聞こえたの波の音だった。

小さな泡を残して寄せては帰る揺りかごのような音が遠い昔に聴いた子守唄のよに聞こえる。

遠い昔に、もしかしたらほんの最近に、聞いた音のような気がする。






【超高校級の幸×】 1





αの1




目が見えない、真っ暗だ。

闇の中でぼんやりと浮かんでいる、闇はボクの体を沈めていこうしていた。この波の音は闇の音なんだろうか?

ここは地獄の入り口だと思って、ボクはとても安心する。
 
 
(ボクはやっと、やり遂げることができたんだ)
 
 
それだけを思い出して、ボクの心は安らいだ。
生まれて自分が初めて誇らしかった。


(ボクは希望のために生きることが出来た)


少しだけ笑って、そして、また微睡みに戻る。
 
波の音を聞いていると余計に眠くなりそうだ。

ほら、またうとうと、うとうと……忘れてしまった母親の歌声を聞いているみたいに安らかで……。
 
 
「ねぇ……」
 
 
心地良い。すべてを忘れた眠りの世界にいる、ずっとずっといたい。
 
だから、ボクを起こさないで。
今とても幸せだから、どうか起こさないでください。
 
 
「ねぇ…大丈夫……?」
 
「参っている……?」
 
 
どこかで聞いたようなセリフだ。
ボクはそれを言われたのだっけ。それとも言ったのだっけ?

ああ、そんなことどうでもいい……ボクを放っておいて。
 
 
「……無理もないのかな?ずっと眠ってたわけだし、寝てるのがデフォルトになってるのかも」


うるさいな、ボクはようやく自分の役目を果たしたんだ。
やっと、ボクは自分の全てをかけた事をやり抜けたんだ。


 
「でもこんなどこでは寝ない方がいいでちゅ!
寝るならふかふかベッドの方がいいでちゅ!」


 
自分そのものとも言える極端な幸運と不運のループ、ボクの希望への想い。
 
そのすべてをかけてボクは自分自身が希望となるためのあらゆる労力を注いだ。そして、ボクは満足したんだ。

   
「そうだよねぇ……狛枝くん紫外線に弱そうだし……もしかしたら熱中症?」
 
「!?!?そ、それは大変でチュ!?早く何とかしないと…!!」


だからボクにはもう何の力も残っていないんだよ、疲れてしまったんだ。

眠らせてくれ、とても眠いんだ。からっぽになって休みたいんだよ。
 
 
「こういう時はあれでチュ!日陰に連れて……ってああ!?お、重くてヤシの木の影まで運べまチェン!?」
 
「狛枝くんで割りと軽そうだけど、ウサミちゃんには大きすぎるし重すぎるよね。こういう時はお約束が良いと思うんだ」
 
 
波の音はこんなに賑やかだったろうか、からっぽのボクの側は眠りになかなか戻れないくらい騒がしい。
 
ああ、もう、お願いだから、
 
 
「……起こさない、で……」
 
「ち、千秋ちゃん!?そのヤシの実は何でチュか!?そんなにふりかぶって…!?」
 
「壊れたテレビとゲームはこれでだいたい大丈夫だよ」
 
「きゃあああ!!?撲殺はダメーーーーー!!!」
 
 
……疲れ切っだボクの頭は柔らかい布地に、襟首を掴まれて冷たい水の中へと引きずり込まれ、無理やり目覚める羽目になった。
 
 
 
 
 
 


 
海水の冷たさと塩辛さに目が覚めて咽たものの、ボクはまだ何も状況が理解できなかった。
 
ボクは咳をしながら、浜辺で海水を吐き出していた。

なぜ呼吸をしているのかわからなかった。だって呼吸は生きているうちにしかできないし、ボクは。
 
 
「………あれ?ボクは……生きてる?………死んでない?」
 
「オッス、狛枝くん。目は見えてる?呼吸は正常?」
 
「狛枝くん!やっと起きてくれたのでチュ!先生は嬉しいでチュー!」
 
 
顔の横に塩水にぬれたフェルトが当たる。おかげで塩水を拭った目がまた痛い。

このぬいぐるみはいつもいつも心配しているとき言う割には逆効果なことばかりして……あれ?
 
