29 雨















ぱたぱたぱた。


乾いた地面に乾いた音を立てて雨が地面を潤し始めた頃にはもう血盟城に帰るには遠すぎた。


ヴォルフラムは舌打ちした。
遠乗りの出掛けに「いくら近いからって一人で出かけるときはちゃんと準備をしていくんだよ。今日は一雨くるかもしれないから雨具を持っていった方がいいから」といわれて差し出された雨具を差し出す手にカチンときてしまい「余計なお世話だ!今日は晴れているのにそんなものいらない!!」と飛び出してきてしまったことが今になって悔やまれる。



(いや、ぼくは悪くないぞ。確かに出掛けには晴れていたし、雨の降る気配なんて全く・・・・・・それにあいつがいちいち小さい頃のようにぼくを扱うから。本当は雨具を持ってくる気も少しはあったのに、あいつが、あいつが余計なことを言うから・・・・・・)



ヒヒーン!
愛馬のいななきでヴォルフラムは我に返った。ぼうっとしていたせいで何時の間にやら自分も愛馬も雨にぬれ始めていた。心配そうに見上げてくる愛馬のつぶらな目が「どうしたの?」と問いかけてきて、彼女までぬれさせてしまったことに胸が痛んだ。


慌てて大きな木の木陰に避難すると雨足は一気に強くなった。ザアァッ・・・・!という音と共に一気に視界いっぱいに雨の線が風景を横切った。


何とか間に合ったと安心すると頬に暖かいものが触れた。愛馬がぬれている頬をなめていた。



「お前をぬらしてしまったな・・・・・・すまなかった」



自らよりも先に気づかってくれた愛馬の背を撫でると愛馬は心地よさそうに目を細めた。
立ち上がってマントを脱ぐと一番下のほうの大降りの枝にかけた。髪からこぼれ落ちるしずくを幾らか払うと荷物の中にほとんど拭くものがないことを思い出す。
困った。自分はともかく自分の過失でぬれてしまった愛馬を拭いてやれないことは不甲斐ない。


仕方なく木の根元で意外と居心地が良さそうにしている愛馬の横に座る。と、その首にぎゅっと抱きついてやる。ちょっと驚いたように愛馬が振り向く気配がしたが更にしがみついてやる。


こうすれば少しは暖かい。


そう思って安心するとヴォルフラムは眠りの縁へ落ちていった。
























「・・・・・・・・・・・ラム。・・・・・・ヴォルフラム」

「ん・・・・・・?」



ゆらゆら揺り起こされて寝付きは良いがなかなか起きないヴォルフラムは身じろぎした。



「・・・・・・ヴォルフ、ほらいい加減起きて」

「んー・・・・・・うるさい・・・・・」



あと5分だけ、いや後五十分・・・・・・まだ眠い。もう少しだけ・・・・・・。

起きたがらないヴォルフラムに起こしている人物はふと小さないたずら心をおこし、耳元に唇を寄せた。




「早く起きないと・・・・・・いたずらしちゃうよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひっ!!?」



とんでもないことを言われヴォルフラムは飛び起きた。慌ててその場を離れようとするが何時の間にやらしっかりと両腕で抱きしめられている。

ヴォルフラムはキッとその茶髪の人物を睨み付けるとその人物は苦笑したようだ。が、反省はしていないようだった。




「・・・・・・何で貴様がここにいる、コンラート」

「何って、雨具も持たないで遠乗りに行っちゃったヴォルフラムに雨具とタオルを届けに来たんだよ。
ほら、だから言っただろう、ちゃんと持っていかないとダメだって」



確かによく見れば巻き付いているコンラートの腕には大きなタオルごとヴォルフラムが抱きかかえられている。傍らには一人分ではないサイズの荷物が無造作に置かれていた。


雨は何時の間にやら止んでいた。雨粒でかすんでいた風景は今はさっきよりも雨にぬれて落ち着いた色合いを見せていた。厚い灰色の雨雲にもぽつぽつと切れ間がみえてうっすらと青空がのぞいている。


ヴォルフラムはわざと静かに、しかし冷たく言った。



「・・・・・・それでさっきのような戯言を言ったのか?」

「いやだな、ただの冗談だよ。・・・・・・そんな目で見るなよ、まるで俺が寝ているヴォルフラムに何かする気みたいだったじゃないか」

「・・・・・・そうではなかったと?」

「勿論・・・・・・ああ、それともそっちのほうがよかった?」

「・・・・・・・・・・・!!そんなわけあるか!!」




ああ、さっきちょっとは落ち着いた態度をとってやろうと思ったのに。


顔を真っ赤にしてぎゃーぎゃー喚き散らし始めたヴォルフラムにコンラートはやれやれと苦笑するとさっきよりもずっと暖かくなったヴォルフラムの体から離れる。さっきまではいつも体温の高いヴォルフラムが体温が低いコンラートよりも冷たくなっていて肝を冷やしたが外の気温に長く当たりすぎただけかと胸をなで下ろす。


コンラートは荷物からもう一枚タオルを取り出すと小さな口を精一杯開いてコンラートに文句を言うヴォルフラムの顔が隠れるようにかぶせた。




「何をする、貴様!!」

「何って、拭いてあげようとしているんだよ。髪はまだ乾いていないみたいだから。風邪を引きたくないだろう?」

「うう〜〜・・・・・・」

「じっとして」




タオル越しに大きなコンラートの手が自分の頭を拭き始めたのに急にばつが悪くなってヴォルフラムは黙り込んだ。なんだかんだとわざわざ追いかけてきて自分の世話を焼いてくれているんだと思うと文句を言って悪い気がする。もっともそれを見せる気はさらさらないが。





