「 ナイトメア 〜男同士〜 」
「ユ、ユーリ・・・?何を、何を言ってるんだ?」
ヴォルフラムが困っている。
彼のいつもの無邪気で気の強い表情を浮かべているのに、今はまるで聞くはずもなかったおぞましいことを聞いたかのように戸惑いとはっきりとした嫌悪でその美しい顔を歪めている。
ベッドの上でいつ模様にレースのネグリジェをまとって堂々と中央を陣取って座っているほんの数秒前までいつも通りだったヴォルフラム、それが今はおれの伸ばした手から恐ろしいもののように一歩退いている。
その手は戸惑っているのか、恐怖を表しているのか身を守るかのように胸の前で交差し、ユーリからの距離をできるだけとろうとしていた。
「・・・・・・え?」
ユーリは一秒前々の幸福の絶頂の表情のまま、固まった。
まるで時間が止まったみたいに、ベッドの上でヴォルフラムの頬に伸ばした手をその寸前で止めた。薔薇色をしていたのに一気に青ざめた頬には届かないまま宙に置いたユーリの手は行き場をなくしていた。
そうしていること数秒にもヴォルフラムはもう数歩分、ユーリから距離をとった。
「ぼくの聞き間違いか?そうか、そうに決まっているな。はは、ははは・・・少し疲れているのかもしれないな。
ユーリがぼくと結婚したいだなんて・・・・・・まさか、ありえない」
「ありえない」
その言葉にかっとなった。
「何いってんだよ!?おれとお前は婚約者だろ、別におれが結婚を申し込んだって何も問題は・・・・・・!」
「何を言っているんだ?」
「理解できない」。ヴォルフラムの表情は、ただそう伝えた。
「だって、ユーリは女が好きだっていってたじゃないか。男と結婚なんて冗談じゃないって」
「・・・・・・い、言ってたさ!それは謝るよ、ごめん。一生かけても謝る。だから・・・・・・」
ユーリの表情に幾筋かの希望が戻った。「男同士だから」そういっていつもヴォルフラムの「結婚しろ」という言葉への返事だった。
激情家のヴォルフラムがその変えようのない現実の理由にした言葉にきっと傷ついていたに違いない。ユーリ自身この言葉が彼を傷つけていたことに、罪悪感がないわけではなかった。だからこそ、これからは謝り続ける。
そういえばいい、それなのユーリの心はどこか見落としているものがある気がしていた。
「ごめん、ごめん、なんどだっていう。死ぬまでだって、だから」
「・・・・・・そうか、やはりユーリはやさしいな」
それなのに、それなのに
「やさしくなんかない!だっておれはずっとお前が男だからってお前を拒絶して・・・」
「そんなことは気にしなくていいんだ、どうせふりだったんだからな」
それなのに、どうしてそんなことを?
「・・・・・・・・・な、にいって」
「お前だって分かっているんだろう?ぼくもお前も男だ、男同士で結婚はしない」
(そんな、おれの映し鏡みたいなことを、どうしてヴォルフラムがいうんだ?)
そんな、「男同士」とまるでユーリがそうしたようにユーリの心を無関係なもののように扱う瞳をして。
「最初から、お前がぼくがお前の母上を侮辱したことでぼくの頬を打ったのは知っていた。あの場にいた全員が知っているだろう、ユーリは母上を侮辱された怒りをぼくにぶつけたんだ。
たまたま、眞魔国の古い慣習ではそれが婚約に当たるのでぼくと婚約と言うことになっただけだろう・・・・・・まあ、あの時はぼくも激情に駆られてお前に決闘を申し込んでしまったが」
それは、いつも、ユーリが言っていたはずの言葉だったのに。
「あの時からユーリは男と結婚だなんて冗談じゃないと言っていただろう?ぼくだってそう思っていた。
確かに、眞魔国では寿命の関係上同性婚も普通に行われているが、それでも少数だ。同性婚を選択してもいいが、ぼくが別にそれを選ぶ必要はない。それにたいていは男と女で結婚するものだろう?ぼくは男とは結婚しない・・・・・・男なんて、いやだ」
