないのでそれまで大丈夫ですよ。だからネットカフェとか公園にテントとか止めてください、冬なんですよ」
「だってネットカフェはすごいんだぞ。いくらでもソフトクリームが食べられるんだ!」
「ソフトクリームだけで生きていくつもりですか? 一ヶ月前に初めてネットカフェに行ったばかりなのに。信勝殿はもう少し自分を心配する人のことを考えた方がいいですよ」
「うーん、確かに母上は妙に僕に過保護だからなあ」

 信勝は大切にされることにどこまでも無自覚だ。それは彼の自己嫌悪に繋がった無自覚さなのだろう。自分がいやだから自分が大切な人間のことはうまく想像できないのだろうと友人は短いつきあいで理解していた。

「信勝殿、たしかに私たちはもう十七歳、もうすぐ十八歳です。自分の進路くらい自分で決めるものです。あまりに反対されたなら時に家を出るくらいするでしょう……でもご自分の姉上が一番大切だと仰っていたのにこのまま消えるのはあんまりでは?」
「言っただろう、カメくん。僕は好きになっちゃいけない人を好きになったんだ」

 信勝が異性として愛したのは実の姉の信長だった。

 半年ほど前、二人が出会った時。
 信勝は思い詰めた目で人気のない校舎の屋上にいた。たまたま「屋上にでも行ってみようかな」と居合わせた友人は仰天した。信勝が屋上のフェンスにもたれながら「自殺マニュアル」という本を読んでいたのだ。
 その時のことを友人はよく覚えてない。信勝曰くもの凄い勢いで胴体にしがみつき屋上の床に引き倒して「死ぬな」「はやまるな」「考え直せ」のようなことを口走っていたらしい。あげく本を取り上げて平手打ちまでしたらしい。日頃は虫も殺せないと言われているのにどこにそんな力があったのやら。

……「だって仕方ないんだ……僕は姉上の、一番大事な人の邪魔だから」……

 でも死ぬのはやっぱり怖いようと泣き出した信勝となぜか友人になった。色々理由はあったが友人は信勝の姉という言葉が気にかかり、あれこれ聞き出したことがきっかけだった。姉が一番大切な弟という共通点を見つけると友人はもう信勝が他人とは思えなかったのである。

「だからって……二度と会わないことがいいことなのですか」
「姉上は自分の夢のためにアメリカに行ったんだ。そこで気持ちの上ではお別れした。だからもういいんだ。……僕さ、きっと姉上の結婚式とか出られないんだ。正気じゃいられない。ぶちこわしにしようとするかもしれない。そしてそれはそんなに遠い話じゃないと思う。祝福一つしない、様子のおかしい弟が結婚式にいたら姉上が可哀想だろ?」
「……」
「子供が産まれたらその子を呪うかもしれない。夫だって仲良くなんて絶対出来ない。憎んだっておかしくない。いつか僕は正気を失って姉上の大事な人に害をなすかもしれない。そんな頭のおかしい弟がいるなんて姉上は本当に可哀想だろ?」

 それは出会ってしばらくしてから信勝が友人に話したことだった。自分は姉を愛している。いつか彼女が結婚して家族を作ったらなにをするか分からない。そんな自分なんていない方がいい……と。

 今はその時と違い、死ではなくただ遠くへ行けばいいと思っていることにほっとする。

「まだ分からないじゃないですか。信勝殿の姉上は一生誰とも結婚しないかもしれないじゃないですか。そんな風に決めつけなくても……」
「あはは、姉上は気性の激しい人だから可能性はなくもないけど……ううん、でも眩しい人だから姉上を好きになる人はたくさん現れる。姉上も思い切りのいい人だから気に入れば一緒になることはやっぱりあるんじゃないかなあ。別れるときも思い切りよさそうだけど。
 心配してくれてありがとう。でも僕はもう決めたんだ、どうにかエジプトまで行ってミイラのことだけ考えて生きるさ」
「……なんでミイラなんですか?」
「うーん、もう生きてるもののことは考えたくないからかな?」

 結局、友人はなにもできない自分に落胆した。
 なんとか自暴自棄な状態は助けることができたと思う。自分の姉にいくつか助言ももらった。
 このまませめて死なせないことしかできないまま終わってしまうのだろうか。

