お題17 嫌い


























「ちっちゃいあにうえ、はやくはやくー!!」


「待てよ、ヴォルフラム。あんまり走ると転ぶぞ」



コンラートとヴォルフラムは今を盛りと咲き誇る花々の庭園を二人で歩いていた。

春は今が盛りであまり温暖でない血盟城にも暖かい空気が満ちていて子供二人が軽装で歩いても問題なかった。だから、例によってヴォルフラムは「ちっちゃいあにうえ、おそとおそと」とコンラートの裾を引っ張った。

コンラート自身春の陽気に誘われて二人で中庭を散歩することにした。

息を吸い込めば、寒々しい冬の気配は既になく花の匂いで胸がいっぱいになった。

そんな空気の中、ヴォルフラムは全力で走り回っていた。



「ヴォルフラム、もっとゆっくり走りなよ!絶対転ぶから!」


「そんなことないよ!ころばないから、ちっちゃいあにうえもはやく!」



ヴォルフラムはコンラートの言葉には従わず、庭園の奥の方へとどんどん進んでいく。



「ヴォルフラム、急がなくてもいいったら・・・・」



言っているコンラートも怒っているのは口調だけで声も顔も笑っていた。





やっと、城の外に出られたのだ。

やっと、誰の目にも、コンラートを影から見る目が届かない場所へと出られた・・・。

嬉しくも、なる。自然と顔がほころんだ。






「あにうえ!ほら、こっち!」



しかし、庭園の一角にヴォルフラムが近寄ろうとするとコンラートは顔色を変えた。



「おい、ヴォルフラム!そっちには行くな!」



慌てて言った。そっちには・・・・


しかし、ヴォルフラムは大好きな場所へとコンラートの声を無視して踏み込んだ。



「あにうえ!みて、お花がぜんぶ咲いてるよ!」


「・・・・・・っ!」



その通りだった。庭園の、現魔王である母が一番大切にしている一番奥でその花たちは咲き誇っていた。



「ははうえのでしょーおっきいあにうえのでしょー。・・・ん〜、これはギュンターのだね」



母が自分の家族や近しい人々に母が作っている花々の名前を送るのが好きだった。

三人の息子を初めとして、近しい人々の名前をつけられた花たちが母の一番のお気に入りであることは言うまでもない。その花々が植えられた場所は庭園の一番奥で一番大切にされている場所だった。



「・・・・・・・・・・・・・・」



でも、コンラートにとっては好きではない場所だった。枯れているときならいいが、特に今日のような日は・・・

最近はギュンターにそのわがままぶりを何かにつけ矯正されているらしいヴォルフラムは王佐のギュンターの花を見ると少し頬をふくらませたが、すぐに気を取り直してコンラートに向き直って指を指した。
コンラートの一番見たくない方を。

こぼれるような笑顔で言う。



「ほら、ちっちゃいあにうえのお花とぼくのお花!おとなりだよ!」



ヴォルフラムは指さした先には、可愛らしくも豪華な白い花でその隣には小さなその辺りの野に生えているようなささやかな青い花があった。



「ほらほらあにうえ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」



返事をしないコンラートを気にすることなくヴォルフラムは白い花と青い花が沢山咲いている場所のまえにしゃがみこんだ。嬉しそうなヴォルフラムは青い花にその花びらを崩すことのないようにほんのちょっとだけ触れた。華奢だらしっかりとした花はかすかに揺れるだけでそよそよとざわめいた。

その花の仕草にヴォルフラムはなんだか「こんにちは」と言われた気がしてはにかんだ。照れ隠しにちょっとだけうつむいた。大地には青い花と白い花がちょうど境界線上で混じり合って咲いていた。



「え〜とちっちゃいあにうえのお花は、だいち・・・?なんだっけ?」



首を捻っているヴォルフラムの後ろでコンラートはできるだけその花を見ないようにしていた。ヴォルフラムの花ではなく、コンラートの花を。


コンラートは自分の名前をつけられた『大地立つコンラート』があまり好きではなかった。
嫌いではない。青は好きな色だし、武人の自分には相応しい飾り気のない花だと思う。きっと野の中にあれば目を楽しませてくれる花だと感じるだろう。

しかし、母が親しい人々の名をつけた花々を集めたこの庭園の奥にあると例えようもなくみすぼらしく見えた。
この場にはあまりに場違いな花は『大地立つコンラート』だけだった。『麗しのヴォルフラム』の横だと余計に。
本来は野草か何かの品種だったのだろう。確かに母上が改良しただけあって青空を映したような綺麗な青色だった。が、それもあまりにささやかすぎて逆にここでは異物だった。





「ここにはいるべきではない」と示されているようだった。


まるで、俺自身みたいに。






「あにうえ!ちっちゃいあにうえのお花はなんて名前なの?おしえておしえて!」

「さあ・・・何だっけ」

「え、あにうえのお花のなのに?」

「俺は武人だから、あんまり花には詳しくなくてね・・・」

「え〜」



ヴォルフラムは頬をふくらませながら「いいもん、あとでははうえに聞くもん」とそっぽを向いた。

そんなヴォルフラムに苦笑しながらもコンラートは改めてかねてから感じていた疑問を浮かべた。



(どうしてだろう?)



