なんの変哲もない、少し大きな封筒。宛先は変わり者の、でも大切な俺の従者。
それを見せたところで結果は変わらないはずなのに、どうして俺は隠れて燃やしてしまったのか。
「 その瞳に映る世界 @ 」
「わー、雪が降ってきたねー」
「本当か?・・・うわ、これは吹雪になるな」
さっきまで青い空が見えていたのに、いつの間にか馬車から見える空は濃い灰色で埋めつくされてまるで閉じ込められているようだった。
閉じ込められた空からその暗い色に見合わない花の様な白いものが一斉に降りてくる。馬車から見える景色も白が埋め尽くしそうな勢いで、風花は増えていく一方だった。
「これは到着したらそのまま別宅に閉じ込められるかもしれないな」
「そうかもね、まあ僕は君の別宅の地下室にこもってるから別にどっちでも構わないけど。あ、でも寒いのは嫌だな〜」
「お前な、いくら読書狂だからってあんな地下室で蝋燭の明かりだけで徹夜で本を読むのはやめろ。本が読みたければ部屋に運べばいいだろう、今年も風邪をひく気か」
「だって、気がつくともう全部読んじゃってるんだもん。
いちいち地下まで取りに行くのも面倒でしょ」
「あの時は春だったのに風邪をひいたのに、今回は冬だぞ。
しかもこの雪だ、今度したら怒るからな」
「え〜」
不満そうに視線を送ってくる長い前髪に遮られた顔を見た瞬間、不意にあの封筒のことを思い出してしまった・・・・・・別に大したことじゃない。
俺があれを焼いても焼かなくても、結果は同じだった。
リーオがあのことを知ったところで、俺がしたことを俺に頼むか、自分で破棄しに行っただろう。手間が省けただけだ・・・手間を省きたかっただけだ。それ以上の意味なんてない。
「エリオットももう大人なんだから、あまり堅いことばっかりい言うのやめなよ」
「それを行ったら同い年のお前ももう大人だろ、体調管理くらいしっかりやれ」
俺とリーオが向かっているのは3か月前に15歳の成人の儀を終えた俺が成人の記念にと貰った郊外のナイトレイの別宅だった場所だ。別宅といっても何年も掃除程度の管理しかしていない場所で、規模もさして大きくない。
ただ眠って過ごす以外あまりすることはない場所だと思っていたし、もともと貰ったと言っても形式的なものだったのであまり自分のものという意識はなかった。
しかし、学校が長期休暇に入ると家族との口論のもとになりがちなリーオが自宅に入れば部屋に篭りがちになってしまうので、家族と過ごしたあとはたまにリーオと残りの休暇を過ごすためにそこそこ使っていた。
最初は管理する近隣の村人以外は使用人もいないので、学校の寮にいるときのように気兼ねなく過ごせればいいと思っていたのだが、長い間使われていなかった別宅は意外にも地下に多くの書物が眠っていた。
それに予想通りあっさり目がくらんだリーオは地下室に夜も朝もなく篭もり、3日目には風邪をひいて残りの休暇はリーオの休養と看病に費やす羽目になった。
「もう看病しないからな、俺は」
「大丈夫風邪なんかもう引かないって、ちゃんと厚着していくから」
また地下で過ごすつもりらしい・・・ここで反論してものらりくらりとかわされるだけなので、あとで実力行使で防ごう。
・・・その前に、と俺は我ながらまずい気もするが結構慣れた手つきでリーオの腰に手を回した。一瞬だけリーオが固まるのを感じて、そのまま肩を寄せた。
暖かい体温、でもいつもより少し冷たい気がする。
「・・・・・・やっぱり寒くなってる、上着着ろ」
「エリオットも少し冷たい気がするよ、君も着なよ・・・」
言われて強く腰を抱き寄せて、両腕に閉じ込める。リーオは怒るわけではなく戸惑ったようだったが、抱き寄せた腕の片方でリーオの外套をとると肩にくるんでもう一度抱きしめた。さっきより少し暖かい。
リーオはしばらくは腕の中で身を任せてくれていたが、不意に身をはなすと「・・・冷えるよ」と外套の中に手招きした。応じて入るとリーオの体温の気配がした、と思えば今度は抱きつかれた。硬直するがなんとか外套を落とさないように掴む。
触れたぬくもりが心地良く、到着する前には離れないとと自分に言い聞かせる。握られた手を極力弱めに握り返す・・・返した時点でもう離せなくなりつつあるが。
リーオと俺が恋愛関係になって、ほぼ1年が経つ。
リーオと正式に主従になって1、2ヶ月の位だったと思う。会って半年もたたないうちになんて以前の自分から「もっと手順を踏め!不純だ!」と言われそうな話だが・・・四六時中一緒にいるのが当たり前になって不意に芽生えた恋心を四六時中隠しているというのはかなり困難で案の定すぐにバレてしかも受けれられたのだから、まあ仕方ないと思っておく。
その先の段階へ進んだのに要した時間に関しては・・・素直に自分の理性の敗北だと思っている。
一年がたち、まだ面映ゆいところも多いがこうして自然に抱きしめることにいちいち挙動不審にはならなくなってきた。
ただ、冷静に至近距離で好きな相手を観察できるようになった分・・・なんというか、ふいに仕草が可愛いとか、「ちょっと耳貸して?」囁く声がとてもきれいだとか、他の誰もこの世界を見ることを拒絶している綺麗な漆黒の瞳が潤むの見れないと思うとこれから先もそうであって欲しいとか・・・考えたらそうとう恥ずかしいことになったので不意に指先に力が入り「いたい」とリーオが身を離した。
「エリオット痛いよ、剣術馬鹿なんだから少しは加減してよ」
「わるい・・・それと剣術はともかく馬鹿とはなんだ・・・まあ、もう着くから離れといたほうがいいか」
名残惜しい気がしたが、馬車を隔てているとはいえすぐそこに御者がいるわけで・・・あまり慎みのある行為とは言えないだろう(今更だが)。
正直だんだんリーオに手を伸ばすのが余りにも自然になって、たまにはこうして他人の気配を感じて戒めないといけない、もう少しでいくらでも二人で過ごせる場所が来るのだから我慢が必要だ・・・・・・俺たちは想いあっているが公な関係ではない。
(だから、あの手紙を焼いたのか?)
