お題 43 思い出























「あにうえ!ちっちゃいあにうえ!」


「はい、ヴォルフラム。おれの横に座ってこっちを見て、ほら」


「んしょ・・・・・・はい!できたよ!はやく、あにうえ!」


「ヴォルフ、そんなに慌てなくてもすぐしてあげるよ。ほら、こっち向いて」


「はやくはやく!はやくあにうえ「きす」して!」


「はいはい・・・・・・ん。はい、おしまい。ヴォルフのほっぺたはやわらかかったよ」


「え〜!?
だめ、だめだよ!ははうえは「だいすきなひとにはくちにきすすればいいねよ」っていってたもん!
くちにして、ちっちゃいあにうえ!」


「う〜ん、それはできないよ。
いつかヴォルフに本当に好きな人ができた時にその人にしてもらえばいいよ。
それまで待ってなさい」


「ぼくのほんとうにすきなひとはちっちゃいあにうえだもん!なんどもいってるでしょ!
どうしてしんじてくれないの!ぼくがうそついてるとおもってるの!?」


「ちがうよ、ヴォルフが嘘ついてるなんて思ってない。
でも、本当のキスをするのは大人になってから、その時好きな人とするのが一番だよ」


「ぼくもうおとなだもん!いちばんすきなひとちっちゃいあにうえだもん!」


「はいはい、わかったよ。じゃあ、大人になったらね」


「だから、もうおとなだってば・・・・・・ちっちゃいあにうえのばか〜!」
























「・・・・・・まったく」



昼下がりの血盟城の中庭に吹き抜けた廊下でヴォルフラムはひとり憤慨していた。

昨夜の夢見の悪さときたら最悪だった。昼ご飯が過ぎたあとでもまだ腹が立つ。



「まったく・・・・・・あんなのは昔の話だ。昔の。もう忘れてた」



嘘ではない。実は一年に一度は思い出すかのように見る夢だったが、見た日になんが何でも忘れようとするせいか、すぐに忘れていた。正確には「忘れたふりをしていた」のだった。

内容が内容なため、絶対に何気なくひとの本心を聞き出すことが得意なコンラートにはそんな夢を見たとはばれないためのヴォルフラムなりの自己防衛だった。なにせ、ユーリや村田のいうチキュウでというところの「くろれきし」だ。なんとしても誰にも知られてはならない。
もっとも、ヴォルフラムがわりと単純な性質なせいか、そうしていればすぐに忘れていたのだが。

結構頻繁に見る夢だということは棚上げでヴォルフラムはひたすら「忘れた」「覚えてない」「子供のアヤマチだ」をひとり何回も繰り返していた。過ぎた話を気にしないという独り言の内容の割には、そう呟くたびにたびずいぶん手足の動きがぎくしゃくしていたが。
言い聞かせながらかなり乱暴な歩調でブーツの踵をならす。同時に腕をぶんぶん振る。



「まったくまったくまったく!
あんなことは昔の話だ、今は関係ない。コンラートなんて知ったことか!」

「俺がどうしたんだ?」

「うわあっ!?」



いきなり話し掛けられてヴォルフラムは飛び上がった。廊下と中庭を隔てる手摺りからコンラートが身を乗り出してヴォルフラムを覗き込んでいた。いつものようにからかうような表情ではなく不思議そうにしている。



「い、いきなり話し掛けるな!驚くだろうっ!」

「それは悪かったな、誰かさんが何度呼んでも独り言に夢中だったもので」

「!?・・・・・・う、うるさい!」

「はいはい、で、どうかしたのか?そんなに考え込んで」

「なんでもない・・・・・・お前こそ何をしているんだ。ユーリの護衛はどうした」

「今はヨザックに任せてるよ、俺は中庭で剣の鍛練」



そういえば片手に剣を下げているし、いつもは涼しい顔ばかりしているのに今は顔に汗が幾筋か流れている。



「朝から様子が変だったけど、なにか悩みごとでもあるのか?俺でよければ相談にのるけど」

「お前に話すことなんかない!それからどさくさに紛れて頭を撫でようとするな!」

「んー、相変わらず柔らかそうな髪だなと思って、つい手が」

「なんだそれは。
いちいち小さい頃のように兄貴面するな、ぼくはお前のことを兄だなんて思っていない!」



いって容赦無く手を振り払う。手摺りが間にあるので一歩後退するとコンラートの手が届かない場所でくるりと背を向ける。フンと言って、相手にしない意思表示をする。
もっとも本当に相手にしたくないのならさっさと立ち去ればいいのだが、そこには気づかないのか「おまぬけでだまされやすい」似てない三兄弟の末っ子の弱点であり、いいところである。

