~フランスお兄さん体調悪化のため、上空カメラ視点からお送りします~
イギリスは呆然としていた。勝手なことばかりして逃げていた隣人を捕まえたら、えらく真顔で横っ面をひっぱたかれた。視界が一瞬吹っ飛んだ上にひりひり痛い。理不尽だし、なにがなんだか分からない。
「な・・・・・・何が馬鹿だ、何いきなりひっぱたいてくれてんだばかぁっ!」
右頬を腫らしたイギリスがびしりと指をさす。どうせ嫌味を言ってくるはずの、指先にいるフランスはーー数秒間イギリスをまともに見つめると口元を押さえて崩れ落ちた。どさという音とともに甲板にぽつぽつと血が数滴落ちる。
「え・・・・・・おい、どうした?」
彼の体格が崩れ落ちるにしてはとても軽い音でフランスはゴンドラに倒れた。しばらくは意識を保っていたのか、なんとか舟縁にしがみつこうとしたいたがあわてて駆け寄った存在がまずかった。
「この馬鹿なんだってんだ・・・・・・どうせ俺をまたおちょくろうとしてるんだろ!?」
「・・・・・・色々台無しだっての、この馬鹿イギリス」
「近寄るな」。そう言えばよかったのだろうか。そう言えなかったのは悪化する痛みのせいだったのか、心配されているからだったのか。結論はでないまま金色毛虫の慌て面が、白く霞み闇に落ちる。
「フランス・・・・・・おい?」
「フランス兄ちゃんっ!」
イタリアの悲鳴の瞬間、イギリスを半径三メートル以内でばっちり見てしまったフランスは今度こそ船にもたれて意識を失った。しかし、イギリスはまさか自分が彼の吐血の原因でカタストロフ級の苦悩の種になっているとは気がつくはずもない。
口では色々言っているが根は面倒見のいいイギリスは「突然体調の悪化した」ように見えるフランスを助け起こそうと近づく。だがあと一メートルの位置で妨害が入った。ひゅっと空気を斬る音に反射神経が身を捻る。甲板をたたく硬い音にイギリスは短い悲鳴を吐いて、抗議の声を上げる。
「イタリア、なにすんだ!危ないだろ!」
「・・・・・・イギリス待って!」
前方をふさぐゴンドラのオールの持ち主をイギリスが睨むとイタリアは凶暴なグリーンアイに腰が引けた。とっさの判断できたのは今は彼らを近づけない方がいいということだけ、だからイギリスの脇を抜けて一本の頼りないオール一本で遮った。しかしその先は考えていない。
「はあ?何言ってんだ、倒れてるんだぞ・・・・・・べ、別にあいつがどうなろうと知ったことじゃないが、こうーー俺的にこの状況の意味が分からないというか、貿易収支とかもろもろの関係で、別にあのヒゲの為なんかじゃないからな!」
「・・・・・・」
しかし、このままでは普通に押し退けられる。幸いイギリスは誰に言っているのか分からない言い訳を始めたのでイタリアは考える時間があった。
ヴェネチアの風が頬に触れ、昔の海の記憶を掘り起こす。相手が自分より強いときはどうすればいいんだっけ?ーー十秒後、イタリアはありったけの声をあげて前方のゴンドラの操守を呼んだ。
「・・・・・・以上の話の結論はな!つまりはだな、これは全て俺のためだから勘違いすんなよ・・・・・・ってお前どこからメガホンを?」
「ドイツードイツー!助けてー!」
「な、なにやってるんだお前等ー!?」
「クラウツの野郎がなんだって?・・・・・・あれ、なんであいつらまでお前の家にいるんだ?」
イタリアの結論としては、対抗できる助けを呼ばなければということだった。遠いのにはっきり聞こえる声が頼もしい。ここは人払いをしてあるから水路に彼の船を妨げる邪魔はない、イタリアはドイツの舟漕ぎ腕を一番知っている(何しろ師匠だ)。少し待ちこたえれば彼は絶対来てくれる。
なので、イタリアは決死の覚悟でようやく不思議そうに前方のゴンドラを見ているイギリスを制止した。
「イギリス、だめだよ!・・・・・・そ、そんな怖い顔しないでよ・・・・・・だめなのはだめ!フランス兄ちゃんは俺と話し中なの!アポイントなしはだめー!うわーんこわいよー!」
「てめマカロニ野郎、これどかせ!なんでお前まで・・・・・・つーかフランス、ヒゲ、このバカ野郎!なんで倒れてんだよ!?」
本人からも周囲からも、いっつも一緒だったフランスに突然寄るな触るなでいい加減傷ついたイギリスはフランスとの間に立ちふさがったオールを睨んだ。蹴飛ばされたそれで終わりだろう。イタリアは思案した、フランスは動けない、イギリスはさっきの怒りはひっこんで一応彼を助け起こそうとしている。
(理由を説明する?・・・・・・納得してくれない気がする)
なら、とオールを手元に戻す。妨害物がなくなったイギリスはほっとした。その隙にオールを強く一度漕ぎ、速度を速める。速度に足を取られたイギリスはたたらを踏んだ。
(もう一漕ぎ!)
