超高校級の幸× 10

 

αの10

 


ボクは「超高校級の幸運」の狛枝凪斗。
その名前を初めて告げられたのは希望ヶ峰学園からの手紙だった。

その時まで、ボクは自分が「超高校級の幸運」だなんて考えたことはなかった。

ボクにとって希望ヶ峰学園は人の希望になるような才能の持ち主たちが集う場所、「強い希望」の行くべき場所でボクはそれを見上げるだけの存在でしかなかった。

でも、別にそれはそれまでボクが自分の才能、というか異常性に気がつかなかったということじゃない。

ボクはボク自身が異常なまでに、最終的な絶対の生命の安全が守られていることや年齢に見合わない莫大な資産がネズミ算式に増えていくことに物心つく頃には気がついていた。

そしてその引換にボクの周りでは家族も他人も死がありふれた物になっていくことにもすぐ気がついた。
ボク自身も死ぬような思いをしたこともたくさんある。

だから、ボクはかつて自分をこう思っていた……人を糧にし続ける富を求める死神に取り憑かれてボクは離れられないのだ。
そして死神はボクをなぜか気に入り人を糧としてボクの最終的には命を救い、富を与え続けている。

もういやだ、やめてくれなんて思っても無駄だ。
死神は、「幸運」は、ボクに供物を与え続けた……ずっとずっと……ボクが死ぬまで永遠に。

だから、ボクは―――


「ボクの「幸運」をなくす……?」


ボクは一生誰とも一緒にいられない。
いる傍からみんな「不運」で死んでしまい、皆ボクの「幸運」の糧になってしまう。

幼い頃目の前で大型車にはねられた愛犬の死、目の当たりにしたテロリストと両親が隕石で死ぬ瞬間。

そして、そして……いつからボクは人の死に慣れてしまったのだろう、もう思い出せない。

一つだけボクにできることはできるだけ人を殺さないようにひっそり生きることだけだった。

しかし、希望ヶ峰学園の手紙を受け取ったときボクは思った……ボクを死神じゃないと思う人が、幸運と呼べる人が、そして招いてくれるような場所がこの世にあったんだ。
ここでなら、一人にならなくてもいいかもしれない。

もしかしてそこにいる「強い希望」たちなら死んだりしないのかもしれない。
ボクの死神、「幸運」なんか大したことがないと証明してくれるかもしれない……今思えば馬鹿なこと思ったものだ。

彼らは絶望に落ちる、ただの「人間」だったんだ……。

だから、ボクは目の前の二人に硬い声で言い返していた。


「……言っていい冗談と悪い冗談があるよ、そんなこと出来るわけないじゃないか」


努めて、あっさりと言ったつもりの言葉は口に出してみると思った以上に冷たい響きだった。

だからか、七海さんもモノミもしばらくボクの顔を見返すと、黙っていた。ボクも沈黙を破らない。

夕焼けの影を落としたヤシの木が風でざわめいて、皆の影を揺らす……最初に口を開いたのは七海さんだった。


「どうして?そんなことない、大変だったけど出来たんだよ……狛枝クンは私たちを信じられない?」

「そういう意味じゃない……ただバカバカしいよ。言っている理解できない」

「……まあ仕方ないでちゅね、おいおいわかってくれればいいでちよー。だから狛枝クン、そんなに怒らないでくだちゃい」

「別に、怒ってなんかないよ」


信じられるわけがない。
ボクには才能、と呼べるかもしれない恐ろしく歪んだ生命を守る偶然が生まれつき付き纏っていた。

「死神」、「幸運」。

どう呼ぶかは自由だか、ボクはこれから逃れられない。それは決まったことだ……決まったことのはずだ。


「ボクの幸運をなくすことなんて、出来るわけない。……ふざけた冗談はやめてよ」


今まで、何人死んで、馬鹿みたいな大金を得て、金目当ての相手すら死んで、寂しいと泣いた頭をなててくれた手すらいつの間にか冷たくなって、それでまた大金を得て……そんなものどうしようもないじゃないか。


(どうすることができるなら、とっくに……ああ、でも)


