お題50 ありがとう
伸ばした指先に真新しい布の柔らかさを感じてコンラートは淡いまどろみの中から覚醒した。
「・・・・・・ヴォルフ?」
隣に手を伸ばしても左手はベッドの柔らかなシーツをに触れるばかりで、いつまでたっても昨晩身も心も深く触れ合ったヴォルフラムの体温を伝えてくれなかった。
そこでコンラートは昨晩の甘い微睡みの余韻を振り払って、目の前の光景を確認するために目を開いた。
そして、ヴォルフラムのいないベッドに目を見開いた。
「ヴォルフ!?」
朝起きれば大切な恋人がベッドからいなくなっていた。それだけでも結構なショックだったが、それに加えて極度に寝起きの悪い弟が自分より早く起きていなくなったという事態にコンラートは動揺した。
あわて身体を起こすと部屋中を見回す。がらんとしたコンラートの寝室にはヴォルフラムの姿はどこにもない。
「・・・・・・そんな」
コンラートは耳元にさあっと血の気が引く音が聞こえた。
ヴォルフラムに、置いて行かれた・・・?
血の気が引くと頭がさえてきて、昨日のことが鮮明に思い出された。
昨夜はここ一月のところずっとあった用事をようやく切り上げて予定よりも三日早く血盟城にたどり着いた。今日の到着になるはずが昨夜に着いて、深夜だから帰城の挨拶は明日の朝にしようと思ったが「寝顔だけでも」と一月ぶりにぐっすり眠るユーリの顔を見て安心すると今度はヴォルフラムを探した。
しかし、ヴォルフラムは部屋にはいなかった。
驚いたコンラートが夜遅くの勤務しているメイドを捕まえてヴォルフラムが血盟城に不在なのかと尋ねるとそれはないと否定され、メイドは少し考え込んで「もしお部屋にいらっしゃらないのでしたら・・・」と自分の部屋を示されて、狐につままれた心境で自室に戻るとベッドの上で「ぐぐぴぐぐぴ」と眠るヴォルフラムの姿があった。
ここ一ヶ月コンラートはここ数年を過ごしている血盟城から離れて自分の領地であるルッテンベルクに留まっていた。ただでさえ留守がちな領主に代理のものはここぞとばかりに小言を言って執務をさせた。それ自体はルッテンベルクに帰る度の恒例行事で三日間だけのことだったのだが、領地内で続く雨のせいで橋が崩れたり、崖崩れが起きたりしてそれを元に戻すために采配をふるうことに時間がかかった。すべてが元に戻るのに結局一月近くかかってしまった。
主君や弟と過ごすことが多かったここ数年のせいか、その一月を妙に長く感じた。
だからか、自分のベッドで眠るヴォルフラムも寂しがっていてくれたと思ったからか、それともそもそもヴォルフラムを前にしたときのコンラートがそういうものなのか、
コンラートは眠っているヴォルフラムを起こしてそのまま彼を求めてしまった。
(それがいけなかったのか?)
寝起きのヴォルフラムは不機嫌で、触れたがるコンラートに怒ったり照れたりして言葉少なになっていたが、一月ぶりに抱き締めた背を抱き締めてくれた。それを了解と嬉しく思ってしまったことがいけなかったのだろうか?
それとも「・・・・・・さっさと寝ていればいいものを、お前は本当に馬鹿だ」と言ってはいたが、あれはいつもの憎まれ口ではなく言葉通りの意味だったのか・・・・・・?
(どうしよう、どうすれば・・・・・・)
動揺するコンラートの頭の中でさらにいくつもの疑問が飛び交った。
Q:寝起きの悪いヴォルフラムを真夜中に起こしたことがまずかったのか?
→でも、それなら起きてすぐに「うるさい!ぼくは寝る!」と布団を被ってしまうんじゃ?
Q:もしかして、昨日は照れているんじゃなくて、本当にいやだったのか?
→・・・・・・もしそうだったら、平謝りするしかない。
が、もし本当に拒絶されたらそれを真っ先に感知できる自信が、自惚れながらある。
だから違う。
Q:いやではなかったけど、怒ってはいてクローゼットにこもった。
→今すぐに探す。
(そうだ、クローゼット・・・!)