さっきの漕ぎと三十度ズラしてオールを漕ぐと、イギリスもさすがに転んだ。とどめに水路の端の建物の壁をオールで思いっきり突けば、横への勢いで舟上の慣性はめちゃくちゃになった。
イギリスは舟に掴まり振り落とされないようしがみついた、その隙に舟首からイタリアは飛び降り、イギリスの横を船縁を蹴って抜け、ぐったりとしているフランスの側に行った。
(よかった、フランス兄ちゃんちょっと意識がある!)
ならなんとかなる、彼ならなんだかんだと助かってくれるだろう。伊達に長年彼を兄ちゃんと呼んでいない、なんとかならないときも何とかしてくれる!
最後に先ほどの二漕ぎでドイツの船との距離がかなり近くなっていることを確認して、イタリアは覚悟して計画を実行した。
「兄ちゃんごめんね!すぐに服脱いでね!」
「・・・・・・ふえ?」
なんだか間の抜けた声がした気がするが気にしない。その場に駆けつけるドイツもプロイセンも、当然イギリスも呆然としたーーイタリアは洒落たベルトを掴むとフランスを川へとつき落とした。
ぼちゃーん、ごぼごぼ・・・・・・という音と共に人影が半ば沈んでいく。三重に悲鳴が上がった。
「うわああああ!髭野郎なに沈んでんだあああ!?」
「なにやってるかイタリアああああ!・・・・・・おいフランス、沈むな!」
「ドイツ、プロイセン!フランス兄ちゃん連れて逃げてー!うわーんイギリスこわいいいいいい!」
「い、イタリアちゃんがなんだかかっこいい・・・!?」
「何言ってるんだ兄さん!じゃなくて兄貴!・・・・・・俺が側まで行くからフランスを引き上げてくれ」
「なんだこの胸の高鳴り・・・・・・イタリアちゃん・・・・・・ひっ、ヴェスト!?」
「また弟に説教されたいんですかあなたはー!フランスの髭が!欧州連合の危機が!」
「我が弟の危機!おーい、フランス!沈む前に服に空気ためろ!根性で泳げ!死んだら殺す!」
生真面目な悲鳴、無責任な応援だかアドバイス。なんだか色々と友達甲斐のない発言を聞いた気がするが、なんとかジャケットを捨てた。息も切れ切れながらフランスは沈まないことに成功した、引きあがる腕の感触を最後に意識は沈んだが。
「「・・・・・・よ、よかった~」」
フランスが助かった。ドイツとプロイセンに無事引き上げられている濡れネズミの伊達男の姿に並んで胸をなで下ろしているイギリスとイタリア。きゃっきゃと笑顔で手を取り合って喜んでいるとふと我に返ってイギリスは激高した。
「よかった、じゃねー!なんつーことすんだ、イタリア!」
「ひい!?わーん、イギリス怖いよおおお!」
「ふざけろ、怖いのはお前だっつーの!いくら髭でも下手すりゃ死ぬぞあれ!?」
「ごめんなさい!なんでもするからご飯だけはー!」
かみ合ってない二人にさらなる乱入者が混乱を運んできた。熟練したオール捌きが生む水しぶきと賑やかな二つの声が乱入する。イタリアはぱっと顔を明るくした。
「兄ちゃんー!来てくれたんだね!」
「ヴェネチアーノっ、無事かー!?さっき橋の上に立って仁王立ちした挙げ句川に飛び降りたすげえ馬鹿な不審者がそっちに・・・・・・い、イギリス野郎がいる!?なんで!?」
「誰が不審者で馬鹿だ、このマカロニ兄!」
「なんか、き、キレれてるし、こええ・・・・・・や、やっぱ帰る・・・・・・スペイン?」
「イタちゃん、助けにきたでっ!とうっ!」
引き返そうとしたロマーノだったが位置自体は、イタリアとロマーノの二つのゴンドラはほぼ真横。位置を好機と見た甲板を蹴ってロマーノのゴンドラから、イタリアのゴンドラにスペインが飛び移る。余裕があるのかないのか、くるりと宙で一回転するとすたりとイギリスの目の前にベルサーチのスーツ姿のスペインが立ちふさがった。
