月下美人



 月下美人・・・・・・夜に咲き始め、翌朝に枯れる花。新月か満月の夜に、一年に一度だけ大きな白い花を咲かせる。花が咲いている間強く甘い香りがする。


月光の下で白い花が静かに花開く。そんな風に月色の髪を花弁のように揺らしてロシアは目を覚ました。シーツと白い寝巻きも相まって、真っ白でプロイセンは眩しさに目を細めた。今はマフラーすらなく無防備な首の包帯が少し緩んでいる。
「あれ……プロイセンくんいたの?」
「いて悪いかよ、晩飯の時に部屋来るって約束したろ。来てやったのに爆睡しやがって」
「でも今日は木曜日じゃ……あ、そっか、今日は遊びにくる日だっけ」
何がおかしいのかロシアはくすくすと笑った。その仕草が白い花が風に揺れているようでプロイセンは一層困った。……別に可愛くも美しくもない、ただ他の誰にもこの姿を見せたくない。
「うん、思い出した。僕が来てねって言ったよね、ごめんごめん」
「いい、起きるな……疲れてんだよ、顔色悪い。今日はただ一緒にいるだけだからゴロゴロしてろ」
 ロシアとプロイセンは週に一度体を重ねる、半年でそんな周期ができあがった。約束したわけではないが、そう繰り返された。
正直、まだロシアは性欲が薄い方なので気持ちがいいということがあまり分からなかった。ただ解決しない問題を抱えたまま一人で眠るより触れ合うことで穏やかになれた。
「・・・・・・綺麗な月」
 完全に欠けない満ちた月。窓際によってじっと目を凝らす。クレーターを見つめてあそこに行けなかった痛みが胃を締め付ける。後ろではプロイセンが同じベッドでゴロゴロし始めている。・・・・・・一ヶ月前ついにダブルのベッドに換えた。買うのも照れるので二人で木を切るところから大工仕事をして結構楽しかった。二人で眠る時にどれくらいの広さや高さが必要か話し合っている時、ふと我に返って恥ずかしかった。
(最近は・・・・・・気持ちいいって分かってきたような。いやもともといやじゃないんだ、ならすぐやめてるし、上司の命令じゃないもん)
 ただ二人でベッドでゴロゴロする、行為の日に加えて、週に一度そんな日が追加されることもある。別に子作りを急ぐ夫婦ではないので困りはしない。
 寝てろと言ったのに起き上がって、しかも外ばかり見ているロシアにプロイセンはむっとした。
「おい、これを見ろ」
 ロシアの頭になにかが差し込まれる。視線をやると黄色い花だった。
「なにこれ?」
「お前はひまわり以外にも似合う花がある、ちょっとは試せ。あれは頭を飾るにはデカすぎる」
 ようやく振り返ったロシアの顔に花がぴょこと生えていて何かに勝った気分のプロイセン。ケセセと笑うその銀色の頭をロシアはかるく小突くが楽しそうな顔は変わらない。
「似合わないよ。君に抱かれてるからって、僕が女の子になったわけじゃないし」
「似合う似合わないに性別は関係ない、こっちもつけろ」
 次々と同じ黄色い花が髪飾りのように髪の隙間に差し込まれて、月色の髪に小さな花畑ができる。
「これはたんぽぽっていうんだ。近くで見るとひまわりに似てなくもない。な、綺麗だろ?」
「僕には自分の頭は見えないよ」
「ほら、鏡」
「えー、用意してまで見せたいの?」
 不思議そうに手鏡をのぞき込むがロシアはまだ不服そうだ。月色の髪と新雪の肌の色合いが綺麗だとプロイセンは思っているのだが、本人に何度も否定されていい加減腹が立ってくる。
 ロシアは半分を髪から抜くとじっと見る。ちょっとひまわりに似た可愛らしい花だ。
「よくみるとこれ造花じゃない、どこで油売って作ってたの?」
「お前んちは寒いから花なんてなかなか手にはいらねーんだよ。完璧にかっこいい俺様が仕事を効率的に終わらせて、残り時間で花くらい作るのが余裕だって知ってんだろ?」
 くやしいが事実だ。プロイセンはソビエトというお城で一番仕事が速い。そして一番モノ好きだ。ロシアを可愛いといい、最近こうして愛でてくる。
「おら、せっかく二人なんだからちょっとはくっつけ」
「待って、また君の花がついて・・・・・・とれちゃうって」
 シーツに花が零れ落ちて、頭を両腕でホールドされる。ちゅっと耳元にキスをされてロシアの頬が赤くなる。お互いただの慰みのはずだ。家族になっているのにさらに家族ごっこ。入れ子構造みたいに不可思議。
「わざわざ僕の頭に飾るためにこんな小さな花を作ったの? 五、六・・・・・・七個もある。うふふ、そんなに僕に綺麗になってほしかったの?」
「そうだ、頑張って作ったんだからありがたく飾りやがれ」
「・・・・・・」
 からかったのに更にからかってくる。心臓がうるさい、明日の朝日が昇ることがいやになる、家族ごっこの相手を捕まえられたのにこっちが逃げ出したくなる。
(君が僕にいろんなことをくれるから)
 早く何かよいものを返さねばとばかり願う。
「ねえ半年たったね。まだ寝ても飽きないって、君はもしかして僕が好きなの?」
「そう言われると分からねえ・・・・・・心底いやだったら抱くなんてできねえよ、俺は器用じゃねえんだ」
「・・・・・・身体が好きとか?」
「それは違う。お前は反応が悪いし、大きくて抱き寄せるのも一苦労だ。つまり身体はイマイチで開発の余地がまだ・・・・・・」
 プロイセンのまつげが抜ける。にこにこしたロシアの額に青筋が立っている。
「これでも・・・・・・頑張って反応してるもん」
「え・・・・・・じゃあ、今までの演技なのかよ!?」
「嘘じゃないよ、ただそのあんまり声抑えると君がつまらなかったのかって物凄く落ち込んでるから」
「や、やっと……反応するようになったと思ったのに」
「・・・・・・恥ずかしいから声出すのを我慢してたんだよ! ああもう、言わせないで!」
 あの日からなにかと優しいプロイセンにロシアは何か返したい。けれどなにも思いつかないから身体を差しだそうとしたが、気に入っていないならやめておこう。


