それを見つけたのはいつだったろう
そっと影から
毎月の初めの昼下がり、血盟城の一番外れにある誰も使っていない小さな部屋でコンラートはわずかな時間1人で過ごす。それを見つけたのはそう昔のことではなかったと思う。
確かユーリがいつものように、婚約者であるぼくを差し置いて「コンラッドどこにいるか、ヴォルフ知らない?」と聞いたきたときだったような気がする。ぼくはちょっとムッとしたが、実際コンラートがどこにいるのか気になって「どこかで油でも売っているんだろう、注意してくる」と言って探しに出た。
・・・・・・・・・サボっているか気になっただけで別にコンラートのことが気になったのではない。断じてだ。
と言っても、愛馬のノーカンティーが厩にいるのだから城内にいるのだろうと思った。
しかし、使用人や兵に聞いてみても見ていないと言っていたから、日頃誰も近づかない場所にいるだろうと目星をつけて使われていない客間のあたりをうろうろしているとそれが目に入った。
コンラートは一人で窓辺に腰掛けて何かの本を一心に読んでいた。それは楽しそうに。
何となくぼくはそれを邪魔してはいけない気がして、しばらくその姿を見つめた。柔らかな午後の日差しがコンラートのダークブランの髪の明るい飴色のように透けて見える。銀の光彩を散らした茶色の瞳は一心に、そして弾みながらページを追っていた。
「・・・・・・・・・」
ぼくはコンラートに気づかれないように、扉を閉めた。ユーリもそんなに急ぎのようじゃなかったようだし・・・・・・だいたいコンラートの姿を見てしまったら。
(あんなに楽しそうじゃ、声なんてかけられない)
真っ先に浮かんできたその考えにヴォルフラムは頬を紅潮させた。べ、別にコンラートを想ってのことじゃない。ただ急ぎの用ではないのだから読書の邪魔をするほどではないだけだ。
あいつもたまには本くらい読むだろうし、むしろ剣の訓練に明け暮れてあいつ本は・・・・・・学校の成績は優秀だったけど、小さい頃はたくさんの本を読んでくれたけど、じゃなくて!あ、あいつだって本に没頭するくらいのことはあるだろう!少しは教養を身につけてもいいはずだ!それだけだ、それだけ!
そう言ってきびすを返して帰ったぼくにユーリの「コンラッドは−?」という言葉に「いそうなところにはいなかった」と本当と嘘を半分ずつ混ぜた嘘をついた。後ろ暗くてちょっと目が合わせられなかったけれど、ユーリは「そっか、ヴォルフなら見つけられると思ったんだけどな−」と2つの意味でぼくの頬を紅潮させるようなことを言った。1つは怒りで・・・もう一つは?
ぼくの「ど、どういう意味だ、ぼくはあんなやつのこと!」という台詞にユーリは苦笑すると「それはヴォルフが一番知ってるだろー?」と、妙に意味ありげだった。あまりに腹が立ったのでクローゼットから夕食の時間まで出てやらなかった。
ユーリの言葉の意味は分からなかったが、ぼくはそれからも通りかかったり何となく時間が空いたときが昼下がりだったときにそっとその部屋を覘くようになっていった。そしてそこにはコンラートがいた。
コンラートはいつも同じ窓辺で、昼下がりの時間に時々ここで本を読む。そしてそれはいつも楽しそうだった。
それを見ているぼくは何をするわけでもなくじっとコンラート見ていた。自分も成長したがあいつも大きくなったな、いつか抜いてやる。しかし、日が当たるとあいつの髪は明るい色になるな、あいつの愛馬みたいな色だ。それにしてもあの本がそんなにおもしろいのか・・・・・・。
通りかかったり、時間を見つけたりして、いつの間にかぼくはコンラートの読書を覗き見するようになっていった。覗き見はいけないと分かっているが、あんなに穏やかで楽しそうなコンラートを知っているのがぼくだけだと思うとなんだか・・・なんだかもったいなくてやめられない。