後ろから「お前も負けない馬鹿で不審者だこのやろー!」と子分の健気な声援(?)を聞き、スペインは堂々と胸を張った。イギリスの方は次々とでてくる妨害者たちにいい加減あきれていた。
「ふっ・・・・・・ここであったが百年目やな、イギリス」
「お前とは一週間前に会った気がするが」
「うっさいわ!これだからお前はノリが悪いんねん!・・・・・・まあええ、とにかくイタちゃんにお話したくば親分を倒していくんやな!」
「そいつが邪魔してくるだけで用ねえよ、俺が用があるのはあの挙動不審なフランスバカだけだ!」
「せ、せやな・・・・・・ごもっとも」
正論だけに弱い。しかし通すにはイタリアが必死の「ノー!ダメ絶対!フランス兄ちゃん会いたくない!」のサインを送ってくるのでスペインも弱い。
三秒ほど考えて、あーうーと姿勢をただし距離をとり始めたイギリスにスペインは思いついた台詞を浴びせてみた。
「じゃあ、非常に不本意ながら・・・・・・ふ、ふらんすにあいたくばおやぶんをたおしていくんやな!あいつはいのちにかえてもおれがまもるんやぁっ!」
「棒読みになるくらいならかばってんじゃねえよ、ばかあ!」
こっそり兄のゴンドラに移動しているイタリアには気がつかず、イギリスとスペインは同時に蹴りを繰り出した。そのまま三分間ほど手技足技の小競り合いをした。こんな風に普通に肉体言語をぶつけるのは久々だが、そこは海洋国家同士互いに水の上での格闘は慣れているので自然と決着が付かない。するとついつい口が滑る。
「あ、そうや!イギリスはフランスに今は会いに行ったらあかん理由思いついたで!」
「今思いついたって、口からでまかせの証明じゃねえか!」
足払いがかわされ、間接技をいなす。目つぶしに頭突きをかけるがさらりとよける。こんなスポーツのような喧嘩は久々で、スペインはだんだん楽しくなって言い訳を大盤振る舞いした。
「その1、イギリスがつまみ食いしたから!その2、十三日の金曜日やから!その3、コーヒー派と紅茶派はわかりあえへんから!どれがええ!?」
「お前、でまかせ隠す気ねえだろう!・・・・・・いい加減にしろ!」
「親分まじめやで?」
「どこがだよ!・・・・・・別に俺とあいつは仲良しこよしじゃない、あいつが俺をいやで避けるんなら好きにすりゃいい。でもなあ!いきなり無視されるわ呼び出されるわ、なんか大量に物まで寄越した挙げ句目の前でぶっ倒れられちゃ俺には訳が分かんなくて・・・・・・一貫性のかけらもなくてわかんねえ。だから理由を知りたくてなにが悪い!」
「・・・・・・うーん」
確かにイギリスが疑問に思うのももっともだ。数時間前パリで「フランスにとってイギリスは素直になりくいが、失いたくない相手なのは当然だ」と言った手前もある。別にフランスは彼が嫌いで逃げ回っているわけでもないし、本人から足止めをしてほしいと言われたわけではない。イタリアに合わせただけだ。
(もしかしたら、あっちも会いたいんやないか?)
フランスはイギリスがいつかいなくなるのが辛いだけだ、顔も見ない方が寂しいのではないだろうか。
スペインが迷い始めるとイギリスは動きを止め、防御の構えをとった。頭は冷えたようで、体は相手の動向をうかがっている。
今の欧州は共同体だ、今の個人的な喧嘩は国家の運営うんぬんとは関係ないが、それでも昔とは出方が自然と異なる。現代のイギリスもスペインも心と体は「今はそういう時代じゃない、まずは対話と根回しだ、争いは最終手段だ」とお互いの衝突は避ける。
スペインはもう一度三秒考えた。三秒考える、それで結論がでないなら、そもそも考える時期が早すぎる。そんな人生哲学で考える。
ーーフランスは、ここまでイギリスに会わないことを望んでいるのだろうか。あんなにいつか失うことの恐怖に囚われているのに?目の前にいた方が安心するのでは?