急いでクローゼットの中にいるふて腐れたヴォルフラムのの姿を求めて向かう。が、クローゼットには整然と自分の軍服が掛けてあるだけで誰がいる気配はなかった。
がくりとうなだれるコンラートの目にいつも一着だけ置いてあるヴォルフラムの軍服がないことに気が付いた。いつの間にかヴォルフラムがここにいることが当たり前になって、自然とあるようになった紺碧の軍服のハンガーにややぞんざいにヴォルフラムが昨夜着ていた白いネグリジェが掛けてあった。
(これは、俺を置いて出て行ったと考えるしかないのか・・・?)
コンラートは足下が暗くなった気がした。目眩を感じて壁際にあるソファーにどさと倒れるように座り込む。
置いて行かれたことがそこまで衝撃だったのではなく、口では尖ることばかり言っているけれどその実拒絶もされたこともなければそれとなく気遣われていた、そのヴォルフラムがそこまでコンラートから離れたいと思うようなことをしてしまったのかもしれない、それが衝撃だった。
(どうしよう、謝らないと・・・でも何を謝れば・・・・・・
昨日は会えた幸せで目眩がしそうだったけど今はもっと別の意味で目の前が霞んできた・・・・・・
・・・・・・目の前?)
コンラートは霞んでしまった目を細めると、ソファーの前に机の上に見慣れないものを見つけた。
それは何枚かの羊皮紙が乱暴に重なっていた。日頃コンラートはこの机で書き物をすることはないから、奥の引き出しから出してきたものだろう。よく見ればインクの瓶と茶色の羽ペンが横に転がっている。
その羊皮紙に大きく文字が書いてあった。
『
ぼくは今日ビーレフェルトに戻る用事があるから行く。
眠っているから起こさなかった、すぐに帰る。
』
ただそれだけの文だった。急いで書いたのだろう、書き殴りのような字になっている。急いで手を伸ばして顔に近づけると、間違えるはずのないヴォルフラムの字だった。
それを見てコンラートは全身の力が抜けるのを感じた。
「よかった・・・・・・・」
顔に手を当てて心から呟いた。嫌われてたわけではなかった、傷つけたわけではなかった。そう知ると、急に重くなっていた心が解放された気がした。悲しませたり辛い思いをさせたのかと思った。
安心するとさっきまでの自分の狼狽ぶりがおかしくなった。
よく見れば、窓の外はもう既に日が高く、正午を過ぎていることが明らかだった。ヴォルフラムが先に起きて、疲れて熟睡しているコンラートをそっとして用事のために出て行ったとしても不思議な時間ではない。
そもそも昨日は三日後の到着を無理矢理早めて、休みなしで帰ったのだった。いつもは早起きの自分が正午過ぎるまで眠っているほど疲れていたとしても仕方ない。ノーカンティーに無理をさせてしまった、後で労っておかないとなと愛馬のことも思い出す。
そんなことを忘れるほど、動揺した。そんな自分の弟へ感情の変化に戸惑うことも多く、抑えなければと思うことも多いが、今だけはただ自分がおかしくてくすくすと笑った。
手にした手紙を窓に向けて透かしてみると紙の上の文字がくっきりと映えた。素っ気ない文だが、いつも寝起きの悪い弟が慌てて朝の出発の準備をする中でメイドに言付けするのではなく、わざわざ奥の引き出しから羊皮紙を引っ張り出して使い慣れないペンでわざわざ書いてくれたと思うとなんだか微笑ましいし、嬉しい。
もう一度読み返そうと、手前に戻す。と、ソファーの端にかさりという音を聞いた。
何だ?と思って目をやると、くしゃくしゃに丸められた羊皮紙がソファーの隅で転がっていた。コンラートが手を伸ばしてそれを拾うとまだ新しいインクがにじんでいた。
何だろう?と開いて何が書いているのかを見ようとすると、視界の端に床の上に2つ同じ羊皮紙が転がっている。
さらに探すと机の下に1つ、さらに強く放り投げられたのかドアの前に2つ発見した。