それなのに薔薇色の唇が紡ぐ言葉を、理解できない。
「ぼくは・・・・・・ずっと家族と一緒にいるのが夢だった。ユーリが来るまでは、母上は血盟城で、グウェンダル兄上は領地にいることが多かったし、ぼくも叔父上とビーレフェルトにいた。・・・・・・コンラートにいたってはお前がこちらに来るまで領地にもいないで放浪ばかりして、行方が分からないことばかりだった」
少し沈みがちだったヴォルフラムの目が少しだけ輝いた。
「それが今は一緒にいられる、母上や叔父上とはなかなか会えないがそれでも以前よりはずっと一緒だ。
ぼくはユーリに婚約を解消してやろうかと言われたとき、迷ったがお前が男同士では結婚できないからと言ったからそのまま婚約を解消しなかった。
どうせ、お前はぼくとは結婚しないと分かっているのだから、血盟城にいられる、兄上の側で以前のような家族が無理矢理引き離されるような戦争を起こさない手伝いもできる身分を捨てることはしたくなかった」
余計に輝きを増したその瞳が、残酷なまでユーリを突き刺し、切り刻んだ。ユーリは自分の身体が一滴の血も流してもいないことが不思議だった。氷のような、無邪気な刃に刻まれて痛くて仕方がないのに。そんなことには全く気が付かないでヴォルフラム話を続けた。
「ユーリとはいい友人になれると思った・・・・・・口には出さなかったが、初めて友人になれると思ったんだ。ぼくの周りにはいつも家族しかいなくて、他のものは服従するか敵対するかだった。でも、ユーリは違った、ぼくに対して母上に無礼なことを言うなと教えてくれたんだ。魔王陛下に対して不敬かもしれないがな」
ヴォルフラムの振り返った笑顔ははじけるようで、とっておきの内緒話をこっそり告げるいたずらっぽいものだった。それを目にする度におれは足下が崩れて、どこに立てばいいのか分からなくなっていった。
「ぼくはユーリと少しはいい友人になれたと思う・・・・・・もちろん、知っていたのだろう?ぼくはお前と一緒にはいたが、そんなことは一切なかったんだからな。
一応婚約者だから一緒にいる理由に婚約者だから、浮気をするなと言ってはいたが・・・・・・ギュンターもぼくがまるで邪魔者みたいに扱うものだからついついムキになって言い合うこともたくさんあったな、もちろんあっちも知っていてのことだった。そうしていればお前に結婚を理由に近づく貴族たちも減るしな、どうせいつかは解消するに決まっているのだし」
ヴォルフラムは順序よく、おれの心にあった風景の一部一部をリボンを解くように解いていった。しゅるしゅるとあっけない音を立てて、おれの、どうしようもなく彼を独占したがるおれの心をほどいて宙に放った。彼を独占できるはずだという確信は無情に一瞬だけ舞い上がるとあっけなく地に横たわる。
「まあ、さすがに寝室を共にしたのはやり過ぎだったが、コンラートが昔親しい友人同士ではたまには寝室を共にしてその日にあったことを話すと言っていたし、ぼくにはお前しか友人がいないのだからずっと、婚約を解消するまではいいと思ってた」
落ち着け、落ち着けとユーリの心は暴れ出しそうになるもう一つの心を押さえつけていた。大丈夫だと。
大丈夫だ、ヴォルフラムはおれを求めてる。思っていた形とは違うだけだ。「友人」。それが今のヴォルフラムにとって大切なら、慌てることはない。おれとは形が違うだけだ、彼の心を独占しているのは確かにおれのはずだ。誰のものでもなくおれの、おれだけの・・・・・・
「いつか、ぼくたちが誰かと結婚するまではずっと一緒だぞ。ぼくたちがどこかの女性と恋に落ちるまでは、ずっと」
それだけは許さない!ヴォルフラムはおれの・・・!