 
「………モノミ?……七海さん?」
 
 
思い出した。
 
入学と同時の修学旅行、そしてコロシアイ修学旅行、モノクマ、そして……このぬいぐるみはモノクマより早く出会った存在だ。
 
そして、後ろにいるのは何処か遠いところを見ているような同じ年頃の女の子、彼女は超高校級のゲーマーのはずの七海千秋さんだった。
 
 
「はわわ!?
そ、そのトラウマネームを言われたのは久しぶりでちゅ!たしか最後に言われたのは…むぐ!!」
 
「ウサミちゃん、お口チャック」
 
 
モノミの口に手を当てると七海さんはボクの前に立つと目線を合わすようにしゃがみ込んだ。
 
 
「おはよう、こんにちは。私のことがわかるかな?この指は何本に見える?」
 
「……えっと……3本……」
 
 
彼女の名前も理解しているのだがとっさに出てこなかった。思考がまるでまとまらない、まるで思考が波にさらわれてしまったように真っ白で頼りなかった。


(これはどういうことだ?)

 
彼女は……ボクが探していた未来機関の裏切り者だったのか?
それともボクは・・・・・・失敗した?
 
超高校級の絶望を抹殺できなかったのか、ボク自身を含めて……希望になろうとしたボクなのにあっさり絶望しそうになる。ああ、やはりボクはそんな程度の無価値な存在なのか。

しかし波の音がそんな事どうでもいいじゃないかとボクの警戒心をさらってしまう。まるでこの音はボクを母親の子宮に押し戻すみたいにボクの疑問や思考を浜辺の泡みたいに消し去っていく……ボクは結局七海さんの言うがままに答える。
 
 
「君は、七海千秋さん……超高校級のゲーマーのはず……」
 
「よし、目と記憶は大丈夫みたいだね。
では君の名前は?希望ヶ峰学園が選んだ君の才能は?」
 
「ボクは……狛枝凪斗、才能は、超高校級の幸運……」
 
「わーい!記憶は完璧でチュ!バンザーイ!
 狛枝くん、あちしは?!このフワフワした愛らしい触感に憶えはないでしか!?」
 
「えーと、モノミ?」

「ち、違いまちゅ!?あんな外道の後付けキャラ設定とかは忘れてくだちゃい!!」

「???……そういえば、デザインがちょっと違う?
あれでも見覚えがあるような、無いような……??」
 
「ほら、ウサミちゃんだよ。狛枝くんも最初に会ったのはウサミちゃんだったでしょ?修学旅行の引率の先生だよ」
 
 
ボクに抱きついている(のだろう、手のリーチが足りないから胸に体当たりみたいになっているけど)ぬいぐるみは真っ白だ。しげしげと見下ろすとピンクと白の二色じゃないし、服装も違う。

でも、うん……モノミにそっくりだ。
 
 
「うん、確かに……そんなのもいたような……うん、確か悪趣味なストラップをくれたような記憶が」
 
「そんな認識!?」
 
「そうそう、そのウサミちゃんだよ」
 
「千秋ちゃんまで!?」
 
 
ぬいぐるみ……ウサミ?はうるさかったが振り払うボクは体力が残っていない。されるがままにグイッと何かが押し付けられる……オモチャのステッキ?

不意に目の間に立つ七海さんがボクの顔を覗き込んで、ほっとしたように微笑んだ。まるで懐かしいものを見るみたいに、ボクが彼女の大きな瞳に映り込んでいる・・・・・・。
  
 
「狛枝くん、私たちずっと……君を探したんだよ。急にいなくなっちゃったと思ったら浜辺で寝てるんだもん」

「……??」

「でも無事で良かったでちゅ!バイタルチェックも正常だし」


胸のあたりでモノミ……じゃなくてウサミ?はいつの間にかステッキではなく聴診器のようなものを持ってボクの胸やらお腹やらに
あてていた。

どうやらボクは健康らしい……?どうしてだ?
だってボクは軍用ナイフで両手両足を切り刻んで、右手に至ってはナイフを貫通させた。その記憶は残っていないが、腹部には大穴があいているはずだ。


(ボクは超高校級の幸運だ。奇跡的に命が助かるなんて別に珍しいことじゃない。自分ではコントロールがそこまで出来るわけじゃないから、奇跡的に何かが起こって無傷で助かった?・・・・・・でも)


