夫婦円満 (後編)
いつもは(弟サイドから見ると)口喧嘩の絶えない二人が、子育てを、密室で二人っきりで(ぴいが他のものを怖がるので)、しかも「夫婦円満」に。
うまくいく気はしていなかった。
最初はコンラートはヴォルフラムが何かに怒って出て行ってしまうのではと思っていたし、ヴォルフラムはコンラートに頼らず自分だけで育てる!と決意していて、お互い二人でぴいを育てることがあまりうまくいく気はしていなかった。
しかし、予想は外れた。
「おい、コンラート。次はぴいをぼくに抱かせろ、お前ばかりずるいぞ」
「ああ、でも大丈夫か?」
「子供扱いするな、大丈夫に決まっているだろう・・・・・・ほら、ぴい・・・・・・」
「ぴ・・・・・・ぴいぃぃ!ぴいぴいぴいーっ!」
「うわあっ!?そんな、どうしたんだぴい!?・・・・・・な、泣くな!」
「ぴぴぴえ〜ん!」
「ヴォルフ、そんな抱き方をしたら苦しいに決まっているじゃないか。・・・・・・ほら、もう大丈夫だ」
「ぴ?」
「な、泣きやんだ・・・・・・」
「はら、よしよし」
「ぴーぴー」
「・・・・・・何だ、うまいものだな」
「うん、子育て歴82年だからね」
「どういう意味だ!」
「ぴー!ぴー!」
「まだ遊びたいのか・・・・?お前も元気だな、もう日が落ちそうなのにまだ遊び足りないのか?」
「ぴぴぴい!」
「ふん、そんなことで疲れるなんてお前もまだまだだな。
子供が遊びたいといっているのにそんな情けないことを言うな・・・・・・・・・・・ほら、今食事が運ばれてきたぞ」
「うん、ありがとう」
「ぴ?」
「ぴいは食事をしないんだな」
「アニシナが言うには今は蓄積された風と地の要素を体内で進化させている最中で食べ物とかはいらないみたいだな」
「そうか・・・・・・コンラート?どうした、食べないのか?」
「いや、食べたいのは山々なんだが、今度はぴいが手の中でぐっすり眠り始めて手がはなせなくて」
「ぴぐー」
「何だ、そんなことか・・・・・・それなら、ほら、ぼくが食べさせている」
「え?」
「なんだ、さっさとしろ」
「え!?・・・・・あ、ああ、ありがとう」
「よし、口を開けろ」
「・・・・・・(ぱく)」
「?ほら、もう一口だ」
「ありがとう・・・(我が弟ながら天然だなぁ・・・・・・//////)」
「ぴぐーぴぐーぐぐぴーぐぐぴー」
「よく眠っているな」
「やっぱり親子なのかな、お前にいびきが似てきたみたいだな」
「は?ぼくはいびきなんてかいてないぞ、勝手なことを言うな」
「え?・・・えーと、ま、そういうことで(・・・本人は自分のいびきなんて聞いたことないしな)」
「・・・・・・・・・よし!」
「ぴい!」
「よかったな、練習しただけあって、ついにぴいを泣かすことなく抱き上げられるようになったな」
「ぴぴぴー」
「ふん、これでもうお前だけにぴいを抱かせることなどないからな!」
「それは問題ないよ・・・・・・ほら」
「ぴ?」
「コンラート!・・・・・・な、何をしているんだ!?」
「ぴいをヴォルフラムが抱っこするなら、二人まとめて抱きしめればいいからな(ぎゅー)」
「何を言っているんだ!放せ!」
「だって夫婦円満に、だから」
「それとこれとは違うー!」
コンラートとヴォルフラムの予想に反して意外にも二人とも衝突しなかった。それどころか二人でやった方がうまくいくとすら感じていた。
普段はヴォルフラムがコンラートの言動に怒ると言うことが多かったが、ヴォルフラムが我が子の前では結構感情を抑制して怒りをあらわにすることがなかった。コンラートもいつもは「おまぬけでだまされやすい」弟をからかうことが常日頃だったが、さすがに自粛していたので、意外すぎるほどうまくいった。まあ、ぴいかわいさにというのも大きかったが。
顔を合わせると会話の切り口にとコンラートがからかうことが多く、それにヴォルフラムが反発するというコミュニケ−ションがほとんどだった二人には静かに二人で過ごす時間は不思議と心地いいものだった。
それが妙にくすぐったい気がするヴォルフラムは黙っていたがそんなに沈黙がいやではなかった。ぐっすり眠るぴいを撫でながらたまにコンラートの方を振り返ってはすぐにそらしていた。
コンラートの方はというと実は結構照れていた。照れ隠しになんでもないように口に出してみる。
「こんな風に静かにしているヴォルフラムと過ごすなんて考えてみれば初めてだな」
「・・・・・・なんだ、いきなり」
「そうしているとヴォルフラムも大人になったんだなあとしみじみ思って。子供っぽさが抜けたというのかな。
この前まで「ちっちゃい兄上、一緒に寝ちゃ・・・ダメですか?」って夜ベットに潜り込んできたと思っていたのに」
「な、何年前の話だ!?ぼくはとっくに大人だ!」
「はいはい、そうだったな・・・・・・・そうだな、あっという間に大人になってしまうもんな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
