「 静かで、暖かで 」

 




四大公爵家の一つナイトレイの嫡子エリオット=ナイトレイと孤児院出身のその従者リーオはその境遇の違いにも関わらず共通の趣味が多い。


2人が主従の契約を結ぶ際にはナイトレイの家族(義理の兄たちを除く)に猛反対され、周囲の貴族たちからは好奇の目や冷笑を浴びていたが、大貴族のエリオットとラトウィッジに入るまでほとんどまともな教育を受けていないリーオは不思議と好む方向性が似ていた。


まず一つは二人ともかなり読書家であったし、もう一つはピアノだった。両方とも、特にピアノは庶民にはあまり縁のないものだったが、才能があったのか孤児院にあったピアノであっさりリーオは英才教育を受けたエリオットが軽いいらだちを(そして少しの嫉妬も)感じる程度にはピアノを弾ける腕を身につけていた(本人はそのことに無頓着だったが)。

そして二人で弾くピアノの連弾は聞いたものを立場に関係なく聞き惚れさせる程息のあったものだった。

他にも共通項はあるが、本人たちだけが知る点としては2人そろうと騒がしいが基本的に静寂を好むという性格だった。

 

 

 


静かだな、と一段落してページから目を離すとエリオットの目の前でカップに注がれた飲みかけの紅茶が冷めていた。

読み始めた頃に出来たてをリーオが淹れたのだが、没頭している内にかなりの時間が過ぎたらしい。冷めきってあまり飲みたくない様子だ。

無駄にしてしまって悪かったかな、とリーオに目をやると本の巣になっているベッドの中でリーオは半分埋まりながら本を読んでいた。読んでいる本はよくわからないが、会ったときから変わらない没頭ぶりだった。

少し視線を本に隠して、なにを読んでいるのか探ってみる。本の山に隠れて分からないが少し角度を変えれば見えなくもなさそうだ。リーオのよく跳ねた長い髪にも隠れて見えづらいが角度を何度か変えれば何とか・・・。

はらりとリーオがページをめくる音が寮の相部屋に一番大きく響いて、もう一度静かだと思う。そして、そういえばこういう時間をリーオと過ごすのが随分自分の日常になっているなと気がつく。

エリオットとリーオは境遇はかなり違うがかなり好むものは似ていた。性格が似ている、というのはまた異なる。いや、似ている所も多いが・・・それは自分ではよくわからない。

本、ピアノ・・・色々あるがその一つに静寂を好むという性質があった。口を開くと口論混じりに騒がしくなってしまう2人だったが、静かな環境で読書をしたり、ただピアノを弾いたりすることを基本的に好んでいた。

考えれば自分もリーオも口数が少ない。寡黙とまではいかないが、けして口数が多いほうではない。必要最低限以上のことは一切喋らない、とまではいかないが 決して社交的で口がよく回る方ではない。本人と話していると気が付かないがお互い意外と物静かなのかもしれない。


(いつも何を話していたっけ?)


2人で話すときは学校や本、次の連弾はどの曲を弾くか、などで結構盛り上がる。もしくはリーオのからかいにエリオットが必要以上に反応したり、もしくはリーオが激昂しない程度の言い合いになるのだが. . . . . .口を開かないで時間を共有することも多い。

エリオットは中盤まで読んだ本を置くとリーオから目を離して天井を見上げた。静かだ、不思議な心地よさに目を細めた。はらりはらりとかなり速いペースで捲られるページの音しか聞こえない。その音だけという心地よさにそれだけで何かの音楽のようにすら感じる。

昔から静かに過ごす方が好きだった、だからエリオットにとって静かに過ごすことはリーオと出会う前からの日常のはずだ。しかしそのときにそんな心地よさを感じたことはなかった。まるであやされているようで微睡む気さえ感じる。ただ側でリーオの気配がするだけでこんなにも違うのだろうか。

