ほんの数歩の距離
昨日までの部下に裏切られ、船を燃やされ、地図さえも正確ではない未知の土地へ向う。
おれだったらそんな状況で取り乱さないではいられないだろう。きっと取り乱して泣き喚いて、誰かに八つ当りしてしまうかも知れない。
しかし、小シマロン王サラレギーはそこら野球小僧とはその辺から違うのか事件のあった翌日も取り乱すようなことはなく、それどころか盛大な船上舞踏会を催した。
しかも、サラの指名したダンスの相手はおれだった。
「ユーリ、早く早く」
「サラ、そんなに引っ張るなよ。ただでさえ船の上で揺れてるんだから足元には十分気を付け・・・ってうわ!」
「ユーリ!大丈夫かい!?」
「いてて・・・・・・大丈夫」
「まだ、船の揺れになれていないんだね。でも、大丈夫だよ。踊っている内に自然となれるよ」
サラは俗に言う「白魚の手」っていうヤツをおれに差し出してきた。握るとひやりと冷たくそれでいて柔らかい。俺のバットだこのある手とは全く異なる人生を送ってきた手だ。
サラはおれを起こすと表情を曇らせた。
「ごめんねユーリぼくが無理を言ったから、慣れないことをさせてしまって」
「は?何いってんの、謝るのは俺のほーじゃん。起こしてもらってさ。・・・でも、いいのかおれがサラのダンスの相手なんかしたら恥かかしちゃうんじゃ?おれ、ダンスはできない・・ってほどでもないけど」
「できない・・・」の下りおれの瞳を銀を散らした光彩を持つ薄茶の瞳が宵闇にもかかわらずはっきりとかすめた。
そうだ、教えてもらったことはある。できないわけじゃない。でもそのダンスを教えてくれた人物がどこにいようと敵国に行こうとも手を伸ばせばそこにいることなんて、どうしようもないことだ。
ましてや、その瞳が心配そうな色をしていたはずなんて・・・。
ほんの一瞬ののつもりだったが数秒はそのまま硬直してしまった。サラから気を逸らしてしまったことに気づかれたらしく、サラはちょっと不機嫌におれの視線の先を追って、「ああ」とつぶやくと言った。
「ウェラー卿も大変だね、彼にはなかなか踊る相手もいないだろうから」
「え?何で?コン・・・ウェラー卿なら引く手あまたなんじゃ・・・」
言われて気付いた。ウェラー卿は彼らしくなく壁の花だった。
確かにこの船には女性は少ないけれど、彼が以前言っていたように「男性同士のパートナーはテニスのダブルスのようなもの」らしく男性同士の組み合わせも男女のペアと同じくらい、いやそれ以上に多かった。結構楽しそうにダンスを踊っている。
その楽しそうな空気からぽつんと遠く一人ウェラー卿は船の縁で酒も持たずに立っている。
「ユーリ?」
「あ、いやごめん。話の最中に・・・・・・その、どうしたんだろうと思って」
「ウェラー卿のこと?ぼくはあまり囚われるべきではないと思うけれど、彼は大シマロンからの使者だからね」
「えっとそれって・・・」
「大シマロンと小シマロンは何かと対立しがちでね・・・・・・そもそもウェラー卿は私、つまり小シマロン王が聖砂国との国交を大シマロンにとって不利にはならないようにするか少なくともこっちを監視する目的でこの旅に付いてきているのだし」
「・・・・・・・・・・・・」
「彼は今ぼくたちと対立しているわけではないけれど何時敵になるか分からないし。ぼくはそうは思っていないけれど今ですら敵と思う者も、残念ながら多いんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「それに下手に大シマロンの者と接触すると仲間内でも難しいことになるだろうし、ね・・・・・・分かるよね、ユーリ?」
「・・・・・・・・・・・・・ああ、分かるよ」
そうかよ・・・・・・そうだなあんたはもうそっちの『人間』なんだった。こっちの『魔族』じゃなくて。大シマロンの人間として、小シマロン王サラレギーが二千年近く閉ざされた聖砂国との間に結ぶであろう国交が大シマロンの脅威とならないように監視、いや阻止するために。
