君の呼び声
そう呼ばれていた年月は、そう呼ばれていない年月に遥かに追い越されてしまっていた。
しかし、当事者以外からはただの他愛もない思い出に過ぎない呼び名も、呼んでいた本人つまり金色の髪の弟からすればそんな過去は思い出されたいものではなく、その話をされる度に「そ、そんなことは忘れた!!」と頬を紅潮させて口を尖らせた。
その態度自体その態度自体忘れていないことの証明じゃないかなと思っていたのだけど、口には出さなかった。ただ可愛らしくも意地を曲げない弟に「はいはい」と口だけ分かったふりをして、怒られることを期待してその頭を撫でるだけだった。
呼び名自体にはこだわりはなかった。
呼び名よりも、口を尖らせる一方で彼の結構頻繁に見せる無意識での態度や仕草で、確かに想われていることを知っていたから。
兄として、愛されていると。確かに彼から方からの情の流れを感じているからこそ、それだから。
それなのに
どうしてこんなに動悸がするのだろう。目眩を感じるのだろう。
いつものようにユーリとの気ロードワークの後に寝起きの悪い弟を起こしたその時に、寝惚け眼の弟は目元をこするとじっと焦点の合わない瞳でこっちを見上げていた。
寝惚けているな、と苦笑してその頬を撫でる。すると彼は幼い頃のように無邪気に微笑んで、そして言った。
「ちっちゃいあにうえ、おはよう」
柔らかな頬に伸ばしていた手が硬くなった。目が冴えてきた弟が疑問符を浮かべている間に「とにかく、もう起きなさい」とだけ言って逃げるように立ち去った。
ヴォルフラムから遠く離れた回廊で俺は肩で息をして、動悸を静めようと壁に背を預けた。この程度走っても、息が上がることなんて軍人の自分にはあり得ないのに。
呼び名など関係ない。そこに確かに彼の慕情を感じられれば、それで十分。
それなのに、ヴォルフが俺を兄と言ったことで何かを見失った気がした。
どうして?・・・・・・本当は知っていた。自分の気持ちを。
たったひとり、陛下にも差し上げたくないと想った人。どうせ、手に入らないのに、俺は猶予を欲していた。血縁だからではなく、間違いなくヴォルフラムは俺を兄として慕っているから故に手に入らない弟に兄と呼ばれないことで、他愛もない夢を見ていたかった。
それでも、いつか夢は覚める。その期限はもうすぐそこまで来ている。
その遠くない未来を思い知らされて、俺はまだ静まらない動悸を静めようと胸を押さえていた。
「1年1ヶ月アンケート」の回答者さんへのお礼SSでした。
ウチの次男は誰よりも往生際が悪い+ネガティブというお話、そしてこれでもコンプです。