お題49 ごめんなさい
手元には2通の手紙。
「・・・・・・はあ」
それを見てヴォルフラムは唇を盛大なため息の形にした。さっきから延々この繰り返しをしている。
ここは血盟城とヴォルフラムの血族の領土であるビーレフェルトとの街道にある宿屋だった。簡素な作りな宿は貴族育ちのヴォルフラムの泊まるような宿ではなかったが庶民派魔王に合わせているうちにだんだん慣れてきて特に不快ではなかった。急いでいるのだから仕方ない。
手元の手紙2通に困り果てて、何となく太陽にかざしてみる。朝の太陽は明るくて封筒の中身が透けて見えた。どちらも薄い紙が一枚だけ入っているだけのもの。その事実にヴォルフラムの頬に少しだけ朱が指した。
手紙の宛先はどちらの手紙も同じ、コンラートへのものだった。
ここ一月ほどコンラートは色々な用事が重なってルッテンベルクに留まっていた。コンラートがユーリからも自分からも長くはなれているのは珍しかったせいもあってヴォルフラムはらしくなく結構動揺していた。おかげでみっともなくも食事中にスプーンを落としたり、執務の手伝いの最中に本を落としたり、あげくには訓練中に落馬して擦り傷を作ったりした。
とにかく散々だったが、そのせいか、それとも昔の癖なのか、ヴォルフラムはコンラートの部屋に潜り込んではその寝台で眠っていた。最初の頃は三日に一度、だんだん二日に一度となり、最後の頃は毎晩のことだった。
(・・・・・・別に淋しかったわけじゃない、落ち着かなかっただけだ。
コンラートが何かにつけてはぼくの頭に触ってきたり、抱きついてきたりするし、それに、夜は・・・・・・とにかくコンラートのせいだ)
決めつけるとぶんぶんと頭を振って熱を振り払う。ヴォルフラムはコンラートが帰ってきた日のことを思い出した。いつもならヴォルフラムは熟睡している、とうに夜半過ぎのことだった。
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「・・・・・・ラム、ヴォルフラム」
「ん・・・・・・?」
「よかった、起きてくれたか・・・どうしたんだ?」
「・・・・・・コンラート?」
「どうしたんだ?俺の部屋でぐっすり眠ったりして?」
「・・・・・・なんでコンラートがいるんだ?」
「さっき帰ってきたばかりなんだ。
もう遅いから挨拶は明日にして湯に行ってから陛下とお前の寝顔を見てから寝ようと思ったのにお前だけ見当たらなくてメイドに聞いたら、こっちかもしれないって言われて来てみたら、俺の部屋でヴォルフラムが枕を抱いてぐっすり眠ってて」
「・・・・・・!!い、いや!そのこれはだな!その・・・・・・」
「・・・・・・ヴォルフ、ひょっとして俺がいなくて淋しかった?」
「違う!自惚れるな、ぼくはその、ただ調子が狂っただけで・・・・・・」
「そうか、淋しかったのか。それで俺を想って俺の寝台で眠っていた、と」
「おい、コンラート!違うと言って・・・・・・ん!?」
「・・・・・・俺も淋しかったよ、ヴォルフラムが傍にいなくて」
「バ、バカ者!き、気軽にこういうことを!」
「「こういうこと」?・・・・・・ああ、今の口付けのこと?」
「そ、そうだ!お前というやつは・・・・・・うわ!」
「それは悪かったな・・・・・・・でも俺も寂しかったんだから、仕方ないだろう?」
「だからって・・・というか何を、く、苦しい、そんな強く、するな」
「あ、ごめん強く抱きしめすぎたな。久しぶりだったから、つい」
「というか・・・・・・今度は何をして、ってうわ、バカ!何を脱がして・・・!」
「いやだから、久しぶりだから」
「何を言ってるんだー・・・・・・!」
「だって、予定を早くすませて急いで帰ってきたんだから、な?」
「「な?」じゃない・・・ってこら、コンラー・・・・・・ちょ・・・ん」
「・・・・・・・ただいま、ヴォルフラム」
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思い出すと羞恥と他の感情が否応なく思い出されて余計に頬に熱が集まる。結局、いつだってそうなのだ。コンラートはあれだこれだと言いながら、止めた試しがない。あの後だってあのまま・・・・・・今度は怒りで頭に血が上ってきた。
