天使が消えた日
「ヴォルフ!ヴォルフラム!」
ユーリは慌てていた。目の前ではベッドの上で金髪美少年が倒れている。濃い睫が縁取る目はいつもの碧色を見せてくれない。ヴォルフラムは死んだように眠りその事実にユーリは余計に慌てた。
ゆさゆさゆさと強くヴォルフラムを揺さぶるとヴォルフラムの長く濃い睫までもが揺れた。どうしようどうしよう・・・・・・こんな時に限ってコンラッドもグウェンダルもギュンターもいないなんて・・・・・・手元に余計に力が入ってしまう。ゆさゆさゆさ、ゆっさゆっさゆっさ・・・・・・。
ユーリの一念が通じたのか、ヴォルフラムは余計に強く揺さぶられると長い睫をふるわせてうなった。
「うーん・・・・・・?」
「あ、ヴォルフ!やっと気が付いた!?・・・・・・よかったー、アニシナさんの実験に巻き込まれてヴォルフが気を失ちゃって、心配してたんだ」
ユーリは焦点の定まらない碧色の瞳が宙をさまよっていることには気づいていた。でも、それよりとにかく目を覚ましてくれたことが嬉しくて、ヴォルフの両肩を握って「よかったー」と肩の力を抜いた。
グウェンダルがアニシナさんのことで目を覚まさないのはいつものことだけど、上の兄が庇い、下の兄がそれとなくもにたあ役のお鉢を上の兄に持っていって庇っているので、末っ子は毒女の実験で気絶することなどなかったのだ。だからこそ、倒れるなんて前代未聞の事態だったのだ。
「・・・・・・・・」
「ギーゼラが外傷はないから大丈夫って言ってたけど、全然意識が戻らなくてグウェンももにたあになりながら心配してて、コンラッドもいないし、ずっとおれが付いてたんだけど・・・・・・ああ、とにかくよかった〜」
「・・・・・・・・・」
「ヴォルフ、どこか痛いところないか?気分は悪くない?変なところがあったら遠慮しないで言えよ」
「・・・・・・・・・」
「あ、ご、ごめん!・・・・・・」
ヴォルフラムが焦点の定まらない目で天井を見ているのを見るとユーリは慌てて口を閉じた。さっきまで気を失っていたのにいきなり何でもかんでも聞いたら混乱してしまう。
そう思って口を閉じるユーリは、もう一度金色の前髪に隠れた碧色の瞳を見ようとした。綺麗なその瞳をもう一度見れば安心できるとユーリは顔をヴォルフラムに近づけた。その瞬間。
・・・・・・ニヤリ
・・・・・・・・・確かに、ヴォルフラムの顔がそう笑ったのをユーリは確かに見た。
きっと幻だったのだ。
そうに違いない。気のせいだ、気のせい。
わがままプーとはいえ天然で腹は真っ白なヴォルフラムが・・・・・・動揺していたのだろう。疲れていたのかもしれない、そういえば最近執務のしすぎだったのかも。
ユーリは自分にそう言い聞かせながらヴォルフラムの隣を歩いていた。身体の調子は心配だったのだが、血盟城の赤絨毯を元気そうに歩くヴォルフラムにはアニシナさんの実験の後遺症は見られない。
アニシナさんといえど常日頃からもにたあをしているグウェンダルの「弟にだけは手を出すな・・・!」という嘆願が後遺症の残るような実験からヴォルフラムを守っていたのだろう。アニシナさんは容赦しないが弱いものにはやさしいし。まあ、彼女に比べれば誰でも弱いものだが。
・・・・・・ずんずんずんずんずんずん・・・・・・
「・・・・・・・・・」
「な、なあー、ヴォルフ。元気・・・だよな。無理とかしてないよな?」
ユーリにお構いなしにずんずんと進んでいくヴォルフラムにユーリは慌てて声をかけた。元気というよりいつもより元気すぎるくらいの足取りに逆に戸惑う。早いヴォルフラムに追いつくのに必死なユーリはヴォルフラムの肩に手を置いた。