「そうだ、出て行くときだけど……」
「だから春まで出て行かなくていいんですよ」
「クリスマスまではこのままじゃダメかな? その、お前は初めてできた友達だから……一緒に祝えたらいいなって」
「……せめて初詣までは一緒に祝いましょうよ」

 引き留めようとしていることが伝わっているのだろう。信勝は何度も「早くちゃんと出て行く」と繰り返した。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 そのままクリスマスまで数日が過ぎた。朝起きると信勝はアルバイトへ行き、友人は高校へ通った。数日前まで信勝も通っていた高校だ。

 友人は授業に集中しようとするが昼休みまでなにも頭に入ってこなかった。

(なにも高校まで辞めなくても)

 クリスマスに出て行くとは本気だろうか。二人分作った弁当を食べるが味があまり分からない。

 遠回しに何度か高校まで辞めることはないと伝えたのだが「両親が許す訳ないから、そのまま通ってると連れ戻される」と聞き入れない。特に噂にはなってないので風邪かなにかと誤魔化されているのかもしれない。一人で生きるなら学歴は大切なのではないだろうか……。

(結局どうしたいんだ私は)

 多分幸せになってほしいのだ。彼にとっても信勝はたった一人の友人だった。今の彼の選ぶ道が幸せに繋がっていない気がするからこんなに悩むのだ。……けれど、自分という最後の理解者がいなくなれば今度こそ信勝は行方不明になってしまうのではないか。

 弁当を食べ終わって時計を見ると休み時間は半分以上余っていた。足は自然と屋上へ向かった。幸い冬は寒いので屋上は誰もいない。ほっとして扉をくぐる。

 いつものようにフェンスに肘かけて遠くを見る。すると声をかけられた。

「お前が信勝の友人か?」

 びくりと振り返ると美しい女性が鬼のような笑みで立っていた。彼女が手を横にやるとばたんと屋上のドアが閉まった。これでは逃げられない。

「弟が世話になっていると聞いている、あやつが懐くとは珍しい。姉のわしにも少し話をしてくれぬか?」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「……遅いな」

 夕方にアルバイトから帰った信勝は友人の帰りを待っていた。今日は役に立とうと簡単な料理などしてみたのだが。友人は確か部活動は幽霊部員に近く、気が向いたときしかいかないと言っていたのだが。
 スマホを立ち上げて連絡がないか確かめる。友人からの連絡はない。肩を落とすと信勝はたまっている通知が目に入った。

「……姉上」

 ラインのメッセージが二十以上未読のまま放置されている。きっと両親に連絡を付けろと押しつけられたのだろう。……少しは心配しているだろうか。プレゼントは見つけてもらえただろうか。

 去年のクリスマスのことを思い出す。あそこでもうダメだと思った。眠っている彼女に勝手にキスをしてしまった。一生隠して生きていくなんて自分には無理なのだと思い知らされた。だから遠くへ行くしかないのだ。

「あ、来た」

 ピコと新しい通知音がなる。友人のラインだ。帰る時間の目処がついたのだろう。

「……え?」

 メッセージ蘭にはこう書いてあった。

『信勝へ 

友人は預かった。返してほしければ○×公園へ19:30に来い。

姉より。

P.S.よくもこれだけ未読スルーにしてくれたな』



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 吐く息が真っ白だと思ったら小雪がちらついていた。今日はホワイトクリスマスだろう。

「来たな」
「姉上、どうして……」

 信勝はきっかり指定の公園に時間通りに来た。公園は中くらいの広さで中央に大きな木があり、ブランコと滑り台が一つずつあった。ベンチは三つあり、その一つに信長は座っていた。

 雪は予想していなかったのだろう、信長の頭にはうっすらと雪が積もっている。彼女はキャメル色のダッフルコートに大きめの赤いチェックのマフラーをぐるぐる巻きにしていた。足下は真っ黒なタイツと合皮のロングブーツを履いている。寒さ対策にジャケットだけをひっかけてきた信勝は久々にみる最愛の姉の姿に気後れした。