じわりとただのなんの変哲もない封筒をリーオに無断で中を開けて見た直後に暖炉に投げた光景が蘇った。ただの紙束であるそれはあっけなく数秒で炎の中で跡形もなくなった。
大したことではない、そのはずだ。あの手の手紙はあれからリーオには来ないし、代理の返答は主にあたる俺が書くのはこういう場合は作法だった。それをリーオに知らせていないのはただどうせ同じことを知らせてもしたのに、言うことが面倒だった。あの時はほかの面倒な手紙もいくつか書かなければならなかったから、3か月前のことなんか忘れていただけだ。
少し距離をおいて座り直すと、俺の外套を取ったリーオが肩にかけて前を止めた。その時、不意にリーオが訊いた。
「ねえ、エリオット?この前僕に手紙がこなかった?」
リーオは俺の目を見ていない、外套を留めるために紐を結ぶ自分の指から目を離していない。だから、俺は平静に「来なかった」と答えた。
少し惚けたような焦点の合わない瞳が開いた、目元に触れさせていた唇に驚くことはなく見上げてくる。身動きした際に落ちた毛布を裸の肩にかけ直す・・・眠っていたのは、ほんの数分だろうか。いつもはそのまま眠らないのに、長くしすぎたのかもしれない。
「・・・・・・ん・・・エリオット?」
「・・・・・・悪い、疲れたか?」
「ううん、昨日は本を遅くまで読んでたから眠かっただけ。まあ・・・それに僕だって、ちょっと久しぶりだったから長いほうが嬉しかったし」
「・・・そういうことをここで言うな」
まだ長くさせる気か・・・と睨めば(といっても目元が緩んでいるから、全然そうは見えなかったろうが)、長い前髪の隙間から「うわーむっつりー」と笑われた。言葉の意味が分かってるんだろうか・・・いやどうせ分かって言ってるのだろうが。ケラケラといつもの調子笑う姿にはそういう色めいた気配が全くなくいつも通りで、安心した空気が漂う。
到着したのは正午の頃だったと思う。それから村から運ばれてきた明日の朝までの食事を受け取り、昼食を食べて少し荷解きを済ませると・・・寝台へ手を引いたのは俺だった。
学校よりも家族と過ごす時間の長い休暇中の実家ではさすがにそういうことはできなかった・・・いや、学校で当たり前になっているのは結構問題になのかもしれないが。
久しぶりの家族はもちろん一緒にいて楽しかったのだがどうもかたわらが寂しいと部屋に置いてきたリーオが一人で何を読んでいるのかが気になったりした。家族とリーオ。その両方と時間を共有できないのは少し寂しい、が相対させれば俺が直面したくない場面を避けるなら現状ではそうしかできないのは認めるしかなかった。
「まだ夕方にはなってないみたいだね、じゃあ僕はもうちょっとしたら書庫に行って今晩読む本を見繕ってこようかな」
「そうだな、俺も行ってみるか、ここの地下は珍しい本も多いし」
「え〜、エリオットも来るの?」
「なんだよ、何か不満なのか」
リーオはシャツのボタンを止めながら少し考えると「じゃあ僕は荷物を片付けておくよ、まだ片付いてないし」と俺に地下へ行くよう手で示した・・・一見もっともらしいがなんとなく怪しいのはなぜだろう。
「いや、俺が片付けておくからお前は先に行ってろ」
「え、いいの?」
「そんなにあるわけじゃないし、お前の方が量から考えて選ぶのに時間がかかるだろ」
「うん・・・ありがと、エリオット」
礼を述べながらも、服を身に纏うとリーオは少し不審そうに服を着る俺の首元にリボンタイを結んだ。面倒がるくせに俺が自分でやるとどうしても歪んでしまうそれを不思議とリーオは何も言わずやりたがる。結び終わって離れる指を絡めて止めると唇を触れさせる。
「好きだ」
「・・・なに、急に?」
「言いたかっただけだ、ここのところあまり言う機会がなかったしな」
「君そういうの好きだよね・・・・・・まあ僕も、エリオットが好きだよ」
曖昧に、でも嬉しそうに笑い返される。そのままドアへ向こうへ「待ってるね」と消えるリーオを見送るととりあえず脱ぎ捨てたままのリーオの上着を手にとった。あいつ地下寒いって言ってるのに上着置いていきやがった、追いかけようと持ち上げると内ポケットから何かが落ちた。