その手はあっさりと払われた、というかヴォルフラムがそのまま歩いたのでヴォルフラムの一歩ではずれてしまう。宙に浮く手に面食らっているユーリを「?」とヴォルフラムは振り返った。まるでそこにユーリがいることに気が付かなかったかのような驚いた表情だった。
「ユーリ?・・・・・・いたのか。何を突拍子もない顔をしている」
「え、だってお前がおれの手を振り払ったりするから・・・・・・」
「そんなこと
でいちいち大げさなやつだな」
「・・・・・・え?」
そんなこと、そんなこと、そんなこと・・・・・・・・・ユーリは傷ついた。
これがグウェンダル相手だったらそこまで傷つかない。日常茶飯事だからだし、彼の優しさは別のところにある。しかし、しつこいとユーリが辟易するほどくっついてきてスキンシップを求めてくるヴォルフラムにいきなりつれなくされると・・・・・・なんだかすごく傷つく。
ショックで呆然としているユーリを毛ほどにも気にとめずヴォルフラムはずんずんと歩く、と足を止めた。しかし、それはユーリを心配したからではなかった、濃い緑色の軍服を着た長身が二人の前に歩いてきたからだった。疲れ切った姿で足下がよろめいている、実験室帰りだろう。
「兄上!」
「ヴォルフラム、よかった!!・・・・・・ああ、ゴホン!ゴホン!
・・・・・・その、無事だったのか。ヴォルフラムはアニシナの実験体になったと聞いたのだが、どうやら誤報だったようだな」
笑顔で走り寄る弟に実験による後遺症を見つけられなかった三兄弟の長兄は一度浮かべた満面の笑みを即座に引っ込めて照れを誤魔化すように空咳をした。視線が明後日の方向まで向く、やり過ぎなほどの照れ隠し。
それはとても微笑ましい光景だったが、末の弟はそんなものに見向きもしないで兄のほうへと駆け寄った。未だショックから立ち直れないでいるユーリはその光景を視界の端に捕らえると、少しだけ立ち直った。
ああ、やっぱりいつもの長兄に懐いているヴォルフラムだ。さっきのは偶然だろう、おれのばかばか、あわてんぼさん。兄を尊敬する純真な心を持つヴォルフラムはただ実験室帰りのグウェンダルを心配して駆け寄っているのに・・・・・・・・・・・・
・・・・・・あれ?
「兄上」
「その、ヴォルフラム、よく顔を見せてみろ。実験に会わなかったからと言って、この季節は風邪を引きやすい。恐ろしい実験室に近づいたことで未知の細菌に感染した可能性がないとは・・・・・」
「兄上、その手に持っている本なのですが」
「ちゃんと手洗いうがい、煮沸消毒などを欠かさずに・・・・・・は、本?」
ヴォルフラムは兄の痛ましい姿には全く頓着せずにその手の中の本ばかりに注目していた。全身すすだらけのグウェンダルに器用に触れないようにその本に手を伸ばした。ヴォルフ・・・?
「や、やめろ!これはアニシナの部屋にあった「超絶魔術!気に入らない相手の呪い方♪」だぞ!
こんなものに触ったら何が起こるか分からない、こら、さわってはいかん!!」
グウェンダルの必死の制止にも関わらずヴォルフラムはその本に触れた。しっかりした装丁の本に歓喜の表情で触れるとその笑みを深くした。もっと触れようと手をのばす、がグウェンダルがその前にヴォルフラムを振り払った。
「何をしている、危ないだろう!不用意に触ってはいかん!」
「大丈夫ですよ、単なる本にそんな力はありませんから。兄上は心配性ですね。
・・・・・・・・・ところで、兄上。その本をぼくにくれませんか?」
「・・・・・・な、なななななな、何を言っている!!これはアニシナの部屋にあった本だぞ!