そうするとボクはもう「超高校級の幸運」ではなくなり、ただの狛枝凪斗というゴミクズになってしまう。


「嘘じゃないでち……今すぐ狛枝クンは信じなくてもいいでち、当然でち。
でもそんな……憎んでいる目で見られると先生はちょっと悲しいでち」

「憎んでいるわけじゃない……それは二人が変なこというから」

「なので狛枝クンは傷心のあちしを膝に乗せて癒してくだちゃい!」

「って、勝手に乗らないでよ!?……うわ!落ちる!」


勝手に荷台に乗って膝に乗ってくるモノミ……いやウサミを落ないように抱き寄せる。ぬいぐるみの重みは頼りないほど軽かった。


「えへへ、狛枝クンはやっぱりキャッチしてくれまちたね」

「…………」


そこまで運動神経切れてない、そう言いかけてうまく言えない。喉に疑いが詰まり、胸に不信が引っ掛かりさっきまでの軽口が聞けない。

頬に触れようとしてくるふわふわしたぬいぐるみの手を顔を背ける形で振り払う。


「狛枝クン……」


七海さんの声、不思議だ見ていないのに彼女が痛々しい笑顔を浮かべているのが分かる。多分……ウサミも。


(仕方ないじゃないか……変なことを言うから)


「……とりあえず帰って、ご飯を食べよ。そしたらちゃんと説明するから」

 

 

 

 

夕食は無言で進んだ。
さっきの説明をするからと七海さんも夕食に加わった三人の食卓はここに来てから一番静かにとりおこなわれてた。食器とフォークのぶつかる音だけがいやに響く。


「………」

「………」

「………」

 

モノミ……じゃなくてウサミはこの四日間食事中いつもあれは美味しいかこれは好きか、栄養がどうだよく噛むことの食習慣の良さがああだとうるさいのに帰ってから何も言わない。目も合わない……。

七海さんはいつもの無口さだったが気が付くとボクを見て何かを口にしようとして、それをボクが追おうとするとするりと逃げてしまう。

ボクも……何をどういえば分からず無言で皿の配膳や使った鍋(今日はジャガイモのスープだった、コロッケは変更したらしい)を洗って、大人しく食卓について無言で食べていた。


(さっさと……さっきのは冗談だって言ってくれればいいのに)


いつも美味しいウサミの食事が、砂をかんでいるように感じるのは好きじゃない。ウサミがさっさと「冗談言ってごめんでちゅー」と能天気に言ってくれれば、怒ったりなんかしないから、笑って全部それで終わりにするのに……。

食事が終わって皿を洗おうとすると、ウサミが立ち上がるな自分でやるといい七海さんが話があるからと差し止めて、ボクは従った。

かちゃかちゃ、ざあん・・・・・・皿の運ばれる音と波の音だけが聞こえる。窓から見える外の風景はもう夜だった……二人は二階へ行かなくていいのだろうか。

月が大分高くなった頃に七海さんはぽつりと、ようやくぽつりと言葉を発した。


「狛枝クンはさ……自分の「超高校級の幸運」好き?それとも嫌い?」


出てきた言葉はそんな妙な質問だった。

目がようやく合う、冗談を言っているはずなのにそうは見えない透明な視線……落ち着け彼女にイラつく資格がボクにあるはずがない。

だから、一息はいて呼吸を落ち着けるとできる穏やかに返事をした。


「考えたこともないよ、普通そういうものじゃない?七海さんの才能だって……いや「超高校級のゲーマー」は未来機関の仮の才能だっけ……でも皆そうでしょ?
才能はそれを持つ人間には好き嫌いの問題じゃなくて……才能は体の一部、自分の一部、そういうものだ」

「そうだね、でも狛枝クンの場合は皆と少し違う所がある。どこか分かるかな?」

「そんなの皆と違って運が良いだけのクズみたいな才能だってことでしょう?」

「……君の才能に関する自己否定の暴言は拘束リングに引っ掛からないみたいだね」


肩をすくめて重い溜め息。その傍でことんという音、ウサミが七海さんの横にマグカップを置いていた。すぐにボクの傍に来て同じものを置く。手に取って一口飲むといい香りがした、ハーブティーか何かだろう。