コンラートが何を言いたいのかヴォルフラムは察したが、何も言わなかった。
ぴいが孵ってから三日が過ぎようとしていた。
ふれたら消えそうな細い三日月の夜の夜半も過ぎた頃、ベッドの中で小さな影が動いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・どうしたんだ?」
夜中にむくりと起き上がったヴォルフラムに眠りの深い弟にしては珍しいなとコンラートは思ったが驚きはしなかった。こうなると、思っていた。
寝起きの悪い弟は珍しく寝ぼけ眼でもなく、不機嫌そうでもなかった。ただ、何かに耐えるようにシーツを握る手は硬く、顔はうつむいて噛み切りそうなほど唇をかみしめていた。とても、つらそうな顔だ。
これは寝ていなかったとコンラートは判断すると自分も起き上がってヴォルフラムの方に体を向けた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・眠れないのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「眠れないよな・・・・・・明日の朝で三日目で、ぴいが行ってしまうからな」
ヴォルフラムはびくりと反応した。わかってはいたことだが、それでもやはりつらい。この三日間「夫婦円満」にぴいを挟んで二人は同じベッドで眠っていたが、これも今日までだ。
明日になれば、もうぴいはいない。
「・・・・・・・・・・・・」
「ヴォルフラム」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・気持ちはわかるけど眠らないと」
「・・・・・・コンラート」
「どうした・・・?」
「アニシナは言っていたよな、いっちまんだーは三日目のその時が来ると誰の目にも触れないところに行って風と地の要素に戻って、そのまま消えてしまうって」
「ああ、そうだ。悲しいよな・・・・・・俺たちの知らないところで消えてしまうんだから」
「だから、こうしてずっと起きて見張っていれば、ぴいはいなくならないということにはならないか!?」
「ヴォルフラム、それは無理だ」
「どうしてだ!?」
「ヴォルフ、わかっているだろう。
この子は動物じゃない、風と地の要素が一時的に生き物の形をとっただけでそれは長くは持たないんだ。
・・・・・・たぶん明日の朝にまだいたとしてももう目には見えなくなっている」
「そんな・・・・・・」
「伝説によればいっちまんだーが消える直前に誰の目にも触れない場所に行くのは人目を気にしてではなく、育ててくれた両親を悲しませたくないからということらしい・・・・・・それが最後のぴいの願いだ、きいてやらないと」
「どうしようもないのか・・・・・・!」
ヴォルフラムは唇をかみしめた。そんなことはわかっている。この三日間何度も考えて、覚悟してきたことだ。
それでも・・・・・・ヴォルフラムのすぐ下で安らかに寝息を立てているぴいを見ていると苦しい。明日にはいなくなっているなんて信じられない気がした。
ヴォルフラムはぴいに手を伸ばして、そっと触れた。あたたかくて、柔らかい。起きないと思ってほっとして撫でると眠っているぴいが笑った気がした。
ヴォルフラムの視界が急に歪んだ。目の奥が熱くなってくるの感じて慌ててコンラートからそっぽを向く。
「ヴォルフ」
「・・・何だ、泣いてなんかいない」
「・・・でも、血が出ているよ」
「え?」
言われて気が付いた。いつのまにか噛み締めていた唇から血の味が広がっている。知らない間に強く噛みすぎていたらしい。
コンラートは静かに笑うとそっと指の端で血をぬぐった。自分の血のついた兄の指先お伝わってくる体温にヴォルフラムはちょっと照れてそっぽを向こうとしたが、その後そのままコンラートがその指をくわえて血を飲み込んだ様を見届けて絶句した。
絶句するヴォルフラムにコンラートはいたずらっぽく笑うと、ヴォルフラムの頭を肩へと抱き寄せた。
あったかい。
「・・・・・・何だ、子供扱いするな」
「まさか、大きくなったと思っただけだよ」
「嘘をつけ・・・・・・お前から見たらぼくは子供だと思っているんだろう」
「思ってないよ」
「・・・・・・結局「夫婦円満」にできたかどうかわからない。ぴいはちゃんと明日は飛び立てるんだろうか、生き物になってよかったと思うだろうか・・・・・・?」
もう、祝福がもたらさせるかどうかなんてどうでもよかった。ただ、ぴいにできることを自分がしてやれたか、ぴいが幸せだったかどうか、それだけが心配だった。
「お前は・・・・・・お前が見るとぼくは聞き分けがないんだろうな」
みっともなくどうしようもないことばかりを願い続けている自分は、コンラートから見れば拙いわがままを言う小さい頃の弟のままなのだろう。
大人に早くなりたいと思っていたのに、いつかコンラートに肩を並べられるようになろうと思っているのに、結局は子供のままでしかないのだろうか。ぴいのよい親になれてはいなかったのだろうか・・・・・・?
