あなたの生まれた日
Side:Juli
「ユーリは七月生まれなの?」
「へ?」
聖砂国王都への道程での休憩中にいきなり尋ねられた。
唐突な言葉におれは一瞬だけ飲み下す前の水を口内に溢れさせてしまった。器官には引っかからなかったものの鼻の奥に水を吸い込んでしまう。
「げっほっ!」
「ユーリ!?大丈夫、そんな舞台芸人のように水を吹き出したりして」
サラレギーは日頃の娯楽はどうなっているのだろう?むせた水を吐き出しながらそんなことを心配してしまう。やっぱり、生まれながらの王様なのだから娯楽の類は一流のピエロを雇って玉座の前で眺めるのだろうか。
三度の飯より野球の野球小僧は娯楽といえば、人にやらせるものではなくやる方なおれにはよく分からない。
「ごめんね、ユーリ。びっくりさせようと思ったんだけど」
「い、いや、別に気にしなくていいよ。一気に飲もうとしたおれにも問題があるわけで・・・・・・」
すまないような、悪びれないような口調でサラレギーは一度も使った跡のないレースのハンカチを渡してきたが、おれ「いいから」と断った。気遣いは嬉しいが、彼のことだからそのハンカチは「一度汚れたもの」として後で捨ててしまうだろうと思って。
優雅に差し出されたハンカチをそっと持つ手から、視線を上げてサラレギーの顔を見る。
微笑んでいるような、呆れているような表情で小シマロン王はおれを見ていた。その、典雅な姿で。
サラはおれとは違う。おれよりも遥かに王としての知識、経験、そして何より自負を持って一国の小年王として自国を統治している事実は他人に頼っていることしかできないおれとは根本的に違うことをどこかで線引きさせていた。
彼の吐いた「彼らは奴隷だよ?」という言葉もおれの中では何か及ばないものをどこかで感じた。ああ、彼はこんなところでさえおれとは違うのだと。
だから、おれはサラレギーの知識にはおよび付かないわけだけど。
「・・・・・・確かにおれは七月生まれだけど。しかし、サラ、どうして知ってるの?」
「ふふ、それはね・・・・・・何でか知りたい?」
サラはいたずらっぽく口元に手を当てた。珍しい、ちょっと甘えるような仕草だ。
しかし、やはり王としての英才教育を受けたサラなのだから自然と思いついたことが口を出る。
「やっぱ、眞魔国の言葉も分かるの?そうだよな、王といえばバイリンガルどころか何カ国語もぺらぺら・・・・・・」
「違うよ」
びっくりした。サラの言葉にではなく、こっちを間近にのぞき込んできたサラのあまりの近さとその怒ってすらいるような静かな、しかし硬質な金色の瞳の色に。
驚いて二の句が継げないおれを見るとサラはなおも静かにいった。
「違うよ・・・・・・ユーリ。私はね、航海中に本を読んで勉強したんだよ、一月前ほどから」
「勉強って、眞魔国の言葉を?」
「そうだよ?あなたと友人になりたいと思っているのだから当然でしょう」
「そっか、ずっと船の中で本読んでたもんな」
「退屈だ」とかいう理由では脳味噌筋肉族には一生こなせそうにない量の本が金鮭号には積んであった。緊急事態で船を代わったというのに、聖砂国への船旅に十分な本が積み込まれていて、サラレギーにとっては絶好の暇つぶしになったらしい。おれには一生出来そうにない暇つぶしだ。
しかし、そんなことを勉強していたとは。
「いってくれれば良かったのに。おれだって3歳児並みだけど少しは教えられたのに」
「それでは意味がないよ。ユーリを驚かせたかったんだよ私は。
ああ、でもこれからは教えてもらってかまわないよ。
1つユーリを驚かせるくらいになるまで内緒で勉強するのが目的だったわけだし」
「へえ、なんかすごいな・・・・・・でも、なんで七月生まれだって」
言って、気付いた。さんざんお袋に聞かせされた自分の名前の由来は、たしか。
「眞魔国では、七月はユーリというんだよね。
単純すぎるかと思ったけれど、でもユーリらしいかと思って」
「はは、そうかもな」
「おれって単純だしなー」と大袈裟に笑いながらその名前を付けた人のことをあまり考えないようにした。
大丈夫、大丈夫。視界の端のダークブラウンにかき乱されたり、銀色の光彩を散らした薄茶を探したりしない。
サラはそこでやっとおれから顔を離すといつもの彼らしくにっこり穏和にと笑った。
「七月生まれは夏を乗り切って強い子供に育つから祝福されるんだってね」
「うわーそんなことまで知ってんの!?すげーなもうおれより知ってるんじゃ」
「そんなことはないよ、所詮は付け焼き刃の知識だしね。
だからあなたのように一からしっかり学んだ人には及ぶはずもないよ」
「一からしっかり・・・・・・はは、どうかな」
急にギュンターに謝りたくなった。一からしっかり、やさしく、根気よく教えてくれた彼の授業を寝たり逃げてキャッチボールをした過去が急に恥ずかしくなった。ごめんなさい。おれはいくら頭の出来が違うからといって、一ヶ月で他の人に抜かれそうです。
