超高校級の幸×
エピローグ
α + β = ???
もう最後だし、君にボクの希望への道でも語ってみようか。
「この三年でボクは希望以外に、時間のことも結構考えたんだ。哲学的にも、科学的にもさ。
なにしろボクの時間は周りより大分ずれているからね、一世紀って個人のタイムラグとしては新記録かも。
その結論の一つは、時間が経てば変わらないものなんかないこと。
百年の間にみんな色々に生きてそれはひとつひとつ劇的だったんだろうけど、時間が経てばみんな静かな墓石になって名前がなければボクはそれが誰のものか判別することもできない。
二つ目は、時間が経てば解決したいことが解決するとも限らない。
みんな生涯をかければ手に入れたいものが手に入った訳じゃない、むしろそうはいかないケースの方が多かった。まあ不思議なのはその代わりに何かを得ているケースが思ったより多いことかな。
三つ目は、時間には限りがあるけど・・・・・・間に合うことがあるってことかな。
あとボクが二百年眠っていたとしたら流石に君たちの存続も危うかったと思うし、ああしてみんなの生きた痕跡を見ることもできなかったと思う・・・・・・だからさ、ボクは生きて再会できたのは七海さんとウサミだけだったけど、文字や技術、もちろんアルバムやメッセージでみんなに間接的に再会できた。
だからまだなんとかボクも間に合わないことなんてないんだと思う、甘いかな・・・・・・二人はどう思う?」
バカなボクの語りへの君の感想を聞かせてくれないかな?
「わーん狛枝クンいかないでー!!」
「狛枝クン、絶対ここに帰ってきてね。帰ってこなかったら探知機で場所を割り出して、近くの戦闘機を乗っ取って無理矢理にでも連れ戻すから」
「・・・・・・」
ボクなりの希望への道筋への見解を示したつもりだったんだけど、二人とも聞いてないみたいだ。
船の甲板デッキの最後方。その手すりにもたれてからジャバウォック島の浜辺を見ていた。手を振ると浜辺にたつノートパソコンとウサギのロボットがボクを見ていたーー桟橋などない壊滅した島でディスプレイを抱えたモノミがいる。白砂の上で両手で万歳をしているのはモノミの姿をしたウサミだった。便座上モノミの肉体はウサミのままになっている。ボクと二年を過ごしたロボットのモノミはネットワーク上の存在として今は存在してる。
半ば目に涙をためている姿に胸痛いことを悟られないように口元を笑みの形に保つ。このどうしようもないボクに「お願いだから行くかないで、絶対に帰ってきて」という奇妙な形の家族がいる・・・・・・それが少しこそばゆい。また波が浜辺と船の間で揺らいではじけると人間的な感情のこもった電子音が水面にまた水面を叩く。
「狛枝クーン!先生の目の届かないところでもよい子にしてるんでちよ!具体的には銃火器の取り扱いには細心の注意をお願いしまちゅ!お手入れしないと暴発の可能性が高いでち!」
「狛枝クンのばかー、なんで三年もあったのに銅像を作ってくれなかったの?」
「その約束は無効にできないかな!?」
「「だめ!!」」
きれいなエコーが木霊する、全くこんな時ばっかり息がぴったりで困る。
「わーん!狛枝クンいつでも帰ってきていいんでちよ!なんなら今から船なんて降りて海に飛び込んで帰ってきてもいいんでちゅ・・・・・・う、うわーん!」
「狛枝クン、外でおいたしたらダメだよ、私すごく怒るからね・・・・・・帰ってこなかったらこれまでのみんなのこと教えてあげないよ?」
誤解を招くような心配した声と棒読みなのにやけに重い感情のこもった声ーー手元の携帯通信機器に文章が届く。
『帰ってこなかったら、本気で力付くで連れ戻しに行くからね 七海より PS 銅像作成をお忘れなく』ーー恐ろしい内容だった。
(七海さんにはすっかり嫌われちゃった・・・・・・銅像一体くらい作っとけば良かったか。でも術後の時期も長かったからなあ)
ちょっとだけ肩を落とす。その間にも涙声、棒読みの罵声、気をつけてという哀願、帰ってこないともっと嫌いになるし怒るよ?というメッセージがもう一度。