「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




また余計なからかいをかけてくるかと思ったが意外にもコンラートは静かにヴォルフラムの髪を拭いていた。丁寧に髪に含まれた水分を取り除いていく。戸惑うくらい熱心だった。
沈黙は苦手ではないが、コンラートとの沈黙は苦手なヴォルフラムは渋々口を開いた。




「・・・・・・馬・・・・・・・・・」

「ん?何か言った?」

「・・・・・・ぼくの馬はどこに行ったんだ?見あたらないが?」

「ああ、俺がここに来るまでヴォルフラムの側にいたよ。ずっとヴォルフラムのかをなめてた。ヴォルフが冷えないようにずっと身を寄せて・・・・・・今はノーカンティーと一緒に草を食べに行ったよ。ずっと食事をしていなかったようだから」

「・・・・・・そうか」




また面倒をかけてしまったなと愛馬のことを思うとヴォルフラムの視界は急に開けた。
タオルを退けたこっちをのぞき込んできているコンラートの顔が急に間近になる。銀色の光彩が目の前で自分の瞳の色を食い入るようにのぞき込んでいる。


驚いて、ヴォルフラムは顔を背けた。今は顔が赤い自信がある。




「なんだ、いきなり」

「あ、もうちょっとこっちを向いてて」

「何で」

「雨が降るかもしれないから」

「なんだそれ・・・・・・うわ!?」




両頬を両手で包まれてコンラートのほうを向かせられるとヴォルフラムは更に顔を赤くした。幸いごうと強い風が吹いてすぐその頬の熱を冷まして隠してくれたが。


更にのぞき込んでくるコンラートに目元が熱くなるのを感じた。




「なんだ、さっきから」

「だから雨が降るかもしれないから・・・・・・ほら、ヴォルフも俺の言うこときかないでぬれちゃっただろう」

「それとこれとは関係が・・・・・・!第一本当は持っていくつもりだったんだ、なのにお前が余計なこと言うから」

「ほら、目を閉じないで・・・・・・それは悪かったな。でも自分のことなんだから気に障ったとしても今度から準備はちゃんとしないとダメだぞ」

「う・・・・・・そんなに顔を近づけるな。第一雨が降るなんてどうして分かるんだ。さっきも準備を怠ったぼくにも問題があるかもしれないがとても晴れていたじゃないか。今だってそんなに雲は出ていないから一雨きた後にもう降ったりはしないだろう」

「でも、さっきは当たっただろう?雨が実際降ったし」

「だから、何で分かったんだと聞いている。一体全体どうして・・・・・・」



コンラートは顔をむずかしくしているヴォルフラムにふっと微笑むと額をくっつけるといたずらっぽく言った。


気になってもう一度空を見ようとするがコンラートの顔が近すぎて分からない。ただ、さっきよりも強い風がごうごうと吹いてくる音だけが聞こえた。


その音さえ遮るようにコンラートは耳元に唇を寄せた。



「俺にもいつもは分からないよ・・・・・・でも今はヴォルフがいるから」

「なんだそれ・・・・・・」

「・・・・・・雨が降る前にヴォルフの瞳の色が変わるんだ。湿度が変わるのか、ほんの少しだけどいつもより深い碧色になってる。ちょっとした変化だから俺以外は見分けられないだろうけど」




ヴォルフラムはびっくりして目を見開いた。そんなこと知らなかった。


いや、きっとコンラートくらいしか知らないことなんだろうけど。




「ほら、だから瞳を見せて・・・・・・でももう無理かな」

「?何で?」

「ほら空を見て、雲が多いし風も強い。さっきよりも雨がもう降りそうだ。それに・・・・・・」

「それに?」

「それにヴォルフラムがそんなに目を潤ませてたらもう瞳の色は分からないな・・・・・・」

「・・・・・・・・・・何だと!ぼ、ぼくは別に」




耳元で囁かれて余計に顔が赤くなることが分かる。


ヴォルフラムがもう一度喚こうとする前にコンラートはもう一度ヴォルフラムを抱きしめた。かすかに囁く。




「・・・・・・・・・また、雨が降りそうだしもうしばらくここに一緒にいようか」

「//////何を言ってる!このくらいの雨なら、別に」

「ほら、雨足が強くなってきた。・・・・・・もうしばらくはここにいる方がいいな」

「う・・・・・・・・」




ザアアアァァァ・・・・・!


さっきの雨よりもずっと強い音を立て始めた雨にヴォルフラムが押し黙るとコンラートは更にもう一度額をくっつけあった。銀色の光彩が雨のせいでいつもより柔らかな色を放っている。





「なんだ、また・・・・・・もう天気予報はいいんだろう・・・・・・」

「うん、だからね・・・・・・ヴォルフラム」

「だから、何だ・・・・・・・」

「・・・・・・・・・今度は目を閉じて」

「・・・・・・・・・・・・・・・」






降りてくるコンラートの顔に


言ってやりたいことは山ほどあったが、とりあえずヴォルフラムは目を閉じた。


暖かい。互いの唇が柔らかな感触が温もりを伝えた。


雨の音を聞きながらヴォルフラムはコンラートの上着をきつく握りしめた。その腕をコンラートが一度やさしく引き離すともう一度ヴォルフラムを腕ごと抱きしめた。

























2匹の馬が雨宿りの木の本にかえってきた時には真っ赤になったヴォルフラムがコンラートに抱きしめられて黙りこくっていた。






















イチャイチャ強化期間作品その@。


もうできあがってる2人です。結構ラヴラヴ書いてきたつもりでしたが今までで一番いちゃついている気がします。

もう梅雨入りの季節だから雨も多いですがナナカマドは基本的に雨が好きなので好きな季節です。







2007/06/17