 信勝は公園を見回した。姉以外誰もいない。日はとっくに落ちて、雪がちらつく公園に人は来ない。

「彼は、僕の友達はどこですか? 姉上のことです、強引だけど手荒なことはしないと思っていますが……」
「お前の友達な。なかなか度胸のある男ではないか。さっきまでわしと物怖じせず話しておった。意外と友人を見る目があるではないか」
「はぐらかさないで下さい、彼はどこですか?」
「……そう睨むな。さっきまで話に付き合わせた例に豪華な食事を振る舞っているんじゃ、わしの友人たちがな。クリスマスディナーくらいになはなるじゃろうて」
「姉上の友人……?」
「ほ、本当じゃぞ? わしがお前の友人に危害を加えるような人間に見えるか?」

 姉の友人はカタギに見えない人が多い(本当はカタギなのは何度か会っているから知っている)。多分豪華な食事は本当だろうけど、ヤクザに見えかねない姉の友人に囲まれる友人は怯えているのでは。

「それでは彼はどこに?」
「そちらこそはぐらかすな、信勝。どうしてわしがお前の友人に接触したと思う? 突然お前が消えてしまったからじゃ。こちらからの連絡もすべて無視して。だからお前の友人を探し出してそっちから聞き出す羽目になったんじゃろ。お前のかたくなさが招いたことだ」
「姉上、どうしてですか? そんなに母上から色々言われたのですか? 姉上はいつも母上のことは無視していたのに」
「母上のことは関係ないじゃろ。久しぶりに帰国したら弟が消えていたら姉は仰天するわ」
「母上が関係ない?」

 姉に必要とされていることが信勝には分からなかった。姉は高校になって世界を目指すようになってからどんどん距離が出来て、家以外の接点がなくなった。信長は信勝のようなつまらない人間に興味がないから仕方ないと諦めていたのに。

 信長はベンチから立ち上がると信勝に向かって手を差し出した。手袋をしておらず指先が赤くなっていた。

「信勝……一度うちに帰ろう。お前が進路に本気なことは今回の件で父上と母親によく伝わった。帰っても責められるようなことはあるまい。わしだって……正直ミイラとかよくわからんがお前が目指すなら応援しよう。だからこんなやぶれかぶれはやめよ。高校を卒業してエジプトへ行けばいいではないか……まあそこまで遠いとわしもちと寂しいが」
「……どうしてそんな嘘をつくんですか?」

 姉は自分のようなつまらない人間がいなくなっても寂しいわけがないと弟は決めつけていた。

「嘘? 嘘なんてついておらんわ、なんの話だ?」
「……姉上、僕がいなくなることは姉上のためでもあるんです」
「は? わし? なにいっとるんじゃ貴様」
「……」

 信勝はここにくるまでに一つの決意を固めていた。……たった一人理解してくれた友人を巻き込んでしまった。

 自分のせいだ。自分が姉にはなにも言わず、ただの弟としての思い出だけ残していきたいとわがままを言ったせいだ。……せめて嫌われたくなかったから。

「どうして僕が強引に家を出たと思いますか? あなたに会いたくなったからです……あなたにだけはただの弟の信勝でいたかった」

 だから信勝は信長に心底嫌われる覚悟をしてきた。実の姉弟に劣情を向けられるなど嫌悪されるはずだ。二度と会いたくない気持ちも理解してくれるだろう。

「姉上、僕は好きな人がいるんです。女の人として好きな人です。その人のためなら死んだっていいくらい好きです……これでも何度も諦めようとしたんですよ。でも無理でした。だから離れることしか選べないんです」
「……好きな女ぁ?」

 なぜか信長は今まで一番怖い顔をした。

「この期に及んで、お、女とか。あんなことをしておいて自分はちゃっかり好きな女とかどういうつもりじゃお前! だいたいそれがどういう関係が……!」
「好きな人が……あなただからです、姉上。僕は……あなたという肉親を好きになってしまったんです」

 信長の目が丸くなる。その視界がぼやけて自分が泣いていることに信勝は気がついた。

「だから離れるしかないんです、家族を異性として求めるなんておかしいでしょう! ……でも諦められなかった。だから遠い国の砂の中に行くしかないんです」
「……」
「ごめんなさい、もう二度と顔を見せません。あなたがいつか好きな人を家につれてくるのが耐えられない。子供が産まれたら憎むかもしれない。そんな弟のことなどもう忘れて下さい!」
「子供って……お前、気が早すぎるじゃろ」