しばらく、笑い合うとふとサラレギーは遠くを見つめた。形のいい唇から、美しい声が言葉を発する。
「・・・・・・・・・・・・・私は、きっと七月生まれじゃないね」
「え?そうなの・・・・・・?ていうか、きっとって・・・・・・自分の誕生日なんだから」
「もし、私が自分の誕生日を知らないといったらどうする?」
「ええ!?」
いきなりの告白におれは大きな声を上げてしまった。叫んでしまってから「しまった」と思うとヨザックがこっちへ来ようと腰を浮かせている。慌てて「いいからいいから」と手を振るとヨザックは渋々さっきより近くの壁に立って寄りかかった。目はこっちから背けない。
動揺したおれにサラレギーは満面の笑顔で笑った。
「まさか、信じた?」
「え?嘘なの?」
「あはは、ユーリそんなわけがないじゃないの。
私の誕生日には小シマロンが全土で祝祭を上げているよ」
「そっか・・・・・・そりゃそうか王様の誕生日が分からないなんてことはないよな」
「本当に面白いね、ユーリは。こっちが全く予想しないことをしてくれる。
・・・・・・・・・・・・まあ、私は実際七月生まれじゃないけれど」
「そうなんだ」
「ええ・・・・・・でも七月生まれだと強く育つなんて、それなら私も七月に生まれれば良かった」
「そんなことないって、単なるジンクスというか大した理由じゃないんだから」
「でも、実際は私は体が弱いだろう?ユーリは船旅でもいつも使用人のように走り回っていたじゃない。
とても私にはあんなことは出来なくてね」
「そりゃ、おれは野球一筋16年だから・・・・・・サラの方が強いって、絶対。
なんつーか、強いって言っても体力とかじゃなくてさ。その、どこに出しても立派な王様でさ」
言って自信がなくなっていくおれの返事にサラレギーは花のように笑った。
Side:Sara
「そんなことはないよ、ユーリはとても立派な王じゃない。
私などと違って、部下の人たちにもとても好かれているし」
「いや、そんな。おれなんていっつも「へなちょこ」とか「王としての自覚が足りない」とかしか言われてないし。
まあ、実際そうなんだけどさ・・・・・・ほんとみんなおれみたいなへなちょこ魔王を支えて大変だと思うよ」
私が投げた言葉にユーリはいちいち素直に反応する。ユーリ、そんな風に内政の実態を推し量れるようなことは私なら絶対言わないよ。まあ、あなたのそういうところが面白いのだけれども。
「私はあなたに最初に会ったときずいぶん驚いたんだよ。あんなに臣下たちと親しげにしていて。
特に、あの金髪の方なんか大声であなたを叱責したりしていたし」
私だったら、その場でそういう臣下には何かしらの咎めを下すだろう。まあ、特に親しそうで美しい魔族だったからもともとユーリのお気に入りだったんだろうけれど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そだな」
「そうだよ、あんなに部下の皆さんの前で臣下が王を叱るなんてよほど親しくなければ・・・・・・?」
ユーリは急に静かになった。
どうしたのだろう?ユーリは割と良くしゃべる方で話をすれば面白い反応を返してくれるのだけど。
地面を見つめて、うつむいているユーリの沈んでいるらしい様子にふと思いつく。そして、少し機嫌が悪くなるのが自分でも分かった。
ああ、そうだ。あの金髪の彼は私のマントを着けてユーリの代わりに矢に撃たれたんだっけ。その後、戦闘のどさくさで別れきりになったのだから気がかりなことでもあるのだろう。
口の中で小さく舌打ちする。余計なことを言って、ユーリに余計なことを思い出せた。彼が私と会話しているときに別の誰かを思い出させるなんて・・・何となく面白くない。
「ユーリ、どうしたの?」
「いや、ごめんな。ちょっとぼーっとしちゃって・・・・・・」
話を振って強引に意識を私に戻させようとしたが、うまくいかない。私はますます機嫌を損ねると今度は大きく話を戻して彼の意識をこっちに向けようとした。大きく、大袈裟に尋ねる。
「そうだ!ユーリは七月生まれだからユーリなんだよね!」
「う、うん・・・・・・そうだけど」
「ユーリの名前は母上が付けてくださったものなの?それとも父上?」
「え・・・・・・」
なかなかいい話題転換だと思ったのだが、ユーリは再びほうけたような表情になった。しかし、その美しい漆黒の瞳は間違いなく私の方を凝視していて、つかさずたたみ掛ける。
「夏を乗り切って生まれるからユーリと名付けるなんて、とてもいいご趣味だね。
ユーリの母上は・・・・・・あ、父上かな?」
「い、いや、おれの名付け親は・・・・・・」
その時ユーリの視線は私から離れ、大シマロンの使者をかすめて再び戻ってきた。