半年前のこと。
 先の見えない仕事三昧の夕暮れ。ロシアがソファで休んでいた時にプロイセンがやってきた。書類の山を持っている。見るのもイヤでそこに置いといてと指で示すとまたソファに沈む。
「また疲れてんのか、宗主国さまはよ」
「ちょっと休んでるだけだよ、オスト」
 その名前をプロイセンは嫌がる。案の定睨んでくるが、嫌がる名前を先に言ったのはそっちだ。
「ちったあ休め、かえって効率が悪いぞ」
「君って昔から意地悪だよね、この時期に休めるわけないでしょ。乱暴で考えなしで変わらない。あの頃だって僕は・・・・・・」
 君と友達になりたかったと言いかけて口を噤む。友達どころか今は家族だ。願いは叶った・・・・・・はず、寂しさなんか感じるわけがない。
(あり得ないよ、みんなが傍にいて今が一番僕は暖かいんだ)
 みんな一緒なのに一人だなんて、嘘だ。この大きな家は自分の幸せのはずで・・・・・・そうでなければならない。
「おい、目の下にクマできてんぞ」
「え、どこ?」
 ほらと指を指されて見えるはずのない目元に思わず目をやった。そしてどさっと書類の山が落ちる音と唇に固く冷たい感触。
 キスをされていた。押し倒された背中がソファが沈んでいく。挨拶の触れるものではなく、首に腕を回されてどんどん口づけが深くなっていくことに身体が怯えた。
「やめ、やめて・・・・・・どうしたの?」
 こんなプロイセンは知らない。からかいで恋愛じみた真似をするには真面目すぎる性格だったはず。正気に返って腹に膝蹴りを入れて、やっと息ができた。
「・・・・・・い、一体、何の真似?」
「いってぇ・・・・・・え?」
 その反応はなんなのだ。自分の手とロシアを何度を見比べるプロイセンからすす・・・・・・と距離をとる。精一杯強がって冷静ぶってるのに今やっと何をしたか気がついたフリなんかしないでほしい。
「ぷ、ぷぷ、プロイセンらしくないよ! まるでフランスくんみたいなことして! 似合わないしうまくいかないし、ちっとも気持ちよくなかったから!」
 まずい、余計なことを言っている気がする。
「え、いや、だから、お前が下向いたら、目の辺りが雪が降ったみたいだなって・・・・・・え、え?」
 淡い金色まつげに光が当たって新雪のように綺麗だと思った後、一切記憶がない。それがプロイセンの真相だった。強いて言えばもっと触れていたかったという記憶が・・・・・・徐々に鮮明に顔一杯に広がったロシアの顔が戸惑いと怯えに染まって、もっと違う色に染めてみたいと思った瞬間腹に膝蹴りが入っていた。よかった、あのままならおそらく・・・・・・。
「ふぅん・・・・・・なあんだ、今の君って飢えてるんだね」
「は?」
 安心と苦笑の滲んだ声に嫌な予感がした。
「誰でもよかったんでしょ、僕に襲いかかるくらい欲求不満だったんだ」
「・・・・・・本気で言ってるのか」
 昔から放っておけないロシアのことを気にしていた。確かに考えが読めなくて苦手だが、気まぐれの慰みで傷つけていいと考えたことはない。告げる気はないが、ひまわりを持って笑っている姿はずっとそのままでいてほしい。
 最悪に腹が立つとかえって無言になった。だから酷くらしくないことを考えついたのだと思う。
「・・・・・・じゃあ、お前が欲求を解消してくれよ」
「何言ってるの、そういうのは夜の街でも行って処理してきてよ」
 処理ときたか。冷酷と見るべきか、疲れて果てたと見るべきか・・・・・・プロイセンは後者をとった。
「宗主国さまで家族なんだろ、助け合うもんじゃないのか?」
「それとこれとは、別でしょ・・・・・・それに僕はそう言うのは全然知らないし」
 廊下へ向かうために立ち上がるロシアを強引に引き戻した。
「大したことは望んでない、時々二人きりで過ごして、一緒に眠るだけだ。家族なら自然だろう?」
「僕は・・・・・・」
 プロイセンは思っていた。ロシアはもうボロボロだ。疲れ果てて、そのくせ誰も何もできない。大きな家に大好きな者たちを集めてかえって独りになってしまった。
「なあ俺、色々疲れちまった・・・・・・家族ならこういう時一緒に寝て慰め合うもんじゃねえか?」
 疲れているならなら自分の腕で休めばいい。・・・・・・いつまで優しい顔だけを向けられるかは自信がないが、あまり泣けないようだから泣かせてやるのも悪くはないか。
 きっと疲れていた。この道で本当に正しいのか、やってきたことは間違いでなかったのか。考えることに疲れていた。
だからすがってしまった。
「・・・・・・こんな僕の家族でよければ」
 その安易な寂しさが泥沼の始まりだった。