ヴォルフラムに花の名前を教えなかったのは決して意地悪で言ったのでない(と言うかコンラートがヴォルフラムに意地悪をしたことなどない)。
そうではなくて、どうしてこの花の名前は『大地立つコンラート』なのだろう、とかねてからコンラートは疑問を感じていた。この花には『大地立つコンラート』という名前は相応しくない気がしていたのだ。

『大地立つコンラート』は決して力強い花ではない。弱々しくはないがささやかだ。元は野草のようなので生命力旺盛でしぶとそうではあったが『大地立つ・・・』とは大袈裟ではないだろうか。まるで名前だけ聞いていると何百年も生きた巨大樹のようだ。



「〜〜〜〜♪」



ヴォルフラムの鼻歌が聞こえてきた。どうやら相当ご機嫌のようだなと見やるとその手に白い花、『麗しのヴォルフラム』の花束を握っている。いつの間にか摘んでいたらしい。ああ、後で母上が怒るぞ。

その白い豪奢な花は眞王に生き写しとされる現魔王の末の息子が持つと似合いの花だった。いや、その花がヴォルフラムに相応しく作られたのだろう。
純白の花弁はハニーブロンドと湖底の瞳を一層際だたせる。余計に、足下の野草のような青い花が場違いだ。



(俺と同じだな)



自然にそう思った。

最近、ヴォルフラムの成人まであと1年を切ったことにコンラートは愕然とした。もう、彼は大人になるのだ。
いつまでも自分の世話が必要な子供ではなくなる。今までだってコンラート以外に世話する人はいたのだがコンラートは母から最初にヴォルフラムに抱かせてもらったことを特権か何かのようにヴォルフラムの一番側にいた。

それでいてコンラートはヴォルフラムに自らが人間との混血であることを言っていなかった。

本当は言わなければならないのだろう。一番側にいたのに誰もが知っていることをヴォルフラムにだけ知らせていなかったことを知ったら、コンラートが人間の血を引いていることを抜きにしても幼いヴォルフラムは傷つくだろう。
しかし、コンラートはグウェンダルやツェリからもそれとなく自分が伝えようかとも言われたが断った。それどころか自分が混血であることを伝えられそうな状況からそれとなくヴォルフラムを話して耳に入れさせないようにした。


そんなことをしても、いつかは知ってしまうのに。それでも悪足掻きを続ける自分をコンラートは止められなかった。



「あにうえ!あにうえこっちにきて!」

「どうしたの、ヴォルフラム?」

「いいから!きて!」



どうやら何か見せたいものがあるらしい。さっき作っていた花束だろうか?

やれやれとコンラート花園を歩いた。咲き誇る花々は美しい容姿を持つ純血魔族達の名を関するに相応しい豪奢さをこれ見よがしに見せびらかしていた。むせかえるような花の香りがして少し息がつまった。

そんな花の中でわくわくとこちらを見上げているヴォルフラムはそんな世界こそが本来の場所なのだろう。その中で血盟城でのコンラートのように『大地立つコンラート』は場違いだ。



「あにうえ!はやく〜」

「ごめんごめん、なんだい?」



ついついこの花壇には近づきたくないと足が遅くなった。ヴォルフラムに謝りながらコンラートは湖底の瞳をのぞき込んだ。

尋ねられたヴォルフラムは少し照れるようにもじもじと目をちょっと伏せると意を決したようにぱっとコンラートを見上げて小さな手をコンラートへと差し出した。満面の笑顔をこぼれんばかりに言う。



「はい、あにうえあげる!きれいでしょ!」




コンラートは硬直した。


ヴォルフラムの手の中には『麗しのヴォルフラム』と『大地立つコンラート』の花束が握られていた。

豪奢な白い花とささやかな青い花が隣り合って揺れている。



「これは・・・・・・」

「すごいでしょ、ぼくのお花と兄上のお花いっしょにいるとおそらみたいだよ!」



その通りだった。白い花が晴れたの日の雲のようで青い花が青空のようだった。

ちっとも違和感がなかった。それどころか空の美しさをそのまま映す鏡のようにぴったりだった。

『大地立つコンラート』は『麗しのヴォルフラム』にふさわしかった。



「・・・・・・・・・っ」

「?どうしたの、あにうえ?もらって?」




だからどうしたというんだ。この花がお前の花に不似合いじゃないからってなんだって言うんだ。
この花が好きだからって、どうせいつか自分のことなんて人間の血を引いているからと嫌いになるくせに。