その為に彼はここにいる。この船に乗っている。
船の縁で一人で佇んでいることは彼自身が選んだことなんだろう、大シマロンの使者として敵対国の小シマロン王を監視するためにこの航海にやってきて、一人で隣国の人々の中孤立することぐらい彼だって分かっていたことだったのだろう。
そうだ、彼は自分から一人になったのだ。家族や友人に、何一つ告げることもせず・・・・・・
でも、
「ごめん、サラ・・・・・・一曲だけ外してもいいかな」
「何故!?ユーリ、ぼくは何かあなたの気に障ることをしてしまったの?」
「そんなんじゃないよ。サラが悪いとかじゃなくて・・・・・・その、おれもこの船では数少ない「よそ者」だし」
「そんな、ユーリ何を言っているの。私たちは友人同士じゃない、「よそ者」などじゃないよ」
サラレギーは温室育ちの王にしては強い力でおれの腕をきつく掴んだ。少女のように繊細な白魚の手が痛くておれは顔をしかめるのを堪えた。
サラの顔を見た。彼らしくなく柔和な笑顔に子供っぽいだだをこねるような表情が混じっている。
「友人同士」という言葉は同時に国王同士という意味でもある。王という意味でなら小シマロンを17歳で立派に統治する彼とつい最近までただの野球の小僧だったおれでは友情を結ぶどころか赤子と大人くらいの差がある。それくらい差のある者同士でも同じ立場にいる者など数えるほどしかいない彼にとっては数少ない友人になるのだろうか。
そんな焦りを見せるほど。
おれはサラの手を取ると、あまりたいしたことのないように軽く言った。
「いや、サラがそう思っていないとは思うけれど・・・・・・ウェラー卿はサラと踊るわけにもいかないだろうし」
「ウェラー卿?ユーリ、まさか彼と踊るとでもいうの?」
「いや、その国際親善みたいなモノであんまり意味はないんだけどさ!!」
言っててどもった。できるだけもっともらしいこと言い立てる。
「そのウェラー卿だってさ、小シマロンや眞魔国の一団の中であんまりいい思い出がないと大シマロンに帰った後にその国のことをよく思わなくなって今後の、えー、国際交流に悪い影響を与えるんじゃないかと・・・・・・その、一度くらい『敵』じゃないことの思い出があった方が」
「・・・・・・だから、ウェラー卿に一曲付き合うって言うの?」
「いや、おれならここでは『よそ者』だって言うのは一緒だからその役にはいいかなと思って」
サラの視線が少し険しくなった。おれはそこで話を打ち切ろうと、ウェラー卿の方に足を向けた。
彼のことを許したわけじゃない。いや、許すというのとは少し違う。彼がおれのそばにいたことは彼の意思でやっていたことだ。それぐらいの自惚れはある。
だから、ウェラー卿が自らの意思でへなちょこ魔王の元を離れたならばそれはどうしようなもないことだ。
でも、それでも彼には助けられてばかりだった。ほんのささやかなことだがおれが彼を助けることがあってもいいんじゃないか。分かってる、彼はこんなことで寂しがるほど弱くはない。こんなことで助けになるとは思わない。
でも、おれに出来そうなことといえばそんなことだけだ。
だから、
しかし、ウェラー卿に向かおうとした足は白く細い手によって遮られた。二の腕を掴まれたままだったのだ。細い白い指が掴んだ部分が跡が残りそうなほど痛みを伝えてきて布越しにも彼のおれをここに留めようとする意思が伝わってくる。
「待って、ユーリ」
「サラ、少しで戻るから。たった一曲だけだし」
「ユーリ、私はあなたと親交を深めようと思ってこの船上舞踏会を催したんだよ。
あなたは今までの魔王と違って人間の国との国交に積極的だから。今後の小シマロンと眞魔国のためにもね」
「え?」
不意を突かれたようにショックだった。昨日の襲撃の翌日に船上舞踏会なんてすごいな、何て思っていた自分が急に小さく思えた。
「・・・・・・・・・・そうなんだ」
やっぱり、おれはサラとは違った。おれの目にはただの舞踏会でもサラレギーにとっては眞魔国との国際交流の一環なのだ。ひとつことを見る視点が既におれは周りの助けで何とか持ちこたえているへなちょこ魔王でサラレギーは17歳で小シマロンを支える王の視点だった。