・・・・・・へえ、そうなんだ・・・・・・。
それだけで、私は何となく分かってしまった。
船で高価そうな魔石を投げ捨てたユーリとそれを止めようとしたウェラー卿の焦る様子を思い出す。名付け親が名付けられ子に送った贈り物か何かだったのか。
ウェラー卿に海に突き落とされたらしいユーリがあの魔石をウェラー卿を問い詰めながら投げ捨てられた理由がいまいち分からなかったのだが、そういうことか。
「その、名前を決めたのはお袋だよ・・・・・・字を当てたのは親父らしいけど」
「へえ、お二人に付けられた名前なの。ますます、趣味がいいね」
しどろもどろなユーリな様子はいつもはなかなか面白いものだが、考えていることが手に取るように分かりかすかにいらつく。
まあ、今は人間に与しているとはいえ(大シマロンというのが気に入らないが)もともとは魔族だということは知っていた。ウェラー卿と慣れた様子で呼ばれているところを見ると眞魔国でも貴族の位に就いていたのかもしれない。とすれば、そういうこともあり得るのかもしれない。
「私の名前は母がつけたか父が付けたかはしないけれど、もしかしたらユーリと同じように両親に付けられた名前なのかもね・・・・・・もう知るよしもないけれど」
「そっか・・・・・・サラのお父さんって亡くなって・・・・・・そのお母さんは?」
「・・・・・・さあ?」
私は何事もないかのように静かに微笑み返すとユーリは疑問符を浮かべながらも微笑み返した。今度は、その美しい世にもまれな黒い瞳は今はウェラー卿には帰ることなく私だけを映し出していた。
その事実に満足すると機嫌が良くなった。少し、はしゃぐように喋る。
「やっぱり、私は七月生まれじゃなくて、良かったな」
もともと、あまり誕生日は好きではない。法力のない身を授かった日は私にとっては忌々しい日。
もっとも不幸中の幸いで、七月ではなかったらしいけど。
「え?えーと・・・それは」
戸惑う様も面白い。ユーリはいつでも私の興味を尽きさせることのない、世にもまれな双黒の魔王で、王のくせに奴隷を庇ったりする・・・・・・
「だって、ユーリの強さが夏を乗り切って生まれた強さなら私はその強さはいらないからね」
ユーリの強さは私にはいらない。それは私には全く必要のないもの。そして・・・・・・
「そうでしょう?私たちは友人同士なのだから」
「そっか、助け合えば同じ強さはいらないもんな」
「おれ強くも何ともないけどなー」と笑うユーリを黙って微笑み返しながら今度は私の瞳の中にユーリを閉じこめられるように見つめた。
そう、私に七月生まれの強さはいらない。
それは近々、私の手中に手にはいるのだから。
私は満面の笑顔をユーリに向けると、そう遠くない未来に私のものになるユーリをくれた日に「あなたの生まれた日に」と胸中で感謝と祝福を捧げた。
アトガキ
きっと他ではお目にかけることもないであろうサラ→ユでユーリハビバSS。
・・・ハッピーでも何でもなーい!ごめんなさーい!。
相変わらずサラはひどいですね・・・・・・でもサラって好きなんです。ヘンな話ですが、サラがいなかったらきっとナナカマドはこんなにユーリを好きにならなかったでしょう。
というか、誕生日に言うことでもないのですがナナカマドは最初はユーリが嫌いでした・・・・・・嘘です。嫌いではなかったです。でも好きではなかったのは、確か。
でも、ユーリの「小市民的正義感」がユーリが異世界で様々なことを経験していく過程で「ユーリ自身の譲れないこと」に変化していくとどんどん好きにはなっていきました。最初はいかにも「教えられた」という感じの「正義」があまり好きではなかったのですが、自分で手を汚して積み上げていく「ユーリの正義」には完全に共感は出来なくても今では「好きだ」と感じます。
以前甲斐さんに渡したバトンの回答で「ユーリは今本当の優しさを学んでいる途中」というものがあり、それを見たとき「これだ!そうだそんなんだ!」と膝を打った覚えがあります。
そうだ、ユーリは成長途中なんだよ、うん。だからこそ好き。
サラはユーリの周りのみんなと違ってユーリに容赦がないですが、その分ユーリの底力を見せてくれる相手です。「箱マ!」で誰の助力がなくてもユーリ自身の意思でサラをはねのけることが出来ることを示してくれてやっぱり嬉しかったです(状況はそれどころじゃなさそうですが・・・)。
背景、いつもとちょっと違った感じにしてみました。リピートをかけています。
確か、「夏の終わり」という名前だったのですが・・・なんで「終わり」を持ってくるのか自分でもよく分からなかったのですが書き終わってみるとサラがユーリの近くにいるとそんな感じがするからかなと思います。寒さの前触れの時という感じで。
ヘンな後書きになりましたが最後に、Happy Birth Day Juli
!!
2007/07/29