手紙だった、白いなんの変哲もないただの封筒。封は切ってあって、そこから白い便箋が数枚のぞいていた。
急に3か月前焼いた手紙が思い出されてくらりとした、手に取れば送り主はフィアナの家ではない・・・三ヶ月前に焼いた手紙の主と同じだった。
「おい・・・結局風邪ひいてるんじゃねえか」
「しょうがないじゃないか、だってエリオット後でくるって言ってたのに来ないんだから。待ってたら体が冷えちゃったよ、上着も忘れたし」
「少し、用事を思い出してな。悪かったから、怒ってないでちゃんと治せ」
「う〜、あつい・・・エリオットのせいだ、せっかく・・・」
「・・・せっかく?」
「・・・・・・別に」
医者が置いていった風邪薬を枕元に置きながらそっけなく言うと、赤い顔をしたリーオがベッドでむくれた顔をしている。不服そうな顔にふいと目をそらす。そんなにひどくはないらしい、熱が冷めるまで安静にしていればいいと医者は言っていた。
(安静にしていればいい、な・・・)
じゃあ、安静にしてもらう必要があるだろう・・・少し聞いてみたいこともあることだし。
俺はいつもはリーオがいつもなら結んでくれるリボンタイを数枚手に取るとベッドに座った。リーオの額に手をやるといつもより熱い、少し熱が冷まされたのかホッとした顔がなんだか可愛かったので俺は布団から少し覗いている一回り小さな右手を握る。
そしてその手を引き寄せると持っていたリボンタイをその手首に巻きつけた。そして解けないようにきつく結びつけ、そのままベッドの柱に結んだもう片方と解けないようにしっかり結びつけた。
リーオが何かを言おうとする前に左手を同じ要領で結びつけた。もっと抵抗をされると思ったが驚愕のほうが上回ったのか、思ったよりもあっさりと両腕を拘束することができた。よかった、傷つけないようにどうすればいいかと結構悩んだが拍子抜けするほどうまくいった。
両手をベッドに縛られた形になったリーオはいおうとした言葉を忘れたように信じられないものを見るように俺を見上げていた。
「なに・・・エリオット、今何したの・・・?」
「言ったろ、安静にしてろって」
「そんなこと言われなくても・・・なんで、こんなこと」
「お前がじっとしないからだ」
絶句するリーオがもがくが拘束は解けない。それに安心すると、傍らにあった薬を口含むとコップの水を続けて含む。
「ちょっ、エリオット、やめっ・・・!」
口付けると首の後ろに手をやると軽く頭を宙に浮かせるともう片手で顎を開かせると薬を流し込んだ。今度はさすがに抵抗されて、薬がいくらか押し戻そうとする。それをさらに押し戻そうとすると血の味が口に広がった・・・噛まれたらしい。
一度唇を離れるとリーオは俺の口元に流れる血を見たのか目を見開いて硬直した。そんな大した傷ではない、それよりも俺が気になったのは白い頬を伝い落ちる薬の残りだった。
頬を舐めてもう一度薬を飲ませようとすると今度は抵抗されなかった。血まで一緒に飲ませてしまったかもしれないと紅くなった唇を見て気がついた。慌てて拭くと、リーオが唇を震えさせていた。
「エリオット・・・怪我した?」
「・・・?ああ、少し切っただけだ、別に大した傷じゃない。それよりちゃんと薬は飲んだか?」
「薬なんてどうでも・・・なんだよこれ!どういうつもりだよ、なんで僕をこんな・・・!」
「どうでもよくないだろ、風邪ひいてるんだから・・・・・・だから、治るまでこうしてろ、な?」
そっと頬をなでると見開かれた黒い瞳が凍りつくように俺の姿を映し返した。そんな表情をした恋人を俺はとてもかわいいと思った。
続く
あとがき
ごめんなさい、続きました・・・はい、鬼畜っていうか・・・ エ リ ー が 病 み ま し た 。
最後のエリーの笑顔は、情欲にまみれても恍惚のヤンデレでもなく、安らかなあまりうたた寝しているようなすごいアルファー波が出ている安心しきった笑顔をしています。リーオ依存症が末期です、はい。
キャラ崩壊にビビりながら書いたが、北京LOVERSのおかげで吹っ切れてかけたよ、ありがとうアリカ様・・・。