コンラートは時々分からなくなる。自分はヴォルフラムが好きなのだろうか?確かにずっといっしょにいて彼を育て慈しんできた。ヴォルフラムはいつでも満面の笑顔でそれに答えてくれた。

でも・・・・・・と思う。でも、どうせその笑顔は俺が純血魔族と思っているからだろう。何も知らないで俺が混血だなんて知らないで無邪気に笑っているのだろう。そんな感情を抱くことは多かった。ヴォルフラムが成人に近づくにつれその頻度は高まっていった。


俺は血盟城でただ一人俺に流れる血のことを知らないから、無邪気な笑顔を向けてくるヴォルフラムをただそれだけの理由で側に置きたいのかもしれない。母だって自分のことを好きだがそれとなく気を遣う素振り見せる。兄はコンラートを嫌っているわけでもないだろうが、どういう距離を取ればいいのかお互いに分からずぎくしゃくしたままになっていた。何も知らないヴォルフラムだけが気兼ねなくコンラートの側にいた。

でも、同時にそれはヴォルフラムが全てを知れば変わってしまう。諸刃の感情だ。

だから、コンラートは時々ヴォルフラムを嫌いなのかもしれない、憎んでいるのかもしれないと思う。何も知らないままで無邪気な笑顔を見せてくるくせに、真実を知ったら態度をひるがえさせるのだろう。
どうせ、どんなに今俺を好きでいてくれても俺のことを人間にとを引いているということだけでいつか嫌うのだろう。憎むのだろうと。


どうせ、いつか俺の手から離れていってしまうくせに。




「あにうえ・・・・・・?」

「ごめん・・・・・・ありがとう。綺麗だね」




それでも、コンラートは花束を受け取った。ヴォルフラムの顔が曇ると自然と口と手が動く。

これは、これまでの態度の延長なのだろうか?それともヴォルフラムが好きだからだろうか・・・・・・?
なんにせよコンラートはやはりヴォルフラムを放って置くことは出来なかった。花束を胸に寄せてると大事そうに持った。

白い花と青い花が手の中でゆらゆらと揺れた。本当に青空のようだ。

花束を受け取ったことで満足したヴォルフラムは急に顔を輝かせて、コンラートの腕にしがみついてきゃっきゃっと笑った。



「あにうえのお花のなまえ思い出した!『だいちたつコンラート』でしょ!ぴったりなおなまえだね!」

「え、どうして」



どうしてだろう?確かにこの花束は綺麗だがその名前と一致する要素をコンラートはそこに見つけられなかった。



「だって、あにうえのお花はまっすぐにたっているでしょ?ほら見て、まっすぐにのびてるでしょ」



本当だった。
今まで気がつかなかったが『大地立つコンラート』はどの花より茎が真っ直ぐに伸びて大地から空へと伸びている。その名にふさわしく。

俺の本質には相応しくなく、まっすぐ立っている。



「知らなかった・・・・・・」

「え〜あにうえのお花なのに?」

「ああ、知らなかったよ」

「もう〜ちょっとみればわかるのに」



ちょっと見れば分かる。コンラートはどきりとした。

しかし、振り返ってもヴォルフラムはコンラートの出自のことには気がついている素振りを見せてはいなかった。そうだ落ち着け、今のは花の話だ。俺のことじゃない。



「ぼくあにうえのお花大好きだよ!」



満面の笑顔で俺には似ていない花を好きだというヴォルフラム。俺のことなんて何も知らないくせに俺を好きだというヴォルフラム。いつかその笑顔を向けることもなくなるであろうヴォルフラム。


「ありがとう」と笑顔を返しながらも、やっぱりコンラートはヴォルフラムを好きなのか、憎んでいるのかわかないままだった。

そして、やはり自分の血のことは話せない。そう感じた。






コンラートは嬉しそうに抱きついてきたヴォルフラムを抱きしめ返した。体温の高い身体の温もりが伝わってくる。

それでも、この温もりだけは真実だ。そう思うことだけは出来た。

























コンが暗くてごめんなさい。

でもナナカマドはこういう暗くていじけてるコンラートが好きみたいです。

背景の花は『大地立つコンラート』っぽい花を持ってきました。どうでしょう。


コンラートは作中で色々言ってますがナナカマドは『大地立つコンラート』好きですよ。

でも作中の『大地立つコンラート』の設定は捏造ですよ。茎が真っ直ぐかは知りません(おい)。

でも、ツタ植物ではないよなあ。多分真っ直ぐです、うん。