いつもいつも文句が絶えない間柄。
顔を合わせれば茶化しあって、罵ったり殴りあったり、時には憎んだり、それが当たり前。
でもそこには別の意味だってあった・・・・・・のかもしれない。
【 神様、ちょっと意味が分からないです 】
ちょっと調子外れな歌声がロンドン郊外の一軒家の前で奏でられていた。歌の主はちょっと酔っているらしい。
「ああ~ロンドンはいつも陰気だな~♪あの金色毛虫~♪」
ブロンドを優雅に揺らしてフランスは草原の小道を歌って歩いていた。初夏の平原が月光を受けて美しい、まったくとんでもない忘れ物野郎にはもったいない風景だ。
会議の帰りに面倒なことさせやがってとイギリスの忘れた封筒を宙で軽く放る。問題なくキャッチに成功。
よしよしもう酔ってない、あの眉毛野郎が今日はさっさと会議から帰ったおかげだ。
それはよかったのに忘れ物をしたので届け物をする羽目になった。しかもフランスとのあれこれに関する大切な書類を封筒丸ごとだ。せっかくあいつに絡まれずゆっくりすごそうとしたというのに!とスーツと革靴をぴょんぴょんと弾ませる。
「そんなんだから(笑)の孤立とか言われたんだぞ~♪ざまあ~♪」
それでも気分が悪くないのはこの風景がきれいだからだろう。
左には月と星、右にはなだらかな平原を若草色が視界を彩っている。イギリスの初夏は美しい、冬はあれだけど。美しいレディが隣じゃないのは残念だけど、美しい月と散歩というのもたまにはいい。
失礼なことを考えながらもイギリスの住む一軒家に着く。家主が古いものが好きなだけに結構ヴィクトリア調なその家の外観は、結構好きだ。言いはしないが。
やれやれやっと着いたと酔っぱらいの割に美しいステップで絵に描いたような庭の入り口を開く。時代がかった鉄製の蔦を模したものだった。手入れをしているのだろう、軋んだ音一つしない。
「忘れモンいい加減にしろよ~てめ~♪しかも俺との規約の書類じゃないの~♪ふざけんな~♪」
腕の中の封筒を弄びながら、邸宅の門を開く。バラのアーチが香りとともに迎えてくれる様にそうか今が旬かと心地よく酔いが醒める。庭の趣味だけは認めてやってもいい、うちには負けるけどな!
「てめ~ちょっとは元ヤン気質隠せよ~♪庭の土隠してるくらいには~♪・・・・・・ってうわあ」
思わず歌が止まる、ネクタイと鞄が玄関前に転がっている。ていうかドアが開きっぱなしだ。この辺は治安がいいとはいえ、それでいいのかお前。
足を一歩引くと丸くて堅い感触がする。足下には予想通り酒瓶、無論一つではなく三つ転がっていた。しかもフランス製のワイン・・・・・・飲むならもっと大切に扱え。
「そのまま帰って家で飲んでひっくりかえってんかよ、おいいい・・・・・・起きてるだろうな?寝てるんじゃないだろうな・・・・・・ぽいなー、あーあ」
その場合はどうするか、と思ったがそれなら勝手知ったる他人の家だ。二階の書斎の引き出しにでも入れで置いて後で電話すればいいだろう。さすがに酔いが醒めれば重要書類を無碍に扱ったリはしまい。
ので、開きっぱなしのドアを閉めて家に侵入する。今度は靴と上着が放り出されていた。自分も脱ぐのは好きだがあの野郎片づけろよ・・・と思わず拾ってしまうのは腐れ縁の習慣だろうか。世話焼きのお兄さんも楽じゃあない。
「そのへんで全裸で転がってんの?面倒くさいなあ、坊ちゃんは」
上着を片手にダメ元で呼んでみる。軽く深呼吸。さて、
「おーい!いーぎーりーすー!