ーー「坊ちゃん、怒ってるだろうなあ・・・・・・仕様がないねえな、俺も」ーー
パリからヴェネチアへの電車の中で呟かれた言葉、パリから離れるときフランスはブリテン島の方角に目を凝らしていた。彼は遠ざかることが寂しく、そして。
「・・・・・・よし決めた、俺はお前は邪魔する!イギリスはフランスには今は会うな!」
「考えた結論はそれかよ・・・・・・は、俺もどいつもこいつにも嫌われたもんだな」
どこまで本気か分からないノリで全裸で人や国と接触したがりまくるフランスがあんな引き裂かれたような表情で別離の痛みに耐えるほど、イギリスの傍にいるのが辛いなら今はいい。それで十分、ただし今のいじけた表情だけは訂正しなければなるまい。
「そんなんとちゃうわ!あいつが会いたくないのはあいつがお前をだーい好きやからや!俺らはそれを別にいいんちゃう?っておもっとるんだけや!」
「だ、大好きだあっ!?な、ななな、何言ってんだてめえ!」
「うっさいわー!昔からメンタル強いのか弱いのかわからんやっちゃな!今からスペイン親分のフランスにあってはいけない二十の理由を話したるから有り難く聞きい!」
「だぁから!でまかせの証明のされた理由なんて聞くかあ!お前も少しは誤魔化せ、ばかあっ!」
再び甲板で二人は跳ね、蹴り、お互いに全てをかわした。小競り合いの最中に「チャイニーズ風水の関係で」「ヒゲが生え揃っていないから」「黒猫が横切ったから」とフランスに会うなという謎の理由をまくし立てられイギリスは余計に混乱した。
(一体、俺は何してんだ?そしてこいつらはなにをそんなに必死になってるんだ?)
単にあの髭男の行動が意味不明で追いかけてきただけなのに、どうしてどいつもこいつもそんなに必死にそれを邪魔するのか。理解できるわけもない混乱のイギリスは防戦一方になった。
その時になって、さらなる混乱の種が来襲した。
「はははー!かっこいい俺様の再降臨だ、褒めろ称えろー!」
「丁度いいわ!プーちゃん何発か盾になってーな!」
挙げ句引き返してきたプロイセンと狭い甲板で三つ巴をする羽目になった。
(こういうドつき合いはヒゲとだけ十分だっつーのに!)
そんな時代はずいぶん昔になった気もするが、とりあえずイギリスは隙を見せた方に頭突きをぶつけた。
ずいぶん寒くなった気がする。暑い日差しは遠ざかり、肌寒い。空も灰色になって・・・・・・これはエンジン音?
(ここはどこだ?)
そうして俺はようやく車の後部座席にいることに気がついた。後部座席で寝かされているのか、優しいことに毛布と枕にクマのぬいぐるみまである。・・・・・・子供か俺は。
「なあ・・・・・・ドイツ、だろう?」
「ん、起きたのか?ああ、俺だ」
ぬいぐるみをクッション代わりに起きあがると、周囲を見回す。丁寧に掃除された車内には俺とドイツだけだった。道理で静かなわけだ、目をこすり確認する。
「ここ、どこ?」
「もうすぐ俺の家への国境だ」
車窓からは冷たそうなドイツの曇り空が見える、ヴェネチアの陽光からずいぶん遠くまで来たものだ。彼を見なくても見なくても分かるのは長年の付き合い故か。
そして最後の記憶がよみがえる、イタリアがとても大切な話をしてくれていたのにイギリスの乱入で台無しになってしまった。あんなところまで追いかけてきて、らしくない・・・・・・変なイギリス。
「色々思い出してきた・・・・・・なんだよ、せっかく俺はイタリアと話の途中だったのに」
「イタリアがお前を逃がせといったんだ、あとで電話でもかけろ」
「へーい、国境ってことはオーストリアも越えちゃった?ていうかプロイセンはどこいったの?」
「兄さん、いや兄貴はイタリアたちの加勢だとかで、イギリスの足止めにいった。スペインとイギリスとで、最終的に二対一ということでなんとかなったらしい」
イギリスの名前を出されて飛び起きるとフォルクスワーゲン(多分)の天井に思いっきり額をぶつけて、また後部座席ベッドに逆戻りする羽目になった。クマのぬいぐるみを下敷きにしてしまい、慌ててよける。