(あんな事言うべきじゃなかった……と思わせろよ、このシロクマ)
 ロシアはデカイくせにかわいい、そして自覚がないくせに誘惑が得意だ。不安と親しみの混じる表情が無自覚とは罪だ。背が高いくせにベッドに寝転がってじっと下から見上げてくる。
「どうせこんなもの慰めだもん。君はもっと気持ちいいこと見つけたらそっち行っちゃうんでしょ。・・・・・・でも僕は一緒にいて安心するからそれでいいや」
 枕から顔を離してロシアはプロイセンの腕を捕まえた。そのまま頭を肩にすり寄せる。ふわふわした髪が頬に当たって意識をそらすのに苦労する。
「そういうこと無意識でするから、こっちも当初の予定が狂うんだろうが・・・・・・」
「なにか言った?」
 別に、となぜかプロイセンは口元を隠して顔を逸らした。そのまま黙っているのでロシアも焦れてくる。
「ねえ身体は好きじゃないんでしょ、一体僕のどこが・・・・・・」
「お前こそ、俺のこと少しは好きなのかよ?」
「え?」
 拗ねたような声に真っ白になる。好き。家族だから好きに決まってる。けれど家族というには夜を重ねすぎた。
「家族ってお前は言うけど、普通家族は選べないんだからな・・・・・・その夫婦とか、自分で選べるやつもいるけど」
 言っていることは正しい。自分の意志で選べる家族は伴侶だけだ、最初は提案に乗っただけの関係にそんなもの関係ないはずだけど。
「・・・・・・僕は国だから関係ないもん」
「・・・・・・俺が嫌いなら、そう言え」
「違うよ!」
 ロシアに好きなところなどない。好きになるまいとしているしている部分が増えているだけだ。
「昔からドイツ騎士団くんと友達になりたかった、君は元気でよくしゃべる子で・・・・・・こうして理由がなくても一緒にいられて、花まで作ってくれたじゃない」
「もし俺じゃなくて、誰かが傍にいたらそっちがいいか? なら遠慮なく言え、俺は最初から疲れたから慰めあおうぜって言っただけだ」
 プロイセンは後悔していた。ただぼろぼろに疲れているロシアと身体を触れ合わせれば、凍った何かを溶かせるかという思いつきがこんな不安定な場所まで連れてきてしまった。ただ平然と自分の親愛を踏みにじられたと無茶を言った報いだ。・・・・・・もう一歩踏み出せば帰ってこれないところでずっと足踏みしている。お預けよりもずっと辛い感情封鎖。
(せっかく作ったもう一つの花も見せづらい)
 眠っている姿に似ていると思って、気まぐれに作ってみた。最初は失敗して、たくさん資材を無駄にした。けれど月明かりの下で眠っている姿があまりに図鑑でみた美しい姿に似ていたから。
「本音を言えよ・・・・・・俺じゃなくてもいいんだろう」
 意地悪だ。こんな関係を言い出したのはロシアではないのに。
「僕は離れたくないんだ、君と、みんなともずっと一緒にいたい」
「・・・・・・」
 ぎゅっと雪だるまに似た感触に抱きしめられる。肩に埋まった高い鼻がすんと呼吸した。
「でもどんどん離れていく気がする、最近ずっとそうだ。僕がどんなに願っても無駄な気がする。君もきっといつか・・・・・・今は僕はその日が来ないように努力することしか考えられないんだ」
「・・・・・・ロシア」
 ロシアの身体に手を回すと痩せていた。毎週身体を見てきたのだから、どんどん必要な肉が落ちていくことを知っていた。
 歴史は勝者のものだ。どんなに努力しても無理なものは無理だ・・・・・・けれどこんな風に「いやだ、まけたくない、からだがいたい」と苦しんでやせ細っていく姿を見るのは想像以上に辛かった。
「君も本当の弟のところに帰りたいんでしょ? この家の家族は偽物でうんざりしてて、さっさと出ていきたいんだ。みんなもきっとそうだ・・・・・・だから君はこんな慰めが必要なんでしょ?」
「その辛さをお前と癒してるんじゃねえ……俺はただお前があの時雪みたいで、とても疲れてたから」
 出口がなかった。出口がないことを確信して進むことが一層心を疲弊させた。時代もこの関係も。
 もっと簡単なはずだった。ただお互い寒くない夜が週に一度あれば、そんなものが日々の支えになると願っただけだ。
「・・・・・・僕を恨んでないの?」
「・・・・・・さあな」
 あの頃の上司ほどではないとは確信しているが、正直複雑だ。不意に目覚めた夜に一人であることにがっかりすることは複雑どころではない。
「君と一緒に眠って目が覚めたらお話すること楽しいよ・・・・・・でも君が言うとおり、かまわれて嬉しいだけかもしれない。ちゃんと好きだなんて自信がない。僕は君のこと家族って言いながら、君のこと全然知らないんだなあっていつもしてる時思うよ」
 純朴な顔で「してる」とさらっという。大事な話をしているのに思考が横にそれてしまう。
「どんなに本心で憎まれていても誰とも離れたくないよ・・・・・・でももう」
「これ、やるから持ってろ」