いるかー?起きてるかー?」
家に響くように大声で呼ぶ。返事はない、しかし代わりに頭をぶつけたような音がした。リビングからだ、そこの机の下にでも寝てて声に反応して頭でもぶつけたのかもしれない。
「いたいた・・・・・・こりゃ寝てんな、ああやっぱり・・・・・・あーあ、お前今回はまた盛大に潰れてんのね」
玄関からリビングの廊下まで上着、ネクタイ、ネクタイピン、靴下が脱ぎ散らかた服を回収しながらリビングに着くと予想通りの光景が転がっていた。
リビングのソファまであと一歩のところで金髪の青年が幸せそうに寝こけていた。
家主の姿に安心して、側のソファに拾った衣服を置く。不思議な体勢で捻れている隣国を封筒の先でつついてみる、反応なし。
「おーい、起きろよ。忘れモンだぞ?」
「・・・・・・うー?」
「起きないとケツ揉むぞ、おーい」
「・・・・・・ぐー」
爆睡している、二階に行こうかと迷うがこんな平和な隣国は久々に見るので観察する。
千年前から寝顔だけは変わらないイギリスは不幸中の幸いで酔いが早かったのか、全裸でなくシャツとズボンだけでひっくり返っている。よく寝ているようだ、もっとも今はほとんどうつ伏せで顔も見えないが。
「バーでひっくり返ってるでないだけマシかもしんないけど、どんだけ家で飲んだのよ坊ちゃん?」
「・・・・・・ん、ばかあ・・・・・・ぐう」
「寝てるときまで罵んなって、脱がすぞ?」
さすがに俯けのままだと目の前で吐かれそうなので、肩を掴んで仰向けに転がす。身長差があまりないのでちょっと重いが、新大陸の彼らならともかく彼くらいなら転がすくらいは何でもない。
ごろんと上向きにするとどんなひどい顔をしてると思いきや安らかな寝顔。とても直行で帰ったあとに脱ぎ散らかして家中のアルコールを飲んだようには見えない。
つんつんと頬をつついてみるとぴくりと反応して、ちょっとおもしろい。なんだか彼が幼い頃を思い出して、知らず笑みがこぼれた。
「あっはは、イギリスお前寝てると成長してないな~。この童顔~」
「うーん、うーん」
「全く、寝てるだけならもうちょっとどつきあわないですむってのに・・・・・・ほら起きろ、お前の忘れ物だ。うちとの規約忘れてんじゃねーよ、ほら」
「・・・・・・ん、フランス・・・・・・」
額にしわを寄せた姿に起きたのかと安堵しました。
「お、起きたか。ま、ソファくらいまでは引きずってやるから今後機密の書類を忘れるなよ~」
「・・・・・・」
「は?」
その時フランスは百年分は驚いた。
イギリスがポロポロと涙をこぼしていた。たまに見せる悔し涙ではなく、ただ子供のように無警戒に泣いてる。
あまりに意外な展開にさすがにフランスは慌てた。
「ちょ、ぼ、坊ちゃん?寝ぼけてんの?」
「・・・・・・ん・・・・・・」
「おいマジで大丈夫か、イギリス?」
「・・・・・・ごめん・・・・・・フランス」
「はい・・・・・・?」
何をいってるんだこいつは?謝る、何をだ。
(わからない)
俺たちの間は色々ありすぎて分からないだろ、と寝顔に恨み言さえ感じる。
相変わらず寝ているイギリスが涙をこぼして、また口を開く。
「ごめん・・・・・・」
その時自分の感情がどうなったのか、フランスには分からなかった。殴ったり、憎んだり、妥協したり。そういう関係は二人には別にいつものことだ。
だから、らしくない金色毛虫に手を伸びていた。涙を拭うと自分でもいつからこんな声が出せるようになったのか理解できない柔らかく暖かな声音が漏れた。
「俺は怒ってないぞ、イギリス」
額を撫でる。そのまま頭も撫でてやる。その手が彼に触れることが酷く久しぶりな気がして、ふいと手が離れる。・・・・・・自分の行動に、言ったことに自分で呆然としてした。
(なんだこれ)
こんなのいつも俺じゃない、いつもの俺とこいつじゃない。
感じたのは、強烈な違和感とさっきまでの余りに自然な行動。落差に恐怖さえ感じた。
「ぶっ!?・・・・・・いってぇ?・・・・・・なんだ?」
「・・・・・・」
なのでフランスはイギリスを持っていた封筒でおもいっきり叩いた。この空気を壊してくれるように、いつもに戻れるように期待してばしばしと何度も。
(起きろよ、起きてこの空気を壊せ)
「・・・・・・はっ?・・・?・・・あ、てめワイン野郎!?どうしてうちに?・・・・・・いてててて!てめ、何しやがる!?やめやがれ!この髭野郎×××されてえか!」
「・・・・・・」
ほら、いつも通りの口汚いイギリスだ。だからフランスはさっきのほわりとした感情はすぐ消えると予想した。
「変なもんで叩いてんじゃねえ!喧嘩売ってんのかこらあ!上等だ表出やがれ!なんだこれ・・・・・・俺の封筒?あれ・・・なんでてめえが」
「・・・・・・」
それなのに、さっきと変わらない気持ちだった。目の前のイギリスはいつも通りなのに、見知らぬ人物に出会ったような不思議な感覚。
声がうまくでない、そんなことこの千年間で初めてだった。
(なんだこれ)
気分が良くない、はやくいつもに戻りたい。
「・・・・・・あたまいって~、くそが。飲み過ぎたな・・・・・・んで、なんでてめえが俺んちいるんだよ?」
イギリスはフランスの期待通りにとってもいつも通りだ。その姿に自分のさっきまでの感情が泡の様に消えることを期待した。していた、なのに。
消えない感覚に、押しつけた封筒を指さすことしかできない。
「忘れ物」
「は?なにが?」
「忘れ物」
「って・・・・・・げ、これ俺の書類じゃねーか、やっべー」
子供みたいに同じ言葉をつなぐ自分が、自分でないみたいだ。戦場でさえ口はもっとうまく回るのに。
「あーこれおまえんとこの書類か、う・・・わ、わるかっ・・・まあ忘れ物を届けたことに免じて今日は不法侵入は勘弁してやる!
