あみぐるみ (前編)













「・・・・・・・・・・・は?今なんと言った、アニシナ」

「聞いていなかったのですか?もうしばらくの間は貴方はもにたあには来なくてよいと言ったのです」

「・・・・・・・・・・・・・」




別に来ているわけではない。いつも勝手に押しかけて来るではないか。いや、それどころか逃げようとする私の首根っこを引きずって行くではないか。
グウェンダルはそう思ったが、それは口には出せなかった。そんな恐ろしいことが出来るわけがない。赤い悪魔の前では誰もが無力だ・・・・・・・・・特に自分は。

アニシナの申し出はそういう意味では、というかあらゆる意味においてグウェンダルにとっては願ってもないものだった。断じて自分はアニシナのもにたあに好きでなっているのではない、無理矢理やらされているのだ。
実験は精神的にも肉体的に大ダメージで最近ようやく慣れてきた仕事にも支障がでることも・・・・・・・実は慣れている気もして実際はそれでもなかったのだが・・・・・・いや、とにかくもにたあなどやらないですむならこれ以上幸いなことはない。

しかし、今回はそうはいかない。そういうわけにはいかないのだ。
グウェンダルは決然とその意思を再び確かめると深呼吸をして赤い悪魔、マッドマジカリスト、毒女と2つ名にはキリのない赤毛の幼馴染みの目を睨め付けると口を開いた。



「アニシ・・・・・・」

「私が見破れないと思っているのですか!?」



最後まで言う前にアニシナに遮られ口を中途半端に開いたまま二の句が継げなくなったグウェンダルに容赦のない言葉が浴びせられる。



「グウェンダル、貴方私を利用しようとしましたね」

「・・・・・・う」



ギクリ。



「貴方のそのこざかしいというと言葉ももったいない貧弱な頭脳でせこい計略を立てて、しかもそれに私を組み込もうとは」

「・・・・・・う、べ、別に」

「しらばっくれない!」

「・・・・・・・・・・・・・う」



グウェンダルは反論することを止めた。正直、いつもより怖い。



「・・・・・・・・・・・」

「貴方は魔力も貧弱で愚にも付かないことばかりするどうしようもない男ですが、一つくらいは美点がありました。それは人を騙したり利用とするということはなかったこと、つまり、まあよく言えば誠実さとでも言うのでしょうか。もっとも、今回の件でその唯一の美点も帳消しになってしまいましたが」

「・・・・・・・・・・・・・」

「全くこれだから男というものは・・・・・・貴方の思惑などお見通しですよ。どうせ弟のことでしょう」

「・・・・・・!」



ギクとグウェンダルは頬を引きつらせた。
バレてはマズイと慌てて思わず目を逸らしてこの部屋から出て行こうとするが即座にアニシナにその細い腕からは信じられないほどの怪力で腕を掴まれ阻まれる。
背後から発せられる身も凍るような気迫にグウェンダルは冷や汗が全身に流れるのを感じた。恐ろしいものが待っていると分かっているのに、それでも恐る恐るゆっくりと振り返った。

ぎりりときつく腕を掴みながらアニシナは睨め付けていた。冷や汗の量が倍になった気がする。



「逃げようなどと考えても無駄ですよ。いいですか、少し話があります」

「いや、実は今は用事があって・・・・・・」

「お黙りなさい!」

「う・・・・・・は、はい」

「貴方最近、ツェリ様から逃げ回っているらしいですね。どうしたのですか?いつも母親とべったりではないにせよ、避けるようなことはなかったはずですが?」

「べ、別に忙しいだけで・・・・・・!ア、アニシナ腕をそんなに強く掴んでは!い、痛い!放してくれ!(ぎりぎり)」

「グウェンダル、観念なさい」

「別に観念するようなことなど、なにも・・・・・・」

「嘘おっしゃい」



ぴしゃりと切り捨てられた。射抜かれそうな真っ直ぐな目で見据えられると何もかも見透かされそうな気がして、腕を掴まれ逃げられないまでも何とか目だけは逸らす。

しかし、そんな風に逃げても結局はいつもアニシナはずいと追いついてしまう。視線と同じくらい強い口調で告げられるとグウェンダルは長年の条件反射でもう逆らうすべがない。



「グウェンダル、貴方1年前生まれた弟のコンラート会いたくなさにコンラートを連れたツェリ様から逃げ回っているのでしょう。
しかも、ツェリ様に会わない口実に私のもにたあになろうなどと不届きにも考えていたのでしょう」

「・・・・・・・・・・・・・・」



ずばり自分の思惑を完全に言い当てられてグウェンダルは沈黙した。するしかなかった。

考えるの恐ろしいことだったが、グウェンダルはここはこれしかないと思っていた。無邪気で目的を果たすまでは粘り強い母が「弟を兄に見せよう」という目的でずっとグウェンダルを追っていればいずれ捕まってしまう。
しかし、母はアニシナと長年の友人で事ある毎に「こ〜んなに固い絆で結ばれてるっていうのに、アニシナとグウェンは結婚しないの〜?」などと恐ろしい言葉を口にするほど、自分の長男とアニシナが懇意にしていることを非常に望んでいた。2人にしてみればそんな風に考えたことはないが、ツェリにとってはそういうものらしい。

