バスローブ エピローグA ざあざあと船室よりうるさい波音がようやく船から脱出したことを示してはいたが、それよりも船酔い体質でさらに「夜は早く朝は遅い」という他人より睡眠が必要なヴォルフラムにはただでさえきつい船旅の余計にきつい場面の幕開けだった。 「うう・・・」とその脱出用の小舟を見ると少し疲労が増した気がした。さっきまで、不本意なことにいつの間にかコンラートの胸で抱きかかえられる形にはなっていたが、ぐっすり眠っていたことでだいぶ回復した体力が急に失われていく気がしてその邪念をぶんぶんと頭を振って追い払う。 「ヴォルフ、大丈夫か?顔色悪いぞ、まさか忘れ物したとか」 「閣下も難儀な体質ですね、ただでさえ夜更かしは乙女の敵なのに」 ユーリとヨザックの心配しているのか的外れなのかよく分からない気遣いに少し頬をふくらませたりゆるめたりしたが、すぐに引き締めて「何の問題もない!」と小舟に乗り込もうとした。 と、目の前にすっと手が差し出された。 「ほら、ヴォルフ、きついかもしれないがここからは強行軍だ。 ヴァン・ダー・ヴィーア島で休む場所を見つけるまで気を張っておかないと・・・・・・」 「うるさい・・・・・・そんなこと言われなくても分かっている。いちいち余計な心配をするな。 だいたい・・・お前には他に心配することがいくらでもあるだろう。ぼくにかまう必要なんて・・・・・・」 そもそも、同じ魔王を守る臣下同士の立場というのにいちいち保護者の顔をされる必要はないのだ。口では強行軍だからといっているが手は船の上から乗り込むのを助けるつもりなのか、壊れ物を扱うようにぼくのほうへと伸びていて説得力がない。 ぼくはぼくの身くらい守れる。それよりも、お前のほうだってそんなに誰かを守ることばかり考えているようではいざというとき自分の身も・・・・・・別にぼくには関係ないけど。 「お前は昔から、そうだ。いつもぼくには何もできないと思って・・・・・・。 子供の頃もそうやって船から下りるぼくに手を伸ばしてあげく泳げもしないくせに川から落ち・・・・・うわっ!?」 気がつけば、船を下りてこっちへ来たらしいコンラートに抱きかかえられていた。 あまりのことに呆けていると銀色の光彩が数十年ぶりに近くで柔らかな光を放っている。顔をのぞき込んでくるとコンラートはいつもの底知れない笑顔を浮かべた。視界の端にびっくりしたユーリの顔と呆れたようなヨザックの顔がかすめて、余計に焦った。 「そうだな、あの時は結局お前が助けを呼んでくれたっけ。 でも、ヴォルフがあの時も船酔いで苦しそうだったから心配だったし。 だから、今日も助けることにするよ」 「何言って・・・・・・」 だから、その顔を止めろ。死んでも口には出さないがその顔にぼくはとても弱い。 でも、いつも通りのもの。コンラートのいつもの顔。 さっきはその笑みすらなくなった変わりようにいったいどうしたことかと思ったが、グリエに聞いてようやく納得・・・・・・したのか? よく考えれば、あんなにしつこくぼくを着込ませたり、スカーフを巻くのに躍起になったりする必要は・・・・・・ だが、考えるまもなくコンラートはヴォルフラムを小舟へと運ぼうとした。 「ほら、ヴォルフ。いい加減諦めて、船に乗るのは昔から苦手だったろう?」 「いつの話だ!下ろせ!」 「おいおい、コンラッド、揺れ、揺れるって!ヴォルフも暴れるなよ!」 「隊長、あんたって人は・・・」 「下ろせ下ろせ下ろせ、おーろーせー!」 「だめだめ、静かにして」 「うるさい!お前こそ諦めろコンラート!」 そのとき、コンラートからいつもの笑みが消えた。 「諦めないよ・・・俺は」 いつものそれよりずっとずるい笑顔浮かべた兄にヴォルフラムはもっと盛大に「下ろせ!」っと叫んだ。
かなり蛇足ですが、ヴォルフ視点。 これで、ホントに終わりです。お付き合いいただいて感謝です。 |