13 涙
どこか遠い場所に、とてもとても暖かな空気が満ちている。
「まったくなんなんだお前は!?」
「何って、ヴォルフの看病しようと思って」
「お前に看病などして欲しくはない!出ていけ!」
「この前ヒルトルードの温泉に行ったときに湯冷めしたのか?風邪を引くなんて久しぶりだな」
「人の話を聞け・・・ってなにを触って///」
「熱がかなりあるな、これはしばらく起き上がれないぞ。お前は風邪をあまり引かないけれど、熱を出すと一週間は寝込むからな」
「・・・・・・っ〜〜!!に、人間がぼくに許可もなく触る・・・な・・・///」
「あ、ほら。これを食べて。すり下ろしておいたから食べやすい」
「食べるか!ぼくがコンラートが作ったものなんか・・・!」
「昔からこれが好きだったよな〜」
「ぼくの話を無視するな、近づくな、食べさせようとするな〜〜〜!」
何かとても、懐かしい、涙が出るほど切ない暖かさが通り過ぎていった。
両方の頬に水か通り過ぎていった感触が残っている。涙の跡だ、と感じた。
ヴォルフラムはぼんやりと天井を見上げた。身体がまるで動かない。だるい。何も考えられない。
ここは、どこだ・・・。
「・・・・・・・・・・・・」
ああ、そうだ。
大シマロンから眞魔国に帰ってぼくはそのまま倒れたんだった。
想像以上に疲れていたのかもしれない。熱を出して寝込むなんてこと、滅多にないのに。
ユーリを追って慣れない人間の土地で長旅をしてテンカブに出場し、法力が特に強い人間に神殿に近付きさえした。
疲れていないなどと気を張っていたことが間違いだったのかもしれないが、疲れなど感じる暇もないほど色々なことがあって、ぼくも必死だった。
突然知らされたユーリの失踪。そして、それを追っていったあいつの・・・・・・
「・・・・・・・・・っ」
真新しいシーツを堅く強く握りしめた。気を抜けばまた涙がこぼれてしまう。
あんなやつ何かのために。コンラートのためになんか。あんな、裏切り者のためになんか泣くことがあるか・・・!!
どれだけ心配したと思っているんだ。ユーリはぼくに「絶対生きてるよな」とすがったんだぞ。兄上が編み物をする暇さえなくお前の探索にも細心の注意を払ったんだ。
それに、ぼくは、ぼく・・・は・・・・・・!
怒りなのか悔しさなのか分からない感情に飲まれまいと寝返りを強く打った。
「・・・・・・・・?」
そして、ふと視界を赤いものがよぎった。それを目にして起き上がる。
リンゴだった。リンゴが切り分けられて、皮に切れ込みを入れられてウサギになっている。
ああ、きっと兄上だな。ユーリをテンカブに出すなんて危険を止められなかったぼくを兄上は容赦なく叱った。それは当然のことなのに兄上はぼくが倒れたことの責任を自分のもののように感じているのだろう。
兄上にすまないと思った。正直何も食べられそうになかったが一つだけでも食べないと、ウサギたちが茶色になってしまう。捨てられるそれを兄上は仕方なく思うだろうがと悲しむだろう。
「兄上ありがとうございます。いただきます」と声には出さずに感謝すると一つ手にとって一口かじった。甘酸っぱい味が口に広がった。
おいしい。甘い、優しい味だ。でも・・・
何かが違う。確かにリンゴの味なのだけれども、何かが違うような。
そうだ、確か風邪の時はこんな風に噛んで食べるのではなくて・・・・
ぽた、ぽた、ぽた。
一口かじったウサギに塩からい水ががかかった。
ぽた、ぽた、ぽた。
最後に、食べさせられたリンゴは最後まで食べたろうか。急にそれが思い出せなくて。
喉元まで伝ってきたそれを必死にぬぐった。さっき、もう流さないって決めたのに。
それなのに。
ぽた、ぽた、ぽた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!」
どうしても、止まらない。どうして。
どうして、リンゴはこんな形なんだろう。いつも形なんかないのに。
どうして、スプーンを差し出すときのあのからかうような嬉しそうなような声が聞こえない。
どうして、風邪になったときにはそばにいてくれた、あの暖かい空気がここにはない。
「・・・・・・・・・・・・コン、ラートっ・・・・・・・・!」
どうして、彼はここにはいないんだろう。
ヴォルフラムは止め処なくこぼれ落ちる涙を止めることなく、声なく兄を呼んだ。
「裏マDX!」の書き下ろし小説を見て。
次男のバカーと思って書きました。三男泣かすなー。
でも一番可哀想なのはリンゴ切ってあげたのに、次男のことしか思い出してもらえない長男だったり。