つまり、アニシナのもにたあになっていればツェリはコンラートをグウェンダルに会わせようとするのを諦めるのではないか。自分は果てしなくひどい目にあうが何とか目的は果たせるという「肉を切らせて骨も断たれる」作戦を苦渋の飲んで立てたのだ。
しかし、嬉々として実験を三日三晩没頭すると思われたアニシナはいきなりもにたあは止めろと日頃ならいくらグウェンダルが頼んでも聞かないことを向こうから言われたことでグウェンダルがかなり悩んで決断した作戦は一瞬で完全に失敗した。

呆然として今までの自分の苦悩が走馬燈のように浮かんでいるグウェンダルにかまわずアニシナは一切かまわず言葉をはきはきと続けた。



「まあ、もっともツェリ様が単なる旅の剣士を再婚した頃から妙にこそこそとした様子をツェリ様に見せているとは思っていましたが・・・・・・・・・ここ最近は明らかに私への実験への協力を避けるときのように逃げ回っているらしいですね。全力疾走で」

「・・・・・・・・・・・・・逃げ回っていると分かっているなら、協力とはいわんのでは(ぽそ)」

「何か言いました?」

「いいや!何でもない」

「とにかく、貴方が母親と別の父親の間に生まれた弟会いたくなさに、生まれて1年たってようやくあちこち連れ回せるようになったコンラートを見せたくてたまらないらしい母親から逃げ回っていることは明白です!全く情けない!!
しかも、その逃げの口実に「私の実験に協力している」という事実を使おうとは!
道りで最近は妙に私の実験室の周辺を無意味にうろうろしてり、それとなく私にしていましたね。全く男というものはどうしようもない!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「弟に会いたくないなら、私の実験の利用する必要もないでしょう!それだというのにくどくどとした計略を立ててくどくどとした言い訳を並べようとは、全くこれだから貴方は根性無しだというのです!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う」



ぐうの音も出なかった。実際、その通りだった。アニシナのもにたあになるのはグウェンダルにとっては人生(魔族だけど)でワーストに常時されているが、今回だけは事情が違うのだ。

でも・・・・・・・・・つい、グウェンダルはこれだけは口にしてしまった。



「・・・・・・別に、弟などとは思っていない。あいつは母上が生んだとはいえ人間だ。
それなのに母上は「貴方の弟よ」などと、いちいち見せにきて・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「だいたい母上は何を考えていらっしゃるのか。流れ者の、それも人間などと再婚して、しかも子供まで」

「グウェンダル」

「弟だと!?冗談ではない、あんな人間に血を引いたもの弟では・・・・・・・・・!」

「グウェンダル!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だ・・・・・・・・・・・・」



疲れた様子で、グウェンダルが返事をした。実際疲れていた。

ここ数年母の姿を見る度に言いようのない感情で胸が支配されてしまい、母を避けるようになった。
根が正直なグウェンダルは、そうすることでしか「汚らわしい人間」と再婚した母にどう接したらいいか分からなかったのだ。
しかもここ最近は、ついに人間の血を引く「弟」まで生まれてグウェンダルは更に正体不明の感情が胸を支配して、それを母や・・・・・・それに生まれたばかりのコンラートにぶつけたくなくてずっと避けてきた。

それでも母はずっと追ってきて、余計に苦しくなって・・・・・・・・・

床に目を落としているグウェンダルに、アニシナは言った。珍しく、明瞭ながらも静かな声で。



「グウェンダル、よくお聞きなさい。私も人間は嫌いです」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「人間はかつて創主を屠った我々魔族の祖先を恩知らずにも自らにない力を持つものとして恐れ、そして彼らの土地から追いやったのです。カロリアを追われたウィンコットの一族のように」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「ですが、私は人間の種族そのものが嫌いなのではありません。
自分たちが助かった途端手の平を返して挙げ句の果てに彼らを土地から追いやって奪った、その浅ましさや欲深さが嫌いなのです。
グウェンダル、貴方はコンラートが人間だから嫌いで顔も見たくないならツェリ様にはっきりそういえばいいではないですか。何故、顔を合わせないように逃げ回っているのですか?
それではツェリ様はコンラートを連れてどこまでも追ってきますよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「貴方がはっきりしないというのなら、私はその優柔不断さを愚かだと思います。人間の浅ましさや欲深さを嫌ったように」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」

「し・か・も!その優柔不断さを誤魔化す度に私のもにたあになろうなどとは言語道断です!!私の眞魔国への貢献を自らのせこい計略に利用しようとは!!
・・・・・・・・よって、グウェンダル貴方はもにたあはしばらくクビです」

「 ・・・・・・・・・ク、クビ!?」

「私の偉大な実験を利用しようとした罰ですよ。さぞ残念でしょうが身から出た錆ですから諦めなさい」

「いや、残念では・・・・・・」

「 と・に・か・く !貴方がもにたあではない以上この実験室にいる資格はありません!!さっさと荷物をまとめて出て行きなさい!!」

「に、荷物など・・・・・・って、ア、アニシナ!!?」

「さっさとなさい!!」




こうして、グウェンダルはアニシナに蹴飛ばされて研究室を追い出された・・・・・・。












続く



 




















アニグウェというより3兄弟話っぽくなちゃったかもしれません・・・・・・。


私的にですが、グウェンはあんなに真面目なのにあんまり突っ走ることがないのは本人の思慮深さもあるのでしょうが、所々でアニシナが「それはおかしい!」と言ってくれたことが大きいのではないのかと・・・・・・。


また、続き物でごめんなさい。






2007/07/25