「何それ、二対一!?イギリス無事!?」
「・・・・・・お前たちは仲がいいのか悪いのか分からんな。確かにイギリスとお前を巡っての争いだ。ちなみに兄貴はイギリスに川に落とされたらしい。まあその隙にスペインがタックルで一緒に川に落ちて決着が付いたらしいがな」
「俺のために争わないでって昔から言ってるのにー!・・・・・・はぁ、イギリスのバカが追っかけてきたばっかりに、あのバカ。だいたい高いところから現れるとかあいつホントバカ、ああもうバカ眉毛・・・・・・ばかあ」
「口調がにてきていないか?微妙に引っかかる台詞だが一応辻褄があうところが複雑だな、最終的にイタリア兄弟が無事に川から三人を救出。その後イタリアの自宅にイギリスは留まってもらっているそうだぞ」
写真だとスマートフォンを示されるとそこには明るい内装の家が写っていた。そこにびくびくしたイタリア兄弟(一応家の主)と頬の引っ張り合いをしているイギリスとスペイン(居候だが堂々としている)が写っている。手前のピースサインの陰らしきものはプロイセンの自撮り姿だろうか?
なんにせよ、みんな元気そうでよかった・・・・・・イギリスの頬に派手な手形がついている所についつい目がいってしまう。痛そうで俺まで痛くなってくる、主に頭が。ちょっとは心も、いや本当にちょっとだけ。
「ああ~、よかった。俺の美貌のせいで怪我人がでたかと思っちゃったじゃない」
「冗談が言えるようでなによりだ。フランス、お前は丸一日眠っていたし、その写真も十二時間も前のものだ」
「うっそお!?」
「嘘なものか、俺はそんなに車をとばしていないし、ここはもうスイスもオーストリアも越えた・・・・・・そう落ち込むな」
「一日って・・・・・・俺のイギリス拒否反応怖い」
「そうださっき家の近くに寄ったからオーストリアも見舞いに来ていたぞ、お前が抓ってもつついても起きないのでつまらんと言っていた」
「全然覚えてない、俺どんだけ深く眠ってたのよ」
「さっきまでお前の寝顔を間抜けだと言っていた」
「・・・・・・お前等ちょっとは病人をいたわれよ、ゲルマンズ~」
「なるほど英国病か」
「シャレにならないからやめて」
オーストリアから差し入れだと小箱を差し出される。あけてみるとザッハトルテが入っていた。見た感じ手作りっぽい。間抜け呼ばわりでそんなところばっかり優しいとは、彼らの優しさは形にしなけえればならないルールでもあるんだろうか。言葉の方が俺は嬉しいんだけどなあ。
素朴な再生紙の箱を有り難く受け取ると、俺はもう一度車窓の外を見た。曇りと美しい街道と地平線が一定のスピードで流れていく。眺めていればいつかはドイツ自慢の古城の一つでも見えるだろうか。
昔は訪ねていった城もたくさんある、この光景のどこかにそれのどれかが残っていないだろうか・・・・・・ふいに気が弱る。古いものも残るのはほんの一部だけ。全ては去っていく、いつか慣れ親しんだものたちは別れがある。
「なあドイツ、しょーもない昔話聞いてくれ」
「・・・・・・なんだ、あの後の詳細は次の停車予定地で説明するぞ」
「俺さ、昔イギリスが死んだの見たことあるんだ。もちろんすぐ生き返ったけどね」
ドイツの戸惑いが伝わる。突然の話で困らせている、しかし黙っていると黒が胸を侵しそうだ。彼の困惑に胸中で謝罪しつつ「でもさ」と痛みが苛む胸を押さえた。
「もちろん俺たちは大元である自国の土地の人々がいる限り死なない、人間に似ているせいか人間の致命傷っぽい傷を負うと仮死状態になるけど生き返る」
「ああ、そうだな」
「んでさ、俺とイギリスは襲われて、あいつに至っては撃ち殺されて、しばらくして病院で再会したんだ。最初は気まずかったよ、あいつはらしくなく俺をかばって死んだわけだしな」
「・・・・・・まあ、そうだろうな」