(かたや泣いてばっかり、かたや結構無口で鋭くて、二人とも百年前から意外と変わらないな)
時間が変えたくても変えられないものある。そんなものだろうかと、もう一度波の白い泡が砕ける船の縁で返事をする。いい加減、迎えの船の未来機関の人間に怒られるかもしれない。
でもボクは二人と会話を止めない、止められない。これで数年は、さよならだ。
「まあ滅多のことがない限り一度は帰ってくるからウサミもいい加減泣きやみなよー!七海さんもウサミをよろしくー!」
「うわーん!狛枝クン、先生寂しいでち!やっぱり行かないで、わーんわーん!学級閉鎖でちー、いやー!」
「本当に君のしたこと怒ってるし、嫌いだからね!ウサミちゃんの言うとおりにしないともっとそうなるよ!ねえ狛枝クンっ・・・あのね!」
船が出発したのはそんな時。船体が振動して、島から離れる。砂浜から伸びる桟橋を離れて、海へ。
しばらく手を振ったり応答していたけどあっという間に離れる。電子の世界と違って七海さんは小さな液晶にしかいないから、浜辺のピンクのホワイトのウサギのぬいぐるみを一瞬でも見逃すまいとするが、船の速度が加速するとあっというまに島も二人も境界線がなくなって、一緒くたになってしまう。
それでもさよなら、またとらしくなく叫んで叫んでデッキの柵に胸を預けた。息を切らしたボクは未来機関の医師に「大丈夫か」と尋ねられ、いつもの笑顔でそっちに応答する。
「はい、びっくりするくらい健康です。寝ている間に百年もたっていたなんて嘘みたいです。
眠る前の時間と今がどう違うのか分からなくて・・・・・・これらか心配しなきゃけないのに、自分で自分が不安です」
「君は機関で一年は精密検査とカウンセリングを受ける、不安になることはないさ」
ボクは嘘ばかりつく、この三年ここは誰もいない百年後だと地獄だと一人で何度も泣いた。
医師に見えない影で笑顔を向けたまま、小型端末に指を滑らせる。小さなディスプレイに新規メッセージを作成するかと訊かれ、見ないままイエスを押す。
「でも君は人類史上最長のコールドスリープの生還者だ。どこになにがあるか分からないから、もっと大人しくしてくなさい」
「すみません、でも崩壊したこの島でずっとボクを支えてくれたのはあの二人なんです。島が完全に見えなくなるまでお見逃しお願いできませんか?」
「はー・・・分かったよ・・・。
君も不運だね。確かに百年前からのプロジェクトとは言え、君が目覚めるタイミングで島中の機械が自決用の爆弾で壊れるなんてーーネットワークすら壊滅状態でこの三年、あの二人のアルターエゴが君のそばにいて本当に良かった」
「ははは、ボクはツイていますから」
だってこの嘘だってバレてはいない、うんうんツイてる。
滑る指先で作るメッセージは簡素なものだった、『ボクは結構七海さんとウサミが好きだよ。だからゴミクズを嫌いな気持ちはよく分かるけど、しばらくゴミから好かれる嫌悪感は諦めてくれないかな?』。
即答で返信ーー「ばかばかー!」と「ばか」・・・・・・おかしいな、同じ内容のテキストなのに、温度差が如実に出ている。簡潔かつ的確に嫌われていることを示す、二文字。
(でも嫌われててもこっちが好きなだけでも、結構嬉しいものだね)
そんな自分の気持ちの変化はそこまで嫌いじゃない。
紺碧の海原に白い曲線が描かれていく、未来機関の船がその線を引いていた。
あんなに広くて、一人で生きるには広すぎて耐えられないと思っていたジャバウォック島は、あっという間に砂粒のサイズになる。やがて紺碧の海と鮮やかな青と純白の白が彩る南国の空に飲み込まれて見えなくなった。
今ボクに見えるのは、美しい空と海、そしてそこに白波を立てて目的地へと向かう未来機関の船だけ。
聞こえるのも、波と風の音、そして船のエンジン音。ジャバウォックから、みんなから遠ざかる音だけがやけに残響した。
(これであの修学旅行も、本気で終わりだな)
