お前が可愛いからいけないんだ!!!







・・・・・・・・・・・・・・・なんて言うつもりはないけれど。けど。

















バスローブ 1












 



波の音だけが船室に響いていた。

さっきまでの海賊騒ぎとは対照的な危機を象徴するような静かさだ。
コンラートは気絶していない方の相方に気取られないように、静かに与えられた牢獄を見回した。
魔族であることがバレてシマロンの船に囚われの身となった三人には単なる海賊達よりも厳重な牢獄が与えられた。囚われ人を絶望させるように窓枠やドアは鋼格子がはめられて頑強だし、床はささくれだった木が剥き出して寒々しい。
まあ、法石のはめ込まれた魔族を弱らせる部屋でないだけましだが。

不幸中の幸いとしては、三人が体を伸ばすには充分過ぎる広さだ。これなら、全員が大の字で寝ても余るくらいの広さだ。元々、もっと沢山の罪人を入れておく部屋なのだろう。だが、魔族が相手となっては収容人数よりは部屋の厳重な作りの方が優先されたのだろう。
しかし、広さは十分とはいえ罪人を入れておくための牢獄なのだから、当然毛布や寝具の類はなくバスローブ姿の者を暖められそうではない。

腕に抱えて運んでいた気絶したままのユーリをそっとあまりささくれていない床に横たえると、コンラートは無防備なバスローブ姿のままの弟に向き直り尋ねた。


「寒くないのか」

「別に」


そっけない返答にコンラートは苦笑した。

といってもその平静そうな様子は表情だけの話で、内心は冷や汗半分怒り半分喜び少々といった混沌とした有様だった。
おかげで表情とは裏腹な仕草でこっそり壁を踵で削っていたり、指先を落ち着かなく動かしていたりする。

全ての原因は傍らでバスローブ姿のままあまり警戒心のないまま腕を組んでいるヴォルフラムだった。
その姿を見て、コンラートはいらだちを隠すために苦笑したふりをした。


「しかたないな、とりあえずこれを着ろ」


不幸中の幸い、舞踏会のときの正装のままだったのでシャツにベストに上着の上にさらにスカーフまで付けたという重装備だ。貸してやる服には事欠かない。コンラートは上着とスカーフをはずすと、まずはスカーフを直接ヴォルフラムのむき出しのまま首に巻いてやろうと手を伸ばす。

ばしぃ!とヴォルフラムは顔を歪めてコンラートの手をはねのけた。


「勝手に触るな!人間が勝手に・・・」


しまった。さっきの海賊騒ぎで人間嫌いが悪化したか。まあ、助けられた相手を連行するものに怒りを感じるのも当然か。

しかし、コンラートは今はそれどころではない。


「直接触ってはいないよ。早く服を着ないと風邪を引くぞ」

「うるさい!大体なんでスカーフまで・・・、うっとうしい!上着だけでいいだろう!」

「ヴォルフラム」


ヴォルフラムがぐっと押し黙るのがわかった。
そんな怖い顔をしているつもりはないのだけれど、幼い頃世話してもらっていた次兄の穏やかな表情が消えると弱いらしい。それとも、無意識に怒りと焦りがにじみ出ているのだろうか。


「絶対に、ダメだ」


きっぱりと言い切った。
いつになく威圧的なコンラートの様子に思わず押し黙るヴォルフラムを見つめながら、コンラートはさっきの腹立たしい出来事を思い出していた。

ユーリに気を取られて、いや根本的にお前は気づいていないんだ。お前が周りからどんな風に見られているか。

「お前が可愛いからいけないんだ!!!」なんていう気はないけれど。けど。
頼むからもうちょっと警戒して欲しい。
でないと・・・さっきのような事態になってしまって、それで遅くなってからではシャレにならない。
それに・・・それに・・・近くだって安全とは・・・・。

コンラートは頭に浮かんできた感情を忘れようとヴォルフラムにスカーフを巻くことに集中した。






















「さっさと歩け」

(わかったから、余計なことは考えないでくれよ)


コンラートは胸中で天を仰いだ。
前後に三人、左右に二人の完全武装のシマロン兵に囲まれている。凶悪極まりない魔術で海賊を退治した後、気絶したままのユーリを運ぶコンラートとバスローブ姿のままのヴォルフラムはシマロン巡視船の兵たちに囲まれて豪華客船の囚人部屋に連行中だった。

人間の領域で魔術を使った魔族を連行しているだけあって、兵達は始終緊張して動きが固い。

出来るだけ従順そうに連行されながら、コンラートはこっそり隣のヴォルフラムの様子を伺った。予想どうりの爆発寸前といった顔で、肩をいからせてずかずか歩いている。
コンラートは溜息をついて、しばらくはヴォルフラムから目を離せそうにないなと思った。
さすがに剣を取り上げられて魔術も使えないで何かする気にはならないだろうが、ヴォルフラムの癇癪は時と場所を選ばない場合がある。

