「もー、エリオットうるさいよ。君それでも末っ子なの?」
「はあ?兄弟は関係なだろう、いいからタイを直せ・・・ああもう!俺がやる!」
「いいよ、自分で出きるって。末っ子なのに世話好きすぎだよ」
「曲がってる!やっぱ貸せ!」
「いいってば!なんだよ君!なんで僕にそんなに構うのさ!」
まだ主従になってあまり日が経っていなかった日、なんで僕にそこまで構いたがるのかわからなかった。
そんな僕の返した言葉に帰ってきた君の顔は―――。
「・・・・・・あ」
頬が濡れている、寝起きの頭でもすぐに分かった。また夢を見て泣いてしまったのだ。
暖かい毛布に埋もれた手を掘り出して冷たい頬に伸ばすと結構派手に濡れていた、よくこんなにたくさんと呆れるような量の涙。
―――エリオットを失ったことへの涙。
何度繰り返したかはわからない、こんなところを見られたらまた従者が心配しうるさい。色々言ってベタベタしてくるだろう。
(―――エリオット―――)
夢の中で呼んだ、君の名前、君の声、君の生きている姿―――。
濡れた頬をもう一度触る、ひんやりしているが温かい。生きているもののぬくもり。
(君は死んだのに、まだ僕は生きている)
いっそ死んでしまいたかったのに、生きている。
生きてエリオットを思い出して、泣いている。生きているから。
君は死んでいるから、全てがない。
「・・・・・・ごめん、君はこんな風に思われるのは嫌だよね」
そう思ってでもいないと耐えられない、まだ生きていることに。死なずにいることに。
ここまで精神が持ち直すまで、だいぶ時間がかかったのだ。
また、暗闇の底に帰るわけにいかない。してはいけない。
僕は君を失って、それでも生きていくと決めたのだ。
それがきっと君も願うだろうと信じたから、僕は生きていく。
君がどこにもいなくて、僕はひとりでも、君の生きるはずだった時間の分も僕は―――
「・・・・・・?」
頬に温かいもの。また涙?・・・・・・違う。
ザラザラした者、プニプニした感触・・・・・・猫だった。
「は?なんで猫?」
それこそエリオットが好きそうな展開だ、起きて枕元で猫が頬を舐めてくれるなんて。
しかも、ここは僕以外は入れない僕の私室だ。窓もドアもちゃんと閉めている。
僕は思わずガバっと起き上がった、みぃという声がしてもう一度傍らを見るとプラチナブロンドの綺麗な子猫・・・・・本物だ。幻ではないらしい。
きちんと戸締りしているはずだから猫の子一匹入れるはずがないのだが・・・・・・まあいい、どうせヴィンセントのことだ。ぬいぐるみでも刻んでいて猫の子一匹には気がつかなかったんだろう。
しかし、されど猫、所詮猫でもある。害があるわけでもあるまい、と柔らかな毛に手を伸ばすと逃げられなかった。
「おいで」
できるだけ優しく呼んだ、人懐っこいのか猫は僕の指先に顔を寄せるとしばらく匂いを嗅いでペロペロと指を舐め始めた。こそばゆい。
「く、くすぐったいって」
笑いをこらえて猫の動きを見守る、まだ子猫のようだ。親とはぐれたのだろうか、この部屋に迷い込んで親とはぐれたとか・・・?少し暗い気持ちになる。
「ごめんね、うちの従者のせいでお前はひとりぼっちになったのかな」
わかるはずもない謝罪だった、しかし猫はその言葉に反応するかのように指先を舐めるのをやめて僕の方に近づいてきた。飽きたのだろうか?
朝の光を浴びて真っ白な猫の体が輝いた―――ああ、まるで、まるで君に少し似ているような―――
僕はその光に耐えられずに、猫の体を抱き上げて胸に抱きこんで隠した。
み、み、というかすかな声と確かなぬくもりが胸の上で動いていた。ああ、君も生きているんだね。
「・・・・・・ごめん、びっくりしたでしょ」
「・・・みぃ、みぃ」
「・・・・・・お前、家に住むかい?」
傾げた小首が可愛らしい、エリオットもこんな気持ちで猫を見つめていたのだろうか。
「み?」
「ここには僕と従者だけで住んでるんだ、その割には広い家だし…どうかな?」
思いつきの提案だったけど、思いのほか大きな返事がすぐに帰ってきた。可愛い声だ。
「みぃー!」
「君がはぐれちゃったお詫びにもならないけど、ヴィンセントのやつは懲らしめるから、ね?」
猫は返事の代わりなのか僕の頬を舐めた、ああさっきもここを舐めていたのだ。
塩味なのかな?と横目で見下ろすが、あまりに熱心なのでされるがままにしておく。
「あ・・・・・・」
青空を映したような綺麗なブルーの両眼が僕を見ていた。
その猫の目は君と同じ色だった。
神様、なんて僕には似合わない言葉だけど。
神様、こんな偶然ってあるんだね。
神様、せめて今度は最後まで守れるようにするよ。
白い猫は朝日を見上げていた、新しい出会いに感謝するようにじぃっと。
「ほら、おいで。従者に紹介するよ」
「みぃ」
鳴いた猫の声の向かう先は黒髪の少年が消えた扉。
足を向ける瞬間、聞こえる遠い日の声。
・・・・・・
「なんでって、そんなの決まってるだろ」
「決まってるって、なにが」
「お前が、俺の、たった一人の大事な従者だからだ」
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
(だから俺が一生守るんだ)
その一言は、本人には言わなかったけれど、伝えられなかったけれど。
後悔を振り切るように、小さな足取りは少年の足音を探して扉の向こうに消えた。
[ つづく ]
おまけ
「にゃーん!」
「というわけでヴィンセント、僕猫飼うから。世話はお前がやってね」
「・・・・・・は?」
「世話は任せたよ」
「ちょっと待ってください、なんですかこの猫」
「お前が孤独にさせた子だよ、罪なことするよね」
「は?・・・え?というか待ってくださいマスター、僕は正直猫が苦手で」
「やらないならクビね、お兄さんのところに帰って」
「・・・・・・やります」
「みぃ!」
やるといった従者に主人は舌打ちしたとかしなかったとか・・・・・・。
あとがき
なんだかパンドラも本気で終盤だなーと感じて、すべてが終わったあとにリーオが生きていくことを決めたら、です。
多分リーオは山奥で暮らしてるか、バスカヴィルを適当にあしらっているか、あたりです。適当。
エリオットを猫で出してみぃみぃリーオの周りをチョロチョロしていたらかわいいなあと思ったら意外とさくさく書けてよかったです。
きっとアヴィス的な力で念願のにゃんこになれたはずです(そっち?)。
ヴィンセントは明るくなったギルに嫌気がさしてリーオの従者を続けていますが、リーオは本当はお兄さんのとこに返してやりたいのです。
しかし一回お兄さんの家の前に捨ててきたら戻ってきてしまったのです。諦めながら、こっそりギルと文通してます。
たまにギルの「やさいぎらいげきたいれしぴ」を作って従者を泣かせるのが最近のマイブーム。
続けたら、こういうの楽しそうですね(´∀`)