百年もかかるなんて、変な卒業だ。そしてぷつりと小型端末から軽い音。たった今二人への唯一の連絡手段の通信機も、圏外となった。もうさっきまでばかばかというメッセージに落ち込みながら返答することもできない。
気持ちを伝える手段が、完全に絶たれ、寂しいと思った。
「ジャバウォックの外部ネットワークはいつ頃復旧できますか?」。最初に機関の人間に聞いたのはそんなこと。返答は壊滅した島のことだから、時間がかかる。しかも外部ネットワークをつなげにくい壊れ方をしていると。七海さんの仕業がこんな形でボクらが連絡すら取れなくなる原因になんてね。
けれど一人分の文章くらいのネットワークなら一年ちょっとで何とかなる。その返答にほっとしてしまった自分が、弱くなったのか強くなったのか分からない。
船室に戻ってさっきの医師に礼を言って、乗り物酔いするからもう少し海を見ていたいというとあっさり承諾された。もしかして気を遣ってくれているのかな?まあ百年もタイムラグのある人間なんて珍しいし、こんなものだろうか。・・・・・・ボク、大量虐殺犯なんどだけどなあ、甘くない?絶望のボクが言ったとおり平和ボケしてるのか。
ボクは船の最後方にまた立つ。ジャバウォックのあった方に向いたまま、海風にしばらく揺られた。そして懐に手を入れて一枚のコピー用紙を取り出す。この船がきたときに印刷してもらったのだ。
それは七海さんから貰った日向クンからの伝言、ボクの新しい「才能」ーー日向クンが考えたものだから癪だけど、希望ヶ峰がもうない以上、ボクの超高校級の幸運という肩書き自体がなくなっていると思うとなんとなく手放せない。
でも内容には、やっぱり色々と癪だ。
「超高校級の幸福(予備)」。
文字はわざわざ筆に墨をつけた、毛筆で書かれていた。結構達筆なのが日向クンらしい。
「超高校級の幸福・・・・・・はともかくとして(予備)って何だよ、(予備)って」
自分こそ予備学科のくせに・・・それ以外にも紆余曲折あったのはうっすらと分かっているけど、それとこれとは別だ。これはただの仕返しだろう、予備学科予備学科といじめたことへの。
「そこまでボクしつこかったかなあ、別にバカしたつもりはないんだけど」
デカデカと書かれた文字は肉筆だった、それをスキャンして保存していたらしい。現物はあの爆発で燃えたのかと七海さんに尋ねたら「もともと襲撃の余波で焼けてた」と不穏な返答が帰ってきた。
下の方に万年筆らしき文字で「幸せになる方法、または幸せの定義とは」について千字ほど書かれていた・・・・・・ちなみに最後に書かれた一言は「詳細は直接伝えるから自習もちゃんとやれよ」・・・・・・どれだけボクに幸福について授業をしたかったんだ、君は。
アルターエゴの日向クンが見せくれたみんなの伝言で薄々分かっていたけど、この百年日向クンは結構執念深くしつこい性格になったみたいだ。やれやれとまた読む・・・・・・なんだかんだ結構文章そらんじている。半分なら暗唱できる。
ふと空を見上げる、果てのない空が広がっている。手を伸ばすが空を掴むだけ。次に海を見る、果てがないようでジャバウォックに繋がっている。
世界は思っているほど狭くないし、期待するほど広くはない。生ぬるくて曖昧で、殺人事件の犯人当てなんて明確な謎なんてないし、答えすら海と空の境界ほど曖昧だ。
(絶対的な希望なんてないかもしれない、でもないと保証もされてない)
でもボクは中庸は選ばない。絶望に墜ちそうになっても、希望を目指す。
未来の可能性はいつだって中途半端だ。未練の心が過去を呼び覚ます。
(それでもボクは希望が愛しているし、必要だ。絶対的な希望になりたいし、それを死ぬまでに目にしたい)
果てのない空を登ってみたいと考えるのは罪なことだろうか。行ったところでなにも待っていないかもしれない、宇宙ロケットで行ったところで酸素もない世界でバラバラになって、全てを無くして死ぬだけかもしれない。
(どんなに手を伸ばしても、なにも掴めないないかもしれない)
それでもボクはそんな無謀な願いを止められない、いや止めたくない。
行って何になる?・・・・・・でも残って何になる?
