遠い人





















朝からヴォルフラムの機嫌は悪かった。
もともと寝起きの悪いほうだったが、今日は一段とお冠の様子だった。半目で頬を膨らませている。

かなりひどいな、とコンラートは他人事のように思った。
あれじゃあ、さぞイライラしているだろう。しかも、今は当たり散らす相手もいない。
ヴォルフラムは癇癪を起こすことはあっても使用人にあたり散らすようなことはしない。
まさか敬愛する母上や一番上の兄にそのいらだちをぶつけたりはしない。


強いて言えばギュンターになら噛み付くことがあるかもしれない。
ヴォルフラムは幼い頃の教育係にさんざん絞られたせいかギュンターにはすぐ反発する。
が、王佐である彼が朝食の席が終わる前にヴォルフラムに会うことはない。



いくら何でも食べ終わる頃には機嫌も治っているだろうし、ちょっと無愛想な態度で朝食をとるくらいで
怒りが長続きすることはなく終わる程度の話だった。



ただし、今朝突然血盟城に帰った、本来はいる予定の無かった俺がいなければだけど。















大嫌いな人間の血を引くほうの兄とは認めていない方の兄の姿を見た途端のことだった。
ただでさえ寝起きが悪くて不機嫌そうなヴォルフラムは火が点いたように怒った。




「何でお前がここにいるんだ!」


「僕はお前と食事なんてしないからな!」


「何かいったらどうなんだ!」




寝起きが悪いのによく口が回るなぁと感心して見つめていたら怒られた。


グウェンダルにたしなめられなかったらそのまま出ていってしまっただろう。

結果としてカチャ、カチャと食器の音だけが魔王と其の身内だけの食卓にあった。


会話はない。気まずい雰囲気を作ってしまったなと後悔する。
たまにしか家族がそろわないのだからと思っていたのだけれど。


ちらりとヴォルフラムを盗み見ると、こちらの方を断固として見ない。一言も口を利かずに目の前に用意された朝食を細かく刻んでいる。



(やれやれ・・・)



まあ、朝食の席を立たないだけましか。


ヴォルフラムとしてもなかなか母上とグウェンダルに一緒にいられる機会も無いので堪えているのだろう。
ここはお互い様だな、と共犯者のような気分になる。
















気まずい沈黙を破ったのは緊迫した空気がこの場で一番性に合わないであろう母上だった。



「コンラート、あなたは最近はどう過ごしていて?恋はしていないの?」



「いえ、母上。どうも俺には甲斐性がないようで」


またまたー!あなたが言ったらイヤミよーと母上が笑った。緊迫した場が少し華やいだ。調子が戻ってきたらしく母上は今度はグウェンダルに話を振った。



「グウェンダル、あなたはまぁだアニシナと結婚しないの?」


グウェンダルがぐはぁっ!と盛大にむせた。



「・・・・・・・・・(くすくす)」



ほほえましい光景に思わず笑みがこぼれてしまった。声には出さないことには成功した。
グウェンダルに目をやると、ばんばんと胸をたたいて呼吸をどうにか元に戻そう努力している。いじましい。


「あなたさえよければ今日にでもカーベルニコフに使いをやって式の準備を始めてもいいのよ。私も早く孫の顔が見たいわぁ。グウェンは男の子がいいの?それとも女の子?」


かなり本気の顔だ。



「は、はは、ははう、え・・・、わたしばっ、まだ、い、いのちが・・・、おしっ・・」


「母上、グウェンダルはまだ結婚など考えられないんですよ」



むせながらも懸命に否といおうとするグウェンダルが面白・・・、もとい大変そうなので助け船を出す。



「こういうことにはそれぞれペースがあるんですよ。グウェンダルもいつかはちゃんと結婚しますよ」



相手がアニシナかどうかは知りませんがと声には出さずに呟く。



「そおなのぉ・・・アニシナとグウェンは気が長いのねぇ・・・。
あら、何むくれてるのかしらヴォルフラムっ!!あなたは恋のほうはどうなの?」


笑いをこらえていたコンラートが固まった。


「むくれてなどいません、母上」


ほおをふくらませながらそれこそむくれながら返事をするヴォルフラム。


その姿にコンラートは一瞬魅入った。









ずっと、ずっと見てきた弟。


まぶしいくらいに美しい。愛おしいもの。






「だいたい何を言っているのですか、僕はユーリと婚約したのですよ」






・・・・・・・・・そして手の届かないところにいるもの。