兄弟じゃなければよかった




そんな風には思うことは出来ないけれど。


















バスローブ 5


















「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



ヨザックが部屋に入ってきて以来ずっとこうだ。黙りこくって部屋の端っことその逆の端っこで料理とにらめっこをしているコンラートとヴォルフラムを眺めて十分間、ヨザックはいい加減しびれを切らしていた。
最初はさっきの騒動と海賊騒ぎでの疲れでしばらくは食事に手がつかず気を休めていたんだと思って放っておいたのだが、どうも違う。そもそも疲れていればあんな大声で怒鳴り合ってはいないはずでもあったか。

一向にこっちを顧みることない元上司に、仕方なくヨザックは長年の戦友に話を切り出した。




「一体何があったんです?」

「別に」




素っ気ない。ヨザックは呆れながら、せっかくこっそり持ってきてやった厨房の食事に手もつけないで黙りこくっているコンラートを半眼で見返した。そしたら、睨み返された。態度が悪い。
無茶をやった元上司のフォローは大変だったし、その報告がてらにわざわざ食事まで持ってきてやったというのにその見返りが黙りこくって目を逸らすとはどういうことだろう。恩知らずなコンラートにヨザックは自分のありがたみを分からせてやろうと口を開く。




「隊長、それはちょっと酷くないですか?俺がどんだけ苦労したと思ってるんです。暖流とはいえ海の中に飛び込んであっちの船に乗り込んでこっそり船底に穴開けたり帰りも海に飛び込んだりで、もうしばらく海は見たくないのに船旅なんて目にあっている可哀相な元部下に対して酷いとか考えないんですか?」

「水泳は元々得意だったろう」

「水泳が得意でも自分のせいで海に飛び込む羽目になった俺に対して質問の返答もしてくれないんですか?
わーん、隊長ったらサイテ〜。グリ江悲しい〜」

「体をくねらせて、すり寄ってこようとするな・・・・・・悪かったとは思っているが」

「それのどこが悪かったって態度ですか。誠意が見えませんよ、誠意が」

「・・・・・・・・・・・・悪かったな、本当にご苦労だった、助かったよ」

「そんな言葉だけの謝罪じゃダメですよ〜。誠意ってのは形に表してくれないと・・・・・・というわけでこの絹のレースの請求書を何も言わずに受け取って、なおかつ春の新作の染め物十点ほど俺の家に贈ってくれるくらいが妥当・・・・・・って、痛!」

「調子に乗りすぎだ。言われなくても、後でちゃんと特別手当を払う」

「ひでーよ、隊長。おにーちゃんなら何も言わずに受け取って届けてくれて尚かつ特別手当も払ってくれるのに〜・・・・・・っていたたたたたたた!」

「・・・・・・あのな、グウェンが部下に甘いのも問題だが、それを利用するのはもっと問題なんだからな」

「ぐりぐりはやめて〜マジ痛いから〜」

「っ!そもそもだ!」




いきなり会話に割って入ったのはヴォルフラムだった。どうやらずっと聞きたくて仕方なかったらしいがコンラート怖さに尋ねられなかったらしい。ずかずかと大股でコンラートに近寄ると、まだ恐怖が残っているのかややうわずった声でまくし立てる。




「さ、さっきから!言おうとしていたのだが、何であんなことをした!?いきなり剣を奪って敵陣で反抗するなど正気の沙汰ではないぞ!ユーリに何かあったらどうするつもりだったんだ、コンラート!」

「別に、反抗と言うほどのことをしたつもりはないよ」

「何を言って・・・・・・!」

「そーですよ、何いってんですか隊長。さっきの巡視船もう行っちゃいましたが、そりゃもう隊長の恐怖で持ちきりでしたよ。あの場にいた兵たちみんな必死で船底の穴に板打ち付けた後には力尽きたように精神的な原因で医務室送りになってましたよ」




妙に神妙な顔をしてヨザックはうんうんとうなずいていた。コンラートは「そんなに怖かったろうか?」と思ったが続いてヴォルフラムまでもが頷き始めた。おかしい、虚を突く意味も兼ねて出来るだけにこやかにしていたつもりだったのだが。




「うう・・・・・・そうだろうな・・・・・・・・・」

「精神的な原因って・・・・・・単に海賊を連行したり船が沈まないように船底に空いた穴を急いで埋めたから疲れただけだろう」

「そんなわけが、あ、あるか!!」

「巡視船では「もう二度と魔族に関わりたくない」「これから一ヶ月はうなされそうだ」「あれがもしかしたら噂の魔王じゃないのか」とか隊長の恐ろしい逸話が流れてましたよ。ありゃ、伝説になりますね」

「うーん、魔王って言われても。魔王は母上かユーリだし」




的外れな話を始めたコンラートにヴォルフラムはいらいらと詰め寄った。恐怖でふたをしていたものが一気に吹き出してきたのかいつもより、というかここ数十年ないくらい顔が近い。


未だ結ばれているコンラートのスカーフの隙間からかすかにヴォルフラムの首がのぞいているのが顔に近づくとコンラートは顔を逸らした。腕を押し上げてヴォルフラムから距離を取ろうとする。


