君がいる、それだけで世界は色づく
君が、いなくなれ・・・・・・ば?
君がいる
もう、元には戻れない。
おれの前ではヴォルフラムが泣いていた。太陽にの光がよく似合う彼にはふさわしくないくらい弱々しくか細い声で泣いていた。肩を振るわせて両手で顔を覆う姿は光が差さないこの部屋にふさわしい。
おれはヴォルフから目を逸らさなかった。散々罵られ、泣かれ、懇願されたがおれはその願いをきいてやれない。その姿に心が痛まなかったわけではない、むしろ今でもおれ自身の心を責め苛んでいる。
「・・・・・・っく、うっ・・・・・・」
か細い鳴き声は、涙を堪えているのではない。泣きすぎて声がかれたのだ。落ち着いたら、腫れた眼を魔術で癒してやらないと。
きれいなエメラルドグリーンの瞳が、枯れ果てているのは忍びない。おれがやったことだから、余計に。
ヴォルフラムを苦しめるなんて、おれの彼への感情に気が付いたときからそれは何よりも罪悪だ。彼の心と体を痛めるもの全てを、おれは誰であろうと許さないだろう。
「ヴォルフ・・・・・・ごめんな」
頬に手を伸ばして、涙の後をぬぐう。嘆くことしかできなくなってしまった婚約者の額にそっと唇を寄せた。せめてもの慰めになるように、身勝手な願いと共に。
太陽の下で笑っているヴォルフラムを誰よりも大切だと、確信したときからおれはどこか壊れたのだと思う。
大切で大切で、彼をなくしてしまったら壊れてしまうほどに好きだと自覚したその瞬間からおれは怖くなった。おれを守ると、混じりけのない真剣な瞳で告げる彼を見ていつかおれを守っていなくなってしまうかもしれないヴォルフの悪夢に怯えた。
だから、おれはヴォルフに結婚を申し込んだ。ずっと、ヴォルフラムはおれが守る。決して誰にも傷つけさせたしない、と彼の前で誓った。ただ、心からの本心を言っただけなのにヴォルフは泣いた、顔を真っ赤にして「遅すぎるぞ・・・へなちょこ」と言って頷いた。
喜んでくれたと、弾む心のままに抱きしめたヴォルフラムはおれの大好きな日溜まりの香りがした。ますます嬉しくなっておれは言った。もうおれを守らなくてもいいと告げた。もう臣下じゃないのだから、もういいんだといった。側にいてくれれば、十分だと。ヴォルフに万が一のことがあったら、どうすればいいのか分からないからと。
それでも、ヴォルフは首を振った。おれを守ると、命に代えてもおれを守ると。
だから、おれはヴォルフラムを城の深くに閉じこめた。おれ以外のほとんどのものが会えないようにした。最初は家族と身の回りの世話をする最小限の使用人たち以外は、ここには入れなかった。
でも、彼の兄たちはヴォルフラムをここから密かに出そうとした。それからは、使用人でさえほとんどここに入れていない。
グウェンダルがおれに言葉が今でも耳の奥で響いている。「これがどういうことか分かっているのか!?こんなことはいつまでも続けられたものではない、いずれヴォルフラムは壊れてしまう・・・!」。コンラッドがおれに言った言葉を、今でも鮮明に覚えている。「城の奥深くに閉じこめて本当にヴォルフラムを守れると思っているのですか、このままではヴォルフラムはヴォルフラムでなくなってしまう。ここで彼を守ることは出来ません・・・!」。
そうだ、この部屋に閉じこめてからヴォルフは一度も笑っていない。出せ、出せ、出してくれ、お願いだ・・・・・・そんなことばかりを言っていた。そして、何を言わずに泣くだけになった。あんなに元気だったヴォルフラムは、見る影もなくなるくらい弱った。おれのせいだ。
それでも、出すことが出来ない。どんなになっても、ただ息をしてくれればと願ってしまう。怯えてしまう、彼がいつか消えてしまうかもしれない可能性に。気が狂いそうに。
「・・・・・・ヴォルフ、ごめん」
多分、おれは狂ってしまったのだと思う。金色の髪がおれの前できらきらと光るのが、たまらなく好きだと感じたその瞬間から。戻れなくなった、彼とただ側にいてじゃれ合ったときに。それを失うことばかりに怯えるようになった。
ヴォルフが大切なのに、誰にも傷つけさせたくないのに、ヴォルフラムをずたずたにしているのは間違いなくおれ。それでも出来ない、ここから出せない。
「好きだ、おれはヴォルフが好きだ」
「・・・・・・っく、ひっく・・・・・・」
「好きなんだ・・・・・・」
「・・・・・・・・・ユー、リィ・・・・・」
おれはもう、元には戻れない。
2008/01/23