こんな王だから、彼も去ってしまったのだろうか。足下から急に力が抜けていく。
力が抜けたおれをサラは強引とも思える力で振り向かせた。ウェラー卿の姿が視界から消える。代わりにサラのいつもの柔和な笑顔がおれの目に映った。さっきの焦りのような表情はみじんもない。いや、それすらも気のせいだったのかもしれない。
「ユーリ、一度に二つのことを成すことは出来ないよ。ウェラー卿とあなたは以前知り合っていたようだけど大シマロンと小シマロンの両方と同時に親交を深めることはとても難しいことだよ」
「サラ・・・・・・でも」
「小シマロン王と魔王が良好な関係を持っていると周囲に印象づければ少しづつこれまでの関係も変わるかもしれない。もちろん私はあなたと本当に仲良くなれればいいと思っているけれど」
「・・・・・・願ってもないことだよ」
「そうでしょう?だから」
その通りだ。小シマロン王サラレギーが人間と敵対している魔族の国、眞魔国の魔王と自ら交流を持とうなんて、永世平和主義の魔王にとっては願ってもなかなかえることの出来ない機会だ。
それに水を差すような真似なんて、かつての彼ならおれを止めただろう。
「ね、ユーリ?」
でも、以前のおれたちならきっとコンラッドはその後「こうなると思った」と言うはずで・・・・・・
「でも・・・ごめん、サラ。やっぱり・・・」
その瞬間のサラレギーの表情は何て言ったらよかったのか。聞き分けのない同世代の魔王のわがままに対するするいらだちとは何か別の感情を宿した目の色は何かに対するはっきりとした怒りの色が激しい火のように浮かんだとでも言えばよかったのか・・・・・・・・
だが、それはごく数瞬のことでサラはいつもの柔和な笑顔を浮かべて、穏やかに言った。
「おや、ウェラー卿に踊りの指名があったみたいだよ」
「ええ!?」
さっきまで壁の花決定だったのに、いきなりなぜ!?と思って振り返る。
それで「ああそうか」と納得した。割烹着姿のヨザックがウェラー卿を誘っていた。誘っていると言うより不適な笑顔で「顔を貸せ」みたいな挑戦的な態度で身体をくねらせている。
彼も見るに見かねたのか、それとも生死を共にした親友に色々言いたいこと示したいことがあるのか。
無言のウェラー卿は硬い表情のままだった。が、最終的にはヨザックの手を取ってダンスを始めた。
「よかったね、ユーリ。あなたの願いはあなたの部下が果たしてくれたみたいだ」
「うん・・・・・・そうだな。よかったよ」
ダンスというよりは隙あらば足を引っかけたり足を踏みつけたりしようとしているヨザックに苦笑しながらおれは安心したような、何かを掴み損ねたような気分だった。掴めるものなんてないのに。
「じゃあ、ユーリ今度こそ私と踊ってくれる?もう一曲目は終わってしまったけどあなたが望むなら最初の曲からやり直させてもいいけれど」
「いやいや、いいって!音楽隊の皆さんも大変だろ。それにおれさっきみたいな速い曲じゃ踊れないかも・・・・・・」
「そう?じゃあ、次の曲からにしよう」
「・・・・・・・・・・うん」
頷くおれにサラは嬉しそうに笑うと本当に楽しげにおれの手を引っ張ると会場の中央に向かった。
今度こそおれはサラの手を強く握ると急ぎ足にその後を追った。ほんの数歩の距離だったウェラー卿とはあっという間に離れた。
本当は拍手の「The
Doncing」にのせるつもりだったのですが悪癖が生じて長くなってしまい
制限文字数を超えてしまったのでこっちにのせました。。
あれー?コンユっぽくなった。サラ→ユですよ。ヨザコンのつもりでもなかったのですが・・・。
ユーリ、まだ騙されてます。でも、ユーリはサラにコンプレックスがあるから騙されちゃったのかな
とも思ってます。コンラッドのことで気弱になっているから尚更。
もちろんサラの言ってることはぜーんぶ嘘八百です。信じちゃダメですよ。