コンラートは抱き寄せた耳元で小さく「違うよ」とヴォルフラムの耳元に囁いた。
「俺も寂しくて仕方ないよ。俺が我が子のように思っていた人たちはどんどん飛び立っていってしまうんだから。
でも、育てる方は飛び立つ子供を引き留めることなんてできない・・・その子が大人になったんだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「育てた方からするといつまでも手元にいてほしいと願うんだけど、それでもいつかは巣立っていってしまう」
「・・・・・・何だ、それは?ユーリのことか?」
あいつはまだ巣立っていないぞ、まあ少しは名付け親離れはしたとは思うが、まだまだ・・・・・・と思うと言おうとしたヴォルフラムの前にコンラートは答えた。
「うん、ぴいもユーリもヴォルフラムもどんどん俺から離れていって、寂しいよ」
ヴォルフラムは再び絶句した。まじまじと顔を見てみるとコンラートがまるで本当に置いてけぼりをされたような顔をしていたので色々頭の中に浮かんできた言葉があったが、とりあえず半眼になって「お前は馬鹿だ、本当に」とだけいった。コンラートが戸惑っているのが伝わってきたが無視してぴいを抱きしめて「・・・・・・ほら、さっさと寝るぞ」と促すだけにしておく。コンラートも少し躊躇いがちにヴォルフラムの手の中のぴいと抱きしめた。
飛び立つことがあっても飛び立つ先がお前の側じゃないとは限らないぞ、とは言ってやらなかった。
翌朝、やっぱりぴいはもうどこにもいなかった。
「・・・・・・・・・・」
からっぽの手の平の中をヴォルフラムはもう一度見つめた。
もうそこには、何も残ってはいなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヴォルフラムの心は静かだった。
目を閉じる。たしかに、ここにいた。ここにいて、こっちを見上げて、あったかくて、笑っていてくれた。
それで、いい。それで、ぼくには十分だ。
「・・・・・・ヴォルフラム」
「コンラート・・・・・・どうした」
コンラートは珍しく息せき切っていた。ヴォルフラムはどうしたのだろうと思った。実は最後まで一番往生際悪く窓の外のテラスでぴいを探していたコンラートは自分よりずっと長く落胆していると思っていたのだが。
「ヴォルフ、外が・・・・・・」
「そと・・・・・・?」
外に出ると一面の薄紅色だった。
この季節には咲かないはずの薄紅色の花が、血盟城中に咲いていた。
「これは・・・」
「・・・・・・多分、ぴいのおかげだと思う。これがいっちまんだーの祝福なんだろう・・・・・・でも、伝承ではこんなに花が咲くなんて伝わっては・・・・・・」
「・・・・・・・・・ぴいなりの、挨拶なのかもな」
別れの、とは言わなかった。
育てられたものが飛び立つことがあっても、それが別れとは限らないと昨日思ったばかりだ。
ぴいは、風と大地に還っても確かにここにいたことをぼくたちに教えてくれているのだ。
ここにいてよかったと、形を変えてもここにいると、伝えてくれたのだ。
きっと、そうだ。
「・・・・・・・・・・・・・よい親になれていたみたいだな」
「そうだな・・・・・・」
「・・・・・・よかった」
「夫婦円満に、できていたみたいだな」
「・・・・・・不本意ながら、な」
急にコンラートがくすくすと笑う気配がして振り向こうをするとその前に後ろから抱きしめられた。
「・・・・・・なんだ、いきなり」
「ヴォルフ、思い出したよ。俺は小さい頃いっちまんだーの話を、ヴォルフに教えたね」
「・・・・・・なっ!?」
「俺は忘れていたのに、ヴォルフは覚えていたんだな。
いっちまんだーの卵は誰かの元に産まれるけど卵が孵るのは・・・・・・夫婦円満になれるくらい大好きな人が卵を持った人の側に来た時だって」
「・・・・・・〜〜〜〜っ!」
「俺が最初にヴォルフを起こしに来たときあんなに慌てたのは・・・・・・・俺のことそう思ってたってことだろう?」
「・・・・・・・うるさい//////」
「おや、素直」
「・・・・・・ふん、ぴいの前だからな」
「今だけだ」と釘を刺しておくと、コンラートは「じゃあ、もう少しだけ夫婦円満に」というとふわりと額に柔らかな感触。目を閉じてただ黙っていると、コンラートは「おや?」というような顔で額から離れて見下ろしてきたから、シャツの襟をぐいっとつかんで思いっきり引き寄せると唇に唇を触れさせた。
何度何度、飛び立ったって、ぼくはお前の元に帰ってくる
FIN
あとがき
一万打お礼とか言いながら一万打からエライ時間がたってしまいました、コンプラヴラヴSSです。
でもこれってコンプラヴって言うより、ぴいラヴ?
私的に自分が書いた中でも結構毛色の変わった作品では?と思います。なんていうんでしょう、しんみり系?なんか書いてていつもと雰囲気違うなーと思って書いてました。
最後に咲いた薄紅色の花は背景の花のイメージです。
マウスで書いた「ぴい」図↓こんなイメージでした。
・・・・・・うん、私に絵は無理だ。
2007/09/25