どんな恐ろしいことになるか・・・単なる本と見えても爆発しても不思議ではないかもしれん。
第一、これは呪いの本だぞ!アニシナが「危険な力は素人の、特に男どもの手には余りまくっています!!だから、地下室の私の貯蔵室にしまってきなさい」と言っていたきわめて危険ないわく付きの呪いの本で・・・」
「大丈夫ですよ、読むだけですから・・・だめですか、兄上(上目遣い)」
「うっ・・・・・・そ、そうだな・・・・・・・・って、いかん!だめだ、危険すぎる!!
だいたいお前には呪いのことなど知る必要はないだろう!呪いに対抗する術士ならともかく・・・・・・!」
「そんな、兄上、どうしてもだめですか・・・?」
「だめだといったら、だめだ。お前には必要のないものだ。そんなことをしている暇があったらもっと読むべき本がお前にはあるだろう!いらんことに興味を持っている暇などない!」
グウェンダルはいつもの自分を取り戻したのか、毅然とした口調で言った。その瞬間、蚊帳の外にいたユーリはほっとした、が次の瞬間はっとした。
ぽとり・・・・・と小さなしずくが床に落ちてはじけた。グウェンダルの足下でそのしずくは小さな水たまりを作った。
グウェンダルは口もきけずにそのしずくを見ていると、しずくは次々にヴォルフラムの瞳からこぼれ新しい水たまりを作った。碧の瞳からこぼれる涙はぽたぽたぽたとグウェンダルの足下を濡らす。とどまる処を知らない。
いつの間にか伏せられて見えなくなった弟の顔にグウェンダルは金槌で思いっきり殴られたような衝撃を覚えた。ぽとぽとと流れて水たまりは増え続ける。
あの気の強いヴォルフラムが泣いている・・・・・私はそんなにひどいことを言ったのだろうか?深く心を傷つけるほどにむごいことを?
確かに私はよく理由を聞きもしないで弟のことを糾弾してしまった。もしかして私は弟を軽んじるような態度、気が付かない間にとってしまったのだろうか。どうせいつものわがままぷーのわがままだと、聞く価値もないとそんあふうにヴォルフラムを扱ってしまったのか?本当は純粋すぎて感情が率直すぎるだけなヴォルフラムなのに。
ショックを受けている間にも涙は止めどなく落ちる。グウェンダルは自分の言葉の少なさを呪った。
「・・・・・・あ、兄上は、そんなにぼくが信用できないのですか・・・・・・?」
「ヴォ、ヴォルフラム・・・・・その、別にそういう意味では・・・・・・」
「ぼくは・・・・・・っく、ひっく。たしかに半人前で未熟者ですけど・・・ぼくはぼくなりに、うっく、ううう・・・」
「ち、違う、私は、ただお前を心配して・・・・・・」
おろおろするグウェンダルをヴォルフラムはすっと顔を上げてグウェンダルの瞳を見つめた。いつも湖底の色をしているヴォルフラムの瞳は涙のせいで深い色をしていた。泣きすぎたのか少し目が赤い。グウェンダルの罪悪感はうなぎ登りになった。
「ぼくはユーリの婚約者であり、臣下です。だから、ぼくがユーリを守らなければなりません。
誰かが呪いをいつ何時ユーリにかけても、真っ先にぼくが気づかなければならないんです」
「ヴォルフラム、お前それでこの本を・・・・・・・?」
「はい、日頃から呪いの本は目を通すようにしていました」
ユーリは目を見開いた。そんなこと知らなかった、ヴォルフラムがおれのために・・・・・・?