そうだ、全部俺のためなんだからな!ま、まあ礼に茶くらいは・・・・・・フランス?」
「帰る」
「え、お、おい?」
「帰る」
千年前からそうすることが決まっていたように足取りは自然だ。
一方的なさよならだった。銀色の月の明かりの中、引き留めるイギリスに背を向けてフランスはその家から走り去った。
「何なんだ、あいつ・・・・・・?」
封筒を抱えたイギリスは、当然訳が分からない。隣国の様子になんとか起き上がったが酔いの頭痛で追うことは叶わなかった。
銀色の月の平野で重々しい足取りで歩く。
はやくロンドンの中心街に帰りたい、ざわざわした町並みが恋しい。いや徹夜していいから、さっさと海峡を越えてパリに戻りたい。
「・・・・・・何やってたんだ、俺?」
自分でも全く分からない。なんであんなことをしたのか、自分でも理解できない。
しかし歩くとさっきの一つ一つの自分の行動が思い起こされて、足早になる。
「ちょっとなんだったのあれ!?なにあれ!?眉毛が寝てて俺がちょっとつついただけじゃない!
つつくくらい何度かやったよそんなん、なのになんであんな乙女行動してんの俺ぇぇぇー!?なにこの変な気分!サタンまじ去って!」
だってあれ、思い返せば恥ずかしい。
「・・・・・・落ち着け、俺、あれはなんか色々珍しかっただけだ。あいつが酔っぱらってるのに絡まれてないのが珍しいだけで・・・・・・俺いつもそんな絡まれてんの!?いつもなにやってんの?
・・・・・・いや落ち着け、俺は世界のお兄さん、たとえ海賊眉毛でもごろごろしてるとちょっかいだしたいだけだ!そう!それだけ・・・・・・口が、きけなかったのだって、俺が口もきけなかった?・・・・・・えっと・・・・・・いやああああああああ!?助けて神様ああああああ!」
足早どころか全力疾走でロンドンへ突っ走る。満月だけがその様子をなんだあれ、と眺めていた。
いつもいつも文句が絶えない間柄。
顔を合わせれば茶化しあって、罵ったり殴りあったり、時には憎んだり、それが当たり前。
でもそこには別の意味だってあった・・・・・・のかもしれない。
いや、でも、やっぱないって!ないないない!
(終わるような続くような)
おまけ
「うー、気持ちわり・・・・・・なんだったんだあの髭野郎?なんだってんだ?・・・・・・まあ後でいっか。
あーそれより飲み過ぎだ。・・・・・・しかし、変な夢見たな、あのワイン割っちまったのは悪かったな。あいつのコレクションのヴィンテージだったし・・・・・・って昔の夢かよ。
ワインなんて飲むから思い出しちまったのか・・・・・・あー、起きたら片づけねーと・・・・・・ぐう」
>>
そんだけの真相。
謝罪は酒に対してでした(え)。
あとがき
あれおかしいな、べいえいかいてたはずなのに・・・(驚愕)。
そういえば子供のころちょっとイギリスにいたのですが、イギリスの春~夏は本当にきれいです。そんなことを思い出して冒頭書いてた気がします、平原がいっぱいで幼心に驚いたような。初夏はバラがきれいなので、観光の時期におすすめ。
でも冬には!頼むから観光は冬にはいかないでやってください!日頃はもっときれいな国なんです!うわああああ!(大げさ)
2014ー12ー14