 信長の声は想像よりずっと落ち着いていた。勘のいい彼女には思い当たる節があったのだろうか。

 怖くて信勝が目を閉じたままでいると頬にあたたかいものが触れた。目を開けると姉が頬に触れていた。嫌悪に染まったはずの顔ではなく穏やかに微笑んでいる。

「姉上?」
「……そうじゃな、お前の言うことはあながち間違っておらんのかもしれぬ。去年のクリスマス、一年前からわしは調べ物をしておった」

 実の姉弟の恋はどういうものか。インターネットで、図書館で、あらゆる手段で調べたが少なくとも現代の地球で実の姉弟に婚姻が許されている国はない。たまに匿名掲示板にそういう悩みが投稿されるが考え直すように諭されるのが普通だ。

 地球上で義理でもない実の姉弟が結ばれることが許されている場所はない。そう、普通……普通なら許されないものなのだろう。

 それでも諦められなかった信勝は「普通」に考えて姿を消そうとしている。

「お前、そんなにわしが好きか?」
「……はい、愛しております」
「……そうか」

 信長は一年前の信勝のキスを思い出していた。

「一生わしに触れずとも平気か?」
「……?」
「調べたが実の姉弟が結婚を許される国はない。誰に祝福されずに日陰の身になる覚悟はあるか?」
「ち、ちょっと、姉上、質問の意味が分からないんですが……」
「なにって……実の姉弟が結ばれるには一生関係を秘密にして生きていくしかなかろう。誰の力も借りず、二人だけで。ああ、触れるなというのはさすがに子供が出来るとマズいから」
「お、仰ってる意味が分かりません! ……ぼ、僕を可哀想に思っているのですか? そんなあり得ない仮定を持ち出して」

 一生触れるなはいい過ぎたろうか。
 信長は背筋を伸ばして信勝の頬に触れるだけのキスをした。
 これくらいはいいだろう。

「あ、姉上?」
「一年前のクリスマス、お前は眠っているわしにキスをした」
「……!」
「それからその意味をずっと考えておった」

 信勝の顔が真っ赤になると次は真っ青になった。もうすぐいなくなる最愛の人の寝顔に理性のタガがはずれた。それがバレていたなんて。

「あれに気付いていたのですか……なら、どうして僕を引き留めるのですか?」
「だって……わしだってもう少し長くしてほしいと思ってしまったのだ。是非もないじゃろ」
「それ、は……?」

 信長は語った。

 この一年、信勝のキスの真意を考えた。そしてそれがもし恋ならどうしようと思い、実の姉弟の婚姻が許されてる場所が地球上にないことまで調べてしまった。

 そして自分の問題を考えた。あの時、目が覚めていた。ちゃんと相手が弟の信勝だと分かった。それなのにもっと長くキスをしてほしいと思ってしまった。

 自分は弟を愛していたのだろうか?

 気の迷いかと時間を一年あけた。試しに色々な男に会ってはみたが「信勝の方がいい」と何度も思った。実の姉弟が恋をするとどんなに辛いか考え、そんな道が自分に耐えられるのか、信勝をそんな目に遭わせて平気な顔などできるか考え続けた(そしてちょっとだけ、一年も放っておいたら他の女に目移りしてないか心配になった)。

「でもなあ信勝、今回実家に帰って分かってしまったんじゃ」

 帰る場所に「おかえりなさい、姉上」という声と笑顔がないと自分はダメなのだ。そして帰る場所がないと今までのように飛び立つことができない。

「本当ですか……?」

 信勝はずっと凍ったような顔で姉の話を聞いていた。

「こんな話を嘘でするものか。ああ、こう言ってないからわからんのか? ……好きだよ、信勝。一年考えたがわしはお前じゃないとダメみたいなんじゃ」

 信勝は弾かれたように信長に近づき、ぎゅうと一回り小さいその身体を抱きしめた。信長は少し周囲が気になったがその背に手を回した。ずっとこうしていたい、やっぱり信勝の傍が一番だ。