でもボクは確かにじぶんを切り刻んだことは覚えている。そして、自分で滅多刺しにした傷がすぐ治るような超人じゃない。

意識にはっきり残っているわけではないが胃の辺りに槍が深く刺さったはずで……でも何処にもそんな傷はなくボクは無傷だった。


(なんなんだ、これは)


失敗どころの話ではないのかもしれない、あれから何が起きたんだ。


「さすが超高校級の幸運だね、よしこれなら明日からは大丈夫」


なんだろうこれは、右手も左手も綺麗に動いて砂浜に手をついても痛みも何もない。

ボクは、超高校級の希望になるために死んだのではなかったのか?



(やっと死ねたんじゃなかったのか?)



ノートに何かを書いている七海さんはまるでコロシアイが始まる前みたいに平和でのんびりとしていた。

わしゃわしゃタオルでボクを拭いているモノ……ウサミもへし折られたはずのオモチャみたいなステッキを持っている。

南の島の海だけはコロシアイのときと変わらず青く美しかった、がボクの石ころのような目にはその美しさは届きそうにない。


(だって、こんなこと)


何一つ理解できない、信じられない。


「七海さん、これはなんなの?ボクはどうして生きてるの?君が裏切りものだったの?モノミはどうしてウサミ戻ってるの?」

「疑問がたくさんあるのは分かるよ」


七海さんはノートから顔を上げると、思案げにボクをのぞき込んだ。そんなにボクに近づかれるとボクの影響で彼女に椰子の実でも落ちてこないか心配になったが、それすら見透かされたのか困ったように微笑んだ。


「最後から二つの質問に答えるね…うん、裏切り者は私だよ。狛枝くんが五回目の学級裁判で唯一生き残らせようと未来機関の裏切り者なの」

「じゃあ……」


彼らは死んだのか、モノクマのオシオキという名の処刑によって。

日向くん、左右田くん、ソニアさん、九頭龍くん、終里さん……超高校級の絶望へと堕ちたこの世にいてはならない彼ら。ボクと同じ罪を負った人たち、死んだ人たちも同罪だ。


(いや、日向くんは……超高校級でもなんでもない。ただの予備学科だ)


だから超高校級の絶望でもなかったのだろうけど、日向君が死んだとしても希望のためには仕方ない……うん、心臓がチクチクするのは気のせいだ。


「じゃあ、他の皆はモノクマに処刑されたんだね……超高校級の絶望たちの処刑はどんなだったんだろうな」

「処刑なんてなかったよ」

「え……?」


今なんて言った?


「さっきの四つ目の質問に答えるね……ウサミちゃんがモノミからウサミちゃんに戻れたのはモノクマが消されたからなの」


何を言っているんだ。


「それでモノクマは消えてモノミはウサミちゃんに戻れたの、本来の力を取り戻してね。これでもうコロシアイなんて二度と」

「ま、待ってよ!」


どうなっているんだ!
ボクは超高校級の絶望を滅ぼしたんじゃないのか!?


「それじゃ処刑は……!?」

「………」

「ほえ?しょ、処刑!?そんな恐ろしい単語を聞いたのは久々でちゅ!?」


頭のバスタオルを放り出したモノミ…ウサ…もうモノミでいい、が甲高い声で悲鳴をあげて半泣きになった。

対照的に七海さんは凪いだ表情でボクを見下ろして告げた。その瞳を見て泡になっていた思考が急に戻って、答えを知りたがった。

 

「どうなったか、知りたい?」

「教えてくれ!彼らは処刑されたの!?」


ボクはその時彼らの処刑と無事に希望と絶望のどちらを感じていたのだろう。


「……本当に知りたい?」

「当たり前だ!」


無価値なボクが希望になるためにやったことの結果が全くわからない、知りたくないわけがない。

しかし、七海さんのひどく硬い視線に気圧されたことも本当だった。


「狛枝くん」


なら、と彼女は小さな唇を動かす。いたずらを仕掛けるように少し挑発的に笑いながら。


「知りたかったら、学級裁判でね」


ふわりと撫でる彼女の手は優しかったが、ボクには何もわからなかった。




その波打ち際の出来事がボクのジャバウォック島での第二のはじまりの始まりだった。





つづく






あとがき


終わる気がしない(絶望病)




2013/09



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