 ロシアの手に白い美しい偽物の花が差し出された。見事な細工であでやかな花や葉や茎も見事に再現されている。
「これって月下美人? 南の方の花」
「知ってんのかよ・・・・・・それ、お前に似てるからやる」
「ええ、似てないよ?」
「似てるだろ、白くてでっかくて目立つ」
 花はきれいだった。ひまわりでなくても南の花は好きだ。けれど似てはいない。
「せっかくだけど、いらない・・・・・・だってそれ一晩だけ咲いてすぐ枯れちゃう花でしょ。ロマンチックな花だよね、一年に一度だけ咲いて、しかも満月か新月の夜だけなんだ」
「それは俗説だ。環境によっては年に数回咲く、月はあまり関係ないぞ。咲くのは確かに一晩だけだが」
「僕は一瞬だけ華やかな花は・・・・・・あんまり好きじゃない。全てが束の間の夢みたいで」
「花の性質はともかく……咲いた姿が似てんだよ、いいじゃねーかそれだけで」
 手のひらで月下美人の造花をいじる。25センチはある、大きな花はこの世の盛りのように咲き誇っていた。今の自分とは大違いだ。
「それは造花だからずっとそのままだろ、いいから持ってろ・・・・・・うん、持ってるとやっぱそっくりだな」
「プロイセンくん、絶対審美眼おかしいよ」
「いいか、その花は一年に数回だけ一晩咲く。つまりちゃんと世話を続ければ毎年咲くんだ。一年に一度その日が来ることを楽しめる、冬に耐えることに慣れたお前向けだ」
「ロシアじゃ、こんな南の花は育たない」
「だから造花だって・・・・・・いいから受け取れ、いいかげん落ち込む」
「・・・・・・やっぱりもらってばっかり」
 なにがだと反論する前にロシアからキスが降ってきた。プロイセンのあちこちがまずい状態になる前に触れるだけのキスは離れた。
「白くて目立つってどっちかっていうと君だと思うけど・・・・・・あのね、約束していい?」
 幼い頃のようなはにかみ屋の少年の声音が耳元でささやく。
「僕はなにをしてもこのみんなのおうちを守るつもりなんだ。例え僕が死んだっていい。・・・・・・でも君に何一つ返せなかったら、きっと死ぬとき後悔する」
 頬にキスをしながら不吉なことをいう。その言葉を打ち消したいのに言葉が見つからない。やっと掴んだ手首は前より細くなっていた。
「だからね、いつか君にこのお花を僕からあげるよ。僕は器用じゃないから、頑張って働いて買う。一つでも君に何かお返ししてから、僕は安心して心残りなく……」
「いらねえ」
 心から笑っていた顔が曇る。
「どうして……花をくれたから贈るって言っただけだよ? そんなに、僕が嫌いなの?」
「そんなこと言うお前は嫌いだ……一生心残りを持ってろ」
・・・・・・なにが返すだ。なにもロシアからは与えていないように。
「俺は贈り物はやっても貰わない主義なんだ」
「君はこの花が好きじゃないの?」
「それが好きじゃなくて、それがお前に」
 似ているからと喉元で止まった。
(人のことはいえない、俺だっていつ消えるか分からないんだ)
 東ドイツのことも結局自分とは実感がつかめない。さらにこの国際情勢ではオストの先は分からない。革命の時と零したロシアの首の包帯がちらりと覗く。今度こそ死を覚悟している国としての感情は分かる・・・・・・けれどその言葉を受け入れることはできない。
 しゅんとしているロシアにそっと寄り添う。手を重ねると自分も暖かいのだと分かった。今は二人とも生きている。
「月下美人をくれるなら、一緒に育てよう。それなら受け取ってやる。ロシアでもドイツでも寒いな、もっと南に小さな土地でも見つけて育てよう・・・・・・本当に一年に一度とか、満月の夜にだけ咲くか試してみようぜ」
「それじゃ贈り物にならないよ、僕は君になにかお返ししたんだよ」
「お前からは色々もらってるから、返さなくていい」
「何言ってるの、僕は何も渡してないって」
「あーもー! 俺様が貰ってるって言ったら貰ってるんだよ!」
 その後もつまらない口喧嘩をした。ああでもない、こうでもない。もう月が傾き初めているのに、眠って明日に備えなければいけないのに。
……ずっとこの時間が続けばいいと罪なことを願う。
「あのなロシア」
「うん、なあに?」
「死ぬなとは言わねえ・・・・・・でも俺はお前に死なないで欲しい」
 目を丸くして黙ってしまった。けれどしばらくすると返事が返ってきた。
「がんばるよ・・・・・・だから君も死なないで欲しい」
 結局、二人ともうんとは言えなかった。
「月の光に似てるところは好きだ」
「なにそれ?」
「お前が好きなところを言えって言ったんだろ」
月の下の美しい人……口になど出せはしないが。
「何言ってるの、僕はあそこに行きたかったんだよ。似てなんて……」
「だーかーらー! 否定から入るな!」
 こうして中途半端な二人は友にも愛にも踏み切れず、その夜も優しい泥沼に浸かっているだけだった。けれど、真っ当ではなくても、それでも月下は暖かかった。


