04 秘密
くっついて公認後のお話
「あー疲れた。もう駄目。しばらく紙もペンもギュン汁も見たくない〜」
「もう終わりますよ。でも、ユーリ。まだ一つ仕事が残っているでしょう」
月も頂点に達しつつある夜半も過ぎた血盟城の廊下で傍らにコンラッドを護衛されながらユーリは両手に額の高さまで届くほど多くの書類をよたよた抱えて歩いていた。
これだけあると紙はかなり重い。ギックリ腰になりそうな体勢で運ぶようなものではない。
しかし、一応重要書類中の重要書類なので使用人に任せるわけにはいけないし護衛係のコンラッドの両手をふさぐわけにもいかない。
結果としてユーリが無理な体勢で持って行くしかないのだ。
もっとも運ぶのを何回かに分けずに早く仕事から解放されたいあまりに一度に運ぼうとしたユーリ自身の希望なのだが。
足が進むにつれてユーリは彼より足の長いはずのコンラッドより一歩先に出るように早足になっていく。
とにかく、今は一刻も早く仕事を終わらせて寝台に駆け込んでしまいたい。
「グウェンダルにこの書類に目を通してもらうことを頼めば今日はもう誰から何を言われても休むからな」
「もちろん。さあ、グウェンダルの部屋に着きましたよ」
目の前に見えてきた大きな扉を確認してユーリは今日の責務の終了するのを感じた。
血盟城で摂政が伝統的に使うことに決まっている血盟城でも大きな部屋の部類に入るその部屋は前魔王の摂政シュトッフェルが摂政の座を降りてから空室だった。
その部屋は新魔王が決まってしばらくするといつのまにか誰が言うこともなくグウェンダルの部屋になり、グウェンダルが正式に摂政の座を手にするのは間近だとだれもが噂していた(もっともグウェンダル自身は摂政を押しつけられないように逃げ回っているのだが)。
「あー、なんかいつもと同じ道程が長く感じた。
やっと終わりだ・・・ん、なにか聞こえる?誰かと話している」
よくよく見てみればわずかにドアが開いて中から声が漏れ聞こえている。
「本当だな。誰かと話しているようです。こんな夜中に誰と・・・」
「・・・あ、兄上ダメです・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ヴ、ヴォルフラム?」
何でこんな夜中にヴォルフラムがグウェンダルの部屋に?
いやいや、仲良し兄弟なんだからおかしいわけじゃないんだけど。
しかし声が若干ピンクっぽかったのは気のせい?
ユーリは兄弟だが色々あってヴォルフラムの恋人になったコンラッドのほうを見た。
ドアに手をかけたまま完全に凍っていた
。
ユーリはこめかみに一筋の汗を流すとドアごしに盗聴を続けた。
「いいだろう、たまのことだ」
「ですが・・・」
「コンラートはいつもお前にしてやっているのだろう?」
「兄上・・・」
コンラッドがヴォルフラムといつもしてることって何ですか?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・コ、コンラッド?」
コンラッドはピクリとも動かず硬直したまま顔色だけが真っ青になっていく。
「私はこういうことは得意だ。手先を使うことはあみぐるみに関してだけではない」
「それでも兄上が僕にする必要はありません」
「そんなことを言っても既にこんな状態になっているが・・・放っておいたら大変だぞ?」
こういうことって何?何が得意なんだよ。
こんな状態って何?放っておくと何がどうなるわけ?まずいの?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・グ、グウェンダル?」
ユーリは何か非常にまずいものを感じつつコンラッドの顔色を伺った。
青いを通り越して真っ白になっていた。加えて爪の先がドアに食い込んでいた。暗いせいか不思議と表情がはっきりとはわからない。はっきり言って怖い。
ユーリはこめかみに流れる汗がとまらなくなるのを感じた。
「やはり兄上がなさる必要はありません」
「そんなに遠慮をするものではない・・・・・・どうした?今日は妙にしおらしいな」
「それは、兄上にこんなこと・・・してもらうことは今までありませんでしたから」
「それ考えてみればそうだな。しかし、だからといって遠慮することはない。これからはいつでも私がしてやろう」
だから何を!?何をいつでもするって・・・・・・!?
「二人とも一体ナニを・・・・・・ってうわぁっ!?」
「・・・・・・・・・・・・(すらり)」
「コ、コンラッド!?」
コンラッドは無言で剣を抜いた。今度はユーリが真っ青になる番だった。
静かにドアに近づくとその巨大な扉に向かって剣を振り上げるコンラッド。
そのあまりに恐ろしい光景に慌ててかばうようにユーリはドアの前で立ちはだかった。
「コココンラッド、おおお落ち着けよ!そそそそそそんな剣なんか抜いちゃってさ。
え、えーとほらヴォルフラムが浮気するわけないって、しししかもあのグウェンダルとさ!