(それはそんなコンラートが珍しいから?それとも別の?・・・まさか、他の理由なんてない)
ぶんぶんと頭を振るとぼくは「ただ珍しいから」という理由で再びコンラートの読書の覗き見に向かった。ちょっとした時間を見つけるたびにその外れの部屋に足が向かうのを腹立たしいようなくすぐったいような気持ちで、自分の足を眺めているとその部屋の前にたどり着き・・・そしてその扉が開いていた。
ぼくは驚くと部屋をのぞき込むと・・・・・・誰もいなかった。コンラートがいない。ただコンラートがいつも座っていた窓辺にコンラートが読んでいた本が静かに横たわっていた。
「そうか・・・読み終わったのか」
考えれば当然だ。あんなに熱心に読んでいたのだから、いつかは読み終わってしまうだろう。いつかは昼下がりのこの外れの部屋であんなに楽しそうに本を読むことなんてなくなって・・・ぼくがそれを見ていることもなくなる。
「・・・・・・当たり前のことだ、たいしたことじゃない」
ぼくは窓辺に置かれた本と同じようにおいて行かれた気がしてその窓辺に腰掛けた。あったかい。昼下がりの日差しはやさしく、沈んだ気持ちごと包み込んでくれる。そうか、ぼくは気が沈んでいたのか。
そうだ、ぼくはあの時間がとても好きだったんだ。素直に胸に染みこんできた感情にぼくは窓辺に置かれた本を取り上げるとそっとその表紙をなでた。日差しのおかげで暖かな感触。
「・・・・・・?」
表紙をなでた拍子に一枚の紙が本から抜け落ちた。小さな伝言を伝えるようなカード。その表面には短いメッセージ、確かにコンラートの文字で。
そこに書かれた文字をのぞき込んでヴォルフラムはどういえばいいのか分からなくなった。本の背表紙を握る力が強くなる。その白い表紙にシンプルに淡い金色で箔押しされたタイトルには見覚えがあった。そして、コンラートを心から罵った。
そんな昔に読んだ本を呼んであんなに楽しかったのか、あんなにたくさんの本をぼくに呼んで聞かせたくせに.。
確かにこの本は一回だけだったけれど、あいつは「ヴォルフにはまだ早いかもしれないよ?」と訳知り顔で、それが気に入らなくてせがんでせがんで・・・・・・ぼくはとても楽しくてゆっくりゆっくり呼んで聞かせた。真剣に文章を読み上げるコンラートの横顔とページを眺めるのを、ぼくはずっと交互に繰り返して見て、眠りに落ちる直前まで見つめていた・・・・・・。
ヴォルフラムはメッセージカードをそっと懐にしまうと本の表紙開いた。そして、もうここにはいないコンラートに語りかけた。聞こえるわけがないと知っていても。
「・・・・・・いいさ、今度はぼくが読む.。それでいいんだろうコンラート?」
この暖かい日溜まりの窓辺は絶好の読書場所だからな、と内心で付け加えると一枚目のページをめくった。
『 この本を見つけてこの伝言を見つけた人へ
ここはとてもいい読書場所だよ、あったかい日差しがいつもページを照らしてくれる。
静かだし、ちょっとした時間に即書をするにはすばらしい場所だと思うんだ。
それに、この本はとてもおもしろいよ、昔弟にせがまれて一度だけ呼んだことがあったけど、
その時もとてもおもしろかった。弟にはまだ早いと思ったんだけど、弟も夢中になって難しい
文章をゆっくりゆっくり聞いて楽しんでいた。途中で眠ってしまうけれど寝顔はとても幸せそ
うだった。そして、最後まで夢中で読み切った。その時の寝顔は俺の宝物なんだ、それくら
い幸せそうで楽しそうな寝顔だった。
この本とカードを見つけた君がいたら是非この本を読んでみることをおすすめするよ。何せこ
こはあったかいし、静かで、いい香りがする場所だから。きっと幸せな気分になれる。
この場所でこの本を読んだ幸せものより 』
終わり
裏話
この次男は三男に気が付いていません。が、なんとなく「幸せな香り」=「三男の香り」を感じて寄り幸せな読書タイムを満喫していたと思います。