グウェンダルは苦しげに額にしわを寄せると、弟の瞳から目をそらして躊躇った。なにしろこれはあのアニシナが厳重に保管しろとまで言ったいわく付きの本。可愛い弟がいくら望んでいても、大切な弟にこんな危険物を渡すなんてそんな恐ろしいことは・・・・・・。
「ヴォルフラム・・・・・・しかし、城には専用の術士たちもいる。何もお前がそこまでしなくとも・・・・・・」
「いいえ!・・・・・・ぼくが、やらなければならないんです。だから、お願いです、兄上!」
「・・・・・・・・・・・・」
グウェンダルは無言だった。ヴォルフラムの顔を見て、その手の中の本を堅く握った。遠目にもユーリにはグウェンダルが迷っていることが見て取れた。平静を装っているが足下ではつま先で赤い絨毯をたたいている。
そうしている内にしばしの時間が流れ沈黙は続いた。膠着状態の中、ヴォルフラムが一歩歩み出るとグウェンダルの手を両手でぎゅっと取って兄を見上げた。そっと、なにかを願うように瞳を見つめる。
涙に濡れた弟の懇願に兄はついに折れた。
「・・・・・・一度目を通したらすぐに返しなさい。今日中にだぞ」といって、その本を弟の両手に握らせる。
そっと頭に添えられたグウェンダルの手が乗せられると、ヴォルフラムは満面の笑顔で「・・・・・・はい、兄上!」と答えた。
グウェンダルはふっと笑った。
立ち去っていくグウェンダルに、ユーリははっとすると慌ててヴォルフラムに走り寄った。遠目に揺れる金色の髪が急に儚げに見えた。
そんな、呪いの研究なんて・・・・・・おれのためにそんなことをしてくれていたなんて。心配してくれてうれしい。でももしかして危険なことではないのだろうか?おれのために危険なことなんてしなくていい。天使みたいなお前が側に立ってくれているだけでおれは十分だ。
そう言おうとユーリが呪いの本を手にして立っているヴォルフラムの隣に立つ。彼に毅然と「そんなことをする必要はない」と毅然という直前に、ヴォルフラムは静かにつぶやいた。
「・・・・・・ちょろいな」
「!!!!!!!!!?」
おかしい、何かがおかしい。
「それにしても兄上は心配だ思わないか、ユーリ?」
「・・・・・は!?え!?な、なにが・・・?」
「だから兄上だ。あんな適当な出任せにあっさりのせられてしまった。
まさかあそこまであっさり行くとは思わなかったんだが・・・まあ、楽だったがな」
「!!?ヴォ、ヴォルフ!お前いったいどうして・・・!?」
「ん、何だ、半泣きになって・・・・・・・ん、あれはコンラートか。コンラート何をしている!?」
「え?・・・・・あ!?ユーリにヴォルフラム!?ど、どうしたんだ、急に現れたりして・・・!?」
「別にふつうに廊下を歩いてきただけだ。お前こそ何をしていた、今何かを隠しただろう?」
「べ、別に何でもないさ(こそこそ)」
「こそこそするな、何を隠した。ぼくにも見せろ!」
「だめだ、これは見せられない!絶対にだめだ」
「なんだ、けちけちするな!見せろったら見せろー!」
「ああ、だめだって・・・ヴォルフだって、見せたくないもののひとつやふたつあるだろう!
俺だってお前に見せられないものだってもっているんだ」
「・・・・・・・・・」
「な、わかるだろう?」
「・・・・・・のに」
「・・・・・・ヴォルフ?」
「・・・・・・小さいときは何でも話してくれたのに」
「!!?」
「も、もういい!ぼくお前も子供じゃないからな、ぼくなんかには教えられないことがあるんだろう!