な、なんか誤解が、誤解があるって!」
どもりまくりながらユーリは無我夢中で手をばたばた振ってコンラッドを説得した。
何が何でも流血沙汰にするわけにはいかない。滅多なことをするはず無いとコンラッドを信じてはいるが抜き身の剣を見ているとどうしてもせっぱ詰まった気持ちになる。
他ならぬユーリの必死の説得にコンラッドははっと気付いたように剣を下げた。
かなり悲痛な表情で自分に言い聞かせるようにゆっくりとユーリに謝罪を返した。
「・・・・・・・・・すみません、ユーリ。そうですね、ヴォルフが浮気するわけ・・・ないですよね」
「そーだよ!あのヴォルフが秘密のお付き合いなんて無理無理。きっと初歩的な誤解があるはずなわけで・・・・・・・・・・・・」
「ほら、こっちに・・・」
「ですが、やっぱり・・・」
「そんなに言うなら自分でやってみろ。ちゃんと教えてやる」
「え・・・あ、はい。まずどうすれば・・・?」
「まず先の方を舐めたほうが入りやすいぞ」
「・・・・・ん」
「なかなか上手い・・・・・・練習すればもっと上手くなる」
「はい・・・あ、痛!」
「馬鹿者、気を付けろ!」
「すいません、あ、兄上!何も舐めなくても・・・!」
「血が出ているぞ。やはり私がやる。」
「兄上・・・ありがとうございます」
「こんなことでこんなに喜ぶな。かえって私が薄情なようではないか」
「そんなこと・・・・嬉しいです、兄上。
・・・・・・・・やっぱり自分でやりますから、教えてください」
「そうか。なら、ほらこうして・・・・・・・・・」
「兄上・・・・・・あ、やっと、やっと入りました」
「ああ・・・・・・」
----------------ヤッパリ、ダメカモシレナイ。
一瞬、ユーリはコンラッドの説得を諦めかけた。
だがすぐに事態の深刻さに顔を上げた。諦めるわけにはいかない。
そうだ、諦めちゃいけない。俺は俺にできることを。事態を軽くするだけでもできるかもしれない。兄弟で憎み合うようなことにならないように・・・・・・
って言うかほんとにナニしてんのあの二人!!??
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「コンラッド、頼む落ち着いて、落ち着いて俺の話を・・・・・・」
頼むからグウェンに決闘を申し込んだり、ヴォルフの顔を二度見たくないとか言い出したりしないで。
未だに剣をしまわないコンラッドを見ると最悪の事態を想像して青くなる。必死の説得を試みなくてはならない気がする。
しかし、それよりも早くコンラッドはユーリに穏やかな全てを悟ったような笑顔を向けた。
「ユーリ、心配しなくても大丈夫です」
「コ、コンラッド・・・・・・!」
コンラッドの一見理性的に見える発言に思わずユーリは感動した。
しかし続くコンラッドの言葉はユーリの予想よりも遙かに最悪
だった。
「二人を殺して、俺も死にます」
・・・・・・・・・・・・・・・眞魔国、かつてない危機、かもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ダ、ダメーーーーーーーーーーーーー!!
考え直してくれーーーーーーーー!!頼むから、名付けられ子の一生のお願い!!」
ユーリは必死だった。コンラッドの胸にしがみついて悪魔の進行を止める。
「一生俺だけって言ったのに、一生俺だけって言ったのに、一生・・・・・・」
「わ、わーーーー!!やめ、やめて、コンラッドーーーーー!!」
一見平静な表情で結構純情なことをぶつぶつリピートし続けられるとかえって怖い。
「死ぬまで一緒って言ったのに、死ぬまで一緒って言ったのに、死・・・・・・・・・」
「そこで切らないでーーーーーーーー!!」
死にそうなのはこっちだった。
「ヴォルフがまだ何も知らないみたいだったから・・・キスしかしてなかったのに、してなかったのに、してなかったのに」
「・・・って、ええ!!?マジかよ!?
ヴォルフ、八十過ぎなのに!!?ていうかコンラッド、あんたヴォルフの部屋に何回か泊まってたじゃん!?マジで!?それだけ・・・って」
しまった、と思ったときはもう遅い。
隙を突かれてコンラッドがユーリごと扉を開くのを止められなかった。
ユーリはハッキリとそのまま押し倒されるように背中の扉が開くのを感じた。世界がやたらとスローモーションに見えると同時にユーリは自分の無力を嘆いた。
「わーーーーーーーー!!コンラッド、ダメだーーーーーーーーーーーー!