 月下美人②・・・・・・一晩で枯れる大輪の花というせいか、俗説が多い。環境次第では一年に一度も咲かず、逆に数回花を咲かせることもある。月はさして影響しない。熱帯雨林出身のサボテン科。生で食べると甘みがあり、薬にもなる。
 花言葉は「秘めた情熱」、「儚い美」、「儚い恋」、「強い意志」。

 たんぽぽ・・・・・・綿毛が空を舞うことから古代から占いに用いられた。花言葉は「愛の信託」「神のお告げ」「別離」。

                       おわり




あとがき

お久しぶりです。インテでご無沙汰してました。

 月下美人はぱっと見たときに「あ、ロシアさんに似てるな、白くて目立つ」と思った。ひまわりはロシアさんが好きなのであって、似ているとはそんなに思わないかな。
 英語ではクイーンオブナイト(夜の女王)で月下美人は昭和天皇がつけた日本の呼び名ですね。

 プロイセン君はなんだろうなあ、白くてしゅっとしてるというと百合を浮かべるけどちょっと野生が足りないかなあ。

 私の書くロシアさんは基本的に「自分は性的な目で見られることはない(威圧感があるから)」と考えていて無防備なので、基本的に相手に怒られます(怒り方はそれぞれですが・・・・・・)。


2018/09/01