ぼくは何でもお前に話していたのに、お前は人間であることを教えてくれなかったし・・・・・・どうせぼくは」
「ヴォルフ、違う違うんだ。これはそういうことじゃなくて」
「いい、どうせ半分しか血が繋がっていない弟になんて話すことなんてないんだろう!!」
「お、おとうと?・・・・・・ヴォルフ、今なんて?」
「!?・・・・・・・違う、ぼくはお前のことを兄だなんて、兄だなんて・・・・・・・。
・・・・・・どうせ、お前ももうぼくを弟と思ってなどいないのだろう・・・?」
「そんなことはない!・・・・・・悪かった、泣かせたりして」
「べ、別にこれは・・・」
「いいよ、ヴォルフ、嬉しかったよ・・・・・・隠していたのはこれだ」
「これは・・・黒皮の手帳?」
「これだというものが思いついた時に書き留めておいたものを集めている手帳だよ。俺の大事な宝物のひとつだ・・・みんなには内緒だぞ。
ユーリにもだめだぞ、ちゃんと機会を見て披露するつもりだから。でも・・・お前だけは見てもいいぞ」
「コンラート?本当に・・・」
「いいさ、だって・・・俺たち兄弟じゃないか。昔みたいに何でも話そう」
「・・・・・・・うん」
そして、コンラッドはヴォルフラムの頭に手をのせると静かにほほえんだ。「じゃあ用があるから」と立ち去るコンラッドの背中はいつもより、どことなく弾んでいる。それは、それはいいんだけど・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・」
「ヴォルフさっきの話・・・?」
「腹黒といってもあいつも所詮この程度か」
「!!!!!!!!??」
なんで、どうして、なにがどうしてこんなことに。
「・・・・・・ギュンター、話があるんだが?」
「ヴォルフラム?何ですか急に、今は忙しいので手短に・・・」
「実は・・・・・・ユーリとの婚約を破棄しようと思うのだが」
「!!!!!???ななななな、なんですって!?今なんとおっしゃいましたか!も、もも、もういちど・・・」
「だから・・・・・・ユー、陛下との婚約を破棄しようと思うんだ。やはり、ぼくは陛下の婚約者としてふさわしくないのかもしれないと思って・・・」
「そ、それはめでたい・・・じゃなくて、ずいぶん急な話ですね。
まあ、全く持って一向にかまいません!ささ、ここにいつも私が懐に暖めている婚約破棄書類に署名なさい。
さあさあさあさあ!気が変わらないうちに、一刻も早く!」
「それがギュンター、話はそう簡単じゃないんだ。実はぼくが文献で調べた話によると長い婚約期間を経て婚約解消をする場合にはひとつの儀式を行うことが古くからの魔族のしきたりと言うことなんだが、それが障害になっているんだ」
「しょ、障害!私と陛下との将来の障害!?な、何ですかその不届ききわまりない障害は!!?」
「文献によるとヴァン・ダー・ヴィーア火山の火口の中あるひときわ灼熱の溶岩を汲み上げて、それを極寒の地の絶対零度の冷たさで冷まし、伝説の鍛冶屋に鍛え上げてもらった短剣で二人の間の縁を切る「伝説の縁切り包丁」とやらが必要なのだが・・・それが現在の眞魔国にはないらしいんだ。
だから、まだぼくは陛下と婚約が解消できない・・・・・・」
「なんという・・・・・・いいでしょう!ここは私が行きます!その「伝説の縁切り包丁」を作るための旅に出ます!
待っていってください、へいかあああああああああああああ!!」
「簡単すぎて、笑いをこらえるが大変だったな」
だからなんでえええええええ!!?おれの、おれの・・・・・・・!