「狛枝クンの才能はさ、確かに皆と同じで手や足と同じに体の一部のように感じるかもしれない。
でも皆と違って、手と足と同じにいかないところがある、なんだろうね?」

「……さあ、何だろうね?」


本気で分からない。
七海さんが真剣でウサミが気を遣っていることはわかるけれど、言っている意味は理解できない。


「それはね、君は自分が「超高校級の幸運」であることをやめられない……才能のオンオフができないことだよ」

「そんなの皆も同じだよ、才能を持つ人間はそれに一生縛られる」

「一生なんてことはない、逆に狛枝クンが特殊なのはそう本気で思っているからだよ」

「才能を持つ人間はそれを一番最初で最後の頼りに生きるんだよ、それは一生だ」

「たとえば小泉さんは写真を大好きだし、西園寺さんは日本舞踊を愛してる。
でもある日どうしても嫌になれば写真をやめたり、距離をとって休むことができる。
狛枝クンは違う、常に自分の才能から逃げられない」

「それは!……オンオフができないのはボクだけじゃない。例えば九頭龍クンやソニアさんを例にすると分かりやすいのかな、彼らだって自分達の生まれから逃れられない……それとどう違うのさ」

「ソニアさんや九頭龍クンも確かに「特殊な環境」と「生まれついての宿命」から才能とされて希望が峰学園に選ばれた。そこは確かに狛枝クンと似ているかもしれない、それでも私は二人の才能と狛枝クンの才能はと違うと断言できる。
どうしてもその座を継ぐことがいやなら二人は色々なものを捨てなければならないと思う、でも全てを捨てればできないことじゃない。
でも狛枝君は全てを捨てても自分の才能から逃げられない、いや才能がすべてを捨てさせてもくれない……まるで「超高校級の幸運」が君自身だとでもいうみたいに」

「才能なんて……その人そのものみたいなものだよ……」

「手足の例えを続けるなら、他の皆と違って狛枝クンは持っている才能は手足の動かし方じゃなくて、手足そのものかそれ以上のものだと思う。
手足を動かすことは自分の意思で始めたりやめたりできるけど、手足そのものは勝手に動き始めたりやめたりもない。動かすのはあくまで手足の持ち主だからね。
でも君はまるで手足の側で才能のほうが手足の持ち主みたいだと思うよ」

「……それは違う、よ……」

「君の才能は一切君のコントロールに置かれていない、そして君がいくら望んでも才能は消えない。
狛枝クンは「超高校級の幸運」に支配されている、がんじがらめに逃れられずに……それを直視して」

「違う!違う!……ボクは……っ!?」


とっさに七海さんににじり寄ろうとして立ち上がると……途中で左足に重み、気が付くとウサミがボクの足にしがみ付いていた。


「狛枝クン、信じられないのはわかりまち!私たちはあなたに対してとても無神経なことを言っているのかもしれません!でもそれを踏まえたうえで最後まで聞いてくだちゃい!!先生のお願いでち!」

「・・・・・・・・・」


綿の詰まった手を振り払おうとして……首を絞めた感触が手に蘇る。
その引き換えではない・・・・・・けれどウサミを間違えて蹴りでもしたら、夢に見るかもしれない。そんな予感がした。

だから、ボクは立ち上がりかけたイスに座りなおした。向き直ると七海さんはさっきから微動にしないでボクを見ていた、その横にウサミが座る。面接のような形になっていて、なんだか妙な気持ちになる。

とりあえず、深く二回深呼吸をして二人に告げた。


「わかったよ、二人で説明して・・・・・・でも感情的になるかもしれないからボクは黙ってるよ、いい?」

「・・・・・・ありがとう、狛枝クン」

「狛枝クン、辛い思いをさせてごめんなさいでち・・・・・・」

「・・・・・・話してよ」


聞いても信じられる話じゃない、でも二人が言いたいなら聞き流せばいいだけだ・・・・・・・それでボクの何が変わるわけでもない。好きにすればいい・・・・・・。


「まずは、謝るね。ごめんね・・・・・・私の言い方には狛枝クンへの感情的な配慮が足りなかった」

「七海さんは決して狛枝クンを傷つけるつもりはないんでちゅ!ただ、あちしたちもいつ言い出すべきかずっと悩んでいて・・・・・・・」

「・・・・・・喋らないから、説明を続けてよ」

「・・・・・・特定事象における個別確率分析及び予測による確率介入装置」

「それが、狛枝クンの「幸運」を制御するために開発された、この島という超高性能ハードに搭載されたソフトでちゅ」

「言葉自体はややこしいけど、内容は狛枝クンの調べられる範囲での「幸運」の特性を計算してその発生と反動を調整していくというソフトウェアだよ・・・・・・わかりにくい?」