(全く・・・あいつはどうして人の話を聞かないんだ。
だから、結局あのまま・・・・・・いや!とにかく、言いそびれてしまった。)
ヴォルフラムには前々からコンラートが帰ってきた日の翌日にビーレフェルトに帰ると言うことが決まっていた。コンラートが帰るのはその三日後だと聞いていたから会うのがもっと先になると妙につまらない気がしていたが、予想外にコンラートが出発の前日、それも真夜中に帰ってきた。
その時に「明日からいない」と言いそびれたまま来てしまった。コンラートはいつも早起きにも関わらずとても疲れていたのだろう、昼過ぎまで眠っていた。目が覚めるのが遅いヴォルフラムが自然に目覚めた横で何事もなかったかのように(全裸ではあったが)すやすやと眠っていた。
疲れていると思った一方でコンラートの寝顔を見るのが珍しいヴォルフラムはしばらくコンラートに見入ってしまった。少し撫でてやると妙に嬉しそうな寝顔をしたのが原因かもしれない。おかげで寝起きの悪いヴォルフラム用にわざわざ遅くしていた出発時間が迫ってきてしまい、慌てて書き置き1つだけ残して眠っているコンラートをそのまま出て来てしまった。
今頃どうしているだろう?起きたときは柄にもなく驚いていたりしただろうか?
今はどうしている?相変わらずユーリの護衛と称して「きゃっちぼーる」をやっているのか?
それとも、淋しがったりしているのだろうか?
「でも、コンラートのせいだ」
どっちが悪いかははっきりさせておかないといけないと思ったヴォルフラムが手元の手紙二通を見てちょっとたじろいだ。
置いていったコンラートに、手紙を書いたのは血盟城を立って三日目のことだった。悪いのはこっちじゃないけど、それでも驚いたりもしかしたらまた寂しがったりしているかもしれない。
以前はあいつがそんな幼い感情に振り回されているとは思っていなかったけど、コンラートを兄ではない意味でも知ってしまったせいか前とは少し違って見える。
(コンラートは・・・ああ見えて子供みたいだからな)
だからこうして手紙を書いたわけなのだが、どうしても素っ気ない文になってしまいがちで結局こうしてビーレフェルトからの帰り道の宿で白鳩便を待つことにことになっていまった。長い間書き続けていたのに書き直しを繰り返したせいもあって、ほんの一文だけを送ることにしかならなかった。
そこまではよかった。昨日の夜になんとか書き上げて封をしたものを今日白鳩に飛ばしてもらえばいいだけだ。
かなり悩んだが、思ったことをできるだけ簡潔に書こうと努力した。高級紙に一行きりの文章。
「ぼくの話を聞かないでいたことに自分の行いを反省しろ。できるだけ早く帰る。」
しかし、今日の朝に昨日の手紙の内容が気になって、ついもう一枚手紙を書いてしまった。
「はあ・・・・・・」
どっちもたいした違いはない。どちらもほんの一文だけの、短い手紙だ。コンラート宛だということも同じだ。
問題はどちらを出せばいいかということだった。どちらも出せばいいかとも思ったが、内容が少し矛盾していてためらいが生じる。
「どっちにするか・・・・・・あ」
トントンと窓がなると白鳩が窓をくちばしで叩いていた。ヴォルフラムは慌てて窓の鍵に手を伸ばすと時間切れを感じた。もうどっちか決めないといけない。
無邪気な鳩の顔に見上げられると、ヴォルフラムは手紙を渡した。仕方がないが、こっちがいいだろうと昨日書いた方を鳩の首の手紙袋に入れる。
手紙を受け取ると白鳩は背を向けると窓から飛び立っていった。青空の中を突っ切っていく白い影が血盟城まで届くのだろうと思うとなんだか「早く帰りたい」という言葉が自然に身の内から湧いた。
手紙は結局1つだけになってしまったが、まあいいだろう。最後の文は同じだ。
それに、だって悪いのはどう考えてもコンラートのほうなのだから。
もう一つの内容は帰ったら、本人にいえばいい。
「何も言わずに行って、ぼくも少しだけ悪かった。早く帰る。」
終わり