「おれの天使がああああああああああああ!!」
「ん?どうしたユーリ、うるさいぞ」
夜になって、いつものように魔王の寝室にはおれとヴォルフラムがいた。ヴォルフラムは変わらずレースのネグリジェでベッドの上にふんぞり返っていて、それはいつもと変わらない。変わらないのに・・・致命的な部分が恐ろしい変貌を遂げている。
天井を仰いで絶叫するおれを一瞥すると、ヴォルフラムはベッドの上で鼻歌を歌いながら手の中のふたつの本をもてあそんた。笑顔が美しい、がその笑顔はどこかどす黒い影が差していた。
「ああ、全く今日はいい日だったな。兄上がだまされやすいおかげで気に入らない相手を陰で抹殺する方法が手に入ったし、コンラートの弱みまで手に入れた。まあ、中身を読む気にはなれないが・・・・・・利用価値はある」
たぶん、ギャグ手帳であるそれをヴォルフラムはぽいとベッドの放る。さすがに読む気になれないらしい。それは同意見だけど、コンラッドはヴォルフラヴ全開であの本を渡したのにその扱いは・・・。
「邪魔なギュンターはどこかに行ったし・・・・・・今日は本当にいい日だったな、ユーリ」
「違う・・・違う、違う、違う」
と呪いの本に目を通して、楽しそうなヴォルフラムにおれは詰め寄った。おれの影ができたせいでページの時をうまく拾えなかったのかヴォルフは「ユーリ、邪魔だ」と顔も見ないでおれを追い払おうとした・・・が、おれはヴォルフラムのページをめくる手をがし!をつかむと引き寄せて嘆願した。
「ヴォルフ・・・・・・おれか、おれのせいなのか?おれが男同士とか言って結婚しなかったから真っ白なお前がこんなことに?」
「は?何を言っているんだ、ユーリは。本が読めない、放せ。今は髪の毛を使った呪いの方法を・・・」
「そんなん読むな!とにかく、どうしたんだよ!わがままぷーなんて言われてたけど、お前は純粋で純情で素直で、いつもおれが欲しい言葉をくれて、やさしくて、腹の底まで真っ白なヴォルフラムだろっ!?」
「・・・はあ?なんだそれは、ぼくはふつうだ」
「絶対違うううううう!いつものお前はどうしたんだよ!?」
「・・・・・・全く、ユーリのいっていることはいつもながら訳がわからないな。
まあ、いい。ぼくとお前が組めば、血盟城の全権を掌握することは簡単だ。ゆくゆくは眞魔国中をな」
「は!?ぜ、全権掌握って・・・眞魔国征服!?」
「なにせ今日も兄上とコンラートとギュンターを操ってやったからな。簡単だ。
兄上とコンラートはぼくが子供の頃と同じと思って油断しきっているからいいように使える、兄弟というのは都合のいいものだな。ギュンターはお前を出汁にすればどうにでも操れる。あいつらが城の中枢で本当に助かったな」
「そんな分析せんでいい!そ、そんなお前はおにーちゃん子だと思っていたのに・・・」
「まあ、問題はアニシナと大賢者だが・・・アニシナはいないことも多いし、大賢者はユーリが何とかしろ」
「・・・・・い、いやだあああああ!ヴォルフが天使じゃない!魔王になってるううう!」
「魔王はお前だろう、ゆくゆくは世界に進出することも考えたが、とりあえず小シマロン王が邪魔だな。どうやって消すか・・・ユーリも一緒に考えろ」
「黒いぃぃぃ・・・・やめようよ、世界征服なんて!」
「世界をぼくの意のままにする日も遠くはないな」
「(がくり)・・・・・・こんなに、いつものヴォルフがこんなに天使だった思い知らされたのは初めてだ。
おれはヴォルフの価値をわかってなかったんだな・・・・・・それにしても、これはあんまりだけど・・・・・・。
しかも、原因であると思われるアニシナさんまで旅行に行っちゃっていないし・・・・・・・
あああああああ、おれもう耐えられないぃぃ・・・!」
「うるさいぞ、本が読めない」
嘆くユーリを聞き流してヴォルフラムは呪いの本を続きに手を添え・・・・・・そこで魔王の寝室に侵入者が現れた。黒い制服(もどきのメイドイン眞魔国)に眼鏡をかけた大賢者・村田健が扉の前で軽く息を切って立っていた。走りでもしてきたのか、軽く汗をかいている。
ヴォルフラムはそれを見て苦い顔をすると、ユーリを肘でつついた。
「ちっ・・・大賢者か。ほらユーリお前の出番だ(ぐいぐい)」
「(ううう、ヴォルフが黒い・・・)って、村田ああああ!よく来てくれた、聞いてくれよ!ヴォルフが、天使が・・・!」
「・・・はあ、やっぱりそうだったのか。だから「天使がいないと魔王は不満なようだな」っていうことか・・・」
「なにそれ!?天使と魔王って・・・」
「・・・渋谷、落ち着いて聞いてくれ。
実は今回のフォンビーレフェルト卿の異変の原因は毒女の実験のせいじゃないんだ」
「え?だって、アニシナさんの実験の後ヴォルフが・・・」
「フォンカーベルニコフ卿の実験に巻き込まれた後フォンビーレフェルト卿は気絶してただろう。その間に眞王がおもしろ半分にフォンビーレフェルト卿の意識に話しかけたらしいんだけど、それが原因らしい」
「えええ〜、何やってんだよ眞王!!?」
「いや〜、まさかと思ったけど。曰く「才能は使いためにある」とか・・・ちょっとした暗示をかけたらしくて」
「な、何を言って、暗示って何の・・・いや、そんなことはどうでもいい。どうでもいいさ!