ボクは無言で「わからない」と首を振った。


「たとえば狛枝クンは希望ヶ峰学園に入学する前はできるだけ人を避けて暮らしていたよね、中学生から一人で暮らしたり、人が距離を近づけると自分から手酷く拒絶したり・・・・・・それは君の「運」に誰かを巻き込まないためだよね?結構君の過去を調べたんだ」

「それは狛枝クンが自分の「幸運」の特性を自分に関係する人々へ危害が加わることから学んだ人を巻き込まないやり方だったのでちゅよね、君が修学旅行中に言っていた「より大きな絶望を乗り越えることがもっと大きな希望につながる」というのも君が経験則から導き出したものでち。あってまちか?
ある意味それをスーパーコンピューターで分析を繰り返し、君の「幸運」がどういう事象を発生させるか分析予測するのがこの装置の半分に当たりまちゅ」

「半分・・・・・・?」

「もう半分はその分析結果をタイムラインでおって、物理的な事象に対策を行って調整する装置。
たとえば君に石が「偶然」飛んできてぶつかりそうになったとする、この偶然にあらかじめ用意していた対策で石を弾く、またはそもそも石に「運」を左右させないのがもう半分の機能」

「方法は単純に拘束リングとかにあなたをひっぱって回避してもらったり、昼間見た「モノミ」たちが石をバットでホームランにしたり、まあ他にも色々・・・・・・方法はこれからいやでも見ることになると思いまち」

「すごーく端的に説明すると・・・『スパコン並みの処理能力を持つもう一人の狛枝クンが自分の幸運の特性を理解して、いつも狛枝クンの変わりに先回りして膨大な手段で対処してくれる装置』かな?」

「だから、正直完全なものとはいえまちぇん。ただ狛枝クンが自分の「幸運」の特性をこれからも分析していくことで精度を上げていくことはできると思いまち!」

「・・・・・・・・・」


理解できない、いや理解はできる・・・・・・理屈は。
でも、だからってその話が荒唐無稽であることにも変わりはない。


「ただこの装置は、この島という強固なハードウェアの上でしか機能しない。だから狛枝クンの「幸運」の制御はこの島でしかできない・・・・・・だからね、狛枝クン」

「あちしたちはこれから狛枝クンにこの島で暮らしてほしんでち」

「・・・・・・・・・」

「ここから永遠に出ないでという意味じゃないよ、でもできるだけこの島で暮らしてほしい」

「拘束するつもりはないでちけど・・・・・・狛枝クンにはできるだけ安全に、幸運にも不運にも振り回されないでくらしてほしいでち」

「それが私たちの・・・・・・」


七海さんはふっと硬くなっていた表情をそこで緩ませて、気が抜けたように緩んで微笑んでいるように見えた。


「希望だよ」

 

 

 

 

 


それから二人は「健康第一」といってボクを寝室に押し込めた。

別に就寝時間を破る気なんて囚人の分際であるわけもなかったけど、なんだか寝付けない気分だった。


「・・・・・・・・・ボクの「幸運」を制御する?」


馬鹿馬鹿しい。二人ともからかっているか・・・・・・ボクを哀れんでいるだけだ。
ちょっと話が大きすぎて、怒る気にもなれない・・・・・・ただ酷くぼうっとしていた。

(この島でなら、ボクが幸運と不運の狭間で生きずにすむ・・・・・・?)


ありえない。


「そんなこと、できるわけないじゃないか・・・・・・ありえない」


ベッドに横たわって、カーテンの隙間から夜空が見渡せる・・・・・・遠くで光る星がなぜか急に憎らしく見えた。

 

 

 

 


つづく

 

 

2013/12/31


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