「なんだ・・・?」
不思議に思うとコンラートは集めたその羊皮紙の固まりをひとつひとつ丁寧に開いていった。
『
昨日はいきなりなんだったんだ、ぼくは疲れた。
用事があるからぼくはもう行く
』
『
まだ寒い季節なんだからちゃんと服を着て寝ろ。
ぼくはビーレフェルトに行くが、別にすぐ帰るから待って
』
『
いちいち人を驚かせるな、早く帰るならそう便りをよこせ。
それだったら、ぼくも起きて待って〜〜〜〜〜〜〜
』
『
だいたい、眠っているのに急に起こすな。
起こすどころはお前は〜〜○〜×△〜〜
』
『
そもそもそんなに急いで帰ってくるからそんなに眠るんだ。
お前は早く起きるくせにぼくより遅いなんて、そんなに早く帰って何を
したかったんだ。そんなに疲れているくせによくもあんな・・・・・・
』
『
馬鹿者、ぼくはもう行くからな。
』
「・・・・・・・・・・・・・・」
コンラートはそのヴォルフラムによって『不採用』になった書き置きたちを目を丸くして眺めた。
急いで支度をする中で何度も何度も書き直して。その中で文句を言ったり、気を使ったり、驚いたことを思い出したり、怒ったり、また身体を気遣われたり、急にすねたり照れたりと、書き置きを書くだけでわかりやすいヴォルフラム。文末がぐしゃぐしゃになったりいきなり途切れたりしていて、途中から読めなくなっているものばかりだけど、何が書いているのかコンラートに分かった。
(嬉しいよ)
ただそう思った。
ありがとう、これだけでお前の留守中幸せに過ごせそうだよ。気をつけていってらっしゃい。
(お前が俺を待ってくれてた分、待ってるよ)
ずっと待っているから、帰ってきたら「待っていてくれてありがとう」と真っ先に言おう。
終わり
イチャイチャ強化期間Bの後半です。「49 ごめんなさい」と対になっています。
二人が出会っていませんが、これはこれでイチャイチャしているかと・・・・・・・手紙のやりとりは日頃一緒の二人がすると結構かわいいなあと。三男は書いてないですが多分「会いたかった」とか書きかけてるとおもいます。書き直しまくって結構事務的になっちゃう辺りは三男らしいかと。
最後の次男のシーンを書きたくて書き始めたら結構長くなって、ヴォルフ編も書いてしまったというものだったり。
2007/11/18
おまけ
「・・・・・・コンラート何をしているんだ?」
「ああ、ヴォルフ帰ったのか?ずっと会いたかったよ、寂しくなかったか?
この前はいきなり悪かったな、ずっと待っててくれたのに・・・・・・ありがとう」
「う、うるさい、そういうことを気軽に言うな・・・・・・・・・・・・た、ただいま」
「おかえり」
「・・・・・・・・・・・・と、ところで!そんなところで何をしているんだ?」
「ああ、ちょっと紙を保存する方法を色々試しているんだ」
「紙を保存?どうしてそんなことを・・・・・・・・・・・・あー!!
それはぼくが書いた・・・・・・返せ!勝手に何をしている!!」
「ああ、ほら邪魔しないで。
ヴォルフが俺に宛ててくれた手紙なんて滅多にないんだから取っておいてもいいだろう」
「そんな書き付けみたいなの捨ててしまえ!・・・・・・・あ!
こ、これは・・・・・・・ぼくが書き直したときの・・・・・・・・・・?」
「ああ、ヴォルフが俺を想っているのが伝わってきて感動したよ」
「勝手に見るなー!」
「ひどいな、俺宛のものなんだからおれが見たって構わないだろう?」
「書き直したんだから、お前宛じゃない!捨てろ!」
「やだよ、せっかく愛がこもっているのにもったいない」
「そんなものこめていない!いいから返せ、捨てる!」
「だめだめ・・・あ、ちなみにこの前送ってくれた手紙もちょんと保存してるから、安心していいよ」
「安心するかー・・・・・・!」