「それなのに・・・・・・ユーリがそんなことを言うなんて、冗談じゃない。馬鹿げている。
男同士で結婚なんて、ユーリとぼくが結婚なんて笑えない冗談だ・・・・・・ぼくはいやだ、男同士など」
発した激情は、一瞬で奈落の底に突き落とされた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
また、こんな夢を見るなんて、まさかまた眞王の仕業じゃないだろうな。
ユーリは少し憮然としてベッドから起き上がると窓の外の月を見上げた。もう沈んでいる、真夜中か、明日起きられるといいんだけど。全身が汗でびっしょりと濡れて心臓が激しくはねている。浅く息をつきながら変な時間に起きてしまったな、と自嘲する。
傍らに聞こえる「ぐぐぴぐぐぴ」といういびきが聞こえるから、なおさら自分を嘲りたくなる。
「はは、ははは、はははははは・・・・・・・・・・」
ユーリがこの夢を見るのは初めてではなかった。眞王の戯れで「二人にとって最悪の未来を見る」という魔動装置がこの夢を初めてユーリに見せた。
その日からまだ日が浅いが、またこの夢を見るなんてどうやら自分は相当ショックだったらしい。
「ヴォルフラム?」
どうやら完全に熟睡しているらしい。少し、腹が立つ。お前の「最悪の未来」っていうのはそんな数日したら完全回復できる程度のものだったのかよ・・・・・・まあ、あのとき「何故こんな夢を二度も見なければならない!」と言っていたのだから、二度は見ているみたいだけど。
天使の寝顔で悪魔の寝相のヴォルフラム。その無防備な様を見ていると、かわいいとか美しいとか感じると同時に大きな疑問を感じる。そして、大きな不安を感じる。
ヴォルフラムは何度も言っている。自分はユーリの婚約者で、ユーリの側にいるのは自分だと・・・・・・でも、本当にそうなのか?言動を除けば、ヴォルフラムの行動は魔王の臣下としてものであり、友人としてのものだ。彼は口では決着だの署名しろだの言っているが、それだけだ。それ以上を示唆することなど、ユーリには想像も付かなかった。
分かっている、あれは単なる夢だ。しかも、魔動装置の見せた「二人にとって最悪の未来」だ。真に受けることはない、現実のヴォルフラムはいつもさっさと結婚しろと言っている。
それでも、ユーリの心には大きな疑問が残った。夢を見るまで気づかなかった、気づきたくなかった事実・・・・・・ヴォルフラムを独占したいと想う自身の欲とそれが叶わないかもしれない未来。
(おれは今ヴォルフラムの側にいられる、友人として。でも本当に友人ならずっと一緒にいられるのか?)
「男同士」。それはユーリ自身が言い続けてきたヴォルフラムに対する拒絶の言葉だった。それをあの悪夢の中でヴォルフラムに告げられたことユーリの中に確かに生まれた感情があった。恐れと激情を。
夢の中でヴォルフラムは言った。いつかどこかの誰かの女性とそれぞれ恋に落ちて、それぞれ離れていくのだと。それをユーリは心から拒絶した。それだけは、揺るがしがたい楔となってユーリを確固とつなぎ止めていた。
今は、はっきりと思う。
(友人でいることで、ヴォルフラムといつか離れるなら、「友人」なんて意味がない)
じゃあ、どんな絆ならいい?・・・・・・ヴォルフラムが言い続けてきた結婚という絆ならより、今よりも確実ヴォルフラムを独占し、つなぎ止め、いやが応にもヴォルフラムを縛り付けることができる。
でも、夢の中もヴォルフラムは言った。「男同士なんて、いやだ」と。
ヴォルフラムが拒絶するかもしれない、いや違う、あれは単なる夢だ。それなら、なにも躊躇う必要は・・・・・・本当に?無邪気に「婚約者だから」と、ただ眠るだけで、何の警戒もしないヴォルフラムが?結婚なんて、そんなことを本気で・・・・・・いざ、本当にそうなればヴォルフラムは拒絶しないとどうして言える?
そう言われたとき、「男同士」と拒絶されたとき、「いつか離れていく」と告げられたとき、力ずくで彼の心を踏みにじってでも彼を手に入れないとどうしていえる?
ヴォルフラムは拒絶するのか、しないのか、分からない。
その時自分がどうするかも、ユーリは分からない。
それが分からないユーリは今夜も「婚約者」という絆を、今を維持するために選ぶ。
明日も確かに彼が隣にいる。その事実に安堵とかすかな不安を滲ませて、無邪気に眠る婚約者の隣で眠る夜を頼りなく握りしめた。
FIN
雰囲気ぶちこわしのあとがき↓
またまたの突発ユヴォルです。
今更のOVAのユーリの悪夢ネタです。自分なりにあの夢を推測するとユーリの「お前が実は男・・・」の続きは「男嫌い」か「男好き」かなと思ったので、その中で自分なりに気に入っている話を急に思いつきました(なんだそりゃ)。
まあ、もっと単純に「お前が実は男じゃかなかった」とかも思いついたんですが、ユーリどんだけと思ったのでその話は忘れました。つまりはユーリはヴォルフにベタぼれと言うことですよ!(こじつけた!)
ユーリのショックだけを書くつもりだったのですが、またしても冗長病でいろいろなものが付加的に付きました。
どう転んでもうちのユーリはヴォルフを監禁したいという結論に陥るしかないのか・・・・・・。
ユヴォルはいいですねえ・・・。
2008/12/21
|