ダメだ!ダメだ!ダメ・・・・・・・・だ?」
あれ、とユーリは思った。何か違う。
隣で似たように「あれ?」といった表情で惚けているコンラッドの横でユーリは部屋を見回した。
部屋の中の光景は予想とは何か違っていた。
まず、二人は寝台ではなく小さなテーブルを囲んで向かい合っていた。そして、全裸どころか未だ二人とも軍服姿でヴォルフラムは上着を脱いでいて、その青い軍服の上着をグウェンダルが手に持っていた。ちなみに髪の毛はかわいらしいリボンでまとめられて邪魔にならないようになっている。
「お前達・・・・・」
「さっきからうるさいと思っていたが何をしているんだ」
憮然とした様子のヴォルフラムとグウェンダルがユーリ達に少し怒りのこもったまなざしを向けている。全くやましい様子は、これっぽっちもない。
「えーと、その」
しどろもどろになりながらもユーリは素直に訪ねてみた。
「二人とも何をしてたわけ・・・・・?」
「何って・・・・・」
「ヴォルフラムの上着に大きな穴が開いてたので繕っていたのだが」
ぴきっと隣でコンラッドが固まる音がした。
「えと・・・・・ダメですなんていってたのは・・・・・・?」
「立ち聞きしてたのか!?全くお前らはつくづくへなちょこだな!!忙しい兄上の手を煩わせることをさせられないからだろうが」
「コンラートは小さい頃からヴォルフラムの破れものを侍女の代わりに繕っていたのに私はあまりやってこれなくてな。だからこれからは私にも遠慮無く頼めと言っていたのだが」
がくっと隣でコンラッドが膝をつく音がした。安心と後悔と疲労で少し白くなっているのは気のせいではなさそうだった。
「あの、その・・・舐めるだの、入れるだのっていうのは・・・・・・?」
「?だから、兄上の手を煩わせられないからぼくがやろうとしていたんだが?」
「・・・・・・・・?ヴォルフラムがなかなか針に糸を入れられないから糸の先を舐めた方が入りやすいと教えていたのだが、針で指を刺してしまってな。やはり私がやろうといっていたのだが?」
そういえば二人の手のきらりと光るものが見える気がする。よく見れば確かに裁縫針と糸。
「あ・・・・・・そう。そうなんだ、あは、あはは・・・・・・」
何かもう笑うしかない。床に大の字なってユーリはうつろな笑い声を上げ始めた。
ひたすら笑い続けるユーリのうつろな声がこだましている。
その光景の不気味さにヴォルフラムは思わず怯んだ。ついでにそのそばに一つの影が近づいている。
「ど、どうしたんだユーリは一体・・・ってコンラート!!何を急にだ、抱きついて!!」
「ごめんな、ごめんな、ごめんな・・・・・・」
「何言ってる・・・・うわ、く、くるし」
「俺が悪かった、悪かった、悪かった・・・・・」
「ああぁぁぁ、もう!!何が起きてるんだ一体!!?コンラート、離せ!!」
「すまない、すまない、すまない・・・・・・」
グウェンダルはユーリに近寄ると床に散らばった重要書類の数に眉間のしわを更に深く寄せた。
「おい、ユーリ。これは今日私が代筆した書類ではないか、こんなにまき散らして・・・全く。あ!いくつか足りないぞ!!?おい、これはどういうこと・・・・・あ!こら踏みつけているぞ!!!笑っていないで話を聞け!!」
「あはは・・・・・・・・・」
「人の話をちゃんと聞・・・・・ユーリ?おい、ユーリ?どうした!!?」
「あはははははははははははは・・・・・・・・」
「ユーリ!!??おい!し、しっかりしろ!!」
そして、
グウェンダルの部屋からユーリ陛下のうつろな笑い声とウェラー卿の呪文のような謝罪はグウェンダルが助けを呼んだギーゼラに二人が医務室送りになるまで続いていたという・・・・・・・。
その後一ヶ月間、ユーリとコンラッドはその日のことをさんざん詰問されることになったが二人とも決して口にしなかったという」。
す い ま せ ん で し た ! !
誤解を招く会話がそんなに好きか、自分!!
せっかく質問で「キスハグ以上なし」が多いと言ってみたので
それっぽい話を書いてみたいと思ってみたり(それでこれかよ!!)
2007/03/19