しかし、ヴォルフラムは尚、詰め寄ってきた。




「そういう意味じゃない!何を考えているんだお前は!だいたい・・・・・・!」

「まあまあ閣下、少し押さえて」

「何故止めるグリエ!お前だって文句を言っていたじゃないか!そして手を離せ!」

「隊長も問題は有りまくったにせよ、まあ仕方なかったというか」

「離せ〜!何の話だ、それは!!」

「あれ聞いてないんですか?さっきの騒動は・・・・・・」

「ヨザック!!」




コンラートはヨザックの言葉を激しく遮った。ヴォルフラムはぎょっとしたが、ヨザックはケロッとした目で呆れたようにコンラートを見返した。




「ヨザ、余計なことを言うな」

「余計なことってことはないでしょーよ、隊長も過保護も大概に・・・・・・ってなんですか、この手は」

「いい加減ヴォルフラムから離れろ。請求書でも何でも受け取るから余計なことは・・・・・・・」

「余計なことって何だ!?」




ヴォルフラムの両肩を抱きかかえるようにして留めていたヨザックの手をコンラートはいささか邪険に払い除けたとき、ヴォルフラムは再びコンラートに詰め寄った。「何が何でも聞いてやるからな」とその目が言っている。


しかし、コンラートは絶対にさっきの話をヴォルフラムに聞かせたくなかった。それは意地でも教えたくなかった。


答える代わりに、疑問で頭がいっぱいのヴォルフラムにコンラートはできるだけ穏やかに、しかし反論を許さないような空気を纏うとヴォルフラムの碧色の瞳を見つめた。昔はこれで一発陥落だったのだが。




「ヴォルフ、何でもないから・・・・・・それから、もうお前は眠っておいた方がいい。船酔いには眠るのが一番なんだから」

「話をごまかすのもいい加減にしろコンラート!さっきの騒動は何だった、何であんな真似をしたんだ!?」

「大したことじゃないよ・・・・・・ほら、言うこときいて」

「ぼくがお前に指図されるいわれはない!それより・・・・・・!」

「ヴォルフラム!」

「はいはいはい、ストーップ。隊長また閣下を押し倒さないでくださいね」




言われてはっとする。気がつけば顔を真っ赤にしたヴォルフラムの息がかかるほどの距離にいる。
慌ててヴォルフラムから離れると、ヨザックがヴォルフラムの前にしゃがみ込んでコンラートの最愛の弟に笑いかけた。




「閣下、言われなくてもお教えしますってさっきは・・・・・・」

「ヨザック!」




「いいから、任してください。このままじゃ埒があかないでしょう」と小さく耳打ちされ、コンラートは押し黙った。
このままではヴォルフラムは諦めないだろうし、でも絶対にヴォルフラムがあんな男に目をつけられていたことを知らせたくはない。しかし、コンラートはどういえばヴォルフラムを誤魔化せるか分からなかった。


どうすればいいか分からないコンラートの前でヨザックはコンラートには聞こえないようにヴォルフラムの耳元に二言三言何かを囁いた。するとヴォルフラムの目は驚きに見開かれた。
コンラートが慌てる間もなく、ヴォルフラムはコンラートの方を見ると信じられないようなものを見たように硬直した。一瞬目が合うとヴォルフラムはさっと逸らした。
横では神妙な顔をしてヨザックが頷いていた。


・・・・・・・・・何を言ったんだ、ヨザ。


それっきりヴォルフラムはその話題を口にしなかった。
























その後、ヴォルフラムは「婚約者なのだから」とユーリの眠る壁の横に座ると、最初の数分は護衛に努めようとしていたが、しばらくすれば疲れもあって熟睡していた。もうしばらくすると寝相の悪さを発揮してユーリの肩にもたれかかり幸せそうに眠っていた。
「ぐぐぴぐぐぴ」という聞き慣れないいびきが耳元で聞こえるせいかユーリは時折「うーん」とうなっていた。


何となく2人とも幸せそうだった。コンラートの胸が痛むくらいに。




「よく寝てますね〜。なんだかんだとまだ睡眠が人一倍必要なお年頃ですね閣下は」

「・・・・・・・・・ヨザック」




一通りの報告をすませるとヨザックにコンラートは話しかけた、が、ヨザックは聞かずにそのまま独り言を続けた。




「何つーか、隊長がブチキレるのも分からなくはないんですがね」

「おい、ヨザ」

「別に海に飛び込まされたことを恨んでいるわけじゃないんですよ。あのときは無茶でしたが、それでも悪い方法でもなかったし。フォンビーレフェルト卿に何かあったなんてことになったら俺も上司に殺されるどころか上司がショック死されるところでしたし。ただ、何というか隊長が過保護すぎるというか・・・・・・」

「いい加減答えろ。ヨザ、お前ヴォルフラムに何を言ったんだ?」

「べーつにー、ただ陛下に目をつけている身の程知らずの輩がいたんで隊長がキレたとしか」

「それが余計なことだと言っているんだ!そんな男がいたなんてヴォルフラムが知る必要は・・・・・・」

「心配しなくても、陛下には言わないように頼んでおきましたよ。婚約者を不安にさせないために閣下はこの話題にはもう触れないつもりらしいし、いいじゃないですか。ああでも、言わないと閣下は諦めませんでしたよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」