同じ時間を共有しているということだけで、側で本を読んだりピアノを弾いたりすることで. . . . . . .気の置けない友人がいるというというだけで同じ静けさが心地よく、世界がの色がおだやかになると思うと気恥ずかしさを覚える。

リーオは言っていた。初めての友達が君だよと。でもエリオットだって同じようなものだった。

ナイトレイの家は結束が硬い、家族が仲がいいということもあるが、それはひとえに周囲からの見てくれだけの賛美と影からの嘲笑によるものだ。だから、周囲から身を守るために家族で力を合わせてきた。

陰で笑う者に対して激昂したことも何度もあった。しかしエリオットが表だって怒りをあらわにすれば公爵家を怒らせたと必死で取り入ろうとしてくる。それでいて影では裏切り呼ばわりするのだ。

自然と家族ほど心を許せるものはいなくなった、だからエリオットだって初めての友人はリーオなのだ。


なんだかくすぐったい気持ちでリーオに目をやると、リーオが読んでいる本のタイトルが目に入った。そしてエリオットは頬を少し赤くする羽目になった。

タイトルは「聖騎士物語」1巻、エリオットが先日この前リーオにその良さをつい熱く語って、熱が入りすぎてからかわれた本だった。

あれだけけらけらと笑っておちょっくったくせに、リーオはエリオットの視線に気がつく様子はなく黙々とページを進めている。その横には図書館でまとめて借りてきたのか、聖騎士物語が10巻まで積んである。

図書館で1人の生徒が借りられるのは10冊までだ。リーオがらしくなくベッドの本を少し片づけていると思ったら・・・・・・貯まるほど借りた本を返して、聖騎士物語を借りていた。エリオットがそれがいかにその物語が大好きかリーオに話した翌日に。


それが嬉しくないわけもなく・・・・・・かといって素直にすぐそれを伝えられるわけでも、かといって見たかったことにできる性格でもない。
結果エリオットは赤くなった顔を本で隠して、あんなにありがち展開だと言ったくせにと心でぶつぶつ言いながらだんだん耐えられなくなって顔をさます意味をかねて冷えきった紅茶のカップを取った。そのまま一気に飲み干すと、少し落ち着いた。やはり少し渋い気がしたが別にいい、カチャとカップをソーサーに置く音が響いた。

今度リーオの薦める本などそれとなく聞いてみよう。すごい量になりそうだが、不思議とまあいいかと思う。ああ、それともリーオの好きな曲を弾いてやろうか。
連弾も好きだが、リーオは結構エリオットのピアノを聴きたがる。自分とほぼ同じ技量だから不思議に思って、自分で弾かないのか?と聞くと音が違うんだ、エリオットの音の方が好きだよと言っていた。
自分ではよくわからないが、リーオが好きなら何曲か弾いてやろう。うん、それでいい。

エリオットがソファーにもたれて本の世界に戻ろうともう一度本を開く。そして、今度はリーオがページをめくる音が止んだ。不思議に思ってせっかく戻った本の世界を離れて、リーオが近づいてくる気配を感じた。

ぺたぺたとマイペースな足取りで寝転んでいるソフォーの傍らのサイドテーブルまで近づくと、リーオはひょいと空になったエリオットのティーカップを持ち上げて寮の個室に備え付けられている簡易キッチンに無言でスタスタと歩いていった。

ぼさぼさの黒髪を眼だけで追っていると、キッチンに隠れて見えなくなる。キッチンの入り口をなんとなく見つめていると、火を使っている気配がする。どうやら、お茶のお代わりを入れてくれるつもりらしい。

日頃従者らしいふるまいなどしなくせに、変なところでリーオは律儀に従者であろうとする。そして、リーオのベッドサイドのテーブルを見るとそこにはマグカップが空っぽで置いてあった。それでも自分の分は後回しなのか、興味がないのか。さっき飲み残して冷やしてしまった紅茶を思い出して、ばつが悪い気分になる。普通の貴族の感覚からすれば従者が主を優先するのは当たり前なのだが・・・もともと当たり前の主従ではない。リーオも、エリオット自身も。