 信勝の手が肩に回り、信長の肩に顔が押しつけられると小さく涙声が聞こえた。

「泣く奴があるか」
「だって……だって。うっ、神様、夢なら覚めないで……」
「夢とかいうな、現実じゃ」
「僕でいいんです、きゃ……?」

 すっかり冷たくなった頬をひっぱると弟はかんだ。弟。そう、弟なのだ。姉にだって罪悪感はある。

「お前こそいいのか? ずっと誰にも認められず、誰からも隠さねばならぬ。おおっぴらに愛しているということは許されず、バレれば逃げることも考えねばならぬ。どんなに望んでも子供も無理だ。それでも……わしでいいのか?」

 本当は弟の気持ちをこんなにあっさり受け入れるつもりはなかった。厳しい現実がある。その覚悟があるか、気持ちは変わっていないか、試すつもりでいた。

 でも仕方ないではないか。だっていきなり消えてしまったのだ。せっかく覚悟して決戦はクリスマス、いざ出陣の気持ちで帰ろうとしたら最後のクリスマスプレゼントとかふざけたことを書き残してきた。そんな風に消えようとしたら何をしても腕の中に留め置こうとしても仕方ない。

「姉上の馬鹿」
「は? 殺すぞ」
「姉上は賢いのに馬鹿です! 僕なんかにそんな風に言ってくれて……そんな風に受け入れてくれたらもう僕、あなたを離せないじゃないですか……ううっ」
「ええい、泣くな……離す必要なんぞないからええんじゃ」
「そんな大変な道、本当にいいんですか?」
「いいからそう言っておる。お前はいいんか?」
「……なんで僕がミイラに一生を捧げようとしてたと思ってるんですか。あなた以外なんにもいらないですよ」

 頬に手が伸びてきて今度は信勝が信長の頬にキスをした。触れるなと言った傍からべたべたちゅうちゅう先が思いやられる……お互いに。

「好きです、あなたが許してくれるなら死ぬまで傍にいます」
「……お前こそ後からなしといっても決して許さんからな」
「言いませんよ、永遠に離しません」
「お前の行動はどうもわしの予測を時々越えるんじゃが……わしだって離すか」

 頬に伸びた手を握り、信長は唇にキスを返した。さすがに人目が気になり、そこで身を離す。なにしろこれから一生隠していかねばならないのだ。

「外で触るのはこれが最後な」
「はい……あ、待って下さい。頭に雪が積もっています」

 あまり触れないように信勝はぱっぱと信長の頭の雪を払った。じっと信勝の顔を見ると顔がゆるむ。これからもちゃんとこの場所に帰ってこれるのだ。

 信長は赤いマフラーを解いた。寒いので信勝が目を丸くしている横で首が露わになる。そこにはダイヤモンドのペンダント、信勝のクリスマスプレゼントが光っていた。

「姉上、お似合いです……つけてくれたんですね」
「クリスマスより先にもらったがありがとう。まったく高校生が買うようなものか。これでは婚約指輪みたいではないか。……ほれ、受け取れ。わしだって頭を悩ませたんじゃからな」

 そういって信長は金と赤のチェックが色鮮やかな包み紙を信勝に渡した。

「メリークリスマス、信勝……ほれさっさとあけろ」
「あ、ありがとうございます……でもここじゃ雪に濡れちゃうし」
「いいから」

 急かされて封を解くと中には姉と色違いのチェックのマフラーが入っていた。黒が基調で赤と紫が入っている。ブランドのロゴを確認すると同じものだった。

 マフラーを巻き直した信長は少し頬を赤くした。寒さのせいではない。

「わしがペアルックとか……うまくいかねば渡さぬつもりじゃったんだかな」

 そうして姉弟二人は秘密の恋人になった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 一年半後の初夏。

 その後も色々あったが結局信勝はエジプトに行かなかった。日本の高校を卒業して、姉と一緒にアメリカに住むことになった。高校三年勉学に励むことで姉と同じ大学というわけにはいかなかったが姉の住む場所から通える大学に合格することができた。