「でもさ、一番イヤだったのはさ」
目を閉じ、昔の情景を再生する。頭に包帯を巻いたイギリスが苦笑いをして紡いだ言葉に俺は賛同できなかったーー彼が正しいと知っていたのに。
「あいつ言ったんだ、撃たれて死んだのがイギリスでよかったって。俺たちなら撃たれても死なない、俺やあいつの家の、人間なら死んだその時点で取り返しがつかないって」
「・・・・・・あいつの言いそうなことだ」
俺も、とはドイツは言わなかった。その気持ちは「俺たち」ならみんなそう思うし、俺だって思う。
「分かるよ、撃たれて死なない、すぐ生き返れるなら、俺たちが撃たれた方がラッキーだってーーでもさ」
例え取り返しがつく死だったとしても、彼が冷たくなった瞬間の感情はなくなりはしなかった。
「でもさ、やっぱそういうのはやだよ。あいつが死んだ姿見た後に、撃たれたのが死なない俺らでラッキーだなんて思えない、賛同したくもなかった」
「それはイギリスが無神経なのではないか」
「あいつは撃たれた後だったの、悪口言わない」
「・・・・・・なぜだろう、酷く理不尽な目にあっている気がする」
小突くとドイツが心底不満そうで、その顔が若々しかった。彼は若い。生まれたときから赤子ではなく少年だったが、やはり俺からすれば若い。起きあがるとによによと彼の規律正しい運転を見つめた。
それが眩しく危うく、俺はなんだか彼をプロイセンがいつまでも子供扱いする気持ちが分かる気がした。しかしそういう子供扱いには敏感なのか、顔をしかめられる。
「なんだその目は」
「いや~、若いっていいなあ」
「今の会話が年齢差を示すとは思えんが」
「その反応も若い~・・・・・・あ、電話?」
ドイツの藍色のスマートフォンの通知LEDの白い光にどんな規則的な着信音が流れるかと思うと彼の家の有名なピアノソナタが流れた。意外なのだろうかと思案していると彼は律儀に誰もいないハイウェイできちんと停車してから電話を取った。
数言だけ電話の相手に話すと、ドイツは俺にそれを投げた。
「イタリアからお前に電話だ」
神話の福音のようにその声はもたらされた。さっきの話の続きか!?と心は慌てて、指先が丸みのある液晶を恐々と探り、耳に当てる。
(イタリアは言ってた、他の国の死への恐怖を克服したかなんだかって方法を!)
「イタリ・・・・・・!」
「ごめん、フランス兄ちゃん。イギリス脱走しちゃった」
俺の指から落ちたスマートフォンにドイツが「大切に扱え」と文句を言った。
続く
あとがき
ヨーロッパメンバーどたばた書いてて楽しいと思ったら、長くなったので切ります。イタリア最強伝説は割合初期のイタちゃんのイメージのまんまだったりします、先頭は弱くても結局ほかは強い、みたいな?ぅわ、ぃたりぁっぉぃ。次はドイツ編、いったいどこまで行くのやら。
福音=聖書でなんかおめでたいお知らせ的な意味のはず。
書いててフランスお兄さんと若い兵士さんのお話の「あなたは何者なんですか?」発言に「ほ、本当にこいつらなにものなんだろうね・・・・・・トップっぽい会議室にもいるし、下っ端ぽい最前線にもいるし・・・・・・どこにでもいるけどどこにもいないような」と思ったり。
ヘタリアのみんなの解釈は、私の個人的な印象です。きっと本体が国というあいまいな存在のさらに曖昧な九十九神とかなんかににているんだと思います(適当)。本体が国土国民文化で、あの姿はサブみたいな。ので
余談ですがゴンドラは六人乗りだとむっちゃ大きくて(十二メートル弱)重い(400キロくらい)ので、ゴンドリエーレは男性しかなれないそうです(女性もチャレンジしたけど、今はまだいない)。あとヴェネチアの言葉の言葉を使うので、基本ヴェネチア出身だとか。なので本来は体格的にはイタちゃんよりドイツの方がゴンドリエーレらしいのかも?なにが言いたいのかというと、六人乗りならイギリス落ちてきても転覆しないんじゃないかなーと(言い訳)。
2015/04/22