しかし、正直なところ今のコンラートにとってはヴォルフラムの癇癪より今の格好のほうが問題だった。
正直、船の上で海賊達に囚われた二人の姿を再び目にしたときは怪我がない様子だったのには安堵した。
が、次の瞬間には別の危機の可能性を考えて血の気が引いた。

タイミングが悪く入浴直後に海賊の襲撃が起こり、入浴直後のヴォルフラムはバスローブ姿のままだった。
船上で再び目にしたときは遠目に見てもヴォルフラムの格好はそのままで・・・はなく、最後に見たときよりもかなり乱れていた。片方の肩ははだけ、歩くたびに足が丸出しになった。半裸と言っていい。

見た目だけなら黒髪黒目を隠したユーリより、眩しい金髪と湖底の瞳の容貌のヴォルフラムは目立つ。
その上、挑発的な格好で剣を振り回して荒くれ者の海賊の気をさらに荒くしたなら何をされたのかわからない。
思わず一瞬最悪の事態を考えてあの時置いていかなければと胸中で叫びながら立場を忘れて駆け寄りそうになってしまった。
その直後に割合呑気にユーリと言葉を交わす様子を見てその考えは消え去ったが。

ため息を吐くと、とりあえずまわりのシマロン兵達が仕事に熱中していることに感謝した。
バスローブを着たヴォルフラムを警戒はしていても、やましい視線は向けていない。
そのことにほっとしながらも、別の意味で自分が神経質になっていることに気づいた。


少し、いやかなり過敏になっていたのかもしれない。

まだ成長しきっておらず中性的で、華奢で天使のような容貌とはいえヴォルフラムは男だ。
それに、そもそもヴォルフラムは魔族だ。
よこしまな感情などいくら享楽的なシマロンの民でも向けるわけがない。

そう、ただ過敏になっているだけだ。
ヴォルフラムがこの旅について来て以来、俺はどうかしている。

この旅に勝手に付いてきたヴォルフラムと過ごすことがコンラート落ち着かなくさせていた。表面上は何とか平静を保っていたが内心は動揺しっぱなしだった。
今まで顔を合わすことはあってもヴォルフラムがコンラートを一方的に無視していて、あまり会話の機会もなかったものだ。だから柄にもなく昔世話をしていた弟との接し方を測りかねているのかもしれない。

きっとそうだと思う一方、断定できない自分がいる。
心のどこかでそれは嘘だろうと囁かれている気がする。
じゃあ、なんなんだと自問すれば何か触れてはいけないものに触れてしまう気がしてその先に進めない。
それに触れてしまったら戻れない。そんな気がした。

コンラートは横目でヴォルフラムを見た。
眩しいくらいに綺麗だと思う。きっと、誰が見てもそう思うだろうがコンラートは少し違った。

何が違うのか、分からない。
ただ、皆がヴォルフラムの容姿をただ綺麗だと思ってみているときの目と今の自分の目は異なる。そんな気がしてならない。
正直わからない、コンラート自身何が自分に起きているのか。
ヴォルフラムが大切だったのは、生まれたばかりのヴォルフラムを真っ先に抱かせてもらった時からだ。
片親が人間とわかって距離を取るようになってもそれは変わらなかった。

それが今は・・・何が違うのだろう?







「・・・・・・・・・・・・!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」


そこでコンラートの思考は中断された。喧しい濁声が後ろの方で何か怒鳴り合いを始めていた。

隣にいたヴォルフラムはうるさそうに顔をしかめた。
ああ、人間の高等貴族の言葉、それもかなりの早口の言葉など聞き取れないのだろう。

一応、言葉の分かるコンラートは背後の騒ぎに聞き耳を立てた。
怒鳴り声の片方は何かを訴えていてもう片方はそれを制しているらしい。
聞き耳を立ててみるか。何を言ってるんだ?


「・・・いいではないか、すこしくらい!」     

「ダメです!何を考えているのですか、あれは人間の領域で魔術を使った魔族ですよ!?」

「どうせ、デマだろう。人間の領域で魔術を使った魔族など聞いたことがない」

「どちらにせよ、魔族を寝室に引っ張りこむなど危険すぎます!」


何!?

コンラートはとっさに剣の柄を探した。






















 




初小説です。連載ものです。


ASUKAの湯上がりマダムのヴォルフはあの格好で暴れていたら素っ裸になるんじゃ・・・と思って書きました。


バスローブのことを一番に気にしてるのはコンだというお話です。








2007/1