お題18 鎖
少し、白い。
「・・・・・・大丈夫か?」
そういって俺は目隠しをしたヴォルフラムの青ざめた白い頬にそっと手を添えた。いつもは紅潮しがちな頬は、今はとても白くて血管が透けてまで見える。体温の低い自分より少し冷たい。
少し心配になって額に手を当てるとヴォルフラムは後ずさろうとしたが、逃れられないように強く肩をつかんでさっきより距離を詰める。
「風邪・・・・・・じゃないな、風邪の時はお前は顔が赤くなるんだから。
少し、ここは冷えるからな身体が冷えたのかもしれない、毛布か何かを」
ばしん
そこで言葉を止めた。何か弾くような音と小さな痛み。
その音の方向を見ると少し腫れた俺の手の甲と、それ以上に真っ赤になったヴォルフラムの両の手の平が震えている。蝋のように白くなった手が身を守るように身に寄せて、俺からの距離を取ろうとしている。
「な、何を言ってい、るんだ?ぼくが、お前のもの・・・・・?
・・・・・・いったい!い、いったい、何の話なんだっ!?何のつもりで、ぼくは、ここに・・・・・・!」
「ヴォルフ、そんなに喋るな。口の中を噛んでしまうから・・・・・・」
「何のつもりだと聞いているんだ!?目が、目が見えない、なんでこんなことを、どうして!?」
「ほら落ち着いて?ヴォルフラム?」
「!?やめろ!」
俺がヴォルフラムの腕を再び取ろうと触れると、叫ぶヴォルフラムはシャツの上から俺の右腕にかみついてきた。シャツが裂けて、ヴォルフラムの歯が皮膚に食い込む感触が伝わってくる。もっとも無我夢中でやったせいか、大して痛みはなく、ほんのうすく皮膚が裂けただけだった。
それでもヴォルフラムは口の中に広がる血の味に我に返ったらしく、すぐに俺から身を離した。
「・・・あ・・・」と呆然としたような声。その姿を見て「やはりな」と冷静に頭の中で声がした。
ヴォルフラムは俺に反発して口をとがらせたり声を荒げたりすることはあっても、実際に俺を傷つけたことはない。
母上が統治していた頃は影で石くらいは投げられて怪我をしたことはあったけど、俺はそういう行為をヴォルフラムと結びつけて考えたことは一度もなかった。もちろん、彼はそんなことする性格ではない。が、ヴォルフラムがするか、しないかではなくそういうことが彼の頭の中にあるとはどう考え直しても、あまりにも彼から縁遠いことのように思えた。
ヴォルフラムが悪意を持って誰かを傷つける
、それはたとえ相手が嫌っている次兄でもあり得ないことのように思われた。
案の定、ヴォルフラムは両の手を口元に当てて硬直していた。俺を傷つけたことを後悔しているらしい。
有無を言わさず連れ去って、身体の自由を奪い視力も封じて、こんな風に閉じこめようとしている相手に対してもこの様子。
やれやれ。
困ったものだな、思ったことは即座に行動に移してそれを後悔するところは小さい頃からそうだった。
もっともそれをいやだと思ったことは一度もないけれど。むしろその逆のことばかり考えてきた、ずっとそのままでいてほしいと。
俺はヴォルフラムに顔を近づけた。息がかかるほど近い距離はますますヴォルフラムの顔が青ざめていることに気づかせた。目隠し越しにもその目がかつてないほどに見開かれていることが容易に想像できる。
「・・・・・・ヴォルフラム」
「コンラート・・・?」
「おいたはだめだよ?」
「なに・・・・・・やめろ!?」
俺は縛り上げたヴォルフラムの腕がじゃまをしないように拘束しているリボンを手に取るとベッドに押さえつけた。
その拍子にベッドに蒔いた「麗しのヴォルフラム」にヴォルフラムの両腕が埋まった。拍子に花びらと芳香が宙に舞う。彼のために作られた花の中に沈むヴォルフラムはその純白の花弁より白い顔をしていた。ああ、こんなに血の気を失ってしまって。
ヴォルフラムは両腕を動かせようともがいたが、俺はそれより先にもう片手でヴォルフラムのネグリジェのボタンに手をかけた。ひとつひとつ丁寧に外していく。
「やめ・・・・!何のつもりだ!?」
「・・・・・・わからないか?」
「わかるわけが・・・・・・なっ!?」
「わかった?」
俺は露わになった鎖骨の窪みに顔を埋めた。花の香りのせいか、それとも元々の彼の香りなのか日だまりの匂いがした。大好きなその香りをもっと感じていたいと思うと頬をすり寄せるとヴォルフラムが身体をよじって逃れようとする。
気にすることなく俺はもっと下の方の肌に移動した。心臓のある左胸は、やはり冷たいようにも感じたがそれでも他の肌の部分よりほのかに温かい。
耳を触れさせれば、心臓がとても早く胸を打っている。
「コンラート、やめろ!」
「どうして、昔はよく一緒に眠ったじゃないか。こうしたこともあったろう?」
言って左手を胸に沿わせて背中に這わせる。そのままヴォルフラムを抱き寄せた。
「やめろ、やめ、やめて・・・・・・どうして、こんな!」
「どうして?言っただろう「少しの間でいいから俺のものになって」って」
「お前のもの・・・・・・・?」
「そう、俺のものになって・・・・・・そばにいさせてほしい」
「なん、で・・・・・・意味が、意味がわからない・・・・・・」
頭を振って「わからない」と繰り返すヴォルフラムは答えをねだっているようにも見えた。
だから、俺は返事をする代わりにヴォルフラムの頬に手を伸ばすと、そのまま唇を重ねた。
ヴォルフラムは驚愕で硬直していた。俺は頭のどこか冷静な部分でそれを感じながら、同時に感情の奔流に何も考えられなくなっていた。ずっとこれが欲しかった。欲しくて、欲しくてたまらなかった。
唇の先に暖かい熱。幼いころは頬に口付けしてもらったこともあったけど、そのときとは違う。まだまだ幼いがもうすぐきっと大人になる、俺を嫌うことすらしなくなってしまった、俺の手から離れていってしまったヴォルフラム。
「・・・・・・・ん!はな、離せ!」
「だめだ」
「なんで・・・・・・ぼくたちは、兄弟なのに・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そうだね。確かに俺たちは「兄弟」だ。
でも、
「好きだよ、ヴォルフ・・・・・・兄としてではなくて」
その言葉が、ヴォルフラムの鎖になることは知っていた。
続く
前の更新からずいぶん間が空いてしまいました・・・。
あんまりお題に沿ってないですが、続き物ということで目を瞑ります。
2007/11/23