とにかく、眞王廟行って直接、一刻も早くヴォルフを戻してもらわないと!」
「あ、渋谷ちょっと待って・・・」
「ヴォルフー・・・!」
「・・・ああ、行っちゃった。もともと暗黒素養がゼロに近いから一週間くらいで暗示は解けるのに」
「・・・・・・ふん、ユーリは行ったようだな。何の用だ、大賢者」
「ああー、確かにいつもとなんか違うね。ところでフォンビーレフェルト卿、君さっき気絶している間に何か夢を見なかった?」
「夢?・・・・・・そうだな。
あまり覚えていないが「せっかく俺に似ているものを、母の才能さえも生かさずに」とか「結婚なんて些末な問題に気をとられなくとも、お前が本気になれば俺と同じように世界の一つや二つ楽勝だ」とか「しかし、腹が白すぎて不向きすぎるな。すこし暗示が必要だ」とか聞こえたような・・・・・・」
「あ〜、いいよ。もうだいたいわかったから」
「とにかくぼくはこれからこの本を読む。邪魔をするな」
「渋谷も大変だな〜。あんなに動揺しちゃって・・・これも痴話げんかっていうのかな?
・・・・・・ま、いっかせっかくだし二人で腹黒談義でもしようか、その本ぼくも読みたいし」
「あ、こら割り込むな・・・!」
「しかし、君って結構すごいよね。いろんな人を操るのにこんなに向いてるなんて思わなかった。
考えてみれば、見た目は天使みたいにかわいくて、中身は愛すべきわがままぷーだなんてみんなを操る最適の素質なんだけど・・・・・・いや、君の腹が黒さと全くの無縁で本当によかったよ!!」
「誰がぷーだ!」
「まあまあ、それにしても腹黒なのも短い間なんだからさ・・・ぼくとしばらく組んでみない?」
「・・・・・・ふん、お前のことは気に入らないがしばらく組んでやってもいいぞ」
「よーし!じゃあ、この「ウェラー卿カルガモ防止作戦」と「フォンヴォルテール卿ひよこ化計画」なんだけど・・・」
「いや、どうせならこっちのほうがいいぞ。まずはな・・・」
・・・・・・その晩、眞王廟に緊急事態だと魔王陛下が現れ、眞王陛下の祭壇に一晩中祈りを捧げたという話が持ち上がった。事実、ユーリ陛下は一晩中眞王陛下と対談し、何か重要な決めごとを行ったと眞王廟の巫女達は証言した。
対談の内容は定かではないが、その事実はすぐに国中に知れ渡たり、ユーリ陛下は眞王陛下と言葉を交わし眞魔国にとって重要な決めごとをしたという噂は国中に広まった。
眞王廟を訪れてから、眞王陛下と対談している間中ユーリ陛下は「天使を返せ」を一貫して主張していたという話で、その話から、後にその翌日の日は密かに「天使が帰った日」と呼ばれることとなった・・・・・・。
余談だが、大賢者の計画は協力者が一晩で元に戻ったことで一時休止となったが、そのときに作られた計画書は未だに彼の引き出しの奥深くにしまわれているとか。
終わり
すいません!三男大好きなんです!でも真っ黒です!それでも大好きです!
きっとユーリは一晩中眞王に「婚約者離れをしろ」とかいわれていたんだと思います。
2008/12/03