絶対的な希望なんかないかもしれない、でも生ぬるい絶望の日々に戻りたくない。自分でその願いを諦めたらきっと本当の絶望だ。諦めない限り、矮小でも希望はボクの中にもある。
確かに未来の可能性は叶いそうで叶わなくて中途半端だ。
いつだって何の保証もなくて・・・・・・いつだってそれでもできるかもしれない余地だけ見せる。結構未来って意地悪だ。
「・・・まあ、いっか。考えても頭痛の種が花を咲かせるだけだしね」
それにボクが目指すのは、今は空の果てじゃない。最後はそんな絶対的なものしか辿りつけない場所を目指すけど、そのための回り道も必要だ。
時間について考えたことの一つは、日向クンたちがしたことを考えて時間をかければ不可能を可能に変えられるかもしれないこと。だからボクも時間は惜しまない。でも彼はボクが目を覚ます前に死んだ、だから人生は結構あっと言う間だとも覚悟してる。
「あ・・・・・・」
耳元で旋律が囁いた。色々なデータを詰め込んでくれた七海さんとウサミの小型タブレットから音が漏れている。エンジン音でよく聞き取れないのでイヤホンを刺すとはっきりと聞こえた。タイマー?二人とも心配性なんだから。
澪田さん・・・やっぱり歌ってたんじゃないか。これアヴェ・マリアだっけ・・・失礼だけどボクの知ってる君からは想像もつかないよ。クラシックの賛美歌なんて、選曲は懺悔のつもりなの?
何にしろ綺麗だ、心が伸びやかに広がっていく。どこへでも望む場所にいける気がしてくる。
「音楽も、やっぱり希望に必要なのかな」
もちろん人の残す希望は、音楽だけじゃない。
耳元のメロディはそのままでボクは日向クンの伝言のコピーを折り畳んで支給された手帳に挟んでしまう。
今度世界地図を鞄から取り出した。赤い丸が三十以上はつけられている。
印を見て頬が緩むの感じる。ヨーロッパ、アジア、北南アメリカ大陸、オーストラリア、アフリカ大陸ーー果ては北極南極、海底まで印がついている。
「みんながこの百年行ったり、公演したり手術したり、設計した場所巡りとか・・・・・・こんなこと本当に希望に繋がるのかな」
もちろんそんなことは分からない、未来はいっさいの可能性を否定しない代わりに何も保証しない。
まあでも、確実に希望に繋がっていないとも言い切れないのだ。もともと空に手を伸ばして雲を掴むような話だ。
だから果てない空に登るつもりなら、練習にみんなの足跡を辿って希望の片鱗を見つける程度のことはやってみるさ。
「それだけのことさ、絶望したみんながどう希望に縋ってたのか参考にさせて貰うよ」
言って、なぜか照れる。別に恥ずかしいことを言った訳じゃないのに、ああみんなは全く--ボクにとってなんだったのか。墜ちた希望の象徴か、ただの才能を捨てたクラスメイトや・・・・・・もしかして友人だったのか。
「それくらいは、今度帰ってくる時に分かってみせるさ」
そしてボクはデッキを離れて、船室に戻った。
一年は七海さんとウサミとは連絡を取れない、そう覚悟してたけど島の修理の船に頼べば手紙くらいなら届くかもしれない。だから書こう、未来には変わってしまうかもしれないボクの今の気持ちをボクの家族に残そう。
心臓に手を当てる。こちりこちり、一緒に死ぬ約束はちゃんとボクらを離れても繋いでいる。でも欲を言って気持ちも届けたいのも、悪くない。
書き初めは、まあこれでいいかと手帳に挟まった紙を見て書き始める。
ーー超高校級の幸福より、今ボクはーー。
END
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