自分でもわかっている。リーオはちっとも従者らしくないが、リーオが従者らしく振舞えばエリオットは主人らしくなくなってしまい、従者らしくないリーオに戻るように行動してしまうのだ。お前はそれでも俺の従者か、とは我ながらよく言ったものだ。そんな風に望んでいないくせに。

なんにせよ、本の世界にももう戻れそうにない。エリオットは本を置くと主人らしくなく従者のためにキッチンに向かった。すると予想通りにリーオがポットに湯を沸かしている。傍らで新しいカップを取り出して茶葉の缶に手を伸ばしていた。

大貴族であるエリオットには家から最高級品の茶葉が何種類も毎月届く。一応それを管理しているのはエリオットの専属の従者であるリーオなのだが、ものぐさな従者が同じ種類の茶葉を缶が空になっては新しい缶を開けるというあんまり行動をとったのでエリオットは生まれて初めてキッチンに立つことになった。

今では朝と昼と夜に飲む紅茶を分けて飲めるくらいにはリーオも気分と味を楽しむようになり、さらには主人の好きな紅茶を頻繁に入れるなったし、エリオットはものぐさな従者に茶葉の使い道を教えるべく大貴族らしくなく簡単なキッチンの使い方を覚えた。

その成果と言うべきか、最近はナイトレイから送られる茶葉以外にもリーオが下町の市場で買ってきたものが缶の中に混じるようになった。これ美味しいらしいよ、こっちは遠い国のらしいよ、これは変な味らしいよ〜・・・変な味のものなんて何で買うんだと聞けば、面白そうだからと言われた。

何回か飲んだことはある、高級品しか飲んだことのない味覚でも意外にいい味がしたが同時にあたりはずれが多く、思わぬ好みの味を見つけることもあるがとんでもない味が紛れてもいる。

でもエリオットはもう買ってくるなとは言わない。口が減らなくて、キレやすくて凶暴で、主人のいうことなどお構いなしのくせに、変なところでリーオはエリオットの忠実な従者だった。
そして、そんな従者を家族の反対を押し切って選んだエリオットは主人らしくない主人だったが、聞いてほしくない願いを従者に決して言わない程度には主人だった。

リーオの手がエリオットが好む茶葉の缶に届いたとき、エリオットはその手を止めた。不思議そうに見上げる顔には会ったときから変わらない顔も見えない長い前髪に従者になったときからかけている分厚い伊達メガネで表情などほとんど見えないようだ。でもエリオットにはなんとなくきょとんとしている漆黒の瞳が見えた気がした。


エリオットは押し戻した缶の代わりに形の違う缶を取り出してお茶の準備を始めた。あまり使われていない茶葉はリーオが町で買ったものだ。

たまに1人で飲んでいることを知られていると思わなかったらしいリーオは目を丸くしている・・・・・・ほらやっぱり髪とレンズに隠れているくらいで自分に隠せるものか。


あの時の美味しそうな幸せそうな笑顔の方が好みの茶の味なんかよりずっといい。


珍しく柔かい笑顔でエリオットに出されたお茶にリーオは少しためらったが、素直に口に運んだ。浮かんだ笑顔にエリオットはいつなにをしてほしいか聞くかと思いを馳せた。そして、何だっていいんだと小さく笑う。


なんだっていい。ピアノ、本、静寂・・・そして好きな茶の味まで一緒なのだから、とエリオットは初めて飲む紅茶がとても美味いことにもう一度笑った。


やっぱり、似たもの同士なのかもしれない。

 


終わり

 



あとがき

前に会話だけで話させたら、結構難しかったので「あ、そうか、こいつら意外と無口なんだ」と思って、じゃあ話などさせるものか!と思って作ったもの。

結構回想が多いので、完全にサイレントムービーにはできなかったのでまたやってみたいところ。

カプ要素なしで書いたつもりがエリーがリーオのことでひたすらもやもやしている話になり「あれ・・・?」と思った。

2012-1/23