 日本を離れることを母から随分泣かれたがエジプトから二度と帰ってこないくらいなら……ということで納得してもらえた。姉から「年に一度は姉弟で顔を見せるから」と言われたことも大きかったらしい。父からは「奨学金は取れたのか?」と彼らしい心配をされた。

 なんにせよ。
 姉弟の秘密の関係はまた大きな変化を迎えたのだ。



……『
拝啓、カメくんへ

 お元気ですか? お姉さんもお元気ですか?
 僕は無事アメリカに着きました。今はもちろん姉上と一緒です。
 これからの生活に不安もありますが僕はとっても幸せです。だって姉上と一緒だから。

』……

「ん……」

 文章が思い浮かばず、ボールペンが止まっていると姉に声をかけられた。

「なんじゃ、それ。手紙か?」
「あ、姉上、荷物が片づいたので友達に手紙を」
「ああ、あの時のあいつか……酔狂な奴よの。ああも振り回されてお前の友達やめてないんじゃから」

 彼にだけは自分と姉の関係を話していた。祝福してくれた彼とはこうして手紙のやりとりを続けていこうと思う。

「ていうか、なんじゃわざわざ手紙って。二十一世紀にはネットがあるじゃろ」
「うーん、なんでか僕たち手紙の方が落ち着くみたいで」

 信勝はへらりと笑う。その笑顔に信長がとても弱いことはまだバレていない。表情を繕う代わりに信長はソファの隣に座った。

「……やっと二人きりじゃな」
「……はい」
「一年以上も待たされたが合格おめでとう。こっちの大学は勉強がきついから覚悟しておれよ」
「はい、いつか姉上の会社に入って秘書として傍にいられるように精進します」
「うむ、頑張れよ……ん」

 手を握って腕を絡めた。はわわと弟は少し慌てたが、そっと手を握り替えしてきた。驚いたことに弟は肩を抱いてきた。

「やっとあなたの傍にいられて嬉しいです……これから大変ですけど、僕はずっと幸せです。知ってますか? 僕はあなたを好きになれたらそれだけで幸せなんです」
「よくそう恥ずかしいことを臆面もなく言えるな。隠していくことは大変じゃろうが……お前が傍にいるならわしはそれだけで安らかじゃ、好きだよ」

 そう言って二人は触れるだけのキスをした。信長の首には信勝からのクリスマスプレゼントが光っていた。






おわり



余談


 信勝は届いた荷物に顔を明るくして、信長の元へ子犬のように走っていった。

「姉上! 姉上!」
「なんじゃ、騒々しい。何が届いたのだ?」
「プレゼントです、はいスタンガン!」

 そういって信勝は本当にスタンガンを恋人に差し出した。大きいから結構な威力があるだろう。スタンガン、ニューヨークは場所によっては物騒だから必要と言えばそうなのだが……。

「僕がケダモノになったらそれでやっちゃってください!」
「お前用なの!? ってかケダモノって……普通に我慢せんか」
「もちろん姉上に触れない誓いは死んでも守りますが、男はケダモノといいますし、万一ということがあるので……万一の時は殺すつもり遠慮なく!」
「信勝、お前はわしを誰にも言えない寡婦にするつもりか? こんな威力のもん好いた相手に使えるか、死ぬかもしれんから咄嗟には使えぬ」

 ぽいと机の引き出しに放り込むと信勝はあー! と涙をにじませた。

「先月の僕のアルバイト代が……」
「そんなものには今後使うな。……その、触れるなとは言ったがそれは比喩でキスとハグまで禁じるつもりはないぞ」
「は、はい! それはそのこっちにきてから何度かしていますので……もちろんそれ以上は一生望むつもりはないし、十分幸せなんですが……時々自分がケダモノのような気がして心配で心配で」
「……別にベッドのことだって手とか口とか使えばいいじゃろ、子供さえ出来なければいいんじゃからやり方は色々ある。現代技術バンザイ」
「は? え? え、あ、姉上……!?」
「……是非もない」

 口では色々言った姉だったが。
 まあ、女も大概ケダモノなのだ。





おわり




あとがき

 ノッブが現代日本に生まれたら起業する未来しか思い浮かばなかった。資本主義の方が絶対楽しいタイプ。

 そして現代世界のなので近親相姦タブーがめっちゃあるやんとこういうお話になった。カルデアとは違うのだ。めりくり。


信長
この信長は「平和な現代日本の平和な家庭に育った信長」なので原作よりの時よりかわいらしい女性らしさを出してます(原作よりの時は排除してます)。原作と違って天才だけど二十くらいの女の人だしね。