コンラートに背を向けながらヴォルフラムは考えた。次は何を言ってくるつもりだ?また「かわいい」「そんなこといっておにーちゃんは悲しいよ」とかぬかすつもりか、それとも手摺りを越えてくるのか?いや、案外素直に剣の鍛練に戻るのかも・・・・・・。

しかし、コンラートはそのどれも選ばなかった。

手摺りにもたれるのをやめて立つと、ヴォルフラムから距離をとった。



「そうだな・・・・・・兄と思われないほうが、いいのかもな」



意味不明なことを言うとコンラートは妙に神妙な顔をしていた。ヴォルフラムは疑問符を浮かべたが、すぐに「まったくだ」とそっぽを向いた。しかし内心ではその声が切なそうな響きを持っている気がして首を傾げていた。

ヴォルフラムはあまり話して夢のことがばれないようにそこでさっさと立ち去ろうとした。今日のコンラートは様子が少しおかしいが、油断はできない。なにせコンラートだ。一秒後には元に戻っているかもしれない。



「ヴォルフラム」



こっそり去ろうと足を前に出した瞬間にコンラートはヴォルフラムに話し掛けた。もうヴォルフラムを撫でる気はないらしく中庭より腰の高さほど位置が高い廊下の石垣から降りている。
びくっと反応するヴォルフラムが顔を引きつらせて振り替えるとコンラートはすでにヴォルフラムの方を向かずに中庭の開けた場所に戻ろうとしていた。



「俺に言いたくないなら無理には聞かないけど、悩みがあるならグウェンやユーリに言ってみるといい。
それで案外解決するかもしれないよ、一人で悩むのはよくない」

「ふん、別にぼくは悩んでいないし、お前に指図される筋合いはない。いつまでも子供扱いするな」



自分でいって「子供扱い」という単語に昨日見た夢を思い出さずにはいられなかった。少し、コンラートのことなどどうでもいいが、いらいらする。あいつはあの時のままなのか、いつまでたってもぼくをなんだと思っているんだ。



(コンラートがどう思っていようと、ぼくはとっくに・・・・・・)



「まさか、子供だなんて思ってないよ。ヴォルフラムはとっくに立派な大人だ」

「・・・・・・え?」



少し静かなコンラートの声に、ヴォルフラムは目を見開いて振り返らずにはいられなかった。

振り返ったヴォルフラムに振り返ったコンラートはいつものコンラートに戻っていた。いつものように「何?おにーちゃんに相談か?」とからかい、その態度にいつものようにコンラートに憤慨したヴォルフラムは「ふざけるな!」いくつかコンラートに罵声を投げつけると肩を怒らせて足早に立ち去った。

コンラートは「やれやれ」とわざとらしく肩をすめて、それを見送った。































その日、ヴォルフラムは夢を見た。















「・・・・・・・・・・」


「・・・・・・ヴォルフラム?」


「・・・・・・・・・・・・何だ、コンラート。ぼくをこんなに待たせてどういう言い訳をするつもりなんだ」


「ヴォルフラム」


「そんな顔をしてもだまされないぞ、ぼくを待たせた覚悟はできているのかと聞いているんだ」


「ヴォルフ・・・・・・待ってた?」


「・・・・・・・・・・・・」


「ヴォルフ、大人になったんだな」


「ぼくはとっくの昔に大人だ・・・」


「そうだね・・・・・・・」


「・・・・・・・・・これ以上待たせるな」


「うん・・・・・・俺も待ってたよ、ヴォルフ」


「・・・・・・・・・」


「ヴォルフ・・・・・・・こっち向いて」


「え?・・・・・・・・・・・あ」





目に前に広がったその瞳には沢山の銀色の星が、静かに輝いて・・・・・・・・・・・・・・




















「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」



夜中に飛び起きたヴォルフラムは、その翌日「何でだ!?」「嘘だ!」「悪夢だー!」と一日中ひとりで呟いていたという。見かねたコンラートが「どうしたのか?やっぱり何か悩みが・・・」と聞けば「うるさーい!お前はぼくに近づくなぁぁ!」と実は結構傷つきやすい次兄の胸をえぐったりしていた。










二人がその夢の意味を知るのは、もう少し先の話。


















終わり















 




久しぶりな気がする、お題単体更新です。

最近はヴォルフがかわいそうな話が多かったり、連載ものを書いていたせいか短編ラヴラヴが楽しかったです。やっぱりどっちか一方だけは長持ちしませんね・・・。

背景でっかい草原にしようかと思っていたのですが、よく考えれば庭先で話しているだけの話にそれってどうかなと思って、ヴォルフラムのイメージである天使の羽?にかけてこっちにしました。


ところで「黒歴史」って眞魔国でも使うのかな?グウェンがアニシナに言ってたような・・・?






2007/12/30