押し黙るコンラートを見て、ヨザックは1つ付け加えた。




「しかし、よかったじゃないですか。少しは仲直りしたようじゃないですか」

「・・・・・・何のことだ?」

「隊長とフォンビーレフェルト卿のことですよ。さっき「隊長がしたことですから、信じてやってくれませんか?」って最初に一言言ったらずいぶん素直に聞き入れてくれましたよ。ずいぶん信じられていたみたいじゃないですか」

「ヴォルフラムが?」




コンラートはぽかんと口を開けた。かすかに触れるだけでも「人間が触れるな!」と拒絶されるこコンラートにとってそれは意外な、というか埒外のことだった。


そんなコンラートを見て、ヨザックは再び呆れたように溜息を漏らしてコンラートを見た。




「隊長がそんなだからフォンビーレフェルト卿もなかなか素直になれないんですよ。
いっつもそんな風に「自分は嫌われているけど、それでもいいんだよ」なんて態度ばっかりとられてちゃとてもフォンビーレフェルト卿も「本当は嫌ってない」なんて言えませんよ」

「・・・・・・・・・そんなつもりは」

「隊長ったら、分かってるでしょ〜?全く、自分には一切原因ありませんと思っているんだから。
・・・・・・・・・・・純血魔族が本気で俺たち混血を蔑んだり拒絶するときは閣下みたいな可愛らしい態度じゃなくて、どんなに冷酷で無慈悲なものか」

「・・・・・・・・・・・・」

「閣下は人間に対する拒絶反応がないわけじゃないがあんたのことは、はっきりとは言わないが兄として認めてる。そんなことは分かってるだろう?
・・・・・・・・・隊長が先の大戦で死人みたいな顔して病室で寝込んでいた時、閣下は毎日毎日欠かさずドアの前まで行っては花を置いて行ってましたよ。えーと、何だっけあの花は?」

「・・・・・・・・・!あれはヴォルフラムからだったのか・・・・・・・・・・・・」




知らなかった。母が毎日ベットから見える位置に飾っていた「大地立つコンラート」。その頃のコンラートはほとんど見もしなかったがその空のような青だけは覚えていた。毎日毎日、飽きもせずよくやると無感情になった自分は他人事のように思っていたがその後ろに弟がどんな風に思っていたかなんて知りもしなかった。


自己嫌悪に額を抑ええうなだれているコンラートを見て、ヨザックはやれやれと立ち上がった。




「俺はもう行きますよ・・・・・・・・・ま、隊長も少しは弟さんとこの機会に溝を埋めてみてはどうですか。陛下や俺もいるとはいえ、陛下は人間の領域で魔術をお使いになって眠っていらっしゃるし、ヴァン・ダ・ヴィーア島も大分先だ。少しは2人で話でもして、兄弟仲良くしたらどうですか?」

「兄弟仲良く・・・・・・?」

「・・・・・・?そう、兄弟仲良く」




ヨザックは全くの善意でそういったのは分かっていた。
長年の幼馴染みの兄弟仲を心配して、心から兄弟の関係が修復することを望んでいることは。


でも、




「そうだな・・・・・・ありがとうヨザック」





コンラートはただ、そう静か幼馴染みに返した。


























兄弟であることを厭っているわけではない。そんなことが出来るわけがない。
俺とヴォルフラムは82年間、断絶された時間があるとはいえ兄弟だった。それは間違いなく事実で、その関係を元に彼を愛してきた。


生まれたばかりの彼を初めて抱き上げた時、確かに頼りなくも力強い命を前に弟を守ろうと思ったことは間違いなく俺だ。それは間違いなく俺にとって幸福な瞬間であった。
いつか、この身に流れる血のことで彼に拒絶される日が来るかもしれないという恐怖がないわけでもなかったが、それ以上に心から慕ってくれるヴォルフラムと兄弟として過ごした日々は間違いなく幸せであったと言える。


人間の血を引くことをヴォルフラムが知って、いったん切れたと思っていた関係も、心のどこかでは完全切れたのではないことは知っていた。だからこそ、嫌がるヴォルフラムに触れ拒絶される度にその瞳の中に本当の拒絶がないことをその度に確認していた。本当は、兄として慕われていることを。


彼に兄弟として、愛されている。それはこの上ない喜びであるはずなのに。
間違いなくヴォルフラムは弟でその血の繋がりという断ち切れない絆を持っていることを望んでいたはずなのに。


それでも、彼がユーリの婚約者になったことを、心から喜べない。


・・・・・・・・・・・・・・・どうして俺じゃないのか。そうとしか、思えなかった。

































何で、うちのヨザックはいつも絹のレースの請求書を持ち歩いているんだろう・・・・・・。

何となくですが、ウェラー卿は自分が怖いと言うことに今ひとつ気付いていない気がします。天然が一番怖い。



兄弟だから、まずいけど、兄弟だから絆を持ったというジレンマは悩みの種であり、萌ポイントでもあります。