ハーバード大学にいってもらおうかと思ったけどほぼ全寮制と聞いて、なんかふわっとアメリカの有名大学に通ってることにした(理系なのか文系なのか)。学費は貸与型奨学金と高校からやってた株の儲けと親の金で通ってる(アメリカの学費は高いので)。一緒に暮らしてるけどアメリカの名門大学の勉強は人間の生活じゃないみたいに言われるのでなかなか大変。

世を忍ぶ関係になってしまった信勝とビジネスで成功して、南の島を買って人目をそこまで気にしないで一緒に暮らすのが当面の目標。

サルとキンカンという起業を目指す友人がいる(あまり対等な友人関係ではない)。信勝を捜すときやカメくんをもてなす時はこの二人を派遣した。カメくんは最初(外見が怖いので)警戒していたがなんとなく顔が怖いだけでいい人なんじゃないかな……と眼力で見抜いたので平和なディナーでした。


信勝
大人しくて真面目な優等生。それも嘘ではない、嘘では。

いきなりエジプトに行こうとしていたのではなく、

姉のことで思い詰めて自殺マニュアルを読む(途中で見つかってカメ君に殴られて友達になる)→死ぬのは怖いの出家を考え始める(死ぬくらいなら……というカメ君のすすめ)→汚れた欲から解放されるためにチベットの即神仏になることを検討し始める(チベットでは現在即神仏は違法です)→とにかく遠いところで人間のことを考えないことをしたい(カメ君と職業図鑑をみて考える。この頃から生きていくことを投げやりにでなく、前向きに考え始める)→エジプトでミイラの研究をするかアマゾン(ブラジル)の奥地で未知の生物を探すか南極にいくかの三択まで絞る→古代エジプトでは実の姉弟でも結婚していたという事実に不実にエジプトに決める→これで姉上を遠くから見守ることが出来るぞ!(そしてこの結果である)

本当にカメ君に迷惑をかけた話である(ほんとにな!)

ダイヤモンドのペンダントはバイト代からではなく、小学生の時から貯め続けていたお年玉をほとんど使い切ることで購入した。

永遠の象徴らしい本物のダイヤモンドがついたやつがいいというこだわり。「僕はもう姉上の傍にいられないけど、お前はずっと姉上をそばにいてくれよ……そうだ、姉上がお年を召してもつけやすいデザインにしよう。お前は永遠に姉上の傍にいるんだ……」という暗く重い情念がこもっている。

モデルはこれ→ https://www.fdcp.co.jp/4c-jewelry/jewelry/112143625003?gclid=Cj0KCQiAweaNBhDEARIsAJ5hwbfgJYn13jzVSFP6D2pwr5a2NKEotxauLaiVKOGlVarW9B2TuB6mDbIaAlEPEALw_wcB


カメくん
今回、一番苦労した人。
日頃びっくりするほど目立たない信勝の二つ隣のクラスの同級生。

卑弥呼という姉がおり、時々自分の気持ちは姉弟愛の範囲なのか悩むことがある。なので信勝を放っておくことができなかた。

自殺未遂(誤解)の時はすごいビンタした。


母上
俺の考えた現代日本の土田御前。
子供に避けられるタイプの母親。子供を愛してはいるのだが、それと同じくらい保守的で見栄っ張りで反抗されるとヒステリックになる。子供に東大に行って弁護士か国家公務員になってほしいタイプ。反抗的な信長のことは諦めていた分、大人しくて成績のいい信勝には重めの期待と愛をこめていた。しかし結果はこれである。


父上
俺の考えた現代日本の織田信秀。
俺の人生が第一の放任主義。会社の出世が一番のほとんど家庭に興味のないタイプ。お金が大好き。子供たちは両方とも優秀なのでそれで満足していた。信長は突飛なまま成功するだろうとほっとしてたら信勝がエジプトに